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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第4回   本編 1 強制収容所2号室で囚人として生活する高野ミウ
序章で描いたあらすじを説明する。

・高2の二学期、太盛とミウがカップルになった。
・だがエリカの嫉妬でミウが2号室行きになる。
・太盛が怒る。

これだけである。その内容を序章でダラダラと書いたに過ぎない。

ここから本文では序章の一話から継続した話数を入れる。
分かりにくいが勘弁してほしい。


  第四話  「私は美人なんかじゃないですよ。普通です」

強制収容所2号室は、全部で3クラスからなる教室で、
それぞれ1.2.3組に別れていた。ミウが入ったのは2組だった。

どんな恐ろしい環境なのだろうと思ったら、見た目は普通の教室と変わらなかった。
ミウの席は最悪なことに教卓の前の席だった。ど真ん中の一番前である。

この時点でいじめの匂いがしたが、
すでに囚人となったミウにはどんな自由も認められない。

ミウがこの教室に入っておかしいと思ったことは別にある。

(誰も……私と目を合わせてくれないんだ……)

ここにいるのは、生徒ではなく囚人だ。

朝のホームルームの直前になっても
座席の半分程度しか埋まらず、みな雑談することもなく、
ただおとなしく椅子に座っていた。

ミウは、斜め後ろの席にいる女子に話しかけた。

「あ、あの。このクラスって定員割れしてるんですか?」

「は?」

「いえ、だからその、全体的に人数少なくないですか?」

「は?」

と言ったきり、女子は目を合わせてくれなくなった。
話がしたくないのだろう。目の下に濃いクマができていて、
長い黒髪は手入れされておらず、寝起きのようにボサボサだ。

「さあ同志諸君。朝礼の時間であるぞ」

先生の代わりにボリシェビキの生徒が入って来た。
保安委員部のバッチを付けている三年生の男子だった。
スポーツ刈りで小さなフチなしの眼鏡をしている。

「本日の日程は、予定表に書かれている通りだ。
 今日は入ったばかりの囚人もいるようだが、すまないが
 予定表の予備がないのでくばることはできない。予定が分からない者は
 先輩の囚人に教えてもらうと言い。それでは所定の時間までに
 校庭に集合したまえ。以上だ」

ボリシェビキは去って行き、囚人たちは急いで作業着に着替え始める。
男子も女子も関係なく、同じ教室で着替えを始めた。資本主義日本では
考えられない風習だった。そして誰も人の着替えなど気にしてない。

死んだ魚の目をして、ただ事務的に衣服を変えているだけだ。
困ったことにミウは事前に何も聞かされてないので、作業着など用意してない。
それに今日の予定も知らない。そこで、着替えを終えて廊下へ出ようとする
女子の一人を捕まえて「あの……」と聞くと、舌打ちの後に返事が来た。

「9時半までに校庭に集合するんだよ。今日の予定は夕方まで山登りだから」

「そ、そうなんですか。教えていただいてありがとうございます。
 ところで私は作業着を持っていないのですが、どうすれば」

「そんなの、私が知るわけないだろうが!!」

先輩の態度は、あまりにも冷たかった。ミウは泣きそうになるが、ぐっと堪える。

「おい、邪魔だよ。出入り口の近くでつっ立ってんじゃねえ」

「あ、ごめんなさいっ」

後ろからガタイの良い男子が肩でミウを突き飛ばしたのだった。
他の囚人たちもミウを粗末に扱う。収容所でも最悪の囚人が集まるとされた
2号室はさすがに人間関係が悪い。

ミウは夏服の制服(Yシャツにスカート)のまま、校庭に集まった。
そこにはジープとしか思ない軍用車両がいくつも並んでいて、囚人たちは
分乗した。ミウが乗ったのは一番最後の車両だった。

囚人たちは、重苦しい雰囲気の中で言葉を発する者はいない。
ミウも誰とも目を合わさず、足利市の山の景色だけを見つめていた。
いつもなら、退屈な田舎としか思えないこの景色が、妙に懐かしく美しいものに思えた。

トラックから降ろされた囚人が整列し、点呼を取る。
ミウは勝手がわからず、戸惑っていると怒号が取んできだ。
急いで自分の番号を読み上げ、首を左から右へ降る。

「諸君らには職業訓練の一環として、森林伐採をしてもらう」

森林の伐採とは、林業の仕事である。
力仕事なのは言うまでもないが、
特に大木を扱う場合には倒木によって死亡するリスクもある危険な仕事である。

囚人たちは配られたヘルメット、手袋、長靴を装着する。
ミウは制服の上にそれらを付けたので明らかに不自然だった。

「チェーンソーの使用は認めん。貴様らの腐った根性を叩き直すためにも、
 斧やのこぎりを使って人力で伐採せよ。伐採した木は、そちらに用意した
 トラックの荷台に積むこと。本日は一日かけて職業訓練に励むように。以上だ」

(そもそもチェーンソー自体が重量物であると同時に、電源部(コード)の取り回しの
 複雑さ、さらに大量の粉塵がまうこともあり、素人には適してない)

そこには、見渡す限りの杉があった。

囚人たちは慣れたもので、二人一組になり、二人用の大きなのこぎりを手に、
作業を始める。杉は大木が多く、ミウの胴ほどの太さがある。これを伐採しろと言うのだ。

おまけにボリシェビキ側からはこれと言って指導もなく、ただやれと言う。
ラグビー部や野球部と思われる、強力な肉体をした男子のペアでさえ、
作業を始めて5分もしないうちに玉汗をかいて息を切らしている。

肉体労働で必要なのは、筋肉の持久力。スポーツで使う瞬発筋とは全然違うのだ。
誰と点数を競うわけでもなく、決められた目標を達成するために
コツコツと作業する忍耐力が必要だ。また大自然の中で働く頑丈な体も必要になる。

まだ9月の蒸し暑さの中のため、山の中でも十分に蒸し暑く体力を奪う。
囚人らは次々にペアを組み、作業を始めていく。

「こら。貴様。なにをボーっとしておるのか」

「すみません……。今日が初めてなので誰もペアを組んでくれないんです」

「ふむ……確かに3組のメンバーは貴様が入ったことにより奇数のようだな。
 よろしい。ならば私がペアを組んでやる」

「あ、ありがとうございます」

あまりうれしくもなかった。ペアを申し出たボリシェビキは、外国人だった。
半袖からむき出しになった腕の筋肉量が半端ではなく、
いかにもムエタイでもやっていそうな、タイ系を思わせるソ連人である。

「掛け声に合わせて、リズムよく、のこぎりを動かすのだよ。
 よいか。さあ。引け。どうした。早く引かんか」

最初は簡単だった。だが、幹の根元に近づくにつれて、どんどん硬くなっていく。
反対側の人と同じ力とタイミングで刃を動かさないと、逆に自分が
刃に引っ張られてしまい、余計に疲れてしまう。

そもそも男子と女子では腕力に差がありすぎる。
ミウは運動部でもないので基礎体力もないのだ。

15分ほど作業をしても、まだ三分の一も切り終えてない。
それだけ杉の木は太い。この先はもっと固くなるのだ。

ミウは少しだけ休憩させてくださいと頼むと、優しいことに認めてくれた。
近くに集められた丸太の近くに腰かけ、汗をハンカチでぬぐうと、
いまいましいことに蚊が寄って来た。はたいてもはたいても、次々に
蚊が寄ってくる。ボリシェビキの人たちは、
虫よけスプレーなんて気が利いたものは寄こしてくれない。

これも罰なのだと思うと、ミウはどこまでも悲しくなった。
罪なき罪によって収容所送りになり、大好きな太盛と美術の練習を
することもできず、なぜこんなところで肉体労働を……。

「うっ……うーーっ……うーーっ……」

ハンカチを口元に押し当てながら、泣いた。
泣いてどうにかなるわけでもない、誰に慰められるわけでもない。
むしろ怠惰として体罰の対象にさえなるだろう。

それでも泣いた。
泣かずにはいられなかった。

「お、おい……。大丈夫か」

「すみません……なんでもないです。すぐに仕事を再開しますから」

ミウの姿はみじめだった。制服のスカートはところどころ擦り切れており、
木屑で汚れている。筋力がないためか、すでに腕が小刻みに震えている。
生足でひざをついて作業をしたため、出血している。

こんな時でもミウの顔は美しかった。
安いドラマや演劇で下手な芝居をする女優とは違う本物の涙だった。
そんな彼女の横顔は、このソ連人の看守を同情させるには十分だった。

「待て待て。いったんノコギリを置きなさい。貴様はどうやら顔色が悪いようだな。
 なるほど。微熱があるのか。ならば、本日は休憩していてよろしい」

「え……」

「二度同じことは言わんぞ。テントエリアで休憩せんか。これは命令だぞ!!」

テントエリアと言われても、ミウにはどこか分からない。
森林伐採上からは、山道を少し下った場所にあるというが、ミウが適当に
道を降りていくと、確かにタープ式のテントが建てられた休憩場があった。

救護スペースと思われるテントの中に、タンカがあった。
事情を聞いたボリシェビキの指示で、ミウはそこで寝ることになった。

「反革命容疑者……」

「は、はい?」

「あなたって反革命容疑者って感じの顔をしていないのよね」

そう言ったのは、アナスタシア・タチバナだった。


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