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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第12回   遠野静子の出張


 金曜日、
「幕の内、お一つですね」
「ええ、それとお茶も一つ下さい」
 新大阪駅の売店でお弁当とお茶を買い込み新幹線に乗った。急いで出て来たのでお弁当を作る時間もなかった。
 東京には久しく行っていない。東京は長田家の本宅、そして、私が大学に通っていた時の下宿があったところだ。
 東京の本宅は今はもうない。下宿も再び訪れることもないのでどうなったかわからない。
 数時間を新幹線の中で過ごすことになるのでアタッシュケースの中に本を適当に選んで2、3冊放り込んできた。
「静子さん、心配しすぎよ」
 そう私をなだめる恭子さまを置いて東京に行くことになるとは思わなかった。
 奥さまからお仕事の依頼を受けたからだ。
 3日間ほどのことだが、ずっと恭子さまといた私にとっては一大事だ。
 臨時の家政婦を・・と恭子さまに言っていたのだが、恭子さまはお友達の芦田智子さんの自宅にお泊りさせて頂くことになった。
 それはそれで安心なのだけれど、家政婦の私としてはちょっと寂しい気もする。
 新幹線に乗車し予約しておいた窓際の席に座って本を取り出すと、すぐに隣の席に小太りの中年男が座った。
 男の太ももが結構太く私の脚に触れるので少しお尻をずらすと、それに合わせて男は足を広げた。ズボンを穿いて来てよかった。スカートだとかなり抵抗がある。
 仕方ない、この男が早くどこかで降りてくれることを願うだけだ。
 隣に座る中年男が煙草を吸い始め、吸い終わると弁当を食べだした。
 煙の匂いでムッとした後は、食べ物の色んな匂いでムッとする。
 お弁当を食べるのはもっと後にしよう。食欲が失せてしまった。
「お嬢さん、東京でっか?」
 お嬢さん?・・私のどこを見て言っているのかしら?・・もう来年は二十代後半よ。
「ええ」
 とりあえず、愛想良く返事をしておく。
「わしもや」
 そうですか・・心の中で頷く。
 旅は道連れ、とでも言うつもりなのか、すごく嬉しそうに、にんまりと笑う。
 この男がどこかで降りてくれるという願いは見事に裏切られた。
 少なくとも窓際の席でよかった。窓に流れる風景を見たり、文庫本に目を落としたりして時間を過ごす。男はそれ以上は語らず、お茶を呑むと缶ビールを開けた。今度はアルコールの匂いだ。
 幸いなことにビールを飲み終えるとそのまま寝入ってしまった。だが、今度は男のいびきが私を悩ませることになった。

 名古屋を越えたあたりで急に恭子さまのことが心配になってきた。今頃は学校にいる時間なのだけれど距離が離れているだけに不安になる。
 夜は智子さまのご自宅なので安心は安心なのだけれど・・
 こんな心配をしていては、また恭子さまからお叱りを受けそうだ。
 ともあれ、恭子さまに、いいお友達ができてほんとうによかった。
 あれは、十一月のピアノコンクールに参加した日のことだった。
 コンクールの会場に私たちは他の参加者より一足早く着いたのだけれど恭子さまから「静子さん、ごめんなさない、お父さまのカメラを持ってきて欲しいの」と頼まれた。
 その口調がいつもの恭子さまらしくなくどこか乱れているような気がしたので、私は理由も聞かず急いで邸宅にカメラを取りに車を飛ばして戻った。
 カメラをコンクール会場までお届けすると恭子さまは本当に嬉しそうな表情を見せた。
 このカメラは恭子さまのお父さま、ヒルトマンさまからのお誕生日プレゼントだ。
 今はお父さまの形見となっている。学校での行事があるごとに恭子さまはカメラをお持ちになってはいるが、使い方が難しいらしくそんなには撮っていないようだ。
 ただ一年前、四年生の秋の遠足の際にカメラをお持ちになって行って、帰宅された時の表情といったら、本当に嬉しそうにされていた。
 神戸に邸宅を移したのは四年生のお盆過ぎだ。二学期からの転入で、まだ越してきたばかりの恭子さまは新しい学校に馴染めないのがお辛いように見えた。
 当時はお父さまのヒルトマンさまが亡くなられたばかりだ。
 更に転校というお辛いことがあって、いつも塞ぎがちだった恭子さまだったけれど、秋の遠足の帰りだけはその辛さのようなものは微塵も窺えなかった。
「遠足、どうでした? 楽しめましたか?」
 学校まで車で迎えにあがった時、恭子さまに訊くと恭子さまは、
「とても楽しかったわ」と答えた。
 手にはお父さまの形見のカメラを大事そうに持っていた。
「カメラ、撮ったのですか?」と訊ねると
「撮ってもらったの」と答えた。
「現像を頼んできましょうか?」と言うと「このままにしておきたい」と答えた。
 恭子さまがそう言われるのだから何か理由があってのことだろう。
 それから一年が経った。私は恭子さまが大事にされているそのカメラを持ってコンクール会場に戻った。
 恭子さまは選曲の「別れの曲」を見事に演奏を終え、優勝は逃したが、いい演奏だった。
 ホールから一緒に出ると、恭子さまは私の腕をくいくいと引っ張り「静子さん、お願いがあるの」と言った。「恭子さま、どうかされましたか?」と訊ねると。
 恭子さまは一人の演奏者の女の子を指した。
 私は父兄や参加者でごった返す人ごみの中から私は恭子さまの指す方向を辿ってすぐにその子が恭子さまの指した子だと確認した。
 背丈は恭子さまと同じ位で、どこか理知的な感じのする女の子だ。
「静子さん、あの人に『このカメラで私を撮って欲しい』と頼んで欲しいの」
 普通なら自分で頼むところだが、そこは恭子さまだ。
 きっと、お恥ずかしいのだ。それは恭子さまのご性分だ。

 五年二組、石谷加奈子、彼女は一組の恭子さまとは違う隣のクラスの女の子だった。
 今回のピアノコンクールでは彼女が優勝した。
 彼女の選んだ曲は「エリーゼのために」だ。恭子さまが少し感傷的に弾いているのに比べて石谷さんの弾き方は譜面を完璧かつ感動的に弾いているように聞こえた。
 彼女は秋の運動会で恭子さまに話しかけてくれたらしい。
「長田さん、ご両親は見学に来ていないの?」
 何気ない一言だとは思うけれど、恭子さまはそう声をかけてもらって、よほど嬉しかったのだろう。
 これは私の想像するところだが、おそらく恭子さまは、学校では実務的なこと以外は話しかけられることは少なかったのではないだろうか?
 悲しいほど、私の想像はあたっているはずだ。
 だが、私が恭子さまからの言伝を言うと、石谷さんは、カメラの使い方がわからない、とあっさり断られた。
 だがそこで諦める遠野静子ではない。
 恭子さまの気持ちはよくわかった。
 私は恭子さまの家政婦、兼、家庭教師だ。
 私は石谷さんを呼び立てして「恭子さまのお友達になって欲しい」とお願いした。
 ところが残念なことに石谷さんは近々遠くに転校してしまうということだった。
 私の落胆をよそに石谷さんは私にこう言った。
「智子がいます!」
 すごい勢いのある口調だった。場所は喫茶店の中だったが、石谷さんが突然、立ち上がったように感じるほどだった。
「芦田智子といいます。私の大切な友達です!」
 石谷さんはランドセルからノートを取り出し漢字で「芦田智子」と書いて見せた。
「和菓子屋の「芦田堂」の娘さんです」
 芦田堂は以前、長田家で大福を受注したことのある和菓子屋の老舗店だった。
「丸くて可愛い顔をしてるからすぐにわかると思います」
 芦田智子さんに出会った時、本当にそう思った。
「それで、私は芦田さんにどう言えばいいのでしょうか?」
 私から突然、芦田さんに言ったら、本人は戸惑ってしまうだろうと思い訊ねた。
「智子には私から言います」
 石谷さんはずっと張り詰めたような強い口調のままだった。
 そうして、石谷さんの配慮で和菓子屋の娘さん、智子さんと恭子さまはお友達になった。
 その過程に、なんの違和感もなかったと思う。
 それだけに親友を神戸に残して旅立つ石谷さんが芦田さんに伝えた思いが正確かつ思いやりに溢れたものだったと理解される。

 隣の中年男がまだ寝ているので、この隙に、と思いお弁当を広げた。ひろがったお弁当の匂いのせいなのか、男が目を覚ますと「今、どの辺りや?」と寝ぼけ眼で訊いてきた。私が「もうすぐ静岡に入ります」と答えると再び男は腕を組み寝る体勢に入った。

 売り子のワゴンが通ると「ねえちゃん、缶ビール、一本おくれ」と声をかけた。また呑んで、更に寝るつもりなのだろう。
 男は小銭入れの中を見て「しもうた、小銭が、あと十円足りへん。カバンの中や、ちょっと待ってや」と言って荷物棚の大きなカバンを下ろすため立ち上がろうとしたので、私は「あの、お貸ししますよ」と言った。
 男は十円を差し出した私の顔をチラリと見ると「そうかあ、すまんなあ、すぐに返すわ」と言って私から十円を受け取った。
 あとで私に十円を返すと男は美味そうに缶ビールをくいくいと開けまた眠った。

 新幹線は静岡に入った。
 お弁当を食べ終えた私は再び、文庫本・・堀辰雄の「風立ちぬ」を読み始めた。
「風立ちぬ」は恭子さまの実母である由希子さまが残していった本の中の一冊だ。
 由希子さまの残した数百点の書籍は長田邸の蔵書と化している。私はそれらの本を自由に読んでいる。
「風立ちぬ」は邸宅でも何度か読んだ本だ。太宰治の抜群の文章の上手さや川端康成の叙情的な文章とも違い、どちらかというと儚い印象を覚える。
 内容は重度の結核を患い療養所で過ごし、常に死の影がちらついている「節子」という女性との恋を描いているものだ。
 私は基本的に人が死ぬ物語は好きではない。
 この物語で最後には節子は亡くなってはいるのだが「死んだ」ということは書かれていない。ただ、読んでいて、その文章の中で恋人が死んでしまった、という事実を感じ取れる。やたらと人が死んだことについてくだくだ書くよりもこの方が緊迫感がある。
 そして、主人公の男の悲しみもひしひしと読者に伝わる。
 ただ、ふと思うのだが・・
 私が人が死ぬ物語が嫌いな理由に立ち返ってみる。
 物語の恋人たちの愛は、死の影の上に成り立っているのではないだろうか・・
 溢れるような「生」があれば、二人の愛も別の形になり、そこには物語も生まれないのではないだろうか?



 奥さまが私の向かいに座っている。
「遠野さん、恭子は、その芦田さんというお友達の家に泊まることになったのね」
 東京にいた頃は何度も訪れたことのある丸の内のオフィスビルの一階の喫茶室で奥さまと落ち合った。
「はい、奥さま、とても暖かいご家庭のようなので、私も安心して預けておくことができました」
 きびきびした奥さまの動作や口調に背筋までしゃきっとなる。
「そう・・私も一度、お礼にご挨拶に伺うことにするわ」
「ぜひとも、そうして下さい・・芦田堂の和菓子・・イチゴ大福がとても美味しいので・・」
「イチゴ大福?」
 奥さまは私の発言に怪訝な表情を見せる。
「はい・・イチゴ大福です・・」
「そう、イチゴ大福の話は、まあ、今度として、遠野さん、私、あまり時間がないの」
 そう言うと奥さまは右手を喫茶室の外に向って手を上げた。
「クドウさん、こっちよ!」と言いながら奥さまは上げた手を振った。
 奥さまの視線の先に、足早にこちらに向ってくる長田商事の女性社員の制服を着た人がいた。
 クドウさんと呼ばれた女性は「長田商事渇c業部営業二課、工藤ルミ子」と書かれた名刺を差し出し、私と名刺交換をした。
 年齢は私とそう変わらないと思う。美人さんだと思うが、どこか寂しげな感じのする女性だった。
「じゃ、あと、工藤さん、お願いね」と工藤さんに言い、今度は私に「遠野さん、私の仕 事の依頼は工藤さんに全部言ってあるから」と言って会計を済ませるためレジに足早に向った。
 工藤さんは奥さまに深く一礼をすると椅子に奥さまと交替して腰掛け私の方に向き直った。


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