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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第4回   商店街


「陽ちゃん、商店街に買い物に一緒に行こっ!」
 夕方、叔母さんが僕を誘ってきたけれど、気がすすまなかった。
 商店街には同級生の親がやっている店が何軒もあるからだ。店の奥が自宅になっていて、そこに住んでいる子もいるし、家が離れた所にある子もいる。
 まず薬局の息子の文哉くん、電気屋の松下くん、八百屋の田中くん、そして、駄菓子屋の小川さん・・
 商店街といっても大きなアーケードのあるような場所ではなく小汚い市場のようなものだ。洞窟みたいな暗い道の両側に小さな店が十数軒ほど並んでいる。当然ながらおもちゃ屋や本屋などはない。ご近所の用足しぐらいにしか使われていない。
「晩御飯のおかずが足らんようになって、ねえちゃんに買ってくるように頼まれてん」
 同級生に叔母さんを見られるかもしれない・・恥ずかしいような、嬉しいような複雑な気持ちだ。
 気が進まないまま僕は買ってから未だ一度も履いていない運動靴を履いて叔母さんと家を出た。叔母さんの方も真新しいサンダルらしく歩きづらそうにしている。
「叔母さん、こっち!」
 僕はアパートの方を通らないために反対側の道を指した。
「そっち、遠回りとちゃうん?」
「お母さんに怒られるから」
「なんでやろなあ。そんなん、どうでもええと思うけどなあ」
 叔母さんが不思議そうに首をかしげる。
 アパートの反対側の道は山の麓にある大学に通じる道で、歩いている人も多い。通りには歯医者さんや新しくできたマンションや喫茶店がある。通りを過ぎ右に折れると文房具屋、花屋さん、メガネ屋さん、仏具屋さん、商店街が近づくにつれて賑わってくる。
 そして、あのおっさんがいる銭湯もある。
 タオルを入れたタライを片手に近所のおばさんたちが銭湯に入っていくのが見える。
「その女の子、可愛いの?」歩きながら叔母さんは長田さんのことを訊ねた。
「お人形さんみたいな子や」
 僕にはまだ女の子が「可愛い」という言葉を女の子を表す表現として理解できなかった。まだ「綺麗」とかの方が理解できた。ただ不細工な女の子はわかる。

「息子の友達か?」
 突然、横から男の声が聞こえてびっくりして立ち止まった。
 叔母さんと歩きながら話していたので銭湯の前まで来たのに気づかなかった。
 あのアパートで見た銭湯のおっさんだった。バイクに跨り、にやにや笑っている。
「陽ちゃんのお知り合い?」
「ちゃうよ、はよ商店街に行こっ」僕は男を無視して早く歩き出した。
 叔母さんにあの男を見られる事が恥ずかしい気がした。僕と男とは何の関係もないのに、知り合いと思われたくなかったのかもしれない。
 恐る恐る振り返ると男はバイクのエンジンをかけているところだった。
 その時、
「水の匂いがする・・」
 早歩きの僕を追いかけながら叔母さんがそう言った。
(水の匂い?)
「ずっと向こうの方に川があるからとちゃうん?」
「それ、大きな川?」
「河口まで行ったら、ひろがってる」
「それの匂いかなあ?」
 叔母さんはどうしてもその匂いが気になるようだった。
 銭湯の水? そんなものが匂うわけがない。だいたい水に匂いなんてあるのか?
 そう考えていると突然聞き覚えのある声がした。
「おい、村上っ、その人、おまえのお姉ちゃんか?」
 商店街に入りかけたところで、さっそく同級生に会ってしまった。商店街の入り口にある薬局の息子の文哉くんだ。
「ち、ちがうっ、叔母さんや!」僕は大きな声で答えた。
「別にかまへんよ、お姉ちゃんでも」
 僕の後ろで立ち止まった叔母さんが恥ずかしそうに微笑んでいる。
「叔母さん、八百屋さんは、この奥にある」僕は文哉くんを無視して商店街の奥に早足に進んだ。叔母さんは慌てて追いつき横に並んだ。
「陽ちゃん、かまへんの? さっきの子、お友達とちゃうのん?」
「ただの同級生や」僕はあっさり答え先を進んだ。
 洞窟のように暗くて狭い商店街の通路を進むと、横を歩く叔母さんの髪の匂いがした。
 薬局の薬の匂い、八百屋、魚屋の生々しい魚の匂い、電気屋の鉄やらプラスティックのような匂い、いくつもの商店が何種類もの匂いを出しているのに叔母さんの匂いだけが辺りに漂っている気がした。
 その優しい匂いを胸の中に吸い込みながら、次に誰かに会ったら、叔母さんを自慢しようと思った。
「用事が終わったら、叔母さんがお菓子おごってあげるよ」
 叔母さんは約束通り買い物を済ませると駄菓子屋に向かった。
 駄菓子屋では小川さんが店番をしていた。レジの横の椅子にちょこんと座っている。いつもはおばあさんが座っている場所だ。
 小川さんは僕たちを見つけるとこくりと首を縦に振った。一応彼女なりの挨拶のつもりらしい。
 小川さんは学校にいる時と同じ服を着ている。黄色のワンピースだ。小川さんはクラスの中でも一番大人しい女の子だ。いつも小さな声で教科書を読み上げるので先生に「もっと大きな声で!」と叱られている。それに体も弱くて朝礼の時、倒れたことが何度かある。
 クラスの中には陰で小川さんのことを「まだおねしょしてるらしいぜ」とか「父無し子」だとか言っている奴もいたりする。
 さっき叔母さんを自慢しようと決めたところだけど、女の子に、しかも小川さんに自慢などできるわけがない。
「陽ちゃん、何か買って欲しいものある?」
 僕は駄菓子とか欲しいとは思わなかったけれど叔母さんの好意に甘えることにした。
「でも、もうすぐお菓子なんていう年でもなくなるわね」
 叔母さんのその言葉に少し寂しくなったけれど、僕が駄菓子を買ってもらうのを小川さんに見られることが恥ずかしい。今はその気持ちで一杯だ。
 叔母さんに僕が小川さんの同級生だとわからないようにしよう。知らん振りをしよう。そして、今度来る時にはちゃんと自分で買おう。
 レジで叔母さんが清算を終えると、小川さんが「ありがとうございます」と小さな声で言った。小さな店の中で消えてしまいそうなか細い声だった。
 小川さんは続けて小さな紙切れを広げて見せて「あの・・当たりです・・3等です」と言った。いつのまにやら叔母さんがレジの側に置いてある抽選箱の中からくじの紙を引いていたのだ。商品を何個か買うと一回引けるようになっている。
 紙切れを差し出す小川さんの五本の指のうち三本の指には絆創膏が巻かれてあった。
「10円分のお買い物券です・・ただし、次回からですけど」
 小川さんの声が次第に大きくなってきた。ただ「お買い物券です」と言うのは大きく聞こえたけど、その後の「次回からです」は小さくなった気がした。
「陽ちゃん、またここに来ようよ」
 お買い物券を受け取った叔母さんが嬉しそうにしている。
「いつ?」
「近いうちに・・これ、使いたいから」
 叔母さんはお買い物券をぴらぴらと揺らし、
「その時まで、私が持っとくね」と言って微笑んだ。
 叔母さん、まるで子供みたいだ・・と思っていると、小川さんが「また来てください」と更に大きな声で言った。小川さんも少し笑っているように見えた。
 僕と叔母さんはまたアパートの方とは反対の道を通りながら家に帰った。途中、叔母さんは新しいサンダルで靴擦れをしたらしく「足の指の皮が剥けてもうた」と言った。
 夜、父が帰ってくると叔母さんが「今日もお邪魔してます」と挨拶をしてしばらくするとみんなで夕飯を食べた。


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