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作品名:家政婦遠野静子の憂鬱 作者:小原ききょう

最終回   あやとり


 まだ私が幼稚園に通っていた頃、数少ない記憶の中で鮮明なものが一つだけある。
 その日は東京のお家のテラスでお母さまと二人きりだった。
 それはお母さまが私の前から消えた日。
 私の両手の間には複雑に絡み合う糸があった。
「そうよ、そこで小指をこの輪の中に入れるのよ・・そして、糸をとって」
 私はお母さまに教えられる通りに小指の手前の糸をとった。
「お母さま、こう?」
「そうそう・・今度は人差し指で親指の方の糸をとって・・ここにかけて」
「これでいいの?」
 合っているかどうか不安なのでお母さまの顔を何度も見ながら進める。
「ええ、そうよ・・それから、親指をはずすのよ」
「このあと、糸をどうするの?」
「そこで二つの輪を人差し指からはずして」
「こう?」
 私の両手の間で一つの形が完成した。
「はいっ、『天の川』の出来上がりっ・・大変よくできました」
 お母さまはそう言って微笑んだ。
「お母さま!・・私、できたのね」
 お母さまが喜んでくれると私も嬉しくなる。
「今のやり方、ちゃんと覚えた?・・もう一度、最初からできる?」
「覚えたわ・・もう一回していい?」
 私はお母さまが教えてくれた綾取りの「天の川」を何度も作って見せた。
「やっぱり、恭子は物覚えが早いわね・・」
 そう言ってお母さまは私の頭を撫でてくれた。
 それは私の一番大好きな時間、そして大切な時。
「もうお母さんがいなくても一人でできるわね?」
 そう訊ねられ私は「ええ、一人でもできるわ」と得意気に答えた。
「恭子はいつか偉い人になるわ・・」
 誉めてくれているはずのお母さまの顔がどことなく寂しそうに見える。
「私、そんなのなりたくない・・」
 お母さまがどこか遠くに消えていってしまいそうな気がしたので私は強く言った。
 偉くなんかなりたくない・・
 私はお父さま、お母さま、二人のそばにいれたらそれだけで十分幸せだ。
 いつまでもずっと一緒に・・

 その時、門の方から島本さんのお母さまを呼ぶ声が聞こえた。
 島本さんの声は大きいから遠くからでもよく聞こえる。
「奥さまっ・・お車の用意ができました」
 島本さんの声にお母さまは静かに頷いた。                          
                                   (了)


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