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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第5回   香山さん


「村上、お前が綺麗なおねえちゃんと一緒に歩いとったって評判になってるで」
 学校で席に着くなり修二が寄って来た。
 どこで見られたんだろう? きっと文哉くんが言ったのに違いない。
「あの人、僕の叔母さんや」
「なんや、そうなんか。村上の叔母さんか」
 修二はがっかりした顔を見せる。
 けれど、おねえちゃんの前に「綺麗な」という言葉が付いていたことが少し驚きだった。
 女の人の不細工なのはわかるけれど、どういう顔が綺麗なのか、また、可愛いのかわからなかったし、それまで考えたこともなかった。
 叔母さんは綺麗な顔をしている・・そう僕は思うようにした。
 だったら叔母さんの姉である母も綺麗なんだろう。
 でも僕には母と叔母さんが似ているようには思えない。
 駄菓子屋の小川さんは綺麗なのかな? 不細工ではないし、でもまだ子供だから「可愛い」という言い方の方が適切なんだろうか?
 けれど、そうやって貧乏と金持ちみたいに女の人も二つに分けていいものだろうか?
「今日もうちでゲームをしよな」
 修二の言葉に頷くとクラスの委員長の「起立!」と言う大きな声が響いた。
 学校が終わると家にランドセルを置いて修二の家に向かった。
 修二の家は商店街のまだ向こうで近くの山の斜面のハイツにある。この辺りでは山の斜面が切り取られ大きなマンションの建設が進んでいる。修二の家はマンションの立ち始める前は日当たりも良かったけど、今では薄暗くなっている。ここでいつも二人でお菓子を食べながらゲームをやっている。
「そういえば、例の銭湯のおっさんの息子、すげえ心臓の持ち主らしいぞ」
 修二が碁をさしながら言った。
「なんでも風呂に三時間以上浸かっても平気らしいぞ、いつも銭湯に入っているうちにそうなったらしいで」
「すごいな、僕なら三分が限界だ」
「三分は短いぞ、もっと心臓を鍛えろよ。男は心臓や!」
 あの父親にして息子ありだ。同じ子供でもそんなに体力に違いがあるものなのか。
 まだ会ったことのない同じ位の年であろう子供が風呂に長く浸かっている顔を想像して思わず笑った。
 そんな子供の父親なら更に心臓が丈夫で一日中でも風呂に入っていられるのじゃないか? そう考えていると汚いと思われていた男からどんどん汚れが落ちていく気がした。
 修二の家の下の坂道を下り商店街の脇を通っていつものアパートのある道を通ると、あのシュミーズ一枚の女がゴミを出しているところだった。
 こちらを見たがすぐに視線を元に戻した。
 夏の暑さと通り過ぎていった梅雨で生い茂った雑草の中に花が咲いているのを見つけた。
 花は誰に見てもらうためにあんなに懸命に綺麗に見せようと咲いているのだろう。



「村上くん、長田さんの家に行ったんやってね。誕生会があったんでしょ?」
 ウサギ小屋の餌やりの当番で一緒になった香山さんに訊かれた。
 香山さんはいつもつんつんした感じでしゃべる女の子で、僕は少し苦手だ・・というより女の子はみんな苦手だ。
「行ったよ・・なんで?」
 大きな瞳が覗き込むようにじっと僕の目を見ている。香山さんは身長も女の子の中では高い方なのでこちらが少しおされる感じだ。
「長田さんの家、大きな家やった?」
 香山さんは長田さんの家に興味津々みたいだ。
「うん、外国のお城みたいやった」
 あまり思い出したくない。誕生会の日のことが浮かび、同時に僕の持っていった貧相なプレゼントを思い出す。
「そっか・・」
 僕の答えに香山さんは少し溜息をついた。
「香山さんは招待券をもらわなかったんか?」
「あの子とは仲が悪いから、そんなんくれるわけないわよ」
 誘われない子もいたんだ。僕には関係の無いところで女の子の中でも色々あるらしい。
 でもこっちに迷惑がかからなければどうでもいい話だ。
「小川さんは招待券をもらったけど、行かんかったよ」
 あの小川さんが?
 どうでもいいと思っていた話がどうでもよくはなくなってきた。
 香山さんは小川さんと友達なのか? そういえば香山さんが小川さんを自分の配下のようにして連れて歩いているのを何度か見たことがある。
 あまりにも違う二人の風貌と性格のせいだろうか? ただ一緒に歩いているだけだが、周囲から見れば二人の間に上下関係があるように見えた。
 香山さんは勝気でよくしゃべる女の子だし、小川さんは無口でいつも俯いているような子だ。それに服装だって全然違う。香山さんはどちらかというと流行りものの服を着ているし、小川さんはいつも同じ色のワンピースだ。
「小川さんは何で行かんかったん?」
 僕の問いに香山さんは「小川さんの家が貧乏やからとちゃうの」と答えた。
 小川さんは友達じゃないのか? そんな言い方はちょっとひどい。
「貧乏やからプレゼントなんて買えるわけないでしょ」香山さんは続けてそう言った。
 香山さんは本当は小川さんみたいな大人しい子ではなく長田さんのような金持ちの女の子と友達になりたいんじゃないのだろうか?
 そうだ・・僕もそんなにお金のある方じゃないんだから小川さんみたいに誕生会を断ればよかったのだ。
 そんな話をしながら僕たちはウサギの餌やりの仕事を終えた。
 餌を無心に食べているウサギを見ながら夏休みに入ったら子供の声も聞こえなくなって、ウサギも静かになっていいだろうな、と思った。
「長田さんはあとからこの町に来たのに・・私の方が生まれた時から、ここにおるのに」
 教室に戻りながら香山さんが悔しそうに呟いた。
 香山さんが言っているのは長田さんの家族が去年この町に越してきたことを言っているのだろう。
 女の子っていつもそんなどうでもいいことにこだわって生きているのだろうか?
「長田さんのお父さんって、金持ちの外国人で、日本に来て会社をたくさん作ってすごく儲けてるらしいの」
 僕には遠すぎる世界のことだ。半分どうでもよく香山さんの話に頷くだけだ。
「ねえ、村上くん、私が誕生会したら来てくれる?」
 急に僕の顔を見て香山さんは真顔で訊ねた。
 またプレゼントを買わなくちゃ、と思いながら「うん」と僕は頷いた。また香山さんの家も金持ちじゃないだろうな、今度は少しはましなプレゼントを買おう、
 そうだ、今度は叔母さんに相談しよう。
 香山さんは嬉しそうな顔を見せたあと「あと、小川さんだけは絶対呼ぶから」と言って僕より先に校舎の中に駆けて戻っていった。
 やっぱり、香山さんは小川さんとは仲がいいのか? 女の子のことはよくわからない。
 家に帰ると叔母さんの靴がなかった。母に「叔母さんは?」と問いかけると「もう帰ったよ」と淡々とした返事が返ってきた。
「今度、いつ来るん?」
「さあ、そんなんわからへん・・編集の仕事次第やろねえ」
 今晩は叔母さんに貸してある本が原作のテレビドラマがあるのに・・叔母さんは家で見るのだろうか?
 叔母さんと一緒に見たかったのに・・
 僕は勉強机の椅子に腰掛けると扇風機を点けた。扇風機の翼に顔を近づけ「あああ・・」と言って自分の声が震えるのを楽しんだ。
 なんだか勉強に手がつきそうにないので庭に出て花壇や植木鉢に水を撒いた。
 綺麗に並んだ棒に巻きついた朝顔の蔓や向日葵をながら、テレビドラマの最終回が始まらなくていい、この先ずっとしなくていい、と思った。


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