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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第21回   高台の公園


「最初はね、私も悠子が藤田さんの養女になったらええと思ってたの」
 香山さんはそう話を切り出した。
「藤田さんの養女?」
 僕らは夕暮れの高台のあの公園にいた。
 夕方、家で宿題をしていると母が「陽一、女の子が来てるわよ」と僕を呼ぶので玄関に出ると香山さんが立っていた。
「村上くん、ちょっといい?」
 香山さんは僕に何か言いたいことがあるらしく僕をこの高台にまで誘った。
「村上くんには話しとかなあかんなと思って、こんな話を聞かされるの、迷惑かな?」
 香山さんと並んで町を見下ろせるベンチに座っていた。
「そんなことない。全然迷惑なんかじゃない」
 何を言われるのかと思ってドキドキしていた。
「悠子が、家に来てね、私に『お祭り一緒に行こう』って誘ってきた。あの子、私の家に来たんや、そんなん初めてのことなんや」
 僕は僕で女の子と一緒にベンチに座るなんて初めての体験だった。
「香山さんの家、大丈夫やった?」
 東側には小川さんの住んでいるアパートが見えている。
「ちょっとピンチやったわ。お母さんがいたし、悠子、すごく勇気がいったと思う」
 ピンチって、これは想像するしかないな。
「このベンチに悠子と二人で座ったんやで。私、すごく嬉しかった」
 僕のしたこと少しは報われたのかな?
 香山さんはもう小川さんのことを僕の前で悠子と呼んでいた。
「悠子、村上くんに私をお祭りに誘ってって言われたって」
 香山さんの向こうに夕陽が見えている。
「何でこんなんするんか知らんけど、なんか村上くんて、私たちのこと全部知ってるんちゃうんかな、って思って」香山さんの声が震えだした。
「全部なんて知らへん」僕は香山さんの震えを止めるように言った。
「そうかな? 私の勘違いなのかな?」
 そう言いながら香山さんは少し涙ぐんでいる。
「二人が仲よさそうやったから、そうしただけや」
 女の子を泣かしたらあかんて誰か言ってたな。お父さんだっけ。
「でもおかしいやん、仲がええとわかっていたら、他人の村上くんがそんなことせんでええやん」
 僕が知っていること、全部言った方がいいのかな・・そう思っていると香山さんは、
「でも嬉しかった。悠子があんなに生き生きしてるのを見たん、私、初めてや」と言った。
 小川さんはどんな顔をしてたんだろう。
「それでね、悠子が藤田さんの養女に、って私が思ったのはね。村上くん、知ってるでしょう? あの家に悪い男がおること・・そ、その、悠子から村上くんがあの男にひどい目にあわされたって聞いたから」
 僕は頷いた。確かにひどい目にあわされた。
「悠子の家に悪い男がおるし、悠子はお母さんのそばを離れるん辛いやろけど、悠子はあの家を出た方がええんちゃうかなって・・そう思って」
 香山さんは養女の話を始めた。
「藤田さん・・あのね、あの人、悠子のお母さんのお兄さんなの」
 知ってる。銭湯で聞いた。だが、僕はそのことは言わずに頷いた。
「あの人、ええ人なんよ。優しいし、悠子のことも可愛がってくれて、誕生日には何かくれるし、私、一つ一つ覚えてるわ」
 香山さんは涙ぐみながらも夢中になって話し続ける。
「だったら、そうした方が・・けどお母さんが悲しまへんかな?」
 僕が言うと香山さんは首を横に振った。
「けどね、それ以前の問題やってん」
 もうすぐ陽が落ちる。
「何で?」
「藤田のおじさん、お金にだらしないねん」
 そっか・・おっさん、ええ人みたいやけど・・人って本当に色々なんだな。
「時々、銭湯のお金を使い込んでもうて。悠子のお母さんにお金をせびりに行ってるって聞いて、がっかりしてしもうた」
 以前にアパートの前で小川さんのお母さんがおっさんに渡していた封筒の中身はお金だったのだろうか? 兄弟っていったい何だろう?
「私、もうどうないしてええかわからへん・・」
 香山さん、僕、それ以上哀しそうな顔で言われたら、知ってること全部言ってしまいそうや。
 他人が聞いたらどう思うだろうか? どうして友達がそこまで考えないないといけないの?と言うだろう。
「暗くなってきたわね」ポツリと香山さんは寂しそうに呟く。
「村上くん、ごめんね、呼び出して、私ばっかり話して・・もう帰ろ。村上くんのお母さんも心配するやろし」
 近くに母親らしき女の人が小さな子供と手を繋いで公園内にやってきた。夕暮れ時の散歩だろうか。
「僕の家、こっから近いから、もうちょっとくらい、かまへん」
「それにうちの親も心配するし、最近、悠子のことで少し過敏になってるの」
 母子連れは幸せの象徴のようにきれいに手入れされた公園内をぶらぶらと歩いている。
「おんなじ金持ちでも香山さんと長田さんって全然ちゃうなあ」
 僕は少しずれた話題をだした。でもそれは失言だった。
「村上くん、長田さんのこと知ってるの?」香山さんの顔が少しきつくなった。
「知らんけど」僕は慌てて訂正した。
「あの子だって色々あるかもしれへんよ」
 なんだか香山さんが大人びて見える。さっきまでの香山さんとは違う印象を受けた。
「それに私は自分の家が金持ちなんか、どうでもええ。私は悠子と一緒にいたいだけや」
 母親はシャボン玉を飛ばして子供を楽しませている。子供が目を輝かせて喜んでいるのがわかる。
「私の家、前に言ったと思うけど今は金持ちやけど、最近、危なくなってるって聞いたし」
 シャボン玉はすぐに消えるけど母親は何度でもシャボン玉を作り続けている。
「もし会社が潰れたりしたら、お父さん、やけになって、また女の人に手だしたりして・・」 香山さんはそこまで言うと首をイヤイヤするように横に振った。
 子供連れの母親は香山さんの方を見て軽く会釈した。
「あの女の人、同じ高台に住む人なの、今は私に愛想よくするけど」
 香山さんは母子に挨拶した後、「ごめん、もう帰るわ」と言って立ち上がった。
 そして、「村上くんは叔母さんとお祭り行くんやってね。悠子から聞いたよ」と言った。
 こちらを見た顔はいつもの香山さんの顔だった。
「うん、楽しみや」
 本当はお祭りなんてどうでもいいことなのかもしれない。
 このまま放っておいたら消えてしまいそうな何かを僕は繋ぎ止めたいだけなのかもしれなかった。



 誕生日を迎えた。誕生日といっても長田さんの家のように誰かを呼ぶわけではなく母がケーキを買ってきて年齢分の蝋燭を立て家族だけで過ごす。
 今年は母は真新しいグローブを買ってくれて、叔母さんは世界文学全集の3巻を買ってくれた。叔母さんの場合は毎年これだ。といっても3年目だけど。一巻と二巻は全部読んだし、もう何度も読み返している。
 そして、父が自分の使い古した一眼レフのカメラをくれた。父はもっといいのを自分用として買ったようだ。それでも、とても高級なものなので僕にはすごく嬉しかった。
 僕はフィルムをセットして何を撮ろうかと次の日が来るのが楽しみになった。

「ねえちゃん、これ派手やない?」
 お祭りの当日、叔母さんが浴衣に着替えて母に見てもらっていた。
 朝顔、それとも夕顔、なのかわからない紫の花が叔母さんの体を包んでいる。
「優美子、お祭りに行くんやったら、これを着て行き、私のお古やけど」
 その浴衣はそう言って母が箪笥の奥からだしてきたものだった。
 叔母さんは姿見の前に立って角度を変えながら浴衣姿を見ている。
 どこが派手なのか地味なのか僕には全然わかならい。
 僕は父からもらったカメラを叔母さんに向け「撮ったるから動かんといて」と言うと「あかん、絶対に撮ったらあかんよ」と言って叔母さんはぷいと背を向けた。
 それでも夕方になるとその浴衣を着て叔母さんは僕とお祭りに行くことになった。
 その道のり叔母さんはずっと浴衣を気にしながら歩いていた。
「ちょっと短くない?」と僕に聞いてきたり「髪、結ってくるんやったわ」とか一人でぶつぶつ言ったりして歩くのが遅いので僕が先を行くと「陽ちゃん、待ってえな」と言ってサンダルの音を派手に鳴らしながら追いかけてきた。
 夕暮れ時なのに神社が近づくと道がほんのりと明るく見える。
 そして、大勢の人の賑やかな声が聞こえてくるのと同時に境内までの道づたいに屋台が並んでいるのが見えてきた。
 お祭りは学校近くの大きな公園のある神社で催されている。夜には公園の敷地内で大きな花火が打ち上げられる予定だ。


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