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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第5回   本編 2 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ
  第五話「高野さんの家は、お金持ちらしいわね」

ミウに声をかけた人物は、諜報広報委員部の代表の女子だった。
エリカの姉。現会長とは二卵性双生児の双子。
アナスタシアとは、ロシア系ソビエト連邦人では一般的な女性名である。

長男のアキラ、次女のエリカと違い、このアナスタシアだけは
明らかに異国人の名前を親が名付けた。
その理由は、グルジア系ソビエトのダウシヴィリ家に行きつく。

かつてソ連政府内での政治闘争に敗れ、祖国を追われたダウシヴィリ家の男が、
日本の神戸に住み着き、やがては日本の女性と結婚する。呉服店を営む名家の娘だった。
そして、恐るべきことにその呉服商の党首は、当時の日本では危険思想とされた
革命思想(共産主義)に毒された、第一級の危険人物だった。

アナスタシアの祖父、ヴィーチリー・ダウシヴィリは、呉服店を妻と切り盛りする傍ら、
神戸の地下組織「プロレタリアートの集い」に属し、地下で活動を続けた。
表向きには、異国からやって来た店主である。会計の分野が得意であり、
日本の文化によくなじみ、言葉の訛りも少なかった。
とにかく真の共産主義者は自分の正体を隠すのが旨い。

戦時中は銃後の生活に耐え、夫43、妻31の時に子供を身ごもる。
その子供が、アナスタシアたちの母だった。母は、ソ連人と日本人のハーフだった。
名をマリという。大変に父親好きの子であった。顔立ちに明らかにカフカース人特有の
濃さがあり、学校では孤立することが多く、読書の時間が自然と増える。

やがて日本人の民族意識の高さを疑問に思い、
憎み、父からプロレタリア思想を植え付けられた。

彼女が中学を卒業する頃には、
反帝国主義、反民主主義、反軍国主義を是正とし、
やがて天皇や貴族のような特権階級を憎むようになった。

マリは、晩婚だった。29歳で結婚した。お見合いだった。
31歳でアキラとアナスタシアの双子を生み、翌年にエリカを出産。

アキラとエリカの名は、マリが付けた。
アナスタシアの名は、夫が付けた。

橘の家系は、伝統的に女系である。
この200年も続く呉服店は、常に優れた女性が家を管理しつつ、
優れた婿を外部からもらい、発展してきた。世襲制によって
愚図の男子が家を継ぐことで家が衰退することを避けたためだ。

その橘家の伝統として、最も優れた女子として長女のアナスタシアが選ばれていた。
これは、彼女が生まれる前から決定していることだった。彼女の名前が
ロシア系の名前を冠した一番の理由は、子孫の中で一人にでもいいから、
偉大なるロシア系ソビエト人の遺伝子を受け継いでほしいと夫の方が願ったからだ。

夫はレーニンの信望者だったから、
妻の父方の家系であるグルジアよりもロシアを愛していた。
彼は世界で初めて社会主義革命を起こしたロシア人が、
世界で一番優れていると信じて疑わなかった。

次女のエリカに用意されていた名前は、「カチェリーナ」だった。
そんな名前だと、きっと学校で差別されるとして妻は反対した。
それならせめて長女にだけでもと、夫はこだわった。
その夫の名前は、日本人の名前で「ヒロミ」といった。生粋の共産主義者だった。

だがその夫、アナスタシアの父親は、
アナスタシアが12歳の時に家を出て行ってしまった。
その部分は後述することにする。


      〜第四話の会話の続きに戻る〜


「反革命容疑者の顔と言われましても……」

「それはそうよね。だって高野さんは何も悪くないのに2号室に収容されたんだもの」

「え。で、でも私は……」

ボリシェビキの目の前で無実の罪を主張したところで何になる。

ここはボリシェビキのテントスペース。
アナスタシア(ミウにとっては初対面の女性)の他にも、
たくさんのボリシェビキが偉そうにパイプ椅子に座って書類を眺めたり、
水筒の水を飲んで何かを話し合っている。

ミウはタンカに寝ている状態だが、首だけを持ち上げ、その女子を恐る恐る見た。

「うふふ。脅えているのね。あなたって考えていることがなんでも
 顔に出ちゃう人なのね。昔からそうだったわ」

「失礼でなければ、どこかでお会いしたことがあるのですか?
 申し訳ありませんが、私はあなた様を知らないものでして……。
 あの、失礼でしたら、本当に申し訳ありません」

「3年のアナスタシア・タチバナ。諜報広報委員部の代表を務めているわ」

「諜報広報委員部の代表様だったのですか。
 何も知らず無知で申し訳ありません。
 私は3年生の先輩のことは良く知りません。
 あいにく部活にも所属してませんので先輩の知り合いがいないのです」

「そんなに頭を下げなくていいのよ。私はあなたを痛めつけたりする
 気はないの。むしろあなたとはこれから仲良くしていきたいと思っているのよ。
 ねえ、高野さん?」

その言葉とは裏腹に、彼女の瞳はあまりにも冷たく、
明らかに高みからミウを見下ろしていた。殺気さえ感じる。

ミウは下手な口を聞いたら殺されると思い、それ以上は何も言わないようにした。

男子のボリシェビキが、アナスタシアのところにやってきて、書類を片手に
あれこれと相談事をする。アナスタシアが席を立ち、いなくなったので
ホッとした。だが3分もしないうちにアナスタシアは戻ってきてしまった。

制服のスカート姿なのに、ミウのタンカの横(土の上)に
足を整えて座り、ミウにこう語りかけた。

「私のことを覚えてないってことは、記憶がないのね。
 高野ミウさん。あなたはかつて生徒会の副会長さんだったのに」

「私が生徒会の副会長ですか……?
 とんでもないですよ。私みたいなバカでいくじなしの根暗が、どうやったら
 生徒会のようなエリート組織に入れるんですか。想像すらできません」

「あなたのお父様のお名前は、ナルヒトさん。立派な証券マンなんですってね。
 株式の分析がご専門。東京市場を担当していてるんですってね」

「は、はい……。
 さすが諜報広報委員部の皆さんは生徒の事情におくわしいですね。
 でも父は、その、あんまり優秀じゃないみたいですよ。
 現に娘の私がバカじゃないですか」

「娘は父親から優秀な遺伝子を受け継ぐものよ。特に科学者とかがそうでしょう?
 エリートな父を持つことは誇っていいことなのよ。それを否定することは、
 親を侮辱するのと同じよ。私はそういう後ろ向きな考えは好きじゃないんだけど」

「すみませんでした同志様!! 私の愚かな発言を訂正いたします!!」

「んふふ。別に怒ってるわけじゃないんだけどね。つい真面目な話を
 すると説教臭くなっちゃうのよ。私の悪い癖ね」

「いえ。同志様の貴重なアドバイスでございますから、
 私は本日聞いたお話を肝に銘じながら、今後の学園生活を送ろうと思っています」

「ふ……。また心にもないことを。
 かつて私を拷問した女の発言とは終えないわね」

急にアナスタシアの機嫌が悪くなっている。
ミウはまさか自分が失言をしたのかと思い、緊張した。

副会長や拷問の件は、この時のミウにとって知りえない情報
だったから余計に混乱してしまう。

「私ね、どうしても納得できないことがあるのよ。
 父親から生粋の資本主義者の遺伝子を受け継いでいる上に、
 家が裕福で一生ニートでも食べていける高野さんが、どうして
 この学園に入学して、生徒会の実質的なトップの権力まで手にすることになったのか。
 神様の運命のいたずらにしても、ひどすぎると思わない?」

「処罰を覚悟で申し上げます。同志様のおっしゃっている意味が、
 愚図な私には理解できませんでした。よろしければ、
 愚図な私にも理解できるように説明していただけると助かります」

「その口調が腹立つって言ってんのよ!!」

アナスタシアが、ミウの前髪を持ち上げた。
ブチブチ、と髪の根元が悲鳴を上げるが、人間の毛は簡単には抜けない。
ミウは寝た状態で頭だけを持ち上げる苦しい姿勢となった。

「私はさっきから囚人のあんたに気安く声をかけてあげてるのよ!!
 まるで小学校からの友人のようにね!! 変に私に気に入られようと
 作った口調で話すのやめなさいよ!! そういうの、ムカつくのよ!!」

「申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 同志様!!」

「この!! 私を同志様って呼ばないでちょうだい!! 
 アナスタシアと呼びなさい!!
 おまえは正真正銘、高野ミウなんでしょうが!!」

「分かりました!! アナスタシア様とお呼びさせていただきます!!」

パシン、パシンと、アナスタシアと平手が飛び、ミウの顔が左右に激しく揺れる。
何事かと、ボリシェビキ(保安委員部)の幹部たちが集まってきた。

「騒がせてしまってごめんね。同志たち」

「い、いえ。そこの囚人が粗相をしたのでございますか?」

「説明するのがめんどくさいから、想像に任せるわ。
 この囚人だけど、実は私の古い知り合いなのよ。
 しばらく諜報広報委員部で私の奴隷として使役したいのだけど、
 保安委員部からお借りしてもいいかしら?」

「し、しかし!! ご存じの通り2号室の囚人は保安委員部の管理下にありまして、
 イワノフ代表の許可もなく他の部に移動させるのは……」

「それなら問題ないわ。同志イワノフには私からあとで伝えておくから。
 なんなら会長閣下に私がお願いしてもいいのよ。
 ね? 分かったのなら分かったって言いなさい」

「……かしこまりました。同志アナスタシアよ」

ミウはその日付けで、諜報広報委員部に移動となった。
囚人の身にある人間が、収容所から別の場所へ移動になることは異例のことで、
このことはやがてボリシェビキ内に衝撃を走らせるのだった。


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