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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第32回   もう一つのお誕生会


「そうそう、陽一、優美子叔母さん、結婚を考えているらしいわよ」
 そんな大事件を母は洗いものをしながら淡々と言った。
 僕は縁側の籐椅子に座って知恵の輪をしていているところだった。頭を後からがつんと殴られた気がした。
「お姉ちゃん、結婚するの?」僕は驚いて「お姉ちゃん」と言ってしまった。
「だから、お姉ちゃんやないって言ってるやないの」と母は言って「叔母さん、陽一もその人に会ったことあるって言ってたわよ」と続けた。
 あの人だ。
 叔母さんとプールに行った時、送り迎えをしてくれた人。この間、喫茶店で会った人。
 退屈だったけれど、僕みたいな子供とは違う大人の男の人だ。
「たぶん、知ってる」僕が答えると「お母さんも一度、会ったことあるけど、優美子、大丈夫かな?」母は雑巾を絞り居間のテーブルを拭きはじめた。
「何で?」
 僕の問いに母は手を止めて「あの人、ええ人なんやけど、なんか、優美子には合わんような気がする」と言った。
 合うとか、合わんとか、僕はそんなことよりも叔母さんが結婚するかもしれない、ということの方がショックだった。
「優美子叔母さん、結婚したら、もうあんまり家に来られへんようになるなあ。陽一も寂しいやろ?」
 寂しいどころの話ではない。
 僕は知恵の輪を解くことをやめて勉強を始めた。落ち着きたかった。ひと段落すると庭に出てホースを握り空に向かって放水した。西の空に綺麗に虹ができた。
 叔母さんに会いたかった。



「やっぱり前の母ちゃんがええねん」
 僕が日曜日、自転車に乗って町を抜け吉水川まで来た時だ。苗字の変わった山中くんに出合った。何となく自転車で遠出をしたくて、ここまで来て橋の上に山中くんを見つけた時は驚いた。
 僕が「何でも買ってくれる言うて喜んでたやないか?」と言うと「でもなあ、日が経つにつれて、色々わかってくるんや。どんどん前の母ちゃんが恋しくなってなあ」と言った。
 意外すぎた・・前に家に遊びに行った時には全然そんな素振りは見せなかったのに、それに、そんなことを僕に言うなんて。
「吉水川」・・一級河川の橋の上から南を眺めると河口に向かって川が広がっていくのがわかる。家の近所の「天井川」とは全く違う水の量だ。轟々と音を立て海に向かって流れている。
 山中くんは何を見ているのだろう、僕にはわからないけれど、僕には僕のできることがある。それを探しにここまで来ていたことを思い出した。



「中身は何なのかな?」香山さんのお父さんが優しく訊ねた。
 香山さんの誕生会当日だった。
「開けてみてください」と小川さんが言った。
 香山さんのお父さんは静かに小さな箱の包装紙を解いた。白い箱の蓋を開けるとそれはネクタイピンだった。
 それは香山さんの発言から始まった。
 僕たちは・・と言っても僕と香山さん、小川さんの三人だけだったけど、香山さんの部屋でケーキを食べたりジュースを飲みながらボードゲームをしたりして時間を過ごしていた。終わりかけになると、香山さんのご両親が部屋に挨拶に入ってきた。
 すると香山さんは出席者全員に話すかのように語りだした。
「私、もう何度も誕生祝いをしてもらってます。お父さん、お母さんにも、去年は学校の お友達に集まってもらってお祝いしてもらいました」
 香山さんはすごく落ち着いて話している。
「今年は私がすごく大事にしてるお友達に来てもらいました」
 香山さんのご両親は黙って聞いている。
「私は今、すごく幸せです」
 香山さんは一体何を言おうとしているのだろう。
「来週、小川さん、いえ、悠子の誕生日がきます」
 香山さんの両親が頷きながら話を聞いている。
「悠子とは誕生日が近いせいもあって、ずっと仲良くしてます」
 小川さんが少し顔をあげた。
「お父さん、お母さん、今日、悠子の誕生日を一緒に祝ってあげてはダメですか?」
 それから小川さんに「悠子、ごめん、悠子の家のことを言うよ」と言い今度は両親に向かって「悠子の家は少し狭くて誕生会はおそらくできません・・そやから・・」とそこまで言って香山さんは口ごもった。
「賛成です!」
 僕は間に入り大きな声で香山さんの両親に向かって言った。
「二人ともいつも一緒で仲ええし、傍から見てても、本当の姉妹みたいに見えるし、僕は今日、一緒に二人の誕生日を祝いたいです」
 僕は自然と「姉妹みたい」という余計な言葉を付け足していた。
 香山さんのお父さんが驚いて僕の方を見たのがわかった。
「かまわん。あまり日も変わらないじゃないか」
 僕の言葉を受けた後、お父さんが力強くそう言った。
 お母さんの方は俯いたまま何も言わない。
「村上くん・・それに、悠子・・さん、だっけ。今日は仁美の誕生日を祝ってくれて、ありがとう」
 香山さんのお父さんはそこまで言うと、少し間を置いて何かを堪えるように言葉を続けた。
「そして、悠子さん、誕生日おめでとう・・プレゼントを用意してなくてすまない」
 小川さんはうんうんと頷いているが、たぶん、泣くのを堪えているのだろう。両膝に乗せた手が握りこぶしのままだ。
「またいつでも家に遊びに来てくれてもいいんだよ」
 小川さんは首を横に振った。そして顔を上げて話し始める。
「私、いっつも誰かから、もらってばっかりなんです。プレゼントも気持ちも。今日、私がここに来れたのも、みなさんの私へのプレゼントなんです。私はもう十分もらいすぎるほどもらいました」
 小川さんはそう言い終えると手提げからプレゼント包装の箱を取り出た。
 そして「そやから、仁美ちゃんのお父さん・・」と大きな声で呼びかけ、こう言った。
「・・これは私からのお返しです」
 おそらく小川さんの言った意味をここにいる全員が理解している。
 小川さんが差し出した箱をお父さんは静かに受け取った。
 誕生日を祝ってくれる人・・そう、親への感謝のプレゼント。
 それは「私をこの世に生まれさせてもらって、ありがとう」という意味なのだろう。
 なぜ、香山さんのお父さんにだけなのかは、誰もそんなことは言わない。
「こんな高価なものを・・」と言いながら香山さんのお父さんはネクタイピンを持ったまま泣いていた。



「村上くん、今日はありがとう」
 香山さんは家の外まで送りに出てきた。夜も更けている。
「小川さんは?」隣の小川さんを見て訊ねた。
「悠子は私が家まで送っていく」
 小川さんは横で頷いた。二人は並んで手をしっかりと繋いでいる。少し胸が熱くなった。
「ねえ、村上くん、ほんまは全部知ってるんでしょ?」
 知らないふりを続けるのもイヤだったので、僕は「小川さんのお父さん、香山さんのお父さんと一緒なんやろ?」と言うと二人は揃って頷いた。
「私たち、姉妹やねん、おかしいでしょ、同級生やのに」
 香山さんの声が涙ぐんでいる。小川さんは俯いていて何も言わない。
「全然おかしくあらへん」僕は声を上げ全否定した。そんな姉妹がいてもいい。
 小川さんが顔を上げた。やはり同じように泣いていた。
「悠子はもうここに来ないって言ったけど、私たちは会い続ける。そうすることで私のお母さんにも悠子のことをもっと知ってもらう・・いつか悠子のことを認めてもらうんや」
 その言葉を聞いて僕の気持ちは何故か晴れやかになった。
 高台には外灯が明々と灯っていて二人の姿もよく見える。
「小川さん、あのプレゼント、高かったんじゃ・・」小川さんにそれとなく訊ねてみた。
「おばあちゃんに借りたの。大きくなるまでに返す約束」
 これからも駄菓子屋の店番を続けるんだな。
「小川さん、本当に香山さんと誕生会が一緒になってよかったんか?」
「本当はね、来週、私の誕生日、家でお母さんと藤田のおじさんが誕生祝してくれるの。私、二回も誕生祝いしてもろうて、この世で一番幸せやわ」
 泣き笑い顔というのは今の小川さんみたいな顔を言うのだろうか。
「そうそう、お父さんが村上くんに話があるみたい。あそこの公園で待ってるって。ごめんね、村上くん、帰るところやのに」
「別にええけど、なんの話やろ?」
 香山さんは僕の問いに答えず
「お父さんは、これからお母さんと大変やわ・・また喧嘩が始まるんかな?」と誰ともなく言った。そして僕に、
「次は村上くんの番よ」と言って悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「村上くん、ちゃんと言いたいこと言わんと、伝わらへんよ」小川さんが続けて笑った。
 小川さんが言うとなぜか説得力があるから不思議だ。
 でも二人に言われなくても僕にはもう決めていることがある。


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