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作品名:家政婦遠野静子の憂鬱 作者:小原ききょう

第14回   調査の仕事


「恭子さま、失敗です・・『遠野静子、大失敗の巻』です」
 私は客間に座ったままの恭子さまに言った。
 恭子さまは顔を上げ私のおどけた言い方に少し驚いている。
「静子さん、どうしたの?」
 おそらく恭子さまは先ほどの奥さまとのやり取りで傷ついている。
「漫画です」
「さっき本屋さんの袋を持っていたけど、漫画の本、買ってきたの?」
 恭子さまは察しがいい。
「はい、でも、買った雑誌には魔法少女は載っていませんでした・・」
 私はそう言いながら先ほどまでの奥さまとのやり取りを紛らわしていた。
「いったい、何の漫画なの?」
「それが、男女の恋愛ものばかりが載っていて・・」
 恭子さまは何のことかわかったようで、ぷっと吹き出しそうな顔をしている。
「恋愛の漫画なのね?」
「そ、その、恭子さまと同じ位のお年齢の女の子が読んでいるようでしたので、それで・・」
 何とご説明していいのか・・
「恭子さまにはまだ少しお早いかと・・」
 恭子さまはじっと私の顔を見ている。すると意外な返事が返ってきた。
「いいわよ。私、読んでみるわ」と言って恭子さまは微笑んだ。
「そ、それなら後で、お部屋の方にお持ちします」
 そんなに大失敗でもなかったのかもしれない。
 ジリジリジリッと門の呼び鈴が鳴った。
「あっ、ピアノの先生が来られたようですね。私、先生をお迎えに行きます」
「私は先に二階に上がっているわ」
 恭子さまはソファーから立ち上がって二階に上がる階段に向った。
「あとでお紅茶、先生の分と一緒にお部屋の方にお持ちします」
 綺麗なブロンドの髪が揺れながら私の前から消えた。
 私はピアノの先生を出迎えた後、キッチンでお湯を沸かした。
 ピアノのある部屋は完全防音の別室だ。
 神戸に越した後、すぐにグストフ氏がそう改装させた。
 あとで聞いた話だが、奥さまが「ピアノの音がうるさくて仕事に集中できない」とグストフ氏に洩らしていたらしい。
 部屋でする奥さまの仕事も大事とは思うけど、一度くらいは恭子さまのピアノに耳を傾けて欲しい。
「楽器の音色は弾く人の精神状態を表す」と誰かが言っていた。
 今の恭子さまのお心でピアノを弾けばどんな音色を出すのかしら?
 それはピアノの先生や他の人にもわかるものなのだろうか?
 完全防音の部屋とはいえ、ドアの前に立つとピアノの音は少しは聞こえる。
 私にはその音が恭子さまのお心を反映するものなのかどうかはわからない。
 私はティーワゴンを用意して部屋のドアを静かにノックした。



 調査は私の仕事の一つだ。
 最初の仕事は、この町にある長田系列の会社のある人間を業者に調査させた。
 その会社に届け物と称して訪れた時、経理の仕事を古くからしている事務員から相談を受けた。
 会社の仕入先が片寄りだしたというのだ。
 それで会社がいい方向にいくのなら別にかまわないが、そうでもないらしい。
 運転資金のための借り入れ金が増えていき、同時に利息の支払いも大きくなっているということだ。
 青木という男が仕入れ担当の課長に昇進してから、それがひどくなったらしい。
 仕入れ担当の人間が業者から賄賂を受け取り仕入ルートなどを業者の都合のいいように融通させるのはよくある話だ。
 生前、ヒルトマンさまは賄賂を非常に嫌っていた。
 彼は賄賂というものが場合によっては会社を伸ばすことは十分に承知している。
 だが昔、大きな賄賂で身を破滅させた同国人の存在を彼は知っていてその教訓から賄賂を決して受け取ることはなかったということだ。
 青木という男に世間話で近づくと私と目を一度も合わせなかった。絵で書いたようにその目は泳いでいた。
 私はグストフ氏の了解をもらい、この会社と青木の素行を調査させた。
 報告書には青木が仕入先と内々に交わしていた不正な仕入れ価格の裏設定の内容が事細かに報告されていた。
 また青木がギャンブルにお金を注ぎ込み大きな借金があることもわかった。
 調査を全て鵜呑みにするわけにはいかないので会社関係の主要ポストにある人間の話も聞き照合させた。帳簿を調べる作業も依頼した。
 グストフ氏は私からの話と報告書を併せて目を通すと、青木を解雇し、営業、経理の担当の入れ替え作業を行った。その時の仕入先はすぐに変更された。
 この件以外でもこの会社の経理は杜撰だった。後でわかったことだが、それはヒルトマンさまが亡くなってからだった。
 こんな調査・・業者を使うようなことをしなくても私にできることは多くあった。
 近所の人からの情報、区役所での住民基本台帳の閲覧、市民の電話帳、地図・・色んな情報網を手繰り寄せれば業者を使わなくてもわかることがたくさんある。
 私にはずっと知りたいこと、場所があった。
 そう、ヒルトマンさまの前の妻、由希子さまの家だ。
 彼女が今、どこで何をしているのかを知りたかった。
 調べだすと彼女がどこに住んでいるかはすぐにわかった。
 由希子さまはまだ神戸のご実家にいる。


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