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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第18回   仁美の母親


「仁美、入るわよ」
 村上くんが帰ったあと、ノックをしてお母さんが私の部屋に入ってきた。
「ちょっといい?」香水の匂いが鼻をつく。
「何?」私はつっけんどんに答える。悪いと思っていてもついついそうなる。
「ご近所の人に聞いたんだけど」
 またご近所の人だ。何度、聞いたことだろう。
「仁美、まだ、あそこの娘と会ってるんじゃない? あそこの『下』の娘と」
 お母さんは悠子のアパートのある場所を「下」と呼ぶ。お母さんにとってこの高台は「上」なのだろう。
「仁美、前にお母さんと約束したわよね、もう下の娘と会わないって」
 お母さんの頭の中には「上」と「下」しかないんだろうか。
「ちゃんと名前を言ってよ、『あそこの下の娘』ってわかんないじゃないっ」
 言えないんだ。お母さんはいつまでも悠子の苗字を言えない。
「仁美、わかってるくせにっ、お母さん、知ってるのよっ。夜だって時々出て行くのも」
 だったら最初からそう言えばいいのに。
「会っているわよ。悪いっ?」
 だって私の妹だよ。
「あそこの子と会うと仁美が汚れるのよっ」
 お母さんの表情と声が変わった。
「仁美はまだ子供だからわからないのよ、あれはあの女の子供よ。見たことあるでしょ。仁美とは全然住む世界が違うの、すごくきたない人たちなの。お風呂やトイレだって無いところに住んでいるの」
 トイレはあるわよ。
「ちょっと待って、お母さん、私は学校に行っているのよ、悠子と同じクラスなの。学校にいれば体育の授業で手をつなぐことだってあるの。悠子が給食の当番の時には悠子の配ったものを食べるわ。他の人となんら変わらないわ。悠子と外で会わなくても学校でいつも一緒なの。それを会わないでって、おかしいわ、ねえ、おかしいわよね」
 悠子、ごめん。こんな話、したくない。
「仁美っ、その『悠子』って名前を出さないでちょうだいっ。私が言っているのは心が繋がって欲しくないのよ。学校は仕方ないわ」
 いったい何のお話? お母さんの価値基準はどこにあるのだろう。
「心って、またお母さんはおかしなことを言う。さっきは悠子のことを汚いとかお風呂がないとか言ったじゃのっ、心とお風呂がないことって別々のことじゃないっ。お母さんの言っていることは滅茶苦茶よっ」
 私は大声を張り上げていた。けれど、私はこの終わらない押し問答にいつものように決着をつけなければならない。
「お母さん、ごめんなさい。私、言い過ぎたわ。もうあの子には会わない」
 私はしおらしく声を落として言う。
「本当なのね」お母さんも落ち着く。
「ええ、本当よ、約束するわ」
 そう、私はこうやって悠子のようにいつも嘘をつく。
「わかればいいのよ、私も変なこと言って悪かったわ。もうすぐお父さんが帰ってくるから、夕飯の支度しないと」
 お母さんは安心した表情を見せて部屋を出て行った。
 たぶん、一週間もすればまた同じ会話が繰り返される。


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