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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第3回   誕生会


「なあ、修二、あそこのアパートに変なおっさんがおるやろ?」
 あくる日、学校でクラスメイトの修二にアパートで見た男のことを話すと「あれ、銭湯の親父や」と返事がすぐに返ってきた。
 風呂に入っていないと勝手に思い込んでいたけれど、毎日入っているじゃないか。
「村上、知らへんのか、あのおっさん、この町では有名なおっさんやで」
「あのボロアパートに住んでるんか?」
「ちゃうみたいやで。アパートには知り合いがおるらしくて、よく行ってるみたいや」
 あのシュミーズの女のことだろうか?
「いつも原動付きのバイクに乗ってるで。見たことあるやろ?」
 あ、見かけたことがある。どんぶりみたいなヘルメットをかぶって、へらへら笑いながらいつも子供たちに話しかけている、あのおっさんだ。顔がだらしなく緩んでいる、僕にはそう見えた。ヘルメットのせいでアパートで見た男だとは気づかなかった。
「あのおっさん、子供を見つけたら、バイクで寄ってきて話しかけてくるらしいぞ」
 銭湯は何度も行っているところだ。家に風呂はあるけれど、たまに父に連れていってもらう。
 あの男はいつもあの銭湯にいるのだろうか? 番台にいるのは見たことがない。あの体で一体どんな仕事をしているんだろう? あの緩みきった体では力仕事なんてできないに違いない。
 僕は大人の男という存在は自分の父しか知らない。
 父の言うことは絶対正しく、僕が間違ったことをすれば、絶対に怒られる。逃げても黙っていても怒られる。そんな厳しい存在だった。
 だから、あの男がだらしない笑みを浮かべて、子供たちにからかわれても決して怒ることなくいやな顔ひとつせず相手をしているのは、ある意味信じられないことなのだ。
 あの男は貧乏なのか? そして風呂に入っているのに本当は汚いのか?

「そんなことより、村上、明日は長田さんの誕生会やで」
 修二がいきなり話を変えた。
「そうやな・・」
 それは僕にとってあまり考えたくない話題だった。
「村上、プレゼント、もう買うたか?」
「今日、買うつもりや」
 明日は学校の帰りに同じクラスの女の子、長田さんの誕生会に二人とも呼ばれている。
 長田さんは町の東を流れる川の上流に住んでいる金持ちのお嬢さまで、西洋人との混血らしく髪の色が金色で目が青い。
 学校に大きな自動車が迎えに来ていたのを見たことがある。参観日の時、母親が来てたけど若くてまるで女優さんみたいだった。少なくとも僕の母とは全く違う人種に見えた。
 女の子の誕生会なんて呼ばれるのは初めてのことだ。長田さんはクラスのほとんどの生徒に声をかけているらしい。そんなに大勢、家に入れるのだろうか?
「村上くん、これ、招待券よ、絶対来てね」
 長田さんはまるで女の子の遊ぶ人形のような髪を揺らしながら招待券を差し出した。断れない、というか断る隙がなかった。長田さんは誰にも断られたことなどないのだろう。
 もう一ヶ月も前に長田さんから誕生会の招待券を渡されている。
 まだ一ヶ月もある、と思っていたら、もう明日だ。
 プレゼントの用意をしなくてはならない。面倒くさいし、行くのは嫌だ。
 そう考えながら夜も眠れなかった。どうして、世の中には誕生会などというものがあるのだろう。少なくとも僕の家は誕生会なんてしたことはないし、する予定もない。
 長田さんはどうしてそんなことをするのだろう?
 僕は昨日買っておいた女の子の喜びそうなアニメのキャラクターもののカードを包装もせずポケットに入れ同級生の書いてくれた地図を見ながら長田さんの家を修二と探した。
 辿り着くと僕の家の数十倍はあるかのような、それはテレビでしか見たことのないような大邸宅と呼ぶべきものだった。これならクラスの生徒全員入ってもまだ余る。
 既に先客が来ているらしく賑やかな声が大きな窓から漏れている。子供ばかりか大人たちもいるようだった。
「金持ちやと聞いとったけど、ここまでやとは思わんかったな」
 僕の横で唖然としている修二が呟いた。
「もう帰ろか?」続けて僕が言った。



「そんなもん、持っていったん?」
 家に帰るなり落ち込んでいると叔母さんが見つけ、理由を問い詰められた。叔母さんは僕から事の顛末を聞かされると第一声、そう言って、けらけらと笑いだした。
「そやから、叔母さんに言うの、イヤやってん」
「でもプレゼントなんて気持ちやと思うけどなあ」
 叔母さんは笑いながら続けてそう言った。笑われても悪い気はしなかった。

 結局、あの日、僕と修二は帰らずに勇気をだして長田さんの家に入りプレゼントを渡した。長田さんは快くプレゼントを受け取ってくれたけど、広間に置かれてある包装紙が解かれた他の人のプレゼントを見て僕は愕然とした。そこには高価そうな女の子の人形や、アクセサリーや服などが自慢げに顔を出していた。
 僕には思いつきもしなかったものばかりだった。思いついても僕のお小遣いでは到底買えない。みんな、どうしてこんなものが買えるのだろう。手品グッズを渡した修二のプレゼントの方がまだましだった。
 誰も何も言わないけれど、僕はすごく恥ずかしい種類の人間なのだ、そう思われていることが恥ずかしくて一刻も早く帰りたい気持ちで一杯になった。
 そんな僕の気持ちとは関係なく誕生会はどんどん進行して、大人の人が隠し芸をしたり、長田さんの両親が顔を見せ挨拶をしたりした。
 これはもう僕の住んでいる世界とは別の世界だ。
 長田さんは広間の大きなピアノを弾き始めた。誰もが知っている「エリーゼのために」だった。そのあとに賑やかに繰り広げられた食事会の料理やケーキの味などわかるはずもなく、僕は「用事がある」と言い残して逃げるように長田さんの家を出た。

「私に相談してくれてたら、よかったのに」
「叔母さんに言ってたら、高いプレゼント買ってくれたんか?」
 そう言うと「でも、私が買ったら、ねえちゃんに怒られるなあ」と叔母さんは残念そうに呟いた。
 叔母さんが長田さんのために何か買うくらいなら、僕に何か買って欲しい。どうして赤の他人の長田さんに叔母さんが高いお金を出さなくてはならいのか。だんだん僕は腹が立ってきた。
 そうだ、最初から母に相談して母にお金を出してもらったらよかったのだ。そうすればあんな恥をかかずに済んだのに・・母に言えなかった自分が情けない。


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