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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第33回   真相


「香山の奴、逃げよったな」
 藤田さんはそう呟いた。
 香山さんの誕生会の終わった後、香山さんに「お父さんが僕を高台の公園で待ってる」と言われて行ってみると、バイクのおっさん、いや藤田さんがベンチに座っていたのだ。
「君とは縁があるなあ・・まあここに座りや」
 僕は藤田さんの横に座った。大きなお腹が前にずんと出ている。近くでも臭くない。やっぱりお風呂ばかり入っているんだ。
「君とは一度、男同士でゆっくり話をせなあかんと思うてなあ」
 藤田さんは缶ビールの栓を開けた。
「男同士って、僕、まだ小学生です」
 どうして、藤田さんなのだろう? 香山さんのお父さんに何か頼まれたのだろうか?
「それがかえっていいんや。君が大人やったら、この話は恥ずかしくてようできんわ」
 藤田さんはそう言った後、「そして、この話はもう二度と誰にもせえへん」と続けた。
 缶ビールをゴクゴクと飲み始める。
「わしは香山とはもう二〇年以上のつき合いなんや」
 藤田さんは続けて言い深く息を吸い吐いた。それから数分が過ぎた。
「君はもう知ってるんやろ?」
 何のことかわからないが、僕を見据える目が少し怖い。
 そして藤田さんは続けてこう言った。
「知ってるんやな・・香山のお嬢さんと悠子ちゃんが姉妹やってこと」
 いきなりだった。
「知ってます」僕は力強く頷いた。
「やっぱりなあ、香山の言う通りやな・・」
 藤田さんはしばらく僕の目を見た後、そう呟いた。
 僕が知らなかったりしたら、どうするつもりだったんだろう。それに僕がおしゃべりでないとも限らない。ただ藤田さんは僕の目を見て判断した・・そんな気がした。
 頭上はもう星空だった。どうせだったら、こんな中年のおじさんとではなく女の子と・・いや、叔母さんと一緒に星を見たい。
 そんな思いとは関係無しに藤田さんは缶ビールを片手に煙草に火を点けた。
「すまん、すまん。君は飲むものがないなあ。気がきかんで悪いなあ」
「かまいません」煙草の煙が夜の空気を白くした。
「香山さんのお父さん、昔、浮気をしたんですね」
 僕の方からそう言うと藤田さんは少し笑い、煙草の煙を吐き出す。
「君はずいぶんストレートやなあ」と藤田さんは少し笑い「まあ確かにそういうことになってる」そう続け真顔になった。
 そういうことって、どういうこと?
「正確には香山には好きな人、いや、結婚の約束をしていた人がいた」
 香山さんのお母さんのこと?
「それがわしの妹・・恵子や」
 えっ?・・何のことかわからない。
「香山は愛してたんや・・わしの妹のことを」
 小川さんのお母さんとは浮気じゃなかったっていうのか?・・全然話が見えてこない。
「香山と恵子とはわしを通じて知り合った」
 藤田さんは煙草の火をベンチの脇の灰皿で消した。
「ここから先は誰かの昔話だと思って聞いてくれてかまへん。大人のおとぎ話みたいなもんや。忘れてくれたってかまわへん」
 藤田さんの長い話が始まった。なぜ僕に言うのか、まだわからない。
「昔、香山には地位も権力もお金も欲しいものは全部あった。それやのに何が不満だったのか? それは全て香山の父親の力だったからや。当時、香山は父親に逆らえなかったんやな。逆らうことはつまり香山家を出ることやった。そんなジレンマを抱えていた頃、わしの妹、恵子に出会った」
 僕は想像するしかない。
「香山は恵子のことを両親に紹介した。しかし、両親には圧倒的な力で反対された。当たり前や。それは、わしらの両親が貧乏やったからや。絶対に受け入れられる話ではなかったんや。嘘みたいやろ? 今やったら、あいつ、何とでもできるやろうが、当時は香山は父親のいいなりやった。香山は恵子と駆け落ちしようと思った。しかし、まだ若かった。自信がなかったんや。何とかして父親に恵子を認めさせようと思うた。だが恵子の方は違った。香山にちゃんと会社を継いで偉くなって欲しかったんや。恵子は香山と別れますと自分から言うたらしいわ」
 なんだか、小川さんのお母さんのイメージと全然一致しない。
「あいつはすごく荒れよった。酒ばっかり飲んでた。香山が今の奥さん、美知子さんと知り合ったんはその頃や。香山はある意図があって美知子さんと関係をした。美知子さんはいい家のお嬢さんやった。妊娠していることを美知子さんのご両親から知らされよった。香山の会社のグループと美知子さんの家が結びつけば更に強大になる。香山の両親は今の奥さんと無理やり結婚をさせよった。両親にとっても美知子さんの両親にとっても誰が見ても完璧な結婚やった」
「これは香山にとって誤算やった。香山は関係会社の娘である美知子さんと関係を持ち父親の会社の信用を失くそうと考えていた。美知子さんを誘惑するような悪い男のいる会社とはつき合えない、そういう方向に話を持っていきたかったんやな。君には信じられないやろうけど、香山は父親への当てつけで美知子さんと関係をもってしまった。香山はまだまだ甘い若造やったんや。それを言うと香山はいっつも言い訳をする、美知子さんも魅力的だったんやと。結局、香山の奴は一時的にしろ、二人の女性と関係をもってしもうたんや」
 僕には絶対わからない話だ。男と女のことも、会社のつき合いも。
 話を聞きながら僕は他のことを考えていた。
「好きでもないのに結婚する」ということを・・
 香山さんのお父さんは明かに間違った行動をとったと思う。
「もう香山には駆け落ちしか残されてなかった。香山は恵子に川の橋の上で待ってると言った。何時間も待ったらしい。けれど、恵子は行かなかった」
 藤田さんは深く息を吐いた。
「その時、あいつ、初めて気づいた。自分がどれだけ愚かな子供なのかを。こんな自分がどれだけ深く恵子に愛されていたかということを。しかし、もう遅かった」
 缶ビールが空になったようだ。
「その後の恵子は変わってしもうた。全ての夢が体から抜けて、消えてしまったようやった。しかし、もうその時には恵子は悠子ちゃんを宿しておった」
 藤田さんは少し涙ぐんでいるように見える。
「わしはな、香山のお嬢さんに知って欲しくないんや。自分のお母さんの方が浮気の相手やということを。悠子ちゃんにも絶対に知って欲しくない。それに、今では香山は美知子さんに本気なんや」と藤田さんは言った後「君が香山みたいな大人にならないことを願うよ」と続けた。
 僕はちゃんとした大人になれるのだろうか?
「香山は長い時間をかけて罰を受けているんや。これからも受け続けるやろ。何一つ不自由することなく生きてきた人生に対する罰や」
 藤田さんの長い話は終わりのようだった。
 そして僕は理解した。藤田さんが、なぜこの話を僕にしたのかを。
 この話を聞かなければ僕はいずれ知ってしまう。僕は知りたくて知ってしまう。
 今までそうだったように。
 僕が知ればいずれ香山さんや小川さんに言うかもしれない。
 藤田さんは僕の口封じにこの話をしたのだ。
 教えておけば僕なら誰にも言わない、と確信したのだろう。
 香山さんのお父さんもおそらくそう思って藤田さんに頼んだのだと思う。
 誕生会の僕の発言で、僕を見たときの香山さんのお父さんの反応でそう感じた。
 香山さんのお父さんの人生は間違っていたのかもしれないけど、香山さんのお父さんがいなければ、香山さんも小川さんもこの世には生まれてこなかった。
 小川さんは両親に愛されてこの世に生を受けた子供だった。
 藤田さんは「余計なことも随分と話してしもうたな」と言い「あとで香山に怒られるかもしれんな」と呟いた。
 どこからどこまでが僕に話してよかったのか、香山さんのお父さんの思いは僕にはわからない。
「君は、たぶん好きな人がおるんやろ?」
 え?
「わしの退屈な話の聞き方を見ていればそれくらいわかるわ。普通の子供はこんな面白くも何ともない話をずっと聞いてへん」
 僕はしっかりと頷いた。見下ろす町に夜の闇が降りていた。
「わしはもう行くわな。わしの役目はもう終わりや」
 そう言い残し藤田さんは立ち去った。
 香山さんのお父さんは香山さんのお母さんにこれからもずっと罪を償い続けるのだろうか?


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