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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第2回   叔母さん


 家に帰ると玄関に母とは別の女物の靴が揃えて置いてあった。
(お姉ちゃんが来てるんだ!)思わず声に出しそうになる。
「お姉ちゃん」といっても母の年の離れた妹で、僕の叔母さんだ。
 時々「お姉ちゃん」と呼ぶと、母に「こら、陽一っ、『叔母さん』と呼びなさいって、いつも言ってるでしょ!」と怒られる。
 僕にとって「叔母さん」というのはずっと年上の「近所のおばちゃん」という連想があるから「お姉ちゃん」と言う方が自然でずっと親しみやすく呼びやすい。
 台所から食器のぶつかり合う音が響き、母と叔母さんの談笑する声が届く。二人で夕飯の仕度をしているところだった。
 叔母さんはこの町とは遠く離れた場所に住んでいるけれど、時々こうして遊びに来る。
 短い時で三日ほど、長い時には一週間以上、家に泊まっていく。地方紙の編集のお手伝いをパートでしているそうだが、結構よく暇ができるみたいだ。
 僕は叔母さんが来ると嬉しくなる。
 叔母さんとは漫画や本の話ができるからだ。母とは合わない、聞いてくれない話でも叔母さんとはいくらでも話せるし、叔母さんはいつまでも聞いてくれた。

 台所の前を通ると叔母さんが振り向き「陽ちゃん、おかえり」と言い、すぐに「陽一、手、洗った?」と母の声が続く。
 僕は返事のかわりに「アパートんとこ、変なおっさんがおった」と言うと「あそこは通らへんでも、商店街に行くんやったら反対側の道があるでしょ」と戒められた。
 母はアパートの話が出るといつも機嫌が悪くなる。僕にとってはどうでもいいことのように思えても母にとってはそうではないらしい。
「ねえちゃん、そないに怒って、どないしたん?」
 叔母さんは僕の母のことを「ねえちゃん」と呼んでいる。僕はその響きが結構好きだ。
「優美子には関係のない話や」母が叔母さんにも触れて欲しくないように答える。
 叔母さんは膨れたような表情を見せながら再び自分の作業に戻った。
 僕は子供心にも母の気持ちに気づいていた。
 あそこに住む人たちが貧乏で汚いからだ。きっとそうだ。
 貧乏どころか、おそらく容姿も醜い、と母はきっちりした大人らしい先入観で言っているのだろう。僕にはそう思えた。
 冷蔵庫を開け冷やしてある水道水をコップに移して飲んだ。金属のような味が喉を抜けていく。サイダーも冷やしてあるけど勝手に飲んではいけない。
 決して僕の家も貧乏でないわけではなかった。だからこそ、僕にそうなって欲しくない、そう育って欲しくない一心で母がそう言っているのがわかる。
 母の気持ちがよくわかってはいてもやっぱり、そう一方的に言われるのは不愉快だ。
 だって、その道を通るだけだからだ。
 それに反対側の道にだって貧乏な人や汚い人はいるはずだ。
 その道を通るだけで母は僕が真っ当な人の道を踏み外すとでもいうのだろうか。
 僕がよく勉強して将来偉い人になるためには、あそこに住む人たちと関わらないばかりか、見ることも教育によくないというのだろうか・・などと考えながら僕はいつものように勉強部屋に向かった。部屋の中は強く差し込む西日で明るい。
 ランドセルを外し勉強机の椅子に腰掛けると、ばたばたと廊下を歩く音が聞こえた。
「なあなあ、陽ちゃん、この本、貸してえな」
 叔母さんが一冊の本を携えて部屋に入ってきた。ワンピースの胸を一輪の花が飾っている。西日が窓の向こうの庭の草花と同じように叔母さんの胸にも当たり本当の花のように見える。
「この本、今テレビでやってるドラマの原作やんね?」
 それはとっくに読み終えて、その辺りに置きっぱなしにしていた本だった。
「この本、前から読みたかってん・・ドラマの結末、先に知りたいし」
「かまへんよ」僕が快く答えると、叔母さんは「陽ちゃんはどんな終わり方か知ってるのん?」と訊ねた。
「それって、言うたらあかんって約束やんか」
 僕と叔母さんは本に限らずドラマや映画の先に知った結末をお互いに教えない約束をしいている。
 僕の強い返事に叔母さんはペロっと舌を出し「そやったね」と微笑み、
「また今度来た時、返すからね」叔母さんはそう言い残しワンピースを翻し出ていった。 軽快な足音を聞きながら、叔母さんのような人こそ、あのアパートの辺りに行って欲しくないとふと思った。


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