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作品名:Go to 収容所 キャンペーン、実施中☆(令和12年) 作者:なおちー

第5回   「ミスズ。すまん。ヤマダ電機が買いたいんだ。4万円貸してくれ」
キングオブ・ダメ男。
ヒモ男界のトップランナー・アキオは、
生活費のみならず株を買うお金までミスズからもらっていた。

最初は、これがきっかけだった。

彼は一年間ヤマダ電機の株価を眺めていたが、
2021年の夏ごろから下落を初め、年末になると
株価が400円を切ってしまった。その年の最高値から
20%も下落していたので、株の掲示板では

「さすがにそろそろ底値だろww」
「俺、2000株買ったわww」
「お前らバカだな。まだまだ下がるんだよ」
「うっせー。売り方は黙ってろ」

いつもの低レベルなやり取りが行われていた。
(ちなみに通常国会での与野党の論戦も似たようなレベルである)

アキオは将来の企業業績を見通せるほどの知恵がないので、
掲示板の内容を参考にして株を買っていたのだ。

そんな彼が、たまたま上の書き込みを見つけてしまい、
ついに買おうと思ったが、困ったことに現金がないのである。

証券口座の資産残高はおよそ600万。だが全額投資しているので
今現金化することが難しい。適当に買い集めた株は、先週大幅に下落したために
含み損が総額で40万以上だ。面白いことに持ち株のほぼ全てが下がっており、
逆に空売りした銘柄は値上がりしたために、結果的に含み損となっていた。

「クソがっ!! なんで俺が買うと下がるんだよ!!
 なんで俺が空売りすると逆に上がるんだよ!!
 クソクソクソっ!! くそおおおっ!!
 掲示板を参考にして投資しても全然ダメじゃねえか!!」

「こらっ。アキちゃん。そんなにキーボードを叩いたら壊れちゃうわよ。
 5年前にお母さんに無理言って買って
 もらったんだから大切にしないとダメじゃない!!」

「っせーな!! こちとらイライラしてんだよ!!
 ったく、まじでふざけんなよ。オミクロンだか何だか知らねえが!!
 なんでこんな一斉に下がるんだよ!! マジ使えねえわ!!
 村田製作所なんて買わなければ良かった!! あんのクソ企業が!!」

「でも村田製作所はセラミックコンデンサーを作ってる
 素晴らしい会社だって言ってなかった? ううん、言ってたじゃない。
 シャアも世界一だから倒産する心配もない。令和の時代には世界のトップを
 走る製造業だってはっきり言ってた。私覚えてるもん。
 それなのに株価が下がったら村田製作所が嫌いになっちゃうの?」

「うっせえな!! この株価を見ろよ!! マイナス13万だぞ!!
 しかもたった一銘柄だけで!! まじ、なんなのこの企業!!
 初めから空売りしとけばよかったんだ!! 
 こんな会社の株なんて一生上がらないんだからよ!!」

「……落ち着いて。短期取引はダメよ。
 長期投資の人はゆっくり待てば勝てる仕組みなんでしょ。
 レーティング(目標株価)には10500円って書いてあるんだから、
 そこまで持っていればいいのよ。またきっと上がるから、ね?」

「それまで何年かかるんだよ!! ああ!?」

「村田製作所は高いのよ。100株買うのに100万円以上出して買ったんだから、
 すぐに売っちゃうのは気が早いと思うよ……それに、ほら。
 私が毎月お小遣いをあげてるから、生活の方は心配しなくても大丈夫でしょ?」

※東証では通常100株単位で売買をします。100株で一単元とも呼びます。
 最近ではline証券?などが超小額投資として1株からの買い付けを宣伝してますね。
 ちなみに最低でも100株保有しないと株主名簿に記載されないため、
 配当金の権利が得られません。株主総会にも出席できません。

「ふん。まあ。生活費の方は確かにな……」

「ね? だったら今すぐ売る必要ないのよ。
 それに三月まで持っていたら配当金の権利が確定するんだから」

※配当金とは、例えるなら預金の利息みたいなものです。
 株主に対して決められた月に払われるボーナスです。
 そのためには権利確定日まで株主名簿に名前が記載されている必要があります。

「冷蔵庫の中身が空だから、買い物に行ってくるわね」

「ああ」

「すぐ戻ってくるから。アキちゃん。元気出してね?」

「ああ」


そんなロクデナシの彼だが、株取引とは買い方(買って値上がりを待つ人)
に回っていると、どんなに下手くそでも一年間保持していれば、
どこかで売り時がやってくる。彼の場合のそれは原油のETFだった。

ニュースサイトの記事に、年内に原油が上がると書いてあったから
年初に買ってみたのだ。ドバイの先物価格に連動する商品を気長に
持っていたら、10月にかけてぐんぐんと値が上がっていく。

ついには25万円で買った商品が、33万円で決済された。
税引き後の利益が6万を超えた。

   ※株の譲渡益の課税は20%です。
    実際は特別復興税を加えた20.32%が、利益から差し引かれます


「おっしゃああ!! やっぱり俺は天才だ!!」

ちなみに彼は、OPEC(石油輸出国機構)がどんな会合を
しているのかも知らないレベルのド素人だった。

いつもの彼なら、儲かった金額でさらに儲かりそうな株を買っては
損を重ねていくのだが、(いわゆる高値掴み。株で儲かった時は
いったん下落するまで資金を待機させるのが基本)今回は少し違った。

「アキちゃん。この6万円はどうしたの? え? まさか私にくれるの?」 

「こんな少額で恩返しができたとは思ってないが、もらってくれ。
 ミスズにはいつも世話をかけてばっかりで、すまないと思っている。
 たまには俺の儲けで好きな服でも買ってくれよ」

「いらない。うん。だから本当にいらないから、やめて」

「は……? 何を言ってるんだ? 
 俺は君にお金をあげるって言ってるんだぜ?
 どうして素直に受け取ってくれないんだよ」

「アキちゃんこそ、なんのつもりなの。私にお金をあげてどうしたかったの?
 ねえ。ねえねえ? 私にお金を渡すことで自分がお金を稼げてる
 アピールでもしたいの? そういうの不愉快だわ。すごく不愉快」

「はぁ……? まじで意味わかんねえ!! なんで不愉快なんだ? 
 彼氏が金をくれたんだから、ふつうは喜ぶべきところじゃねえの?
 それを不愉快って……俺が株で儲けるのが、そんなにおかしいのかよ!!」

「アキちゃんはねぇ、私にお金をもらっていればいいのよ!!
 アキちゃんは私がいないと生きていけないんだから。
 だって……アキオが自分で生活できるようになったら……。
 私を捨てて出て行っちゃうじゃない……」

「いやいや。ちょっと待ってくれよ。それって被害妄想じゃね?
 俺は別に君を捨てるなんて一言も……」

「アキちゃんがトレードで成功するようになったら、きっと
 私を捨ててしまうんだわ。私にこのアパートに来るなって言い出すのよ。
 お前なんてうっとおしい。うざい。必要ないって」

「んなこと言わねえよ!! 言うわけないだろ!!
 ……ああそうかい!! この話はもう終わりにしようぜ!!
 6万円いらないのはよく分かった!!
 だったら俺が自分のために使うよ。ったく」

アキオはヤマダ電機を100株買うことにした。
それから一週間もしないうちに面白いくらいに株価が上がっていく。

例の平均偏差値23の掲示板では、ヤマダ電機は底打ちして
来年の夏にかけて上昇する見込みが高いとの意見が多数派だった。

だが、やはり彼には現金がない。

他の銘柄は面白いくらいに含み損ばかりで、SBI証券の画面の数字は真っ青である。
これらを損切りして現金化することもできるが、彼は損切りの判断ができない男だった。
なにより、この600万の資産のうち9割がミスズに借りた(実際はもらった)
お金で運用している。一度買った株を簡単に売ってしまったらミスズに怒られてしまう。

そしてタイトルのセリフを言ってしまうのだ。

「ミスズ。すまん。ヤマダ電機が買いたいんだ。4万円貸してくれ」

「いいよわ。何株買いたいの?」

「100株だけだよ……。よ、欲を言えば1000株ほど買いたいんだが」

「まあ、そうなの!! アキちゃんは、本当は1000株欲しいのね?」

「いや待て!! 別に絶対に欲しいってわけじゃねえから。
 ただ言ってみただけだ!!」

「ちょっと待っててね。コンビニのATMでお金おろしてくるから。
 45万くらいあれば足りるかしら?」

「はぁあぁぁぁ!? 45万だって!? 
 いやいやいや、さすがにそれはやり過ぎだ!!」

「私がそうしたいんだから、もらっておけばいいじゃない」

「いや、さすがの俺もそこまで腐ってねえから!!
 もちろんくれるのは嬉しいけどさ、今回は4万だけでいいよ!!
 むしろ4万にしておこうぜ!! その方がきっといい!!」

「私はお父さんから余るくらいの生活費をもらっているから、
 少しくらい貯金を崩しても平気なのよ。だから心配しないでね?
 お金に困った時は頼ってくれていいのよ。今までも、
 そしてこれからもアキ君はお姉さんがいないと生きていけないものね?」

その時、アキオは血の気が引いてしまう。
字面だでけでは想像できないことだが、
最後のセリフを言う時のミスズの顔は、悪魔そのものだった。

彼女はいつも自分を頼りにしてほしいと言うが、
その裏にあるのはアキオを金銭的に完全に服従させたいという欲望である。
ミスズは、一度あげると決めたら絶対に引かない。これもおかしな話だった。

アキオは一応借りると言っているのだが、彼女は全額お小遣いとしてあげるつもりだ。
お小遣いとは、文字通りもらった側が自由に使って良いお金のことである。
仮に彼が株を買わなかったとしても許される。最悪馬券を買ったとしても許してくれる。

(ちなみに政府が国家予算として計上するお金も、
 実際は国民が献上したお小遣い、あるいは寄付金と考えて差し支えない。
 なぜなら貧者の救済や国家の発展のために使われることがないからである)

彼はミスズから45万円を本当に受け取った。
実際は受け取ったと言うより、証券口座に入金をしてくれたのだが。
パソコンの電子画面にはその日の内に買い付け余力として反映されており、
アキオは複雑な気持ちになった。

せめてミスズに恩返しができないかと思い、その日の夜はいつもよりも
愛情をこめて彼女を抱いてあげた。といっても彼は幼児体形のミスズの身体には
とっくに飽きていて、頭の中で艦これのお姉さんキャラを思い浮かべながら頑張った。
決して彼女のことが嫌いではないのだが、このぺったんこな胸が
魔法の力で膨らまないのかなぁと思ってしまうのは男なら無理もないことだ。


それからひと月が経つ頃。

「う……うあぁ……嘘だろ……信じて買った株が、こんなに下がるなんて……」

電子画面にはヤマダ電機の含み損が、マイナス37万と表示されていた。
彼は掲示板を参考にして一括で1000株購入したのだが、
そこから一気に株価が下落したのだ。これも素人の典型例だった。

同一銘柄を1000株単位で買うとしたら、時間を分散して
一週間ごとに100株ずつ買うなどしてリスクを減らすのが基本だ。
彼は同じ日に全力買いしたわけだが、それはその日以降に確実に値が上がると
信じてやる行為であり、信用買い(信用取引の事)と似たようなものである。

ヤマダ電機の株価が上昇の兆しを見せたのは「機関投資家の騙し上げ」であり、
そこで調子に乗って一気に買ってしまうと、奈落の底へ叩き落される。

ブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオはこう言った。

「個人投資家が機関投資家相手(プロのこと)に戦うのは、
 ポーカーの世界王者に挑むのと同じくらい無謀なこと」

同組織は、米国最大の年金基金(カルパース)からも財産を信託されており、
運用資産が16兆円を超える世界最大のヘッジファンドである。

レイ・ダリオは、あのリーマンショックの到来を事前に予測し、
年利12%を達成したことで世界を驚愕させた。

(年利とは、投資元本に対して、年間で何%資産が増えたかの指標)
リーマン時は多くのファンドが20%以上の損失を出していたのだ。

『ピュア・アルファ』『オールウェザー(全天候)』
と名付けられたファンドが有名だ。

レイ・ダリオは、金融市場では匹敵する者のいないほどの大賢者である。
通称「ヘッジファンドの帝王」 岸田君に代わって日本の総理をやってもらいたい。

証券取引(ポーカー)で精神的なダメージを受けたアキオは、
握った拳を力なく畳の上に、何度も何度も振り落とした。
ぽたぽたと熱い涙がこぼれ落ちる。

「ちくしょう……ちくしょう……あの掲示板の奴ら、底値だなんて
 適当なこと言いやがって……あんな奴らを信じていた当時の
 自分をぶん殴ってやりたい……うあぁあぁ。どうしてこんなことに……」

「アキ君。大丈夫よ。大丈夫だから。株は売らなければ損にはならないんだから。
 村田製作所みたいにずっと持ってれば、いつかは上がるわよ」

「うっ……すまないミスズぅ……本当にすまない……俺なんて生まれてこない方が
 よかったんだ。人に迷惑をかけてばっかりで……生きてる価値なんてないんだ……」

背筋を伸ばして正座しているミスズの膝の上に顔を乗せて、
本気で泣きべそをかいているアキ。ミスズは笑いをこらえるのに必至だったが、
表向きは母のように慈愛に満ちた顔で彼の頭をなでていた。

「ミスズ。今日までお世話をしてくれてありがとうな。俺は午後の取引で
 全資産を売って君に現金を返すよ。それから首をつって死のうと思う。
 こんなクズと今まで一緒にいてくれてありがとう」

「アキちゃんったら、株が急落するたびに同じこと言ってるじゃない。
 私があげたお金のことなんて気にしなくていいのよ。株は買ったらすぐ下がる
 ものなんだから。ヤマダ電機は配当利回りが4%を超えてる優良銘柄よ。
 あとで優待券が来たら一緒に買い物に行きましょう。
 アキちゃんと買い物。今から楽しみね」

「こんなクズの相手をしてくれるのはミスズだけだ……。
 愛してるよミスズ。これからも俺を見捨てないでくれぇ」

「うふふ。私が可愛いアキちゃんを見捨てるわけないでしょ?」

残酷なことに、ミスズにとって彼の買った株式が下落するのが楽しみで仕方なかった。
なぜなら彼が株で失敗するほどミスズへの依存度が高まるからだ。

彼は馬鹿なので手持ちの現金は全額株の買い付けに使ってしまう。
東証とは、外資によって操作されている市場であり、空売りの比率が高い。
細かい説明は専門的になるので省略するが、
筆者の経験上、いつどのタイミングで日本株を買ったとしても、
一週間以内に95%以上の確率で買値より下落する。

『そういうものだと理解していれば混乱はしない』

『女に振られるのが分かっていて告白すれば、
 振られたとしてもダメージが少ないのと同じだ』

ほとんどの投資家が儲からない理由は、少し下がったら顔を真っ赤にして怒るか、
あるいは顔が青ざめてしまい、即売却するからだ。そこは売り時ではない。

ここが最も重要なポイントで、しっかりとファンダメンタル分析と
市場の動向、マクロ経済の分析をしたうえで買い付けをしたならば、
余程のことがない限りは1年くらいの保有期間の中で株価が上昇に転じる。
短期的に売買するレンジとは、その中のどこかだ。

ちなみに筆者の定義では、1年以上10年未満の保有であれば長期の定義に入る。
それ以上の期間は超長期投資。一番楽に儲かるのがNY市場に対する超長期投資
(株価指数のETFの積み立て。具体的にはVOOを買うだけ)なのは言うまでもない。

前作「令和10年シリーズ」の第一部で美雪の父が言っていた言葉を思い出してほしい。

『日本株はね、一度買ったらよく寝ちゃうといいよ。
 それで買ったことを忘れちゃう。あとで日経が最高値更新とか
 NHKが報じるようになったら、改めて自分の株を確認すればいい。
 おっ、こんなに上がってるんだ。じゃあ売ろうってね』

         ※ちなみに筆者の作品の登場人物ですが、ほとんどが
          筆者が過去に会ったことのある人物をモデルとしています。    

ミスズは悪魔的な才能により、株で意図的に損させる方法を学んでいた。
彼女はアキオが下手に得をし過ぎないように不安を煽ることを口にする。

例えば、株が単に株式の需給(信用買いの残高)によって下がっている状態を
企業の業績によるものと錯覚させ、売却させるのだ。

アキオは感情を交えて取引をするので、冷静なミスズが
無表情になって、まだまだ株価が下落する。今売らないと
最後は半値になると煽ると、アキオはもう思考停止して全株を売却してしまう。
彼女はその手法を使ってアキオの主力銘柄であるホンダ自動車で売却損を発生させた。

その時のホンダが下がっていた理由は、半導体不足と海外の工場が
災害で被災したために減産するためであり、これは短期的には減益要因となるが、
高配当銘柄で財務体質が鉄壁なホンダを売る理由にはならない。

マクロな視点ではコウダイ集団の問題でチャイナと香港ハンセン市場から
大量に資金が流出しており、そのあおりを受けて東証の出来高の多い銘柄が
売られてしまっていただけだった。これは、値上がりするまで
待っていられる投資家の視点からしたら買い時である。

その証拠として、彼が売却してから半年後にはホンダの株価は2割も上昇していた。
さらに彼は配当権利確定前に300株売却してしまったので受け取り配当金もゼロ。
仮に半年待ってから決済した場合とで10万円以上の利益の差が出ていた。


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