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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第28回   本編 20 生徒会選挙 公開討論会
  第二十三話 「クロエです。クロエ・デュピィ。よろしくお願いします」


長かった10月が終わり11月になった。
いよいよ選挙まで残り一週間となり緊張感が高まる中、
ミウ候補の異端性により恐怖と不安をいっそう加速させた。

全ての学校関係者は科学部が有するらしいガス兵器や細菌兵器におびえ、
特に一年生の生徒は将来を悲観して学校を休む人がぞろぞろと出てきた。

毒ガスなど、高野候補の思い付いたくだらん冗談だ、
どうせ嘘に決まってるわと、三年生はどっしり構えていた。
まもなく卒業を迎える三年生でミウを選ぶ人はおらず、
サヤカ派が8割を占めていた。彼らは卒業が目前であるから当然保守的になる。

二年生では聡明で良心的なマリカに期待する声が多かった。
もう一年この学園で生き延びる必要があるのが二年生だ。
彼らには一年間この学園で過ごした経験があるので、
マリカの考える新制度が成功する見込みは十分あると思っていた。

彼らは生徒会が代替わりするごとに政策が全く変わることを
前会長時代から知っていたのだ。(アキラの前の会長は穏健派だった)

そして自分らが生き延びる明確な可能性を
提供してくれた彼女を女神だと慕う人まで出ていた。
そんな下級生の無事を祈る三年生にも、マリカ派の人間は存在する。

卒業すると言っても、弟や妹をこの学園に残す人もいるのだ。
中には来年以降に身内が入学する人もいる。実はマリカの三つ下の
妹も彼女が卒業後に入学する予定となっているから、他人事ではないのだ。

(この学園では身内を入学させることは努力義務とされているが、
 努力とは名ばかりで実際はかなり強制力が強い)

二年生と言えば、太盛とエリカが二年生である。

「太盛様は、誰を支持していらっしゃるのですか?」

「普通に考えて近藤さんになるよな。アキラ会長のお気に入りだし、
 俺も個人的に親しいからな。むしろミウはねーよ。ありえねえよ」

太盛は手に持っていたガスマスクをカバンに仕舞いながら言った。

「俺、ガスマスクなんて初めて触ったよ」

「私もですわ……。ここってやっぱり日本じゃなくてソ連なのね」

中央委員部は、緊急会議の結果、ミウ率いる諜報広報委員部が、
毒ガスや爆弾を所持しているのは確実だとして、
万が一の場合に備えて全校生徒にガスマスクを支給することにした。

またガスが発生した場合に備えて応急処置
(濡れた布を口に当てる。目を守る)が書かれたマニュアル(冊子)を配布した。

「あれから規則が増えたんだよな」
「手荷物検査とかですね」
「廊下には銃を持った執行委員の皆さんがうろちょろしてるな」
「朝来たらまずは教室内に爆発物が仕掛けられてないか全員で確認……」
「水道の水を飲むのは禁止……。細菌が含まれている可能性ありか……」

これでもサヤカ達は十分でないとした。
選挙期間中は教員も学内の見回りに動員させ、
不測の事態に備えて最低限の戦闘訓練も施した。

選挙の結果に絶対はないが、現在までの予想では高野ミウは敗北する。
ミウの支持率を落としたのは科学部の件が原因だった。
ボリシェビキの大量粛清には賛同する人が一定数(特に囚人)
存在したのだが、大量破壊兵器を簡単に持ち出そうとする彼女の
存在自体がやはり危険すぎるとして、支持率を大幅に落としてしまった。

しかしミウが予想通り大敗するとしても、それで終わるとは思えない。
選挙で敗北したら次は諜報広報委員部を総動員して暴動を起こす可能性がある。
代表のアナスタシアは、選挙の結果は厳粛に受け止めるし、
科学部の部室を何度見まわってもBC兵器など存在しなかったと
釈明したが、ミウの恐怖を知る生徒は誰も信用してくれなかった。

学園の生徒会選挙は、生徒や囚人だけでなく教師にも投票権がある。
この学園に存在する全ての人に投票権があるのだ。そのため
教師も将来予想されるミウの反乱に今からおびえており、
また教員であるからズル休みすることも許されず、
いよいよ大変なことになったと、教師の間で遺書を書くのがブームになった。

現在謎の風邪が一年生の間ではやっているらしいが、彼らが
そうしていられるのも今だけで、選挙当日は必ず参加させられる。
なお、学園の規則では投票しない人は確実に粛清される。

ただし、意識不明の重傷者、重病者や
精神薄弱者(再起不能)などは対象外とされる。

「エリカ。そろそろ公開討論会の時間だな」
「ええ。出発しましょうか」

太盛がクラス一同を廊下に整列させ、2年A組が
ぞろぞろと移動を開始する。そのあとのクラスも同じようにしている。
集団で移動するときは一列になる決まりとなっていた。
これも校内に仕掛けられた可能性のある爆発物に気を付けるためだ。

各階に臨時の保健室が作られ、重傷者が出た場合は直ちに
手当してくれるよう中央委員部が配慮してくれた。
サヤカの判断は素早く、また生徒を本気で思いやる気持ちが
表れているので彼女の支持率はどんどん上がっていった。

A組男女のクラス委員である太盛とエリカのコンビ。
エリカは、太盛の三歩後ろを歩いた。太盛に看病してもらってからの
エリカは彼にすっかり従順になり、彼を好きな気持ちが
行き過ぎて崇拝の対象とまでなってしまった。そのため
太盛に対して常に敬語を使い、名前に様をつけて呼ぶようになった。

体育館で手荷物検査と簡単な思想チェック(レーニンのミドルネームは? 
ソ連が建国した年は? 血の日曜日事件はどの国と戦争している時に起きた?)
を受け、入場する。公開討論会は、全校生徒が集まる前で行われる。

体育館内は、大音量で音楽が流れていた。床に備え付けられた
四つのスーパーウーファーが床を振動させ、
重くも心地の良いリズム帯域が気分を嫌でも高揚させる。

ボーカルは、壇上に立つ女子のボリシェビキだ。
CD音源を伴奏にしながらマイクを片手に歌を歌いづけている。
体育館への入場は、彼女の歌を聞きながら行われていた。

各クラスごとに整列し、囚人を含めた全校生徒約2000名が揃った。
それに教員や校務員を含めた約100名が加わる。

女子のボリシェビキは合唱部のエースだけに、もはやマイクなど
いらぬのではないかというレベルの声量で歌い続けた。
彼女が歌っているのはカチューシャなどのロシア民謡ではなく、
誰もが耳にしたことのあるJPOP。いわゆる敵勢文化であった。

慣例ではロシア民謡やクラシックの声楽を中心として
オープニングセレモニーが開催されるのだが、
今回は特例として日本語の歌を会長が許可した。
日本で生まれ育った日本人には日本語の方が
リラックスできるとして中央委員部がポップスを提案したのだ。

歌手は数曲歌い続けたが、生徒に最も印象が強く残ったのは
『あーよかったな 花花』であった。結婚式で流れる曲の定番だけあり、
ポジティブな歌詞が多く並ぶ。選挙前を絶望的な気分で過ごしている
であろう生徒達に配慮し、中央委員部の委員が選曲した。

その委員は、ポジティブ心理学の知識を応用し、
数ある日本の音楽から参考して採用した。中には歌謡曲も含まれていた。

委員の名前はフランス出身のボリシェビキ、クロエ・デュピィ。
二年の女子であり、サヤカの友達である。化粧が大の趣味で、
人形そのものの顔立ちをメイクで再現することでその美しさに定評があった。


「みなさん。おはようございます。私が本日の公開討論会の
 司会を務める、クロエです。クロエ・デュピィ。よろしくお願いします」

と言ってクロエが丁寧にお辞儀をする。長い茶色の髪が肩に垂れる。
音楽でさわやかな気分に浸っていた生徒達。
彼女の人間離れした可憐さと可愛らしさに多くの生徒がため息をついた。

大きな丸い瞳、長いまつ毛、整った鼻筋、細い輪郭、
そして東アジア人風を装い、わざとのっぺりした風の顔の演出をしている。
そうすると白人特有の犬風の顔立ちは薄れ、完全に人形となる。

彼女が理想とする顔立ちは、韓国人女性の顔であり、
特に透き通った綺麗な肌に憧れていた。

男子は見惚れ、女子は彼女の目元のメイクの仕方を遠目からよく観察していた。

「今年は堅苦しい挨拶はなしにしましょう。まず素晴らしい歌声を披露してくれた
 住吉香織さんに拍手をお願います。ありがとうございます。
 私も彼女の素晴らしい歌声に元気をいただきました。
 これから選挙期間をみんなで頑張って乗り切りましょう!!
 さあ、それでは本日のメインイベントを始めるとしましょうか!!」

クロエの挨拶後に、女子の歌手が壇上を降り、入れ替わりに
三人の候補が上がってくる。マリカ、サヤカ、ミウの順でパイプ椅子に座った。

「公開討論会では、学内に関ることだけでなく社会全体で問題と
 されていることについて、司会の私から各候補に意見を伺います」

まず議題に上がったのは、日本の国防の問題点だった。

マリカとサヤカは米国依存であることを不満としてあげつつも、
それほど突っ込んだ意見は言わなかった。
米国と同盟関係が維持されている限り、核の傘に守られているも同然であり、
大国間の戦争に巻き込まれる可能性はおそらく当面の間ないとした。
その分内政に財を集中するべきだとする典型的な左翼思想である。

だがミウだけは立派な意見を持っていた。

「私は日本が独自の軍事力を持つべきだと思います。
 日本は米国の敗戦国であり政治的には奴隷になっていますが、
 戦前に比べて日本は発展しました。米国の対外債務、
 いわゆる米国債の最大保有国に日本と中国が挙げられます」

スガ政権の際に、オースティン防衛長官と、ブリンケン国務長官が揃って
日本を訪問した。バイデン政権発足後、初の外国訪問先として日本を選んだのだ。
その際にブリンケンら米国政府の権力者は、明らかにスガに媚を売っていた。

本来米国には直接関係ないはずの北朝鮮の拉致被害者の早期帰国、
また日中間の尖閣諸島をめぐる問題について米国政府と海軍が
全面的に協力すると約束し、感染拡大イベントと列強国から
酷評されていた東京五輪についても、米国政府は日本政府の
英断を支持するとまで言った。

米国は実質的に『土下座外交』を日本に展開したとミウは説明しした。

スガより身長が20センチ以上高いブリンケン長官は、
両手を前に組み、腰を折ってスガの話に耳を傾けいる写真が残っており、
どうみでも格上の人に対する態度であった。
第二次大戦の戦勝国の政治家の態度ではなかった。

あのトランプ前大統領でさえ、ドイツやイタリアの政府に対して自動車関連の輸出で
儲けていることに関して口汚く罵倒し、さらには英国王室のハリー王子の妻(米国人)に
対してまで暴言を吐いたのは有名だ。それなのに日本に対しては公式記録で
罵倒したことは一度もなく、アベ首相に対しては自分の友達とまで言った。

さらに彼は日米首脳会談での晩餐会の時に、彼が選ぶ7人の
日本の大企業家(社長)を招待し、このように言った。

「君達に覚えておいてほしいのが、君達の会社のせいで、
 我が国が大きな貿易赤字を抱えていることだ。わかったか?
 今日は日本のトップを走る偉大な経営者の顔を見たいと思って
 招待したのだ。そう堅い顔をしないで食事を楽しもうではないか」

ソフトバンクやトヨタの社長は苦笑いをしたことだろう。
外人嫌いのトランプにしては、異例とも言える優しい言い方だった。
中国を外交的圧力でボコボコにしたのとはあまりにも対照的であり、
バイデン政権もその点では本質的には変わらない。

「バイデン政権ではコロナ化で200兆を超える財政支出を決定しました。
 財務長官であり元FRB議長のイエレン氏との相談の上に決定した、
 経済復興と雇用の最大化のための合理的な判断です。
 しかし政府債務はすでに上限に達しつつあり、先の上院での会議で債務上限の
 引き上げを行っています。したがって財政上の問題で米は日本に逆らえません」

続ける。

「日本に国債を売られたら、米が財政破綻してUSドルの信用が失われ、
 世界中の米国債が紙切れになってしまうからです。
 債権国筆頭の中国と米は深刻な対立をしていますから、日本に頭を下げて
 これからも国債を売らないでくださいと言うしかないんです。
 このように、国際外交の視点でもお金を持っている方が偉いんですよ」

米国債の保有国。2021年のブルームバーグのデータでは、
第一位 中国 1兆680億ドル
第二位 日本 1兆3100億ドル

日本円換算で150兆を余裕で超える。
つまり日中関係を考えると、米国は自分が借金をしてる相手に
喧嘩を売っているも同然であり、日本の土下座せざるを得ない状態なのだ。

またトランプ政権に見られるように、米国一国で世界を支配し続けることを
嫌う政治家もいて、財政的にも負担が多すぎ、
また中国の台頭によってさらなる軍事力が必要になってくる。
したがって日本は軍国化を進めることも視野に入れるべきだとした。
そして時期を見て日米同盟の枠組みから外れることも不可能ではないとした。

日米同盟の鎖がなければ、日本は大胆な政治転換も容易となることを
ミウは付け足し、将来の革命の余地をわずかに残した。

「なるほど。さすが英国暮らしの経験があり、お父様が
 金融の専門家の高野候補。素晴らしい意見をありがとうございます。
 恐れながら、司会の私には米国債の話に関しては、何を言ってるのか
 さっぱり分かりませんでした!! 勉強不足ですみません!!」

わはは、と生徒の間で笑い声が広がる。
とても高校生で理解できる話でなかったことは事実だし、皆に共感された。
クロエが底抜けに明るいので、討論会は楽しい雰囲気に包まれていた。

「さて。次は日本の労働問題について意見を伺ってみましょうか」

これにはマリカが向きになって発言した。先ほどの米国の債務問題は
さすがのマリカでも理解できない内容だったので、ここで反撃に出るのだ。

厚生労働省が毎年発表している過労死者のリスト、およびハローワークと
協力して作り出す「ブラック企業リスト」を例に出し、
資本主義日本の奴隷的労働の実態を説明。

2018年より実施された特定技能の外国人実習生の
受け入れ制度で、実は底辺労働者(一次産業や二次産業の現場)では、
その年だけで指切断クラスの重傷者が「360名以上」、
労働に耐えきれず寮からの外国人脱走者が「7000人」以上いた
事実が厚生労働委員会で明らかになり、大問題になった。

また日本の実質賃金の伸び率の低さは深刻であり、
平成の失われた30年で、経済の低迷が続き、
日本人の賃金水準は、世界でも30番目以下であることを語った。
例えば韓国よりスロベキアよりも下なのである。
つまり日本人は働いても働いても豊かになることはなく。
それなのに労働時間の長さは世界有数あり、
現役世帯の人間の自殺率も世界でトップクラス。

人口減少の社会で多すぎる老人のために社会保障費はさらに
増え続け、政府のGDP比の財政赤字額(1100兆)はG7で最大。
これからも消費税も含めた各種税金は上がり
続けるしかない『生き地獄』だとマリカは言った。

(さすが井上さん……よく勉強してるわ。
 これほどの見識のある人は生徒会にはいないわ)

サヤカは言いたいことを全部言われただけでなく、
明らかに知識量でマリカに劣っていることを認識していた。

そこでサヤカは女性の貧困化をまず例に出した。

女性の非正規雇用率の高さと、コロナ化で職を失った
独身女性(やもめ)達が貧困から将来を絶望し自殺したこと。
貯蓄ゼロ世帯(あるいは住民税非課税世帯と言い換えてもいい)
は、一度職を失うとアパートを追い出されたり、住宅ローンが払えず
住宅を手放すことになり、職探しに失敗すると自殺に走る。
盗みなどの犯罪に走る人も中に入るだろう。

「現在の社会主義国ではキューバを見てください!!
 ソ連と同じように住居費や医療費を国が保証しますから、
 失職から自殺する人が全然いません!!
 またソ連では食料配給制度も存在しました!!
 今の日本でも自治体レベルの子ども食堂を始めとした
 福祉活動をしておりますが、国家のレベルではやってません!!」

したがって資本主義日本の政治は『金がない奴は死ね』と結論できる。 
この国には基本的人権が憲法によって保障されているが、
それは『ただし、金がある人のみ』という注意書きが必要である。

生活保護の申請は、たとえ幼子が三人いるやもめ(離婚した女性のこと)が
困窮から訴えても認められなかった例が多々ある。一方で在日韓国人らを
中心とした特権階級が優先的に認可され、昼はパチンコをして遊んでいる。
(生活保護費は、月の支給額を全額使いきる決まりなのである。)

こういった在日特権を正すために『日本第一党』という
新興政党まで存在するとサヤカは説明した。 

「自民党の国会議員を見てください!!
 みんな自分の暮らしさえ良ければ国民はどうでもいい!!
 彼らは自分たちが法律を作れる立場だから偉いのです!!
 国民の暮らしなんて分かっていないのです!!
 どこの国の議員も金持ちが中心ですから、仕方ないのかもしれませんが、
 最後は気持ちですよ!! 不味しい人を救いたいと言う気持ち!!
 人を哀れむ心!! それがないから日本の政治は腐敗しているんですよ!!」

おおっ、と拍手がわく。
候補者の中でサヤカの声が一番大きく、彼女の声は甲高いアニメ声な
こともあり、館内に音楽のように響いた。実際に彼女はボリシェビキでなければ
合唱部を志望していたこともあり、声量には自信があった。

ミウもクロエ司会に指名されたが、これには控えめに
「私も両候補と同じ考えです。特に言うことはありません」
と言い、周囲を驚かせた。ただ……気になることも言った。

「金持ちを絶対に悪だと決めつけるのもどうかと思いますけどね。
 金持ちは、代々金持ちだし、先祖からの資産を大事に大事に
 受け継いで今がある。もちろん馬鹿じゃできないことだし、
 彼らの全てを悪と決めつけて資産を没収するのもどうかと思う」

と金持ちが言いそうな理屈をこねたので、多くの生徒を失望させた。

「ありがとうございます。三候補ともそれぞれ着眼点が違うので
 聞いている私達も勉強になります。
 それでは、次は学内政治について伺ってみましょう!!」

クロエがにこりと笑う。


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