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作品名:家政婦遠野静子の憂鬱 作者:小原ききょう

第21回   長田恭子の憂鬱


 懇親会やパーティでは挨拶をしなければならない。
 私が小学校三年生のころまでは父の横にいるだけでよかった。みんなの前で微笑んでいるだけでよかった。
 けれど四年生にもなるとそういうわけにもいかないらしい。叔父が書いた台本のようなものを暗記して来賓の前で話す。
 全て話しても三分とかからない時間が死ぬほど苦痛。スポットライトのような照明が当てられ眩しい。
 そして話し終わるとみんなの前で精一杯微笑まないといけない。
 パーティはこれまで四度ほど経験がある。広間でしたりお庭ですることもある。
 少人数の時には少し大きめの居間でもした。
 腰回りのきついパーティドレスに着替えて三十分ほどパーティに同席する。
 静子さんに「恭子さま、少しの辛抱ですからね」と言われてもやっぱりイヤ。
 色んな人が微笑みながら近づき話しかけてくる。亡くなった父の関係者、次に多いのは母であるあの人にビジネスの上で擦り寄っている男たち。
 大抵は学校のこととか、習い事のことを訊いてくる。
 私からは話しかけることはない。ひたすら微笑み、お辞儀を繰り返す。
 お酒や煙草の匂いやいろんな食べ物の匂いがドレスに染みつき、また一つ静子さんの仕事を増やしてしまったと思うだけ。
 その場所に私の存在理由を見つけ出すことができない。
 わかるのは私が叔父やあの人に利用されているということだけ。
 私は微笑んでいればいい。
 いつもどこでも微笑んでいるだけでいい・・
 いつからだろう。そんな習慣が私の身についているのに気づいた。
 パーティの上だけではない、学校でも同じ。
 微笑んでいさえすれば何事も起きない。誰とも話さない方がいい。
 クラスメイトが私に距離を置いているのが痛いほどわかる。
 そう、まるで家のパーティで知らない人に声をかけられた私自身みたいに。
 クラスメイトの私に向ける微笑みがぎこちない。
 私が何かを問うと、どうやって返事を返していいのか思案しているのがわかる。
 そこには同じクラスの女の子同士、という感覚などない。
 誰もが私を特別扱いする。
 東京にいた頃、三年生の時、国語の教科書を持っていくのを忘れた時があった。
 静子さんがまだ仕事に慣れていない頃だ。
 私が教科書を机の上に出さずにおろおろしているのを見て、左に座っている女の子が「教科書、私のを見て」と言ってきた。「ありがとう」と言う間もなく、私たちの方を見ていた右側の女の子が「長田さん、私の方の教科書を見て」と強く言い目の前に教科書を差し出した。左側の女の子は右側の子に気圧されたのか、教科書を引っ込めた。
 私の知らないところで力関係が存在している。
 私にとってはどうでもいいことだけれど左の子は右側の子より弱い立場のようだ。
 もし、そこで私が早く教科書を見せてくれた左の子の教科書をあえて見ようとすれば、何かが起きる。あとで左の子がイジメられるかもしれない。
 私が黙って右側の子に教科書を見せてもらえば問題は起きない。
 私はどちらの女の子にも微笑みを見せで左の子に教科書を見せてもらうことにした。
 右側の子が誇らしげにしているのがわかった。
 あとで私に教科書を見せたことを自慢するつもりなのだろうか?

「さっきはごめんなさい」
 休み時間、私は先に教科書を見せてくれた女の子に謝った。
 確か、松岡さんという名前だったと思う。
 ひょっとするとこのことがきっかけクラスメイトと何らかの交流が生まれるかもしれないと心の片隅で思っていた。ほんのちょっとだけ・・
 目の前で松岡さんがうろたえているのがすぐにわかった。
 松岡さんは私の方を見ずに周りの視線を気にしていた。
 私に謝られたりしたらあとが大変なのだ。松岡さんは私の前から慌てて逃げた。
 結局は松岡さんも他の人と同じだった。
 誰も私と同じ位置に立ってくれない。
 神戸に来てもそれは同じだった。みんな私のことを予め知っている。
 学校に高級車で送迎されているので当然かもしれない。
 かといって送迎をやめてと言えば静子さんがあの人に叱られるのは目に見えている。
 いや、車の送迎がなくてもみんなそれぞれ親から聞いて私のことは知らされる。
 私が転校してきた時、教壇に立って氏名を言う前に生徒たちは事前に私の氏名を知ってるのがわかった。教壇から私が見渡した教室の中で「長田さん」とか「恭子さん」と小さな声で言っているのが聞こえたからだ。
 私の家は他の子たちと比べて桁外れに大金持ちなのだ。
 この事実を変えることはできない。
 体育の授業でドッジボールをすれば全員で私の前に立って私をかばう。
 バレーをすれば私の方にボールは一度も飛んで来ずに試合は進行していく。
 50メートル走で五人並んで競った時、私は一番だった。
 まさかと思うけれど他の四人が遠慮したということはないだろうか。
 50メートル走はタイムも計っているので体育の点数にも響くから、そこまではしないと思う・・けれどわからない。そう言い切れる自信が私にはない。
 それに、そんなことは誰にも聞けない。
 私は誰かと話がしたい・・
 クラスメイトは私に寄りつかないけれど、利用はされる。
「ねえ、長田さんはこの花瓶の位置、どう思う?」
 教室の窓際の壁に並べてある花瓶の位置で揉めると私に訊いてくる。
 私が決めれば問題ないからだった。
「そうね、私は右側に置いた方がいいと思うわ」
 私がそう応えると右と言っていた子が「ほら、私の言った通りじゃない!」と勝ち誇ったように言い反対側を主張していた子はまるで何か勝負事に敗北でもしたようにうなだれる。
 けれどそこから争いごとは起きない。
 私はみんなと話をし合って何かを決めたい。


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