20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:森の機関車 作者:りじょうみゆき

最終回   僕はみんなの期待を背負ってその駅に向かう
森の機関車





春になると、美しい桜が咲く駅がある。

僕はその駅が好きだ。


僕はみんなの期待を背負ってその駅に向かう。

誰もが僕に注目する。

あれはいつの事だっただろうか?

もう君の時代じゃないんだ。
君のやり方では会社は儲からないのだよ。
もっとスマートなやり方でないとね。

と会社の偉い人に言われた。

僕は朝から夜まで働いた。

ある日会社の偉い人が言った。

そうそう
あの桜の咲く駅ね〜。
もう人もあまり乗らないから
あの駅ごと廃線にするよ。

だから君も、もうあの駅にはいかなくて良いのさ。
まあ〜すぐではないよ、来年までかな〜。

と会社の偉い人は言った。
それから

君も、もう歳だから、その廃線とともに仕事を終えてもらう事にしたのでそのつもりでいてね。

と付け加えて言われた。

『あぁ〜僕の仕事もあと少しで終わりか〜。
確かにもうあの綺麗な桜の咲く駅では
誰も乗って来ないし
他の駅からも1日何人かしか乗って来なくなったしな〜。』

と僕は思った。


ここは北国の田舎町。
遅い春を迎える。

僕はここで育って、ここで働いてきた。

雨の日も風の日も僕は働いた。

僕が若い頃は、駅の待合室にも座れないほど人が溢れていた。

時代とともに車やバスに乗る人も増えてきた。

また都会に出て行く若者を見送ることもあった。

お年寄りが残される。

だんだんと人口が減り、それとともに利用客も減った。

『来年で廃線かぁ〜そして僕も引退かぁ〜。』

同じ様に働いてきた先輩達の引退する姿を見てきた。
覚悟はしていたが、なんだか寂しい感じがした。

僕の後輩達は都会で活躍している。
昔の僕達のように、
もてはやされている。


この町に遅めの春がきた。
僕はいつものようにあの駅に向かった。
もう誰もいない駅だが、桜が咲く頃はとても楽しくなる。

桜を見ると思い出すのだ。

あの賑やかだった頃の事を・・・

橋を渡り山のトンネルを抜けて
あの駅が近くなる。
カーブを曲がる。

『あ〜桜だ!今年も綺麗だ〜』

静かにホームに止まる。

『おや 今日はお客さんがいるぞ。可愛い女の子だな 。』

真新しい制服に身を包み、少し恥ずかしそうに僕を見た。

「お願いします」

と僕に会釈(エシャク)して乗ってきた。

2番目の車両にのって椅子に腰掛けた。

彼女は少し窓を開けた。

発車と同時に彼女のさらりとした髪がなびいた。

彼女は真新しいカバンから、一冊の本を取り出して読み始めた。

その駅からみっつ目の駅を過ぎた所にトンネルがある。

トンネルの前に来て彼女は窓を閉めた。
トンネルの中で窓が鏡のように彼女を映す。
先ほど風になびいた髪を整える。

ふくよかなほっぺがまだ幼さを隠せない。

僕は思った。

『この女の子はこの春から新しい学校に行くのだな、
この線路が廃線になったらどうやって学校に行くのだろう。
この線路は今年一杯なんだがなぁ〜・・・』

毎朝僕は彼女を迎えに駅まで行く。

桜の葉っぱの緑が濃くなる頃には彼女は僕に少し慣れたようだ。

乗る前に

「お願いします」

と会釈をして乗る事は変わりはない。

紺色の制服から白いブラウスになる頃

町の人達が騒ぎ出す。

彼女の家には車がない。

バスも通らないので学校に通えない。

「せめてあの子が卒業するまで廃線は待って頂きたい!」

と会社に町の大人達がやって来てきてお願いした。

何度も何度もやって来た。

そして、雪が降る頃になった。



会社の社長が言った。


「わかりました。
彼女が卒業するまでは廃線は延期します!」



と言ってくれた。
町の人達は喜びで沸き返った。

僕も嬉しかった。
会社の社長に感謝した。

会社の偉い人が僕の所にやって来て

お前も、もう少し働いてもらう事になったから頑張れよ。

と言ってくれた。
僕は嬉しかった。
まだまだ働ける事と
彼女の役に立つ事が嬉しかった。
会社の人と町の人達に感謝した。

次の桜の花が咲く頃も僕は彼女を迎えに行った。

毎朝、毎朝、迎えに行った。

彼女は

「お願いします」

と僕に会釈してから乗る。

僕は彼女を乗せて学校近くの駅まで行く。

それから桜の葉っぱが色よくなって、
茶色くなって落ちていき、
少し早めの雪が降る。

そして彼女を乗せて3度目の桜の花が咲く少し前になった。

彼女はいつもの様にあの駅に立っていた。

僕がホームに止まる

彼女は僕にふれながら

「宜しくお願いします。」

と会釈して乗った。

僕は彼女を乗せて走った。

まだ肌寒い春先の事だった。

そして彼女は学校の近くの駅で降りた。

彼女はくるりと振り返り、

「今日まで有難うございました。」

と深々く頭を下げた。

僕は汽笛を精一杯鳴らした。
彼女にエールを送った。
これからの人生を精一杯楽しんで下さい、とエールを送った。

僕の仕事はこれでおしまいとなった。



会社に帰り
掃除のおばさんが

「お疲れ様。長い間よく頑張ったね〜」

と言ってくれた。

その後、僕は桜の花を見る事はなかった。

僕は静かに眠りについた。
先輩達の行く先は知っていた。

熱い火に溶かされて、また鉄に戻って行く。

その日を待つのみとなった。

会社の偉い人がやって来た。

お前よかったな
行き先が決まったぞ!

『そうか、ついに熱い火に溶かされる事になったのだな。』

と僕は思った。
そして深い眠りについた。



なにやら賑やかな声で
目がさめた。

森の中に僕はいた。
足元には線路もない
どうやってここに来たのか覚えていない。

なんだかお腹のあたりがくすぐったい。

目を凝らして見ると、子供達が僕の背中やお腹の中をどんどん触っている。
キャッ キャッ・・と笑って僕の周りを走り回っている。

どうやら僕は森の中の子供図書館に引き取られてきたようだ。

僕はこれからこの森の中で訪れる子供達とずっと一緒に過ごせるのだ。
そう思うとなんだか嬉しくなってきた。

青々とした桜の葉っぱが日に照らさらて眩しかった。


子供達は珍しそうに僕にじゃれてくる。

大人達までも
懐かしそうに、嬉しそうに僕を見つめる。

なんだか昔のあの賑やかだった頃を思い出す。

おや
また新しい親子連れがやってきた

元気そうな女の子とヨチヨチ歩きの可愛い男の子。



背の高い父親がその子達を僕に乗せてくれた。

白いパラソルをさしたお母さんが言った。

「この機関車さんね、お母さんを毎日乗せて学校まで連れて行ってくれたのよ。」

『・・・』

彼女は会釈をした。

サラリとした髪が風になびいた。



おしまい



■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 297