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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第9回   本編 5 体育祭の準備
     第八話 「変な夢を見るのよねぇ」


学園では、9月末に体育祭が行われる。
運動会とも呼ぶが、校則ではどちらの呼び方でも許可されている。

ミウは、今時の生徒にしては珍しく運動会を楽しみにしていた。

この学園はソビエトの文化が推奨されるため、外国人ボリシェビキによる集団体操が
名物とされていた。革命的コサックダンスである。他にもモンゴル風ステップ、
ウクライナ風のダンスなどある。実はコサックダンスの本流はウクライナにあるとされる。

「ふむ。アキラ君。例年以上に偏ったプログラムとなっていますな。
 実質的な競技種目はクラス対抗リレーと玉入れのみですか。
 他は軍事パレードを模倣した行進種目が大半を占めるとはね」

校長が禿げ頭をなでる。

その日のボリシェビキの幹部会議では、2週間先に迫った運動会の
プログラムの具体案が検討されていた。実はこの日までに案を具体化させないと
間に合わない。彼らエリート集団にとって学園の行事など興味なく
粗末に扱いたいところだが、世界各国から幅広く新入生を募集する手前、
学校行事は完璧に行わないといけない。

そのため会議はいつもギリギリのタイミングで行う。秋に控えた生徒会総選挙に
比べたら、本当にどうでもいいと委員の全員が思っていた。
ここにいるのは、会長の他には
諜報広報委員部、中央委員部、保安委員部、組織委員部の代表である。
ボリシェビキでは決まりごとは最良の最小限の人数で行うことがベストとされていた。

アキラ会長がふんぞり返りながら発言する。

「日本のゆとり教育を模倣するわけではないが、共産主義とは競争の否定から始まる。
 競争種目で生徒間で優劣をつけるよりも、団結力を意識した集団体操を
 披露した方がわが校の理念には適しているのではないのかと思ってね」

「ふむ。確かに君の意見は一理ある。私が気がかりなのは、
 集団行動の一部に、収容所の囚人を使った行進とあるのだが……」

「奴らも生徒であることに変わりはない。それに体育祭と言う目標に向かって
 練習をするのも腐った根性を叩き直すのにちょうどいい」

「しかし、会長閣下」

と保安委員部のイワノフがアキラに向かって手を挙げる。
校長が彼に発言許可を出した。

「収容所2号室の囚人の人数は、各収容所の中でも最大の規模ですが、
 彼らが真面目に練習に取り込むかは不安が残りますな。今までの
 脱走や反乱の経過を考えると、かなりの手間がかかるかと」

「だからとって奴らを体育祭当日に教室に缶詰めにしておくわけにもいくまい。
 私はこれでも囚人に対して慈悲の心を持っているつもりなのだよ。きゃつらも
 生徒なのだから、イベントの時くらいは生徒らしく振舞えるチャンスを与えなければな」

と言いながら、アキラは妹のアナスタシアを見た。

(どうせ私に保安部の手伝いをしろって言いたいんでしょ)

アナスタシアは仕方なく発言をした。

「保安委員部のみなさんは、集団体操の披露の練習があるからすごく忙しいわよね。
 よかったらうちの部の人間を回しますわ。ぜひお手伝いをさせてくださいな」

「同志アナスタシア。いつも世話になり恐縮である」

「いいのよ。イワノフ君。お兄様の決定なんだから変に反対しないでそのまま進めた方が」

「アナスタシア。ここでは私が会長なのだぞ。それに兄に対してその態度は……」

「まあまあ!!」

とナツキが両手を大きく広げて制する。
ナツキは2年生のボリシェビキ男子。組織委員部の代表だった。

「組織委員部は設営の手伝い以外は暇ですから、こちらからも人数を裂きますよ。
 困ったときはお互い様。部同士でいがみあっても敵を利するだけだと、
 会長閣下がよくおっしゃっていたではないですか」

アキラが腕を組みながら、

「うむ。助かるよナツキ君。保安委員部の手伝いの件は、君達の裁量に任せる。
 それで今回のプログラムだが、特にこれ以上話し合う必要もあるまい。
 今は時間が惜しいのだ。各クラスで明日からでも集団行動の練習をさせようではないか」

校長が拍手すると、他の委員も拍手をする。これで満場一致でプログラムは決定された。
実際は高校の体育祭らしい内容ではないが、それがいかにもボリシェビキらしい。


9月の第二週の終わりころから、各学年ごとに体育祭の練習が始まった。
体育祭は来客の入場は禁止しているが、
一部の演目をビデオ撮影をしてホームページに
載せるため、真剣に行わなければならい。

ソビエトといえば、まずは「生産体操」である。
労農国家の国民の基礎体力向上、労働後の疲労回復を目的としたもので、
日本ではラジオ体操に限りなく近いものだが、ソ連ではこれを朝一と夕方に分けて行う。

生徒の中には、生産体操をいい加減にやる人が実に多かった。
ボリシェビキは意外と体育の授業には肝要であり、体操だけでなく
マラソンのフォームがめちゃくちゃであったり、途中で息を切らして休んでいても
最後まで走る気があれば、これといって注意されることがない。
ただ仮病だけは反革命容疑がかかった。

今回は体育祭の最初の集団科目として全校生徒が一堂に生産体操を
するため、一糸乱れぬ動きを求められた。体操をきちんとプログラム通りに
踊るには、それなりの柔軟性や筋力が必要になる。なによりピアノに合わせて
動く必要があるので協調性が磨かれる。

たかが6分の体操を、保安良い部の指導の下、全員が繰り返し練習していると
すぐに汗をかき始めた。運動が苦手な人が多い2年A組の生徒は辛そうにしていた。

その中にミウも含まれていた。

(なんか、すごい気まずい。すごい視線を感じる)

イベント事なので、ミウは特別にクラスへの復帰が許されていた。
収容所の囚人も、体育祭の練習では各クラスへの復帰が一時的に許されていた。

そのあとは、集団行進の練習(駆け足も含む)、
エアロビクスダンスの練習をしてから、その日の練習は終わりとなった。
午前中いっぱいを使ったハードな練習だった。

ダンスの内容が多少複雑だったので、
あとで自宅で練習できるように内容を図に描いた冊子がくばられる。
その冊子では懸垂台やケトルベルを使用した筋トレ法も紹介される。

その冊子は広報部が作ったものだが、原文にはこう書いてある。

 『学園では、誰か一人が突出した運動機能を有するよりも、
  生徒皆が強調し合い、弱きものがいたら皆で補う、助け合いの精神が
  重要視されているのです。そのため集団種目が多いのです』

家に帰りビラを読むと、そんな発想もあるのかとミウは思った。
彼女は筋力でも足の速さでも一般の女子より劣っていたが、これなら
誰かと比べて落ち込む心配もなさそうだ。決められた内容を決められた通りに
できるように練習すればいいのだから。

毎月恒例の偉人たちのコーナーには、こう書かれている。

 『ソ連の勲章制度は、ファシスト諸国とは違いました。
  ドイツや日本と違って敵を多く殺した人にではなく、
  味方をより多く助けた人に勲章が配られました。そのため
  学園では誰よりも優しく献身性のある生徒が理想とされているのです』

言っていることは立派だとミウは思った。彼女はボリシェビキの思想など
腐りきっていると心から思っているが、まがりなりにも一つの国家の
社会思想にまでなったのだから、参考になる箇所がないわけでもない。

「ミウちゃん?」

ミウは振り返った。部屋の扉が開けられていて、
母親のカコは少し困った顔をして立っていた。

「夕飯ができたのよ。さっきから呼んでいるんだけど、全然反応がなかったから」

「あ、ごめん。集中してたから」

「また彼氏とテレビ電話でおしゃべりでもしてたの?」

「まあそんなとこ!! それよりお腹すいたな。早く食べよう!!」

ミウの家は街中にあるライオンズマンションだった。
父は東京に単身赴任しているから、マンションでは母親と二人で暮らしている。
母は専業主婦だが、旦那の仕送りが十分すぎるほど送られており、
また母親も余ったお金を資産運用して順調に増やしている。

日本株の優待品が送られた時は、娘に小遣い代わりとしてプレゼントしていた。
たまに父から郵送されることもある。外食チェーンや小売店の割引券が多かった。

高野家はまさに資本主義をうまく生きている。お金に不自由することのない家庭だった。

「この新聞を読んでみなさい。つい二日前にね、米国のFRBの議長の任期が来たんだけど、
 続投が決まったのよ。彼はハト派で有名な人だから、当分金利の引き上げは先延ばしに
 なるのよ。ミウちゃん、米国の長期金利って言うのはね……」

ミウは、食事のたびに母親の金融講座を聞かされていた。
高校生のミウには全然わからない内容だったが、母がかみ砕いて
債券と金利のことを教えてくれるから、ある程度は理解できるようになった。

「つまりママは今の円安は一年くらい続くかもしれないってことを言いたいのね?」

「そう!! そうなのよ!! じゃあその理由を言ってみてくれる?」

「えっと、物価の差であってる? アメリカは日本よりも物価が上がりやすい。
 でも日本は平成からずっと上がらなかった。だからアメリカの方が
 金利が上がりやすくて、結果的にドルを持ってる人の方が金利で儲けられる。
 だから円は売られる。その最大の理由は日本の政治がバカだから」

「満点よ!! さっすがミウちゃん。やっぱりあなたはお父さんの血を引いているわ。
 来月のお小遣いを増やしてあげますからね。大学は絶対に経済学部を選びなさいね」

「う、うん。ありがと」

こんなことを知ったところで、とミウは思っていた。
学校の成績はA組の中で30番目以下。落ちこぼれだ。
帰国子女なのに英語はせいぜい70点。国語は漢字が苦手なので赤点ギリギリ。
金融のことはこの時点のミウにとっては雑学であり、
学園の勉強で役に立たないので嫌いだった。

母は栄養のつくものを食べなさいと、時間をたっぷりかけて
夕飯を作ってくれる。朝ごはんも手を抜いたことはなく、どちらも
一時間以上調理の時間を使ってるから、皿数が実に多い。

今日はスパゲティが主食だが、コーンのサラダ、豆腐、納豆、
野菜スープ、鶏肉のガーリック炒めにウインナーなど食べきれないほどだ。

ミウは見た目は細めだが、実は着やせするタイプで、少しお腹が出ていた。

だがそれでも食べるように母は言った。
脳に栄養が足りない人間と、読書をしない人間は馬鹿になると、
ミウが幼い頃から言い続けていたのだ。
後で分かったことだが、実は夫のナルヒトの考えだったそうだ。

「ミウちゃん。ママはね、最近悪い夢を見るのよ」

「え?」

ミウがスパゲティをからめたフォークを止めてしまう。
ママは熱々のお茶の入った湯呑を両手で持ちながら、

「ミウちゃんが生徒会の偉い人になっていてね、学園内で
 悪いことを考えている人たちを取り締まっているのよ。
 その時のミウちゃんは見たこともないくらい冷たい顔をしていて、
 なんだか生徒を虐待するのを楽しんでいるみたいだったわ」

「なにそれ意味わかんないよ。
 ママ、株のやり過ぎでおかしくなったんじゃない?」

「その夢を見るのは一度や二度じゃないのよ。
 悪夢なのかしらねぇ。ミウちゃんはおとなしい女の子のはずなんだけど、
 どこか危うさがある気がして……うーん、自分の娘の事なのに、
 どうしてこんなふうに思ってしまうのかしら。本当に株のやり過ぎなのかしらね」

「あのさ、学校の先輩にも同じことを言われたんだよ。私が生徒会の
 副会長になってた?……ってあれは夢の話なのかな? よくわからないけど、
 そんな記憶があるとかないとか。私ってただの一般生徒なんだけど、
 人の上に立つ人の貫禄とかあるのかな?」

「ミウちゃんは人前に立つのは嫌いよね?」

「うん。大っ嫌い。お金をもらってもやりたくない」

「そうよねぇ。たぶん。ママの思い過ごしだと思うわ。そんな事実は
 ないわけだし、うーん、でもどうしてあんな夢を見るのかしらねぇ。
 どうも夢とは思えないほどの迫力だったのよね……」

その瞬間だった。

「うっ……!!」

ミウの体中に電流が走ったかのように痛みが走り、謎の光景が脳裏に浮かんだ。
副会長のバッジを付けたミウが、アナスタシアを取り締まっているシーンだった。
抵抗し泣き叫ぶアナスタシアを、保安委員部の部下に命じて
こん棒で叩きのめし、後ろ手に縛って自由を奪う。
必死の形相で泣きはらしたアナスタシアの顔は、どうにも忘れることができない。

「ミウちゃん?」

「な、なんでもないよ。なんでも……」

「頭痛でもするの? 頭痛薬なら常備薬があるから、食後に飲みなさい」

「ありがと。いただくね」

この時、カンの良いミウには、何かの可能性を感じた。
すなわち、もしかたしたら、こことは違う世界での自分がいたのかもしれないという、
まるでオカルトのような話が。彼女には確かに二つの記憶が存在した。

ひとつめは、孤島でメイドをやっていた頃の自分。
もうひとつは、生徒会で副会長に地位にいた時分。

アナスタシアと、母の言っている副会長の件は、きっと嘘でも幻でもないと、
この日寝る頃には確信することができた。
だが、それが分かったことでどうにもならないのだが。


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