20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第30回   本編 22 生徒会選挙 サヤカの涙(最終回)
 第二十五話「むしろ他の人は考えられねえっす。マジで」



「うーん……頭痛っ……」

「無理したらだめだよ。まだ寝てないと」

「太盛様の言う通りですわ。安静にして」

サヤカが目が覚めると、太盛とエリカが簡易ベッドにいた。
サヤカは自分が保健室ではなく副会長室にいることを知った。
会長と副会長には泊まり込みで仕事ができるよう仮眠室が設けられているのだ。

保健室は具合の悪くなった生徒が使っているため、
副会長室の方が適切だろうとアキラが判断してくれたのだ。

「うっ……はぁはぁ。こんなに頭が痛いの初めて……。体に力が入らない」

「辛そうだね……。顔が真っ青だよ。アクエリアスがあるから飲んでくれ」

「ありがとう。いただくわ。喉カラカラだったのよ」

ペットボトルに口を付けながら腕時計をちらりと見る。
すでに3時半。6時間目の授業が終わっている時間だった。
サヤカは力なくベッドに横たわり、壁を見ながら話をした。

「あれから……討論会はどうなったの?」

「最後の挨拶だけして無事に終わったよ。
 あの後は何も変わったことはなかったから安心してくれ」

「そう……」

サヤカは自分の失態を振り返り、布団のすそを握りながら涙を流していた。
涙が彼らに見られないように、壁際を向いていたのだ。

「私……やっぱりダメだなぁ。
 最後に倒れちゃうなんて、体調管理ができてない証拠だ。
 たくさんの人の支持を失っちゃったと思う。
 橘さんには推薦人までやってもらったのに、ごめんね……」

「サヤカさんはダメなんかじゃないわ!! 
 他の誰よりも立派だったわよ!!」

「俺もそう思う!! 君は生徒思いの優しい人じゃないか!!」

「ふふ……ありがとね。でもね、私は結局高野さんに怒鳴り散らしちゃったのよ。
 確かに最初に仕掛けてきたのはあっちだけど、私もムキになって反論しちゃって、
 話す必要もない父の話をしてしまった。なんて感情的。なんて短絡的。
 こんな情けない女、一体誰が支持してくれるのよ」

「あれは高野ミウの誘導尋問みたいなものよ!!」

「そうだそうだ!! ミウも最後は君に謝っていたぞ!!」

「本当はね……私よりも井上さんの方がリーダーに向いているのは分かってる。
 あの子、私より絶対に頭が良いし、周りをまとめる力もある。
 人を引き付ける力を、たぶん生まれつき持っている。むしろ井上さんが
 対立候補で良かったわ。これからの生徒会を安心して任せられる。
 私を今日まで支えてくれた……中央委員部……のみんなにも……あとであやま……」

最後まで言い終わる前に、サヤカは両手で顔を覆い、大泣きした。
気持ちの糸が切れてしまったのだ。

今まで生徒の前で毅然とした態度を取ってきた彼女の
変わり果てた姿を見せられて、エリカはポロポロと涙を流し、
太盛は腕で目頭を押さえて泣いた。

ふたりには、もうサヤカにかけてあげるべき言葉が見つからない。
俺達は絶対に君を支持するから!! と言っても今さら何にになる。

彼女は立派な人だった。ガスマスクの支給や爆発物の確認の徹底など、
あるかどうかも分からない化学兵器のために、
本気で生徒を救おうと努力をしてくれた。

サヤカは病気に伏せたせいで、自分の落選が確実だと思い込んでいる。
早く恋人のモチオが帰ってくればいいのだが、彼は中央委員部の会議に
参加しているから、その間の看病を太盛たちに任せてしまっている。

誰かいればいいのだ。君が本当に立派な人だと伝えてくれる人が。



「……さーせん。失礼します。近藤さんの具合は大丈夫っすか?」

いかにもぶっきらぼうな、だがどこか懐かしい口調だ。

サヤカが、扉を開けて入って来たその人物を見た。

「あ、あなたは一年生の?」

「うす。俺、1年6組のもんです。川口ミキオっす」

ミキオに続いて6組のクラス委員の男女も入って来た。
他にも3名の生徒が入って来た。みんな6組の生徒だった。
その中でミキオが代表して言う。

「近藤先輩が急に倒れたんで俺ら心配してたんす。大丈夫なんすか?」

「え、ええ。少し頭痛がするけど突発的なものだから、
 たぶん寝てれば治ると思う……」

「そすか。変な病気とかじゃなさそうで、よかったっす」

「ありがと……でもどうしてわざわざこの部屋に?」

「あー俺ら、あれっすよ。先輩に謝ろうと思って来たんす。
 あと感謝の言葉を」

「え……?」

「俺ら、近藤先輩のこと、完全に誤解してたっす。まじサーセンした。
 クラス演説の時に、先輩はすごく思いやりがって
 優しい人だって橘先輩が言ってましたよね。あれがマジだったって
 わかったんで、俺は近藤先輩に票を入れることにしました」

「え……? 私なんかでいいの?」

「むしろ他の人は考えられねえっす。マジで」
 
ミキオは握手がしたいと言ってきたので、サヤカは喜んで応じた。

他の生徒もサヤカを励ましてくれた。

「あの、私達も近藤先輩を応援してます!!」
「先輩の思いはみんなに伝わってますよ!!」
「他の皆も近藤先輩が良いって言ってますよ!!」
「選挙の結果が楽しみですね!! 一緒に頑張りましょうよ!!」

暖かい言葉だった。後輩からの嘘偽りのない励ましの
言葉に、サヤカはまた目頭が熱くなった。

彼らは知っていたのだ。近藤サヤカが、ミウの恐怖で学校を欠席した
生徒一人一人の携帯にわざわざ電話をかけていたことを。

学校では爆発物等がないか厳重に取り締まりをしているから、
体調が良くなったらまた来なさいと。今回は事情が特殊だから、
最悪選挙日に来れなかったとしてもリモートでの投票を許可するとまで言った。

選挙期間中、彼女が職場に出勤して最初に聞くことは、
「今日は欠席者は出ましたか?」だった。欠席者は一年生が
多かったから登校拒否にならないよう心配してくれた。

サヤカは当然のことをしたと思ってるから、電話連絡の件は
関係者以外の誰にも話してない。彼女は普段から自分の功を誇ることはない。
孤児院への寄付の件も、今日初めてみんなの前で話したことだ。

誰かに褒められたいから……名誉のためにやってるわけではない。
ただ困っている人がいたら手を差し伸べてあげたいと思ったのだ。

彼女は幼少の頃から、父から貧しい人の話を聞かされて育った。
貧しい人達は、国にと企業に意地悪をされて、
どんなに働いても生活に必要な最低限のお金しかもらないのだと。

幼いサヤカは父にこう言った。

『お父さんがお金をたくさん持ってるなら、その人にお金をあげれば?
 そうしたらその人はお金に困らなくなるよ』

『世の中にはお金のない人が、たくさんいるんだよ。
 この国には、お金を一円も持ってない人が三人に一人もいるんだ。
 お父さんがその人たち全員に、お金をあげるわけにはいかないんだよ。
 ひとりの人間にできることなんて、ちっぽけなものさ』

しかし父は、政治の力ならば、富の分配ができると言った。
貧しい人を救う最大の力は、国家権力である政治。税の分配だ。
だからサヤカが今の優しい心を大人になるまで持ち続けられるなら、
政治家を目指しなさいと言い、娘の頭をなでた。

『分かったよお父さん。わたしは、政治家になるね』

サヤカの懐かしい思い出だった。


一年生が順番にサヤカと握手してから去って行った。
部屋が静かになった時、太盛が大きな声でこう宣言した。

「サヤカさん!! 俺も絶対に君に投票するからな!! 絶対だ!!」

「私も太盛様と全く同じ気持ちです……。あなたの友であることを誇りに思うわ」

「ありがとう。ふたりとも。本当に……ありがとう……」

その後、副会長室に行けばサヤカ候補と握手できるとうわさが広まり、
色々な生徒が帰り際に訪れてくれた。その中には教師まで含まれていた。
サヤカは今まで生きて、こんなにも人の温かみを感じたことがなかった。


そして選挙当日。ロシア革命記念日の11月7日。

この日はさすがに科学部の面々も登校してきて、彼女らが
科学部だと分かると、生徒達から罵声が浴びせられる。

「な、なんなのにゃ〜。さっき廊下で空き缶を投げられたにゃ!!」
「なんでみゃーたちはこんなに嫌われてるのにゃ!?」
「通りかかった先生にまで人殺し集団とか言われちゃったみょ!?」

彼女らが爆弾などを作ってないのは本当だった。

科学部の面々は、学園側からフリーダムでいることが許されているので
研究意欲が失われいき、次第にはネットゲームが流行してみんなが
自宅に引きこもってゲームばかりやるようになってしまった。
論文や研究成果は適当なものをでっちあげて、中央委員部と諜報広報委員部に
提出していた。どうせ誰も理解できないのだからと、ネットでコピペしたのもあった。

さらにはミウに「選挙期間中は来なくていい。投票日だけ
来てくれればいいから」と言われ、素直に従って自宅でゲームをしていた。
ただそれだけなのだ。本当にBC兵器など存在しなかったのだ。

彼女らの容疑が晴れるのは、選挙後の釈明会見を待たないといけない。


いよいよ投票が始まる。

体育館に監視カメラが5つも設置された状態で投票が行われた。
投票所の列に並ぶ生徒達は、言葉を交わさずとも
皆が誰に入れるのか、なんとなく分かっていた。

その後、テレビ中継で開票作業が行われた。
とある候補者の票が途中で過半数を超えた時点で、作業は中止となった。

直ちに校内アナウンスを流し、
近藤サヤカが新しい生徒会長になったことを告げた。
最終的に全校の7割の支持を得ていたことが明らかになった

学園記者クラブの人間が、なぜサヤカさんを選んだのですかと
生徒に聞くと、皆が口をそろえてこう言った。

『僕達は勉強のできるエリートの人じゃなくて、 
  心がエリートの人を選んだからです』


                        終わり。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1172