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作品名:家政婦遠野静子の憂鬱 作者:小原ききょう

第19回   二人の男


 私は和菓子を買うために町の通りにある「芦田堂」に向った。先日の失礼をお詫びするためもあった。お詫びしてまたそれ以上に注文をしておくのも長田家のやり方だ。
 天井川を下り駅とは反対の方角に曲がると古い商店街がある。商店街の中には電気屋、薬屋、八百屋、散髪屋、駄菓子屋などがある。
 散髪屋や駄菓子屋などには行ったことはないが邸宅の電化製品は駅の近くの大きな店とこの商店街の中の小さな電気屋で揃えた。
 買い置きの薬などはこの商店街の薬屋を使っている。
 商店街の側を抜けると通りに「芦田堂」が見えてくる。
 その向こうには大きな銭湯がある。ここは私には縁がなさそうだ。
「おまえ、長田の家の者やなっ!」
 突然の男の声に心臓が激しくドクンッ!と鳴った。
 考え事をしていて注意していなかったがすぐ前に男がいたのだ。
 それは会社を解雇になった青木だった。一度顔を見ただけだったが、あの泳いでいるような目をはっきりと憶えている。
「おまえ、俺のこと、会社に告げ口しやがったやろ!」
 こんな怖い顔を見たのは初めてのことだったし、そんな言葉を使われたのも生まれて初めてだった。どうして青木を調査したのが私だとわかったのだろう?それこそ誰かが言ったのだ。
「あれから俺がどんなけひどい目に遭ったと思ってるんやっ」
 私、何かされるの?
 私は長田の家を守るために仕事をしただけなのに。
「わ、私は・・悪いことをしていないわ・・悪いのは・・」
 そうだ。悪いことをしていたのはこの男だ。仕入を特定の業者に回して賄賂を受け取っていた。けれどそんな言葉は通用しそうにない。
「なんやと!」
 男の腕が飛んでくるのが見えた。避けられない!
「殴られるっ」その言葉が私の頭を抜けていった。
 だが、次の瞬間には青木の腕は宙で止まっていた。
 横からもう一本、別の男の腕が伸びていたのだ。
 腕が太い。
「なにするんやっ!」
 大きな声が通りに響く。男は青木の手を捻じ曲げ背中に回した。青木は男の顔を確認しようとしているがその体勢では見えない。
「こんなか弱いおねえちゃんに、手をあげたらあかんがな」
 私はこの人に助けられた?
「フジタ、あんまり、手荒なことはするなよ」
 もう一人の連れ合いが中年男を制している。
「カヤマ、久々に誰かを殴ろうかと思ってたんや。一発ぐらい、あかんか?」
 それは奇妙な取り合わせの二人の男だった。
 振り上げた青木の腕を力強く押さえ込んでいるのは少し小太りの男で腹巻をしたお腹がたぷたぷと揺れている。
 もう一人はきっちりとしたグレーのスーツをきれいに着こなしている弁護士か事業家のような感じだ。
 私が二人を見ているとフジタと呼ばれた男の方が「おねえちゃんは、そんなにか弱くもなかったかいな?」と私の顔を見て笑った。
 数人の通行人が見物している。
 その後、男は「お前、青木やな?」と青木を掴んだ腕を振り解き訊ねた。
 青木はこれ以上、動かないように見えた。
「フジタさんっ!・・」
 男の顔を見た青木はそう言った。少し面食らっている。
 知り合い?男が「青木やな?」と確認したところをみると親しい間柄ではなそうだ。
 フジタという男が「顔が広い」ということなのか?
「このねえちゃんに何をそんなに怒っとるんか知らんけど、女に手を上げるんは最低やぞ!」
 青木がしょぼくれたようにうなだれている。
「フジタさんっ、すんません!・・」
 まるで子供が親に怒られているみたい。
「お前が謝るんは、こっちのねえちゃんの方や」
 そう言われ青木がこちらを向く。
「す、す・・」言葉を出していない。「すみません」と言うつもりなの?
 先ほどまで怒りをぶちまけようとしていた相手に素直に言えないの。
「私は別に・・」
 私の方もこんな時に言うセリフがわからない。
「あ、あの・・」
 私は何を言っていいかわからず、フジタさんに向って助けを求める。
「すまんすまん・・おねえちゃんの方も何を言うてええか、わからへんわな。こいつにはこんなことせんように後できつう言っておくから、安心してかまへん」
 私には笑顔を見せた後、青木の方を見てきつい顔になる。
「おい、青木、もうどっか行け!」
 フジタさんが大きな声で言うと青木は「すんません、すんません」と何度も言いながら去った。フジタさんに言っているのか私に言っているのかわからない。
「あ、あの、ありがとうございます・・そ、その、助けて頂いて」私は頭を深く下げた。
「あんたみたいな綺麗なねえちゃんに頭を下げられたら、照れるがな」と言いながらフジタさんは頭を掻いている。フジタさんはすごく安心できる人だと感じた。
「あの男とあなたのと間に何があったのかは知らないが、フジタの言っていることは信用していい」それまで黙っていたもう一人の・・確かカヤマと呼ばれた男が口を開いた。
「あの男があなたに何かをすることは今後絶対にない」
 なぜかこの人の言うことを信用できる気がした。何か事業をされている人なのか?
 この二人って何者なの?
「あの、お名前・・せめてご住所をお聞かせください・・」
 後でお礼だけはしないといけない。
「おい、フジタ、行くぞ!」カヤマさんがフジタさんに言う。
「あの、お名刺とかあれば・・いただけませんか?」
 このまま別れてしまえば何もわからない。調べようがない。
「ほな、ねえちゃん、ここまでや」
 男たちはお互いに声をかけ私の前から去ろうとした。
「それでは私の気がすみません」私はそれでも呼び止める。
「わしら、これからそこの銭湯に行くんや。何やったら、ねえちゃんも一緒に来るか?」
 フジタさんは振り向くと悪戯っぽい目でそう言った。
 男湯に?・・それは無理。
 女の私はついて来れないことを知って言っている。なんて意地悪な・・そしてなんて優しいあしらい方。
 フジタさんの意地悪な言葉に紳士のカヤマさんは笑顔を浮かべている。
「そ、それは・・」
 私が臆していると二人は銭湯の中に消えていった。
 外で待っているわけにはいかない。まだ予定が山ほどある。
 通行人の中にまだ私を見ていたおばさんがいる。
「あ、あのう・・」
 声をかけられびっくりしているおばさんに訊ねる。
「今のお二人、ご存知ですか?」
 小さな町だ。絶対に知っているという確信があった。
 すぐに私の期待した返事が返ってきた。
「ええ、お二人とも、よく知ってますとも」


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