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作品名:水を支える〜二人の少女の秘密 作者:小原ききょう

第14回   探索


「小川さん、今からお風呂いくんか?」
 登校日の帰りに文房具屋に行くと、この昼間の暑い中、銭湯の入り口に小川さんが立っていた。
「うん、仁美ちゃんを待ってるねん」
 小川さんは少し恥ずかしそうに言った。
「タライやタオル、持ってへんみたいやけど、どうするん? 銭湯で借りるんか?」
 何も待たないで銭湯の入り口に立っている小川さんが気になって声をかけた。以前の僕ならそんなことは訊かなかったし、小川さんに声すらかけなかった。
「仁美ちゃんが家から私の分も持ってくるから、私、手ぶらやねん」
 小川さんは手ぶらであることも恥ずかしいようだ。
「悠子、ごめん、ごめん。家を出る時、お母さんにつかまってしもうて」
 タライを持った香山さんが文房具屋の方から走りながらやって来た。
「村上くんもお風呂?」香山さんが僕の方を見て訊ねた。
 香山さん、顔が汗でびしょ濡れだ。
「ちがうちがう、僕、こんな時間に入らへん」
 そう僕は言ったあと「しまった」と思った。たぶんこの二人にはこんな時間でないとお風呂に来られない何らかの事情があるのだろうから。
「仁美ちゃん、お母さんにつかまったって、何か言われたんとちがうん?」
 小川さんが不安そうに訊いた。
「何も言われてへん。学校のことや。悠子は気にせんでええって」
 まるで香山さんは小川さんの保護者であるかのように見える。
 小川さんに絶対的な安心を与え続ける親のように。
「じゃ、僕、用事があるから」と二人に言って銭湯の向かいにある文房具屋に向った。 香山さんと小川さんは仲良くお風呂屋さんの中に入っていった。

 文房具屋の脇の道を奥に進むとあのアパートから見える高台に上がる階段がある。
 僕は文房具屋で便箋と封筒を買った後、その階段を昇って高台にでた。
 僕にとっては大きな冒険だ。高台には想像していた通り大きく綺麗な家がたくさん建っていた。
 立ち並ぶ家々の西側のアパート寄り・・あのコンクリートの崖の近くにある一軒の家を確認した。
「香山」と書かれた立派な表札が掛けられている。香山さんの家だ。
 この家の西の窓からだとあのアパートを見下ろすことができるだろう。
 ただ南側にはもっと大きな家が建つみたいで南側の視界は悪くなっているようだ。
 僕は高台のずっと南側にまで行くことにした。そこからだと僕の家も見えるのだろうか? 南側には小さな品のよい公園があった。
 公園の芝生は丁寧に手入れされているのが一目見てわかる。ベンチも二つ置かれている。
 端の柵がある所まで行って南側を見ると僕の家の屋根が見えた。それどころか、学校も見え、お祭りが催される神社や公園の方まで見渡せた。
 夏の午後の日差しが照りつけている。
 僕は再び香山さんの家の方まで行くとコンクリートの崖に取り付けられた錆付いた非常階段を使って下に降りた。幼い子供が下から不思議そうに見ている。
 アパートの敷地に降り立つと広場を抜け、南側のアパートの表札を一軒一軒確認した。
 最後のドアに「小川」とマジックで書かれた小さな紙がガムテープで止められてあった。
 全て同級生名簿で予め確認していた。僕が想像していた通りの場所だった。
 表札を見ながら、僕は小川さんが時々顔を腫らして学校に来ていたことを思い出した。
 ドアはあちこちが傷んでいて、まるでその傷の一つ一つが小川さんの悲しみのように見えた。
 だから、どうする? これからどうする? 僕はまだ小学五年生のただの子供だ。



「ちょうどよかった。叔母さんを迎えに駅まで行ってきて」
 僕が家に帰ると台所から母が顔を出した。
「叔母さん、大きなスイカ持ってきてるんやって。重たいやろから持つの手伝いに行ってきて」
 僕はすぐに自転車で駅に向かった。
 叔母さんが重そうに大きなスイカを持っている光景が浮かんだ。
 自転車で駅に着くと人ごみの中、叔母さんをすぐに見つけることが出来た。
 たくさんの人の中から叔母さんを探すゲームがあったとしたら僕は絶対一位をとるだろう。
「ねえちゃんに、迎えに来んでええって言うといたのに」
 叔母さんは本当に重そうにスイカを手に提げていた。
「かまへん、自転車やし、荷台に積もう」
 僕は自転車の後ろの荷台にスイカを落ちないようにくくりつけた。
「でもスイカを積んでたら、陽ちゃんに自転車の後ろに乗せてもらえへんね」
「叔母さん、スイカがなくても、それは絶対にまだ無理や」
 ちょっと失礼なこと言ったかな?
「冗談よ」
 叔母さんの笑う顔は叔母さんの家で会った時より陽に焼けていた。
 僕は自転車を押し、叔母さんはその横を歩きながら家に向かった。
「でも陽ちゃん、ちょっとたくましくなったように見えるよ」
 陽が傾きかけた西日を眩しそうにしたあと叔母さんは僕の方を見ながら言った。
「そんなことないよ」
 荷台にスイカを積んでいるのでバランスがとりにくくハンドルがぐらつく。
「その腕やったら、じゅうぶん叔母さんを持ち上げられそうよ」
 天井川まで来て橋を渡り始めると南の方からの風が心地よかった。
「風が気持ちいい」
 叔母さんは髪を風になびかせながら言った。
「水の匂い、する?」
 僕は以前に叔母さんが言っていた言葉を思い出して訊ねてみた。
「風の匂いやわ」
「風に匂いなんてあるん?」
 全く叔母さんはわからない人だ。
 商店街に近づくと叔母さんが「ほら、あの子」と指差した。
 小川さんと香山さんがそろって歩いていた。
「駄菓子屋の女の子やわ」
「あれ、同級生の子や」
「なんや知ってる子やったん。もう一人の子もそう?」
 僕は頷いた。
「仲良くなれるといいわね」
 叔母さんはからかうように言ったあと「ほら、自転車に乗って」と言って僕を無理やり自転車に跨らせた。
「それっ」
 自転車に跨った僕を叔母さんは後ろから押しだした。
「うわっ、あかん、お姉ちゃん、スイカが落ちてしまうっ!」
 僕はひどく慌てながらも自転車に跨ったままペダルを踏まずに身をまかせていた。
「大丈夫、お姉ちゃんがちゃんとスイカも自転車も持ってるから」
 自転車は勢いよく進みだす。夏のムッとするような空気を切り分けて進みだす。
 僕の前には沈みゆく太陽が見えていた。
 小川さんと香山さんが振り返った。僕たちに気がついたようだった。
 そっか、今日、あの二人はお風呂に行ってきたんだ。
 石鹸の匂いが二人の方から流れてきた気がした。
 僕の後ろを叔母さんが自転車を押しながら走っている。振り返って見なくても叔母さんが笑っているのがわかった。
「仁美ちゃん、あの人、村上くんのお姉ちゃん・・そうじゃない・・叔母さんや!」
 小川さんの声が聞こえた。
 香山さんが小川さんの「お姉ちゃん」という言葉にすごく反応したのがわかった。
 二人の横をすり抜けると家の方に曲がらなければならない十字路に出た。
「このままずっと向こうまで行ってみよか」と言う叔母さんに「お母さんが家で待ってる」と返事すると「残念やなあ」と叔母さんはがっかりしたように走る速度を落とした。
 陽が暮れだすと人も暮れだすのだろうか。それから家までは叔母さんはしゃべらなかった。
 ずっと向こうには天井川とは異なるもっと大きな川、「吉水川」がある。叔母さんは行ったことがないはずだけど、その川まで行きたかったのだろうか?


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