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作品名:Go to 収容所 キャンペーン、実施中☆(令和12年) 作者:なおちー

第6回   「もっと頼ってくれていいのよ。いっそお財布代わりだと思ってくれていいのよ」
先ほどのホンダの例だが、実は簡単に儲ける方法がある。
買い増しをするのだ。

彼は300株保有しており元本割れして血の気が引いたのだが、
そこでお財布代わりのミスズに頭を下げて投資資金を得て、
300株買い増し(100万程度かかるが)しておく。

半年ほど待って上昇相場に転じた場合は、計600株分の利益が狙える。
この場合は100株の保有に比べて、株価の変動率が六倍に増えることを意味する。

これを一度に売却するのではなくて、100株ずつ日を分けて
売ることによって安値で売るリスクを避けることができる。
さらに上昇すると期待するなら一部は持ったままにしてもいい。
下がったらまた買い増しもできる。

「株は悲観で買って楽観で売れ」とは、まさにこのことで、
半導体不足はいずれ解消されるし、自然災害による工場の活動停止も
一時的なもので10年も続くわけではない。少し先の見える人間ならば、
「安くなってくれてありがとう」とでも言いたくなる。

一方で常に利益を出し続けなければならないプロ連中はそうも言っていられず、
向こう三か月先まで利益の出なさそうな銘柄はすぐに売却する。

ただし、それは億単位の資産を扱うファンドの視点であり、個人投資家が
同じ土俵で戦おうと思ってはいけない。彼らがぶん投げた分を静かに拾えばいいのだ。

仮に一年以上ホンダの株価が低迷したとしても、その間に配当金が二度も入る。
株式は会計上は資産なのだ。表面上の株価は特に気にする必要はなく、
たとえマイナス100万だったとしても売らなければ損することはない。
ホンダの場合は財務基盤がしっかりしているので配当金を払う余裕がある。

一般的な定期預金(SMBCでは300万未満で0.002%)に比べたら
配当利回りが3%を超えるホンダは、お金を生み出す源泉としては1500倍の価値がある。

このように配当によってキャッシュ・イン・フローが得られる株は、
間違いなく資産なのである。多くの投資家は、このキャッシュを生み出す前に、
怖くなって株を売ってしまう。だから投資の成績がマイナスになるのだ。

なぜ少し下がったら売るのか? 
それはなぜこの株式を買ったのか、その理由が不明瞭だからだ。
きちんと自分で分析をして買った銘柄ならば、安心して保持できる。
特に売る理由などないのだから。

ただし、急落や暴落の原因が、
カルロスゴーン・ショックに代表される経営者リスクの場合は即売りである。
米中対立のような政治リスクの場合も長期下落が続くので真剣に考えた方がいい。

世界一の投資家、バフェットはこう言っていた。

『株価と妻の顔は、あまり見ない方がいい』

実は、彼の部屋にあるバフェットの格言集の本を熟読していたのはミスズだった。
ミスズは暗記力に自信があるので本を繰り返し読んでは、
主な内容を空で言えるほど覚えていた。

大好きな彼があまりにも株価をにらみながら頭を抱えているのを見て

「あまり考えすぎても体に悪いわよ。ねえ。たまには公園でも散歩しない?
 きっと気分転換になるわ。ねえ、そうしましょうよ?」

と言うが、彼はむきになって否定した。八つ当たりもした。
ミスズに暴力をふるうこともあった。それから数日もすると
彼は泣いて謝ってくるので、ミスズは許してあげた。

「ごめんなミスズ。もう二度と暴力なんて振るわない。いっそ株も辞めちまうよ。
 こんなくだらないことに熱中してるから俺は気が狂っちまうんだ。
 すまなかった。これからは真面目に働くよ」

「誰だって初めから株の取り引きがうまいわけじゃないと思うの。
 今は練習期間だと思って頑張ってみて。きっと上手になれるわ。
 それに働くにしてもどこで働くつもりなの?
 令和12年の日本はひどいわよ」

令和12年ではスタグフレーションが進行中だ。
(円安が加速したことによる輸入高、さらに国際資源価格による)
物価高と租税(政府が際限なく増税を行った場合とする)
を加味し、実質で換算した埼玉県の最低時給が400円となっていた。

仮に彼が8時間働いても単純計算で3200円にしかならない。
実際の労働では休憩時間は労働時間に含まれないため、もっと少ないだろう。

また労働法も改正され、一日の就業時間が12時間を超えないと
残業代(割増賃金)が発生しない。また日本人は休み過ぎだとして
週六日の労働を基本としていた。日曜出勤も推奨されている。

アキオは5年近く無職だったために今から正社員の仕事を探すことは
困難であり、まず社会復帰するためにはアルバイトや
派遣から始めるのが妥当だろう。すると上記の地獄となる。

地元のハロワや求職サイトで募集している正社員や職員の仕事は、
一日の労働時間が12時間を超え、
給料を自給で換算すると550円と派遣と大差がない。
また社員の場合は残業の強制、社則に反した場合の拷問も発生する。

令和12年では憲法や法律が根本から改正され、怠惰な社員は
会社ごとの規則(法律)に従って拷問しても良いことになっていた。
また定年制が廃止され、最大で105歳までの就労が推奨されていた。

「まさかとは思うけど、私から逃げようとしてるわけじゃないわよね?
 もちろん違うわよね? うん。分かってるわ。だってアキちゃんは
 私のお金がないと生きていけないもの。ね? そうよね?
 だって時給400円で働くよりは原油を買った方が儲かるわ。
 アキちゃんは今は破損してばっかりだけど、少しずつ上達してる。
 頑張れば、いつかきっとプロのトレーダーになれるよ」

「で、でも俺……いつまでも君に迷惑をかけ続けるのも。
 俺は最初はヒモも悪くないと思っていた。でも罪の意識が……。
 人からもらったお金を溶かしちまうのって、すごく気分が悪いんだ。
 死にたくなるんだ。まるで俺は生きてる価値がないって
 言われてるみたいな気がしてさ」

「はい。お小遣いあげる。これで好きな物でも買って元気出して」

「え……。二万円も。どうして俺にお金をくれるの?」

「辛い時こそ人生を楽しまないと
 美味しいものでも食べて元気出しましょう。
 これからどこかへ食べに行かない?
 外出するのが面倒だったら何か頼んでもいいわね」

「ありがとうミスズ。愛してるよ。本当に、愛してる。
 君がいてくれなかったら、俺は今頃自殺していたと思う」

ミスズの膝の上で泣き崩れるアキオ。
そんな彼の頭をなでながら、ミスズは暗い笑みを浮かべていた。


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