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作品名:「継母長田多香子の憂鬱」 作者:小原ききょう

第1回   芦田友也


 俺って、もしかして年下好きなのか?
 最近、ふとそう考えるようになった。
 同じ中学のクラスの女子には全く興味がないのに、年下の女の子ばかり可愛く見える。
 クラスの女子はそれなりに可愛い顔の奴はいたりしてもクソ生意気だったりする。
 特に委員長の神園なんて茶道みたいなお上品なことをやっているせいか、俺たち運動部を目の仇のようにしてずけずけと物を言う。
「ちょっとっ、芦田くん、昼休みのチャイムが鳴ったらすぐに教室に戻りなさいよ!」
 今日も運動場で汗を流して教室に遅れて戻った俺を委員長の神園が剣幕顔だ。
「一分も遅れてへんで!」
 俺は腕時計をかざし強く答える。
「芦田くん、腕時計をしていいのは試験の時だけって先生に言われてるでしょ!」
「うっかりしてきてしもうたんや」
 神園は一応注意だけするとツンツン顔で自分の席に戻った。制服の後姿が怒っている。
 やはり俺は同い年の女の子には興味がない。
 そして年上の女の人は中学校の先生と母ちゃんくらいしか知らない。
 あ・・保健室のおばさんも年上だ。母方のおばあちゃんもそうだ。あと、薬局のおばちゃん、銭湯のおばさん・・考えていたらまだまだ年上の女の人が頭の中に浮かんできそうなのでやめた。
 そもそも俺くらいの男子はどんな女の子が好きなんだ?
 考えたらクラスの男子はたいていアイドルの女の子に夢中だよな。アイドルなんて俺には誰が誰だかさっぱりわからない。
 二年前、大阪で開催された万博以降、アイドルが急に増えだした。日曜日の昼にはオー ディション番組もやっているほどで、みんな欠かさず見ているらしい。
 けれどテレビに出てくる女の子なんて子役でもない限りはみんな高校生以上だ。俺たち中学二年生からみたらみんな年上の女の子、いや、もう女の人だ。
 クラスの連中はみんな「年上の女の人」に夢中になっているということだ。
 それなのに俺だけがどうして・・それも、よりによって妹の友達ばかり・・・
 俺はアイドルなんてこれっぽちも興味が湧かないし・・
 これは紛れもなく俺が年下好きってことだよな?
 一人目の年下の子は、妹の智子の幼馴染、近所のボロアパートに住む女の子だった。
 名前は「小川悠子」・・智子は「悠子ちゃん」と呼んでいた。
 智子より少し痩せていて家が裕福でないせいか、いつも同じ色のワンピースを着ていた。
 ボロアパートの前にある小さな砂場で二人で遊んでいるのを学校帰りによく見かけた。
 悠子のおかっぱ頭が俺を見つけると「智ちゃん、お兄ちゃんよ」と俺に背を向けてる智子の肩をポンポンと叩いた。こちらを振り返った智子の顔は砂まみれだった。
 智子の丸い幸福そうな顔に比べて悠子はどことなく薄幸そうに見えた。
 そんな雰囲気が人を惹きつけるせいなのか、その頃まだ小学生だった俺は不覚にも一緒になって遊びたい、と思ってしまった。
 もしあの時、そんなことをしていたら俺は一生、妹に兄貴として尊敬されなくなっていただろう。
 いや、元々、妹に尊敬なんてされてないから、かまへんか。
 そして、二人目の女の子は・・

 ガラガラとお店のドアを開け俺は部活から帰宅した。
「こら、友也、店の方から入ったらあかん、営業中は裏から入りなさいって、いっつも言っているでしょ!」
 一番に店の中の母ちゃんが怒鳴り声が聞こえる。母ちゃんは他にお客がいてもお構い無しに大きな声を出す。
 裏の勝手口から入るのが面倒臭いのでついつい店の方から家の中に入ってしまう。
 それに裏口のドアは幅が狭く、カバンを肩にかけて通るといつもどこかに引っかかる。
 テーブル席でお茶を飲みながら饅頭を頬張っていたお客さんが俺をちらっと見る。
 俺の家は通りで「芦田堂」という和菓子屋を営んでいる。
「芦田」というのは我が家の苗字だ。
 大きな銭湯の横にある小さな店だが、親父が祖父の代から受け継いでいる店で近所でも有名だ。
 店の周囲は銭湯や文房具屋、めがね屋、花屋、散髪屋など店がこぞって並んでいる。
 店の前の通りをさらに駅の方に進むと洞窟のような小さな商店街があって八百屋、電気屋、薬局、駄菓子屋などがその中でひしめき合っている。
 幼い頃からそんな店ばっかりを見て育ったせいで俺は小学校に上がるまでは家というものは全部、何らかのお店をやっているものだと思っていた。
 思い込みも甚だしい。
 小学校に上がるとすぐに世の中の親たちは店をやっている人もいるが大抵は会社や役所で勤めていたりすることがわかった。それに、親によっては働いてなかったりもする。

「お兄ちゃん、汗臭いよお!」
 店の奥にある茶の間に入ると小学五年生の妹、智子が頬を膨らましている。
 妹も小学校から帰ってきたばかりらしく自分の部屋に行かずランドセルを置いておやつ代わりのドラ焼きを頬張っている。
 汗臭いのは当たり前だ。サッカーの部活を終えてきたばかりだ。
「うるせえ、ブスのくせに!」
 答えになっていない返事をする。お互いに「おかえり」も「ただいま」もなしだ。
 いつものように妹をブス呼ばわりしてスポーツバックを座布団の脇に置いてどかっと座った。
「また私のこと、ブス、ブスって言う!・・でもね、お兄ちゃん、ほんとに臭いんだから、私はいいけど、お兄ちゃん、クラスの女の子に嫌われちゃうよ!」
 妹がむくれながら言う。
「元々、嫌われてるからかまへん」
 少し気になるので腕の匂いを嗅いでみる。確かに妹の言うとおり臭い。
「ドラ焼き、お兄ちゃんの分、あるよ」
 むくれながら妹が指す卓袱台の上にはもう一つドラ焼きが皿の上にのっかってる。
 俺がドラ焼きに手を伸ばすと智子がお茶を入れてくれた。「ありがとう」も言わずにお茶を口にした。
 いつからだろう、妹のことを「ブス」呼ばわりするようになったのは? 覚えていない。
 だからといって、妹のことを今更「可愛い」というのもおかしい。
 可愛い?・・いや、可愛くはないっ・・顔は丸いけど・・
 茶の間のテレビは再放送の青春ドラマを映している。
 ドラマの主役の熱血先生はサッカー部の顧問で毎回生徒たちの色んな問題にぶち当たっては見事に解決しドラマの終盤には適度なハッピーエンドを迎えている。
 そういえば小学校の時このドラマを見て「中学になったらサッカー部に入る」と決めたんだっけ。
 今、このドラマを見ていてもとてもそんな気は起きない。
「お兄ちゃん、今度、私のお友達を家に連れてくるけど、お兄ちゃんは部屋に引っ込んでいてよ」
 智子はドラ焼きを食べ終わるとそう言った。
「なんでや?」
「お兄ちゃんを見られるの、恥ずかしいから」
 何で、俺を見られたら恥ずかしいんや!
「どうせ、またブスなんやろ」
 俺がそう言うと智子はぷっと吹き出す手前のような表情をして微笑んだ。
 何がそんなに可笑しい。
「また」と言ったのは智子の小学校の秋の運動会に父兄として観に行った時、紹介された女の子のことを指して言ったつもりだ。
「石谷加奈子」・・たしか智子は「加奈ちゃん」と呼んでいたな。
 その子が智子の幼馴染に続いて俺が興味を抱いた女の子の二人目だ。
 彼女は決してブスなんかではない。
 石谷加奈子の名誉のためにも、さっき心の中で智子に言った「ブスなんやろ」という俺の言葉を心の中できちんと訂正する。
 石谷加奈子は少し大人びて知的な感じがした。中学校の同級生の女の子の中でもいないタイプだ。
 運動会では智子を挟んで三人で座った。少しドキドキしたのを憶えている。
 何か気のきいた話でも、と思ったが最後までろくに会話ができなかった。
 石谷加奈子は智子が五年生になってからできた親友らしくピアノが上手なんだそうだ。
 その頃、智子はクラスメイトにイジメを受けていたみたいで、どうやら彼女が智子の力になってくれていたみたいだ。
 いつかお礼でも言おうと思っていたが、彼女はせっかく智子と仲良くなったのも束の間、ピアノコンクールでの優勝を果たすと父親の仕事の都合で遠い所に転校してしまった。
 転校を知らされた智子はショックだったらしく、しばらく部屋にこもってずっと泣いていたみたいだ。
 母ちゃんが何を言っても答えることができないくらいに智子は落ち込んでいたようだった。さすがにこの俺も妹が少し可哀そうになった。
 運動会で妹がクラスメイトにイジメられているのを見つけた時よりも可哀そうだった。
 母ちゃんに「友也、智子に何か言ってあげえな」と言われたけれど俺は妹に声をかけてあげることができなかった。
 俺には何の言葉も見つからなかった。
 再放送の青春ドラマを見終えると二階の自分の部屋に上がり南向きの窓を開ける。
 絡み合う電線の向こうに金持ち集団が新しく建てた家がたくさん見える。俺が幼稚園の頃にはただの高台だったのが今では小さな町のようになっている。
 その西側には高台の日陰になっているアパートがある。智子の幼馴染の「小川悠子」はそこに住んでいる。
 小川悠子は小学生の高学年になると近くの小さな商店街の祖母のやっている駄菓子屋の手伝いをするようになった。妹の方も自分の家の店の手伝いをするし、お互いに疎遠になってしまったようだ。
 石谷加奈子が転校でいなくなったのなら、また幼馴染の小川悠子と仲良くやってくれればいい、と勝手に考えていたが今度、家に連れてくる友達というのは小川悠子とはどうも違うみたいだ。
 風が冷たいので窓を早々と閉め、汗臭いシャツを脱ぎ捨て真新しいシャツに着替え宿題にとりかかる。
 部屋の壁にはアイドルの女の子のポスターが貼ってある。
 アイドルなんて興味ないのに智子がくれたやつだ。
「この子、今、クラスの男子に一番人気があるんだよ」と俺の部屋に入ってきて押しつけてきた。
 丁度、石谷加奈子が転校したばかりの頃、自分の部屋からごそごそと出てきて智子が出した第一声がそれだった。
「これ、どないしたんや?」と訊くと「雑誌の付録だから」と答えた。
「こんな子、興味ないから、いらへん」と断ったが「まあまあ、お兄ちゃん、そんなに恥ずかしがらんでも」とか言って万博に行った時に買ったペナントを剥がして壁に貼って出ていった。
 智子、勝手にペナントを剥がすなよ。それで、このアイドルの子、何ていう名前や?
 大変迷惑なことだったが「智子が元気みたいだから、まあいいか」と思ってポスターはそのままにしてある。ペナントは智子が持ち去って自分の部屋に貼ったみたいだ。
 壁のアイドルが白い花を持ち俺を見て微笑んでいる。
 やはり、迷惑だ・・年上だし・・
 再び窓の外を見た。通りの絡み合う電線の上に鳥が数羽仲良くとまっている。
 そっか、智子に新しい友達ができたのか・・
 それはそれでいいことだ、俺の出番がなくて助かる・・と一人で納得した。


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