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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第6回   本編 3 執務室で召使いとして生活する高野ミウ
  第六話 「私にも慈悲の心がないわけでもない」


ミウはアナスタシアの執務室に案内された。

校長室を少し小さくした感じの部屋で、
調度品、ガラステーブル、ソファーを中心とした全体的な間取りが、
いかにも学園の偉い人のいる部屋だ。

「これがホウキとチリトリよ。
 バケツとぞうきんは廊下にある掃除用具に入っているわ。
 さっそく部屋の掃除をしてもらおうかしら」

「かしこまりました。アナスタシア様」

ミウは深くお辞儀をし、支給された赤のエプロン(中央にソ連国旗あり)
を着て部屋の隅々まで掃除をした。アナスタシアは、偉そうに腕組をして
壁に寄りかかりながら、彼女の仕事ぶりを見ていた。

アナスタシアが驚いたのは、箱入り娘で世間のことなど何も知らないであろう
ミウが、てきぱきと掃除をしていることだった。
掃除しにくい本棚の裏、窓枠の四隅まできっちりと綺麗にしてくれる。
書類がたまっていたゴミ箱もすぐに片づけてくれて、
彼女が20分も掃除すれば、中はピカピカになった。

「ふぅん。なかなかやるわね」

「恐縮でございます。ですが」

「ん? なにか?」

「あそこの蛍光灯の電気が、切れかかっております。
 ほらあそこです。一番奥の。見えますか?
 備品の予備があれば、交換しようと思いまして」

「ああ、あれね。確かに、はじっこが黒ずんでいるわね。
 あんなの男子にでも任せればいいのよ。
 あなたって細かいところまで気が利くのね」

「恐れ入ります」

「ふっ……。お辞儀する動作まで品があるのだから驚きだわ。
 作ったにしても出来すぎているわ。あなた、メイドの経験でもあるのかしら?」

「さあ、どうでしょう。なんとなく、メイド服を着て屋敷の清掃を
 している自分を夢で見ることがあるのですが」

アナスタシアは一瞬だけ固まるが、ミウに悟られるのが嫌なので言葉をつづけた。

「ほらこれ」

「なんでしょう?」

「アメよ。アメ。ボリシェビキの間では褒美として囚人たちに
 あげる習慣になっているのよ。ミルキーだけど、嫌い?」

「いえいえ!! いただけるなら、喜んで!!」

アナスタシアは執務用の机の椅子に座り、ノートパソコンを起動させた。

彼女は大きな組織の代表だが女子高生らしく小物を好むようで、
パソコンの脇には可愛らしい熊らしき姿のぬいぐるみが置いてある。

チェラブーシカ。ロシアの児童文学家エドゥアルド・ウスペンスキーの
絵本『ワニのゲーナ』に登場するキャラクターだ。

他にはスワロフスキー(オーストラリアの宝石メーカー)のクリスタルが置かれてある。
白鳥とハリネズミだ。職人が厳選したガラスを削り出して加工したもので、見る角度や
時間帯(陽光)によって異なる輝きを提供する嗜好品だ。

ちなみにオーストリアもドイツ系民族の国家のため(帝国時代はハンガリー
との二重帝国だったが)ボリシェビキの規則ではスワロフスキー製品など
認められないが、彼女の兄が会長のため、部下たちは見て見ぬふりをした。

「ふー」

と言いながら、アナスタシアはメールに没頭していた。中央委員部から
次々に送られてくる案件に、彼女がいちいち対応しなければならないのだ。
中央委員部は校長が代表を務めるのだが、彼は本来の校長業務も兼任するため、
ボリシェビキの活動にばかり時間を割けない。そのため、本来なら彼の権限で
処理する案件まで、アナスタシアに投げてしまう。

アナスタシアはイライラしながらも、冷静に中央委員部からの色々な
注文を受け付けては、適切に処理していた。

多忙な時に法律(校則)の改正案に関る会議や予算委員会にまで出頭を
命じられた時は、さすがに会議場で怒鳴り散らしたこともある。
アナスタシアは実質的に中央委員部の代表的な仕事までしていたのだ。

ミウは、アナスタシアの後ろで立ってなさいと命じられた。
だからその通りにした。ミルキーの飴は好きに舐めなさいと
言われたので、できるだけ音を立てないようにして舐めている。

生真面目なミウは、つい考えてしまう。
本来だったら自分が所属するはずだった2号室の囚人たちは、
今頃また職業訓練と称した罰を受けているのだろうか。
あるいは、この時期ならばあの悪名高い地獄の登山をさせられているのか。

そして愛する太盛は、いまごろA組で授業を受けているのだろうか。
今でも彼女は太盛のことが好きだったが、もう彼と結ばれることなど
決してないのだとあきらめた。自分はすでに囚人の身だから、いつ死ぬか分からない。

せめて彼だけが生きてこの学園を卒業できればいいと、本気でそう思っていた。
幼い頃から英国正教会の文化圏で育ったものだから、
自己犠牲の精神が自然と彼女には備わっていた。

「ふー!!」

とアナスタシアがまた息を吐いた。このソ連人を祖先に持つ女性は、
仕事中はよくため息を吐く。ミウはさすがに不快に思うが、慣れるしかない。

「喉が渇いたわ」

「はっ? お茶でございますね!! ただいま用意します……
 すみません。ティーセットはどこにあるのでしょうか」

「実はこの部屋には用意してないのよ。
 私って常に忙しいじゃない? いちいち洗ったりするのめんどくさくてさ。
 お金あげるから、その辺の自販機で紅茶でも買ってきてよ」

「紅茶の種類は、ミルクティーでよろしいですか?」

「そうね。ミルクティーでいいわ」

アナスタシアは眼鏡をかけてPC画面と向き合い、
メール文をタイプし続けていたが、ふと顔を上げる。

「あなた、よくわかったわね」

「なにがですか?」

「私がミルクティー好きだってこと」

「なんとなく、いわゆるカンですよ」

「あらそう」

と言ったきり、アナスタシアは仕事に没頭した。

ミウが廊下に出ると、昇降口の方が多くの生徒でにぎわっていた。
アナスタシアの執務部屋は、校長室の隣で、昇降口付近にあるのだ。

気まずいことに、2年A組の生徒たちが、体育の時間を終えて教室に戻る最中だった。
一度囚人の身に落ちてしまうと、ものすごく気まずい。
普通の生徒として学園生活を送れる皆がまぶしすぎて、また泣いてしまいそうになる。

「あ……」

その中の男子の一人が立ち止まり、ミウを見ている。太盛だ。

「あ……」

ミウも立ちくしてしまった。

雑踏の中でここだけ静寂に包まれているような不思議な感じがした。

太盛はミウに話し掛けたくて近寄ろうか迷っていたが、周囲の女子連中から
すごい嫌な視線を受けていた。クラスの人気者の太盛が
囚人となったミウに声をかけようものなら、あとで悪い噂となり
正しくない生徒(反革命容疑者)とされる恐れがある。 

(彼と話をしては駄目よ)

ミウは振り返り、食堂の自販機を目指した。

「ちょ、待ってくれよ!!」

と背中に声がかけられるが、たぶん気のせいだろう。
あるいは、自分以外の人にかけられた声だろうと思い込む。

「ごくろうさま」

執務室に戻ると、アナスタシアは来客用のソファにドカっと腰かけ、
テーブルの上に足を乗せて楽にしていた。
旧ソ連系の令嬢にしては底辺階級の米国人女性のような粗暴な振る舞いだった。

「みっともない格好だけど気にしないでね。校長がいい加減すぎて
 ストレスたまってるのよ。誰か私の代わりに代表やってくれないかしら」

棚の引き出しから、チョコチップクッキーを取り出して、ミウにも分け与えた。
ミウは当然断るわけにもいかず、深くお辞儀をして受け取った。
アナスタシアと同じようにボリボリと遠慮なく食べる。

(この人は、エリカと姉妹だけど……やっぱり性格が全然違う。
 どっちも性格は悪そうだけど、この人の方がオープンっていうか、
 嘘がないからまだ付き合いやすいのかも。それに仕草とか言動が庶民っぽい感じがする)

「高野さん。あなたの分の飲み物がないじゃない」

「私の分……?」

「お金を余分に渡したでしょうが。
 あなたの分も買ってきていいって意味だったんだけど」

「そ、そうだったのですか!!
 お気遣いに気づかず、申し訳ありません」

「別にいいけどね。ずっと立っていて疲れたでしょう。
 そこに座りなさいな」

アナスタシアは自分の隣を指して言った。

「わかりました。失礼します」

「監視カメラでモニターしてたんだけど、
 さっき廊下で愛しの彼と見つめ合っていたじゃない。
 どうして声をかけなかったの」

監視カメラと言われてミウはギョッとしたが、
この学園中の生徒を監視しているのが諜報広報委員部。
そしてアナスタシアはその代表だから当然だ。

「私と話をしたら堀君に迷惑がかかるかと」

「彼が一般生徒で、あなたが囚人だから?」

「この学園では囚人と一般生徒の間の不必要な接触を禁じています」

「確かにルールではそうなっているわね。兄さんが中央の人間に
 命じてそう作らせたから。私が一年の頃に比べたら細かい規則がたくさん
 できてしまって、規則を取り締まる側の身にもなってほしいものだわ」

「あの、アナスタシア様は私と堀君が話をしても許していただけるのですか?」

「それはそうよ。だって恋愛は個人の自由じゃない。
 所属とか階級とか、そんなの関係ない。
 二学期が始まってからエリカが荒れてたから部下に調べさせたんだけど、
 あなた、堀太盛君をエリカから奪っちゃったんでしょ?」

「奪った……と言われると、まあ、結果的にはそうなってしまったのかな……?」

「A組に仕掛けてある盗聴器の音声も確認させてもらった。
 どう解釈しても太盛君からあなたに告白してる。あなたもそれに応じた。
 ならあなたたちはカップルなのよ」

「カップル……。そう言っていただけるだけで、もったいないくらいです。
 彼にとっては私なんて迷惑なだけでしょうけど。
 美術部も勝手に抜け出してしまったばかりですから」

「ここにカップル申請書があるのよ」

「これは……!!」

生徒会が発行する、正式な書類である。
まず中央委員部に提出して、最終的に会長に認められたら、
正式なカップルとなり、特別な理由のない限りは別れることは許されない。
浮気や不倫などの「資本主義的」な恋愛は禁止とされる。

「あなた達、付き合っちゃいなさいよ」

「し、しかし!!」

「彼のこと好きなんでしょ?」

「私が良くても、彼が学内で孤立してしまうかもしれません」

「むしろ早くした方がいいわよ。
 エリカの彼に対するアプローチも病的な感じだけど、
 最近では一年生のアイドルの斎藤さんもすごい勢いだから」

斎藤マリー。ミウの大嫌いな後輩の女の子だった。
ミウは、美術部に入ってからあの子に嫌味を
言われたことを今でも根に持っている。

「逆にこうは考えないの?
 あなたがせっかく彼と付き合えるチャンスを棒に振ったら、
 もう卒業するまで付き合える機会はないわよ。あなたが
 反革命容疑者として罪を自白したことをもう忘れたの?
 この学園ではよほどのことがない限り一度囚人になったら
 一般生徒に戻ることはできない」

「うぅ」

「どう?」

「わ、わかりました!! 申請書に名前を書かせてください!!」

まず、ミウの名前が書かれその日のうちに太盛も半強制的に記入させられた。
こうして愛し合う若い二人は、
アナスタシアの権力によってカップルとなることに成功した。


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