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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第7回   本編 4 執務室で召使いとして生活する高野ミウ
  第七話 「交換条件になるのだけど」

あれから数日が経過した。ミウは、毎日アナスタシアの執務室で小間使いをしていた。
掃除をしてもすぐに終わる。アナスタシアはよく部屋を開けるので、
その間は固定電話を使って電話対応をしてメモを残す。

PCのメールボックスの中身をフォルダごとに小分けしたり、
文章をプリンタで印刷したりなど、命じられた通りの雑務をする。

(これって明らかに重要文章だと思うんだけど……)

アナスタシアはミウにはどんなデータでも構わず見せてしまった。

諜報広報委員部の中でスパイを取り締まるのに必要な、
全校生徒および職員の個人情報管理システム、
資産運用部の取り扱い残高(昨日の時点の時価)、
翌年に入学してくる生徒に向けたオープンスクールの冊子の原文など、
とても召使いの人間が見て良い代物じゃない。

爆発物や毒ガスを製造するのに必要な原材料の取り寄せに使う予算表まであった。

「ふー。ただいまぁ」

アナスタシアがイライラしてるのか、扉を下品にも足で押し開けた。

「ったく、保安委員部の石頭どもめ。
 同じことを何度説明したらわかるのかしら。
 囚人の脱走者が多いことを会議のたびにうちの部のせいにしようとしてさ!!
 あいつらの管理がゆるゆるだからでしょうが!!」

「そう言うなよターシャ。彼らが有能か無能かはともかく、
 職務に対しては忠実ではないか。ボリシェビキとしては
 党と学園の方針に忠実なことが一番なのだぞ」

ミウは思わず椅子から立ち上がった。今日アナスタシアが連れてきたのは、
彼女の双子の兄であり、現学園の最高権力者であるアキラだ。
坊主頭に黒縁の眼鏡をかけている、いかにも極道面の男だ。

「おいターシャ。そこにいる女性は誰だ?
 新人のボリシェビキか?」

「うーん、分かりやすく言うと……私の召使い」

「召使いだと……? どうやら彼女は囚人のバッチを付けてるようだが。
 秘書が欲しいのなら中央から優秀な二年生を派遣すると言っているだろうが」

「ボリシェビキには能力が優秀な人はたくさんいるけど、
 堅い人ばっかりで私の性格と合う人ってあんまりいないでしょ。
 私が代わり者なのがいけないんだろうけどさ」

タチバナの兄妹は、ソファに隣通しで座り込んだ。

時刻は11時半。ずっと休憩なしで働いていたので一息つきたいのだろうと
ミウは思い、アナスタシアに何か言われる前にティーポットで紅茶を
淹れることにした。このポットは、ミウが自宅から持ってきたものだ。

「ど、どうぞ。会長様。アナスタシア様」

「ふむ、すまないね。この香りは……ダージリンか。うまいな」

「ね? この娘ったら茶葉で入れてくれるから本格的なのよ。
 これ、安物の味じゃないわよね」

「確かに。我々高校生が飲むにしては本格的すぎるな。
 君、名前は高野君か」

「は、はい!! 同志・会長様!!」

「君はターシャに気に入られているようだな」

「私なんかが……アナスタシア様に気に入られるなど」

「室内がピカピカだ。細かいところまでよく掃除の手が行き届いているようだな。
 高野君はずぼらなアナスタシアとは対照的だな……ふふ。ははは」

「恐縮でございます!!」

「高野……高野……聞いたことがあるな。君は2年生の女子だろう?」

「はいそうです」

「あぁ、そういえば2年生の女子で高野と言えば、
 有名な帰国子女の娘がいるという話を聞いたことがある。
 高野……下の名前はユイさんだったか?」

妹から、ミウよ、と小声で突っ込まれた。
アキラは咳払いをする。

「我がボリシェビキの留学生は旧ソ連系が過半を占める。
 英国育ちの人間とは初めて話すな。
 どうだ君。今から言う日本語を英語に直してくれないか」

お題は「共産主義とは資本主義に対する政治思想である」だった。
ミウはうるさすぎるくらいの声でハキハキと英語で発音した。

「実に素晴らしい発音だ。ネイティヴではないか」
「私も初めて聞いたけど、噂通りね。BBCのアナウンサーと全く同じ発音だわ」

アキラは「ハラショー、囚人にしておくにはもったいない存在だ」と言い、
「外国の文化を知ってる人間はボリシェビキにふさわしいものね」とターシャも返す。

アキラが紅茶を飲み干す。ミウがお代わりをすぐに
注いでくれたのでますます機嫌が良くなった。

「高野君。うまい紅茶の礼がしたい。何か望みがあるなら言ってみなさい。
 私の権力の及ぶ範囲であれば、何でも叶えてあげよう。ただし、ひとつだけだ」

ミウは真剣に悩んだ。まさか会長にまで気に入られるとは思ってなかったが、
チャンスはチャンスだ。彼女の本心で一番望んでいるのは、2年A組の生徒に
戻してもらうことだ。だが、そんなことを望んだら、
アナスタシアの小間使いではなくなるので論外だ。
そもそも会長は明らかにミウをボリシェビキに勧誘したがっている。

出会った頃のアナスタシアは乱暴だったが、それが嘘のように優しくなっていき、
太盛との交際まで認めてくれた。ミウにとって不満だったのが、その交際が
書面上のものにすぎず、太盛とは結局学園内で話す機会もないことである。

アナスタシアは、休み時間などにA組に遊びに行きなさいと軽く言うが、
囚人の身の自分が行けるわけがない。休みの日に会うにしても、足利市全域に
諜報広報委員部の監視網が広がっていて、どうやっても噂になってしまう。

そもそも今回の交際の件はアナスタシアの独断であり、各部の人間に周知されていないのだ。
ミウが公に交際をアピールすることで、多くのボリシェビキの反感を買うことになる。

「わ、私には一般生徒に彼氏がいるのですが、彼氏と話をする機会がありません」

「ほう? 交際相手と話もできないのはさみしいな」

「はい。ですから、彼と話をする機会を作っていただきたいのです」

ミウは、ポロポロと涙を流していた。

「お、おい君!?」

アキラの声がうわずる。妹のアナスタシアからしても、
この尊大すぎる独裁者がこんなにも慌てているのを見ることはまずない。

アキラが妹から詳しい事情を聞く。すぐになるほど、と言ってミウに愛想笑いをする。

「彼氏彼女になったのに一度も彼に会えてなかったのか。
 それでは不満も溜まると言うものだな。よろしい。
 その堀君とやらを緊急に呼び出そうではないか」

アキラは携帯で保安委員部の部下に連絡をする。
堀太盛がこの執務室にやって来たのはその6分後だった。
ちょうどA組の教室がこの塔(A棟)の2階だったこともあるが、
それにしてもあまりにも早かった。

「同志閣下!! 堀太盛を連れてまいりました!!」

「よろしい。下がりなさい」

「ダー!! パニャートナ!!」

屈強な中央アジア系の保安委員部員の二名が去り、堀太盛が残された。
会長が気を使ってアナスタシアと一緒に部屋を出たので、完全に二人きりだ。
昼休みのチャイムが鳴るまで好きにしていいとまで言った。まだお昼まで15分もある。

「太盛君……久しぶりだね」

「ああ。ミウと話すの、本当に久しぶりだ。
 で、なんで俺は呼び出されたのかな?
 恐怖で心臓がはち切れそうになってるんだけど」

ミウが事情を話すと、太盛は声をあげて笑った。

「会長閣下は本当にお優しい方なんだな。
 俺達に話す機会を与えてくれるなて」

「本当だよね。私もすっごく感謝している」

「俺もボリシェビキになれば、ミウと逢える機会が増えるかな」

「太盛君、ボリシェビキになりたいの?」

「普通の生徒として3年間をただ過ごすよりも、
 もっと世の中のためになることをした方が有意義だと思ってね」

そうは言っても、彼の顔まではそう言ってなかった。
この学園内にはくまなく監視カメラと盗聴器が仕掛けられている。
その膨大な量のデータを、常に諜報部の人間が管理している。

太盛は、2学年に上がった時からミウに一目ぼれしていた。
そしてやっと付き合い始めたと思ったら、斎藤やエリカの妨害にあい、草々に破局に
近い状況となってしまった。太盛は、自分の恋の邪魔をした二人のことを
本気で嫌っていた。その反動でミウに対する恋心がますます強くなっていく。

(ああ、こんなかわいい子が自分の彼女だったらなぁ)

一学期の頃からそう思わない日はなかった。
内気な彼女とはたまに目が合う程度で、どちらから話しかけることもなかった。
太盛は男性的な欲望から、彼女の髪に触れたい、肩を抱きたい、近くで匂いを嗅ぎたい、
なにより美しい彼女を連れて街を歩き回りたいと思っていた。

「諜報広報委員部の選抜試験を受けてみようかと考えているんだ」

「ボリシェビキの皆さんは、忙しそうで大変みたいだよ。
 太盛君は進学を目指しているんだから、普通にクラスで授業を受けた方が」

「ボリシェビキとしてしっかり活動すれば、推薦枠がもらえるんだよ。
 進学のことは心配しなくてもいいんじゃないのか?」

「よく簡単にそんなことが言えるね……」

「ミウ? 君は俺にボリシェビキになってほしくないみたいだね」

「ボリシェビキは危険な仕事だよ。定期的に思想チェックとかされるんだよ?
 ボリシェビキの内部にもスパイが潜んでいるんだから、太盛君が
 私みたいにいわれのない理由で逮捕される可能性だってある」

「それこそ今さらだよ。この学園の生徒は、
 誰だって半革命容疑がかかるんだから。
 もっとも俺には他の目的もあるんだがね」

「目的って?」

「俺がボリシェビキになれば、斎藤マリーやエリカが近寄ってこなくなるだろ?
 あいつら、いい加減しつこいんだよ!! 俺なんか行きたくもないのに美術部に
 毎日行かされるし!! 教室ではエリカがイチャイチャしてくるし、俺あいつらに
 全然興味ないのに、クラス中で変な噂立てられて迷惑してるんよ!!
 俺は普通に学園生活が送りたいのに、なんでこうなるんだよ!!」

「わ、分かったよ太盛君。イライラしてるのは分かったから静かにして。
 執務室で大きな声出したら、いろいろな人に迷惑かけちゃうじゃない」

昼休みのチャイムが鳴った。

小間使いのミウは食堂の使用を禁止されているので
この部屋で食事をすることになるのだが(お弁当持参)、
太盛は教室に戻らないといけない。しかしまだまだ話し足りない。

太盛がどうしようか迷っていると、
廊下で保安委員部の人と女子がもめていた。

「き、君、執務室に代表閣下の許可なく入ることは……」

「何馬鹿なことを言ってるのよ。私はアナスタシアの妹なんだからフリーパスよ。
 少しは融通を利かせなさいよ。あなたみたいな凡俗は、
 頭が悪いから規則通りのことしか話せないんでしょ」

「貴様!! ボリシェビキでもないのにその口に聞き方は無礼ではないか!!」

「うるさい黙りなさい!! 私の彼が今そこの部屋にいるのよ。
 文句があるならあとで私の兄に言いな!! 入るからそこどいて!!」

「くっ……勝手にしろ!! 私はもう知らんぞ」

太盛は窓から逃げ出そうとしたが、遅かった。
エリカは来客用の黒いソファーで向かい合うカップルを見て、みるみるうちに
凶悪な表情になる。まさに鬼だった。よく高校生でここまでの顔を、と太盛は思った。

「急にあなたが呼び出されたからおかしいと思ったのよ。
 ねえ太盛君? こんなところで囚人とおしゃべりしてたの?」

「いちいち説明するのがめんどくさいから、だいたい察してくれよ」

「何を話していたの?」

「おまえに言う必要があるのか?」

「質問に答えてよ。私は、そいつと何を話していたのかって訊いてるんだけど」

「そっちこそ質問に答えろよ。言う必要があるかってこっちは訊いてるんだ」

エリカが拳を固く握った。小刻みに震えている。

「じゃあそっちの人に聞くわ。ねえそこの女子。太盛君と何を話していたの?」

そこの女子と言われた瞬間、美術部での不快な思い出がよみがえる。
ミウは冷静さを失っていた。

「そこの女子とは、誰の事でしょうか?」

「あなたに決まってるでしょうが。
 あらごめんなさい。もしかして耳、ついてないのかしら」

「さきほど太盛君が言った通りですよ。特に話す必要ありませんね」

「喧嘩売ってるの?」

「そうでしょうか? 私は思った通りのことを口にしてるだけですから」

エリカはミウの胸のリボンをつかんで持ち上げ、壁際まで追い詰めた。

「囚人のくせに、何様のつもり?」

「苦しいですよ……暴力はよくないと思いますけど」

さすがに太盛が仲裁に入ろうとしたが、それより先にアナスタシアが戻って来た。

「はいはーい。そこまでぇ!!」

エリカを引きはがす。

「お昼時に一人の男を巡って喧嘩って、まさに昼ドラって感じよねー」

「ターシャ姉さん!! ふざけないでよ!!
 なんで二号室の囚人がここにいるのよ!!」

「それにはふかーいわけ(事情)があったのよ。
 あとで全部説明してあげるから、今日のところは教室に戻りなさい」

「ふざけないでって言ってるでしょう!! 
 どうして今日太盛君を執務室に呼び出したのよ!!
 あの時、教室中がざわついて大変だったんだからね!!」

「エリカ。早く戻らないとお昼を食べる時間が無くなっちゃうわよ。
 この学園ではお昼を規定時間通りに食べない生徒も処罰の対象なんだけど。
 お昼の時間によからぬ実験をしてる輩もいるようだしね……。
 まさかあなた、校則も守れないような生徒なんじゃないでしょうね?」

「くっ……都合が悪くなると、そうやって私を脅すんだから。
 やっぱり私はボリシェビキは好きになれないわ」

「情けない子ね。そんなんだから兄さんから軽く見られるのよ」

「……今兄さんの話はしてないわよ。
 そんなに戻れ戻れってしつこく言うなら、
 お望み通り戻ってあげる。ただし太盛君を連れてね」

エリカが太盛の手を引くが、太盛はソファの上で石のように硬くなっている。
太平洋中部のイースター島にあるモアイ像のような顔をしていた。

「エリカのお姉さん……じゃなくてアナスタシアさん。
 あなたの妹がしつこくて困っています。なんとかしてください」

「ほらエリカ。言われちゃってるよ。彼のことは諦めて別の男を」

「……もういい!! 一人で教室に行くわ!!」

シーンと静まった。

太盛も廊下へ出るが、階段の前で立ったまま頭を抱えていた。
そこへアナスタシアがニコニコしながらやって来たのだった。

「はは……さすがに教室に戻りづらくなりましたね……」

「うちの妹ったら、嫉妬深くてごめんなさいねぇ。
 あんなのを見せられたら結婚を前提としたお付き合いなんて
 したくないわよね。うふふふ。太盛君ったら落ち込んじゃって、可愛い〜」

「からかわないでくださいよ。最近はあいつと一緒にいると頭痛がするように
 なったんですよ。見てくださいよ俺の髪。白髪が混じっているでしょ」

「ええっ。白髪なんて見えないよ。綺麗な黒髪じゃない。どこどこ?」

「ほら。耳の上とか」

「見えないなぁ〜。どこかな?」

「このあたりですよ」

太盛が仕方ないので膝立ちになり、アナスタシアが彼の頭を
抱きかかえるようにしながら、白髪をチェックしたが、わずかに
2,3本生えているだけで特にこれといって指摘するようなこともない。

「ちょっとアナスタシアさん。さっきから髪の毛触り過ぎですよ。
 もう白髪は分かったでしょう」

「太盛君の髪の毛ってさらさらだから、つい触りたくなるのよね……ん?」

アナスタシアでさえ恐怖を感じるほどの怒気が背中に刺さった。
廊下の隅に身を隠し、じっとこちらを見つめているのは、ミウだった。
彼女は太盛が心配になり廊下へ出たのだ。
ミウが何か言ったわけではない。だが彼女の恨みのこもった瞳が、
確かにこう告げていた。私の彼に気安く触れるなと。

「あらあら高野さん。これは違うのよ〜〜。太盛君がちょっと
 落ち込んでたからフォローしようと思っただけでね」

そのすきに太盛は階段を駆け上って消えてしまった。

「いえ、私には何も申し上げる権利がございませんから」

「そんな怖い顔しないでよ。謝ってるじゃない。
 エリカが一年の時から太盛君を狙っていたから、
 たまに彼を足利の自宅に招待したりして顔見知りになっていたのよ」

「彼を自宅に呼んでいたんですか!?」

「そ、そうよ。そんなに驚くこと?」

「さっきアナスタシア様が言っていた結婚を前提にしたお付き合いって……
 まさかお互いのご両親も関係を認めているってことですか!!」

「あれはエリカがそう言っているだけで実際は違うわよ。
 うちは家庭の事情で父親がいないし、母は神戸に住んでいるから
 めったにこっちの宅にまで来ないもの。
 母はまだ太盛君と会ったことないわよ」

「じゃあ太盛君のご両親は!?」

「さあ? あちらの家系のことはわたしにはさっぱり。
 そんなこと気にしてどうするのよ。太盛君はエリカの事
 嫌ってるの見ればわかるでしょ。束縛が大好きな奥さん候補なんて
 普通の男の人は嫌がるもんじゃないの?」

「で、でも私不安なんですよ。私はエリカと違って美人でもないし、
 背も小さいし、それに囚人だから太盛君と同じ教室にいられないし、
 その間にエリカと何を話しているのか気になるじゃないですか」

「へーあなたって美人じゃなかったんだ。
 てっきり自分の容姿を鼻にかけてるタイプだと思っていたから意外ね
 身内びいきをしてもエリカに負けないくらい美人さんだと思うけど」

「なんですかそれ!! こんな時にお世辞を言わなくていいですから!!」

「あーはいはい。それより自分で言ってて気づいてる?  
 彼が自分の見てないところで何してるか気になるって、
 エリカと全く同じ発想なのよ。あなたも束縛体質のようね」

「束縛体質だなんて、そんな言い方あんまりじゃないですか!!
 恋をしている女の子なら、たぶん普通ですよ!!」

「ごめんごめん」

「はっきり言いますけど、私はあなたの妹さんが嫌いです!!」

「うん。そうでしょうね」

「お姉さんだったら、妹さんの行動を注意してあげてくださいよ!!
 彼が嫌がってるじゃないですか!!」

「実は何度も注意してるんだけど聞いてくれないのよ。
 あの子が家でヒステリー起こすと使用人に八つ当たりするから
 困ってるんだけどね。高2にしては精神年齢が低すぎじゃない?」

「どうにかならないんですか、あの女!!」

「好きにさせてあげるのが一番だと思うわよ。
 兄さんもエリカのことは苦手みたいだから家で話しかけることもないし。
 それよりあなたにはカップル申請書があるでしょうが。もっと自信を持ちなさい」

「カップル申請書……」

「ボリシェビキの権力があなた達の交際を認めているのよ。
 エリカが勝手なことをしたって規則の前では通らないでしょう」

「そ、そうでしたね。すみませんでしたアナスタシア様。
 私はアナスタシア様に拾っていただいた身で、失礼なことをたくさん
 言ってしまいました。どうか許してください」

ミウは腰を折って日本風のお辞儀をした。
誠意が伝わる謝罪の仕方だったのでアナスタシアは微笑んでしまう。

「感情が表に出やすいってことは、それだけ素直な証拠ね。
 きちんと自分が悪いって謝ることもできるし、わがままで
 恩知らずってわけでもない。規則には従うし、権力欲があるわけでもない。
 あなたみたいな人はボリシェビキに向いている思うわ」

一般生徒がボリシェビキに暴言を吐くこと自体が規則に違反しているのだが、
アナスタシアは、ミウを処罰するなど考えてもいなかった。
実妹のエリカと違って、どこまでも素直なこの子のことが憎めなかったのだ。


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