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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第25回   祭りの当日


「うわあっ、人が一杯やわ」
 叔母さんは目の前の人ごみを見て言った。
 神社の境内に向かう道には、家族連れ、女同士、アベック、近所の子供たち、あれ、学校の先生まで歩いている。
 鳥居をくぐり抜け神社の中に足を踏み入れ石畳を歩いた。
 両脇には屋台が並んでいる。綿菓子、たこ焼き屋さん、並ぶ色んなお面、金魚すくい、りんご飴、石畳の上も屋台の前も人でごった返していた。
 あれは・・田中くん、じゃなかった、山中くんが新しいお母さんと一緒に歩いている。
「こんな大勢の人がおったら、はぐれてしまいそうやわ。陽ちゃん、叔母さんと手をつないで歩こか?」
 叔母さんは僕の方に手を伸ばして「ほら、ほら」と誘うように振っている。
 僕は手を背中にまわして「そんなん、子供やあるまいし、恥ずかしい」と断った。
「だって、陽ちゃん、まだ子供やん」と笑っているので「それに、知ってる人に見られたら格好悪いやん」と返した。クラスの誰かに見られたらまた変な噂が立ってしまう。
「ふーん、そやったら、誰も見てなかったら手をつなぐ?」
 意地悪そうな叔母さんの目だ。
「そういうことやないって」
 終わりそうにない会話を続けながら、叔母さんは屋台で何が売っているかもちゃんと見ているようだ。
「あそこに陽ちゃんに似てるお面があるよ」
 叔母さんがお面屋さんを指差した。
 僕が「どれ?」と訊くと「うそ」と言って舌を出して笑った。
「欲しいもんあったら、遠慮せんと言うくれてかまへんよ。叔母さん、買ってあげるから」
 叔母さんの右手には巾着袋が握られている。
「あれ、村上やんか」
 男の子の声に振り返ると電気屋の松下くんだ。
 今日は洟が垂れていない。隣に僕の知らない男の子がいる。
「そっちの人、お姉ちゃんか?」やっぱりそう見えるんだな。
「お姉ちゃんみたいな人や」なぜか僕はいつもと違う答え方をした。
 相手が松下くんだというせいもある。松下くんはなぜかすごく安心する。
「なんやそれ・・村上、まさか、恋人か!」
 僕は吹き出しそうになった。「ちゃうちゃう、なんでやっ」思いっきり松下くんに返した。
「陽ちゃん、別にええやん、恋人と思われても」
 叔母さんは何も気にしていない様子で微笑み僕たちを見ている。
「ええことないっ、お姉ちゃんはお姉ちゃんや、僕は僕で、まだ小学生や」
 あれ? 自分で言ってることがわからなくなってきた。
 叔母さんはそれよりもお面屋さんの方が気になるのか、その方をちらちらと見ている。
「お姉ちゃん、お面を買ってっ」僕は恥ずかしさを紛らわせようとして言った。
「どのお面?」叔母さんは食いついてきた。
「僕に似てるって言ってたお面や」
 その場しのぎで僕が言ったけど、確か叔母さんは「うそ」って言ってたよな。
「あれ、どれやったかな?」
 叔母さんはお面屋さんの前に立って、たくさんあるお面を物色しだした。
 えっ、僕に似てるお面って本当にあったの?
「さっきほんとに陽ちゃんに似たお面、あったと思うたんやけどなあ」
「これかなあ?」 叔母さんは上段の一つのお面を指差した。
 そのお面を見た僕は「お姉ちゃん、それ、ひょっとこのお面や」と言った。
「ひょっとこやったら、陽ちゃんとは違うなあ」
 本当はそんなお面ないんと違うんか?
 松下くんはとうに友達とどっかに行ってしまっていた。
 そして、鳥居の向こうに小川さんと香山さんが見えた。
 仲良く手を繋いで歩いている。
 よかった。来てくれた。小川さんが香山さんを誘ったんだ。
 小川さんの方が僕を見つけたらしく、香山さんのスカートを引っ張り僕の方を指差した。
「お姉ちゃん、やっぱり、ひょっとこでもええから買って」
 なんだか今の状況が少し恥ずかしくなり立ち去りたくて叔母さんにねだった。
「でもこれ、陽ちゃんに似てないよ」
「ええから、僕、ひょっとこがええねん」
 叔母さんは僕にひょっとこのお面を買ってくれた。
 僕は先にお参りをしておこうと叔母さんを促し境内を進んだ。
 叔母さんはその間「やっぱりそのお面、似てへんわ、他のお面やったと思うけどなあ」とぶつぶつ言い続けている。
 社に着くと賽銭箱に小銭を放り込み二人で同時に手を合わせお参りをした。
「何をお祈りしたん?」社を後にして少しの沈黙の後、僕は叔母さんに訊ねた。
「無病息災」叔母さんは一言で簡潔に答える。
「それだけ?」
「それと早く結婚できますようにって」
 僕はプールに叔母さんと行った時、迎えに来てくれていたあの優しそうな男の人を思い浮かべていた。
「陽ちゃんは?」叔母さんは僕の顔を覗き込むようにして訊ねた。
「僕は、叔母さんが幸せになれますように」
 叔母さんの口から結婚の言葉が出たので思わずそう言ってしまった。
「それだけ?」
「あと、みんなが幸せになれますように、って祈った」
「みんなやったら、そん中に叔母さんも入ってるやん。二つもお祈りして、私がどっちもはいってるやん、なんか得した気分やから、別にかまへんけど」
 そう言いながら叔母さんは笑った。
 僕も一緒になって少し笑ったけれど・・それだったら、きっと叔母さんはみんなより倍も幸せになれるのと違うかな。
 でも幸せって何だろうか。 叔母さんにとって幸せって、結婚することなのだろうか?

 どーんっ、と大きな音が神社の向こうの公園でした。その後に続けてバチバチッと弾けるような花火の音がした。花火の準備をしているようだった。
 七時くらいから花火大会が始まる。もうすぐだ。
 神社の脇の広場にたくさんの段ボール箱が積まれだした。駄菓子やサイダーの詰まった箱だ。
「陽ちゃん、あれがそう?」叔母さんは積まれた箱を指差して言った。
「そうやけど、たくさんありそうやから、走らんでもいけそうや」僕がそう答えると「ほんまやね」と呟き叔母さんは少し詰まらなさそうにした。叔母さんは走りたかったのかな?
 ところが段ボール箱が積まれだすと人の群れがもうそこに集まりだした。
 一体どこにこれだけの人がいたのだろうと思われるくらいの人の数だった。花火の準備を見ていた人たちも箱の方に向かい集まってきた。
「陽ちゃん、あれってちょとピンチやない?」
 あれだとお菓子もサイダーも先に取られて無くなってしまう。
「ピンチどころか、無理かもしれん。お姉ちゃん、僕、先に走っていってもらってくる」 僕は叔母さんを残して人の群れの方に駆け出した。
 箱の周りでは子供の父親のような人たちが人ごみをかき分けるように前に進み駄菓子やサイダーを手にしている。
 走ろうとしても人が多すぎて前に進めない。人にぶつかりながら前に進む。
 ダメだ。こんなに大勢いたら、もう小川さんたちも。
「村上っ、こっちや!」
 人ごみのずっと向こう側で僕を呼ぶ大きな声がした。聞き慣れた声だ。
 修二と文哉くんだ。いつのまにか仲良くしてたんだ。
 あの時、文哉くんのこと修二に話しといてよかった。
「裏手からまわるんやっ!」
 なるほど正面からだと人が多すぎて前に進めなさそうだが裏側に回れば人の数が半分以下だった。
 なんとか裏手に回ると修二と文哉くんが「こっち、こっち」と言いながら手招きしている。
 二人とも、もうそれぞれサイダーと駄菓子を手にしていた。
 田中くん、いや苗字の変わった山中くんもいた。
 大人たちの体がどんと僕の体に当たる。その度によろけそうになる。
 すごい人の熱気だ。大勢の人が一度に集まるとこんなにも暑い。また銭湯の時みたいに倒れそうになるのだろうか?
「陽ちゃん!」
 叔母さんだった。
 僕の横をすっと通り過ぎ僕の前に現れたかと思うと、しっかりと僕の手をとった。
 叔母さん、やっぱり駆けるのが早いんだ。
「お姉ちゃんの手、しっかり持っとき!」
 叔母さんは周りの人たちに「すみません、すみません」と謝りながら僕の手をひいてどんどん進む。
 人ごみの中、サンダル履きで、それも浴衣で歩きにくそうなのに叔母さんはそんなこと気にもせずを僕を連れてていく。
 僕の目の前を叔母さんの浴衣の朝顔が揺れていた。
 僕は叔母さんの後姿を見て思い出していた。
 そう言えば僕が今よりもっと幼かった頃、こうやってよく叔母さんに手をひいてもらっていた気がする。あれはどこだったんだろう?
 いつのまにか空が暗くなり星が見え始めている。
「はい、暑い中、ご苦労さん」お祭りの係りの男の人が僕と叔母さんににサイダーを二本ずつ渡し「お菓子は好きなのをこの中から取って」と言った。
 叔母さんが「どれにしよ・・」と迷っているので僕は叔母さんの好きそうな駄菓子を箱の中から取った。
「陽ちゃん、なんで私の好きなのわかるん?」叔母さんは不思議そうな顔をしている。
 僕が「お姉ちゃんの好きなものくらい、わかる」と言いかけた時、
「村上くん!」
 そう僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
 少し離れたところにサイダーとお菓子を持った二人の少女がいた。
 香山さんと小川さんだ。僕はこんな女の子たちと知り合いなんだ、と改めて思う。
 こんな大勢の人がいる中、僕の知っている限りおそらく誰よりも幸せなはずの女の子たちだった。
 二人はいつのまにか僕にとって特別な存在になっている。
「文哉くんと修二くんに言われて、仁美ちゃんと、ここにいたの」
 香山さんと小川さんは神社でお参りをすませると、修二たちに会って一緒にこの場所でお菓子の箱が置かれるのを待っていたのだ。
「走ってんけど、間に合わんかった」
 しばらくして松下くんがひいひいと息を切らしながら現れた。
 サイダーの箱の中はもうとっくに空っぽになっていた。
「おい、松下、これ一本やるよ」
 文哉くんが二本のサイダーのうち一本を松下くんに渡した。
「え、ええんか? 文哉くん」
「かまへん、松下の店で買ったテレビ、よう映るしな」
 そう言いながら、なぜか文哉くんは照れ顔だ。
「文哉くんにはお世話になりっぱなしやな」
 二人が笑い、修二も一緒になって笑っていた。
 文哉くんはそれからもう二度と小川さんのことを「妾の子」と言わなくなった。


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