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作品名:家政婦遠野静子の憂鬱 作者:小原ききょう

第33回   母親として
 止まらない。
「大人たちのわがままに勝手に振り回されて、毎日をどんな思いで過ごされているか、おわかりですか!」
 ぴくりとも動かない由希子さまの表情を見て私が少し言い過ぎたことを悟った。
「恭子は大きくなったわね・・さきほど見て驚きました・・それに、ピアノ・・とても上手に弾けていたわ」
 この人はお嬢さま育ちなのかもしれないが、私よりはずっと大人だ。私の失礼な言葉をぷつりと切ってしまった。
「もう間もなく恭子さまがここに来るはずです。感の鋭い恭子さまのことです。前の席におられた由希子さまに気づかれたことと思います」
「そのようですね・・私もわかりました」
 由希子さまは傘の柄を握り直した。
「お嬢さまに会わずに行かれるのですか?」
「ええ、その方が、あの子のためです・・」
 恭子さまのため?そんなはずはない、恭子さまの方だって会いたいはずだ。
 自分のたった一人の母親だもの。
「下関の方に行かれる前に一度会われてはどうでしょうか?今でしたらまだ間に合います」
 私の誘いの言葉にに由希子さまは首を横に振った。
「恭子さまはお会いしたいと思っているはずです」
「恭子が会いたいと言ったのですか?」
「いえ・・恭子さまはそのようなことは一度も・・けれど本当は会いたいと思っているはずです」
 恭子さまはそんな女の子だ。強がりなだけで本当のことは何も言わない。
「一度、会ってしまうと、お互いにまた会いたくなる・・そんな甘えは私にも恭子にも許されないのです」
 そんな話は私には理解できない。母娘だったら会えばいいのではないかと単純に思う。
 ただ、それはお互いの家の格式が高すぎるせいなのだろう。
「それに、あの子はいずれ長田の家の事業を大きく伸ばしていく人になります。私のような者がでしゃばってしまってはあの子のためによくありません。恭子には強くなって欲しいのです」
 ある程度由希子さまの返事は予想はついていたのかもしれない。
 そして、恭子さまを神園家が引き取らなかった理由・・最初、私は恭子さまが異人の娘だからではないかと思っていたが、おそらくそれは違う。
 由希子さまは恭子さまがいずれ長田家の頭首となり事業を引っ張っていく存在になるだろうこと、それを由希子さまはひたすら願っていたのだ。
「わかりました・・」
 私は静かに由希子さまの気持ちに答えた。
 私が何度言っても、この人は絶対に恭子さまに会わない。
 おそらくこの先もずっと・・
「ご決心のほどはお強いようですから、私は引き止めません。そして恭子さまも奥さまの方には行かせません。どうか安心してください」
 この後の私の役目を考えると胸が抉られるようだ。
「あの子、泣く・・でしょうね」
 そう言っている由希子さまの方が唇を噛み縛り少し泣いているように見える。
「いえ、泣かないと思います。恭子さまはまだ私の前では一度も泣かれたことはありませんから」
「恭子はそんなに強かったでしょうか?・・」
 由希子さまが娘のことを確認するように私の顔を改めて見る。
「いえ、弱いと思います・・今は確かに・・まだ弱いです・・」
 今はまだ子供だ。母親に甘えたがる時期の女の子だ。
「ただ、これからは違います!」
 ここから先は私の役目だ。
「これから私は多くのことを恭子さまに教え続けます。恭子さまを強くして・・そして、いつか素晴らしい女性にしてみせます」
―これは私が決めたことだ。
 私の言葉を全て聞き終えると傘の柄をしっかりと握り直し、
「遠野さん、お願いです。これからも、あの子、恭子を優しく見守ってあげてください」と由希子さまは言った。
「違いますよ、由希子さま、恭子さまを優しく見守る人は別におられます」
 私が誰のことを言っているのか、想像がついたのか由希子さまはニコリと微笑み背を向けた。
 見守るのは私の仕事ではない。私は恭子さまを成長させていく。それが私の仕事だ。
 由希子さまは大通りまで出ると手を上げ停まったタクシーに乗った。


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