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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第10回   長田恭子のお泊り


 金曜日、
 興奮しているのは俺だけで、親父も母ちゃんもなぜか浮き浮きしている。
 親父は髪に普段つけないポマードを塗りたくっているし、母ちゃんの化粧がいつもより濃く見えるのは気のせいか?
 ご令嬢、長田恭子が今日から我が家にお泊まりになる。
 長田家の家政婦の遠野さんという人が東京に出張になったらしく、二泊三日、芦田家が預かることになったのだ。
 家政婦の出張って・・あの人、何者なんだ? と思うけど、そこはやはり大豪邸の関係者だ。何かあるんだろう。
 よそ様の娘さんを預かることで誰も迷惑だなんて口にする人はうちの家族にはいない。
 むしろ歓迎ムードだ。一番喜んでいるのは当の智子だろう。
 いや、俺か?
 今日、いつも通りにランニングから帰宅して二階に上がると出迎えたのは二人の女の子だった。
 智子の脇に澄ました表情の長田恭子がいる。
「遠野さんが臨時の家政婦に来てもらうって言ったんだけどね、それじゃあ、私の家に泊まっていったら、って言って来てもらったんだよ・・お兄ちゃん、かまわないでしょ!」
 満面の笑みを浮かべて智子は説明する。
「ああ・・そうか」
 おまえ、ちょっと、はしゃいでるだろ?
「お兄さま、お世話になります」
 長田恭子が一礼すると金色の髪が後ろから二つに割れて前に垂れた。
 そして、顔を上げて少し、はにかんだような顔には憂いを帯びた青い瞳が浮かぶ。
「あ、ああ・・こ、こちらこそ・・」
 俺は頭を掻きながら返事した。
 挨拶をすると俺は即座に自分の部屋に飛び込んだ。
 続けて智子の部屋のドアが閉まる音がした。笑い声が聞こえ、すぐに小さくなっていった。
 俺の部屋ではポスターの中のアイドル、御堂純子が出迎え、笑っている。
 その笑顔の向こう、壁の向こうには長田恭子がいる。
 ああ、佐伯の言っていた意味が今、何となく分かる気がした。
 ―好きな子の周りにあるもの、これまで気にも留めていなかったものが光り輝いて見えるようになる。
 なんだか、ポスターの御堂純子の笑顔まで素敵に思えてきた。
 よく見るとこのアイドル、歯が綺麗だな・・
 ふーっと溜息をついて俺はごろんと横になり、腕枕をして天井を見上げた。
 俺の周囲にあるものが輝いて見えるのは一向にかまわないんだけど、
 あの子には両親がいないんだな・・
 委員長の神園にも・・



「友也ーっ、晩御飯、もうできるわよっ、降りてらっしゃい!」
 階下から俺を呼ぶ母ちゃんの声が届く。
 我が家の晩御飯は8時開始だ。
 お店を7時に閉め、大急ぎで親父と母ちゃん、場合によっては俺や、智子が後片づけをする。
 片づけが終わると、俺と智子は上に上がり、母ちゃんは夕飯の仕度を始め、親父は仕入伝票や発注伝票の整理をし、在庫やお金の勘定をする。
 いつもは母ちゃんの夕飯の手伝いをする智子も今日は部屋で来客の相手をしている・・だろう。
 さすがにご令嬢に夕飯を作らせるわけにはいかないし、智子が加わればご令嬢も気をつかってしまうだろう。
 智子はまだ部屋かな?
 そう思いながら智子の部屋の横を通ったが、声が聞こえない。もう下に降りてるのかな?
 台所を見るとキッチンに仲良く並ぶ三人の姿が見えた。
 三人?
 母ちゃん、小柄な智子、そして智子より5センチは背が高い長田恭子。
 三人ともエプロンを付けているがご令嬢のエプロンはおそらく智子のだろう。幾分小さく見える。
 母ちゃんは揚げ物をこしらえ、智子は洗い物や母ちゃんの手伝いを。
 長田恭子はまな板でキャベツを刻んでいる。
 トントンと包丁の音・・母ちゃんよりも軽やかに聞こえる。
「あ、お兄ちゃん・・恭子ちゃんにも晩御飯の仕度、手伝ってもらってたんだよ」
 智子が俺を見上げて声をかける。
 あの子・・あの西洋人の綺麗な女の子が我が家の晩御飯を!
 テーブルの上を見るといつもよりおかずの皿の点数も多く豪華が気がする。いや、明らかに豪華だ。エビフライがあるし、それも大きい。
「お兄さま、もう少しで出来上がります」
 長田恭子が振り返り言った。今日は髪を後ろで束ねている。あれってポニーテールって言うんだよな?
「ああ・・」
 愛想のない返事をする俺。
 母ちゃんが天ぷらを盛りつけた大きな皿をテーブルの中央に置き、
 智子は鼻歌を歌いながら配膳し、それを見ながらご令嬢もテーブルに配膳をする。
 俺はみんなの湯呑みにお茶を注いでいく。
 これであの子がお茶を呑むのか・・などと考えながら。
 来客用の湯呑み茶碗・・我が家の中では一番高級なものだ。
 8時になると自動的に「ああ、腹、減った」と親父がリビングに現れた。
 親父がテーブルに着くと我が家の夕飯が始まる。母ちゃんがご飯を父の分から順番に盛る。
 食事中はテレビは点けない。テレビを見始めるのは親父が食事を終えてからだ。
 親父が「こんな所ですまんな」と長田恭子に言い、母ちゃんが「こんな所って何よ」と返す。
 そして、何と、テーブルを挟んで目の前に長田恭子が座っている。
 五人で「いただきます」と手を合わせ、いつもと変わらない食事のひと時が始まる。
 いや、たぶん五人とも、心の中ではいつもと違う時間を過ごしているのだろう。
 母ちゃんの一挙一動がどこか普段と違うし、親父の顔なんてさっきから緩みっぱなしだ。
「あの、お兄さま」
 そう思っていると突然声をかけられた。
 ビクンとして箸を持つ手が止まった。
「はあ、何でしょうか?」と声には出ないがご令嬢の方を見る。
「ひょっとして『お兄さま』とお呼びするのは、よくありませんか?」
「えっ・・どうして?」
「私がお兄さまとお呼びすると・・そ、その、お兄さまが不快なお顔をなされるので」
 俺が長田恭子に出会ってから最大限の長い言葉だ。すごく彼女が無理しているのがわかる。
「べ、別にそんなことはない・・」
 そう呼ばれるのが恥ずかしいからそんな顔をしてるのであって・・
「それとも『友也さん』とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「いや、『お兄さま』でいい!」
 速攻で返した。「友也さん」はちょっと無理だ。心の受付の限度を超えてしまう。
「恭子ちゃん、お兄ちゃんは照れ屋さんなんだよ」
 智子、よけいなことを。
「お兄ちゃん、この出し巻き卵、恭子ちゃんのお手製なんだよ」
 智子が出し巻き卵を箸で掴み見せる。
「そ、そうか」
 俺はそう答え、出し巻き卵を口に入れる。そう言われて食べない手はないだろう。
 うまい、じゃねえか・・
「美味しいでしょ?」
 俺はコクリと頷く。
「お兄ちゃん、恭子ちゃん、出し巻き卵以外にも、何でも作れるんだよ」
「そうみたいだな」
 この出し巻き卵や、包丁捌きしか知らないが、何となくわかる。
「智子、何でもできるわけではないわ・・」
 と言った彼女の言葉は無視され智子の言葉は続く。
「家政婦の遠野さんに仕込まれてるんだって」
 あの遠野さんっていう人、家政婦の仕事、なくなってしまうんじゃないか?
「智子、少し大げさだわ」
 長田恭子が恥ずかしそうに妹を制する。
「でも、恭子ちゃん、おいしいよお」
 智子はモグモグといつもより派手に口を動かして食べている。
 いつもは母ちゃんに「智子、もっとよく噛んで食べなさい」って言われてるくせに。
 次にめったにお目にかかれないエビフライを食べる。
 この味は母ちゃんだな。安定した味だ。
「長田のお嬢ちゃん、こんな狭苦しい食卓ですまんねえ」
 親父が普段、言わないことを言う。
 俺は長田恭子が千切ったキャベツを口に放り込む。
 母ちゃん、ごめん。いつもよりキャベツが美味しく感じる。
 キャベツの水分が弾けて口の中に広がった。
 佐伯の奴の言うとおりだとすれば俺はキャベツまで好きになってしまうのか?

 長い時間が過ぎた。それでいて、あっという間の時間が過ぎた。
 来客には一番風呂に入ってもらった。いつもは一番の親父もさすがに遠慮したようだ。
 智子は一緒に入りたがっていたようだが、これもさすがに家の狭い風呂では二人は無理だ。俺は一番、最後の風呂に入った。普段は母ちゃんが最後に入り浴槽を洗っているのだが、今夜は俺がその役に回った。
 風呂を洗い終わった頃、電話の音が鳴り響いて母ちゃんが出て長田恭子に回した。
 どうやら家政婦の遠野さんらしい。
「何もないわ」「大丈夫よ」「そっちはどう?」「みんな優しくしてくれるわ」
 とか淡々と受け答えをしている。
 彼女の言う「みんな優しく」の「みんな」には俺のことも入っているのだろうか?
 部屋に戻ろうとするとパジャマ姿の長田恭子に出くわした。
「お兄さま、おやすみなさい」
 見たことのないパジャマのデザインだからおそらく家から持ってきたものだろう。
「ああ、おやすみ」
 そう言って部屋に戻り、その辺に置いてある漫画雑誌を手に取り寝そべって読む。
 ふーっ、漫画も頭に入らない。
 電気を消すと歯の綺麗なアイドルの御堂純子も見えない。長田恭子も歯が綺麗だったな・・
 布団にごそっと入った。
 だが・・すぐにがばっと布団を上げ、跳ね起きた。
 寝れるわけないだろ!
 一つ屋根の下だぞ。隣の部屋にはあの大金持ちのご令嬢、青い瞳の長田恭子がいるんだぞ!


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