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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第26回   本編 18 生徒会選挙 サヤカの演説
  第二十一話「さーせん。その根拠を教えてもらってもいいですか?」


6組にマリカに続いてサヤカが来た。

サヤカの推薦人はエリカである。
40人分の視線が彼女らに集まる中、エリカは無難に、
サヤカは努めて上品に演説をしたつもりだった。
だが反応が薄すぎる。なぜか。まず順番が悪かった。

井上マリカの先ほどの演説は衆議院総選挙で通用しそうなほど
ハイレベルだったが、それだけに6組の人たちが、
『一般生徒であれならば、ボリシェビキの人はもっと』
と期待してしまうのも無理はない。

しかもサヤカの公約には斬新さが皆無。恐ろしいくらいに保守的であった。
サヤカの公約内容をまとめると前アキラ政権を
そのまま引き継ぐと言っているも同様であり、6組の生徒を失望させた。

「6組の皆さん、保守は決して悪い考えではありません!!
 生徒会は歴史と伝統があります。私たちがその守り手となるのですよ。
 現にアキラ会長の時代には目立った反乱もなく、ここにいる皆さんも
 平和に学園生活が送れているはずです。私は法を制定する機関におりました。
 皆さんからの不満や要望があれば、何でも聞いてあげたい、
 政策に直ちに反映したいと思ってます。どうでしょうか?」

シーン、と静まり返った。
6組の生徒はサヤカを見るのは初めてではなかった。
文化祭の実行委員でもあった彼女は、壇上の前で立派な挨拶をしていた。
文化祭期間中も彼女が学園の支配的な地位にいたことは有名だ。

だから彼女は、一年生達にとって女王陛下として映ってしまった。
担任の女の先生は、教室の隅で小さくなって愛想笑い。
一般生徒の井上マリカと違い、今度は部の代表を務めるほどの大物だ。
先生は、お願いだから下手なことを言って彼女を刺激しないで、
と教え子たちに目線で訴えているのだった。

「あれれ……、みなさんは静かなんですね。もしかして私が怖いですか?
 今は選挙期間中ですから、こうして自由に話ができる機会が
 学園側から設けられているんですよ。ですから、みなさんの
 自主性や積極性を育む意味でも、ぜひ質問をしてほしいと思っていたのですが……」

この流れだと、黙り込んでいる彼らはマズイのではないかと思い始める。
恐縮しすぎても逆に失礼になる可能性がある。
気を利かせた男子のクラス委員がどうでもいいことを質問し、
サヤカはすらすらと模範解答をする。意味のない問答だった。

(うちのクラスの連中はバカだ……)

ミキオは鼻で笑った。他の皆は近藤サヤカ候補の迫力に委縮している。
この流れでは誰もサヤカに投票しないだろう。ならば俺が
新しい風を吹かしてやるぜ……とミキオが手をまっすぐに上げる。

「おっ。手を挙げてくれる人がいた。そこの君。どうぞ」

「はい」

相手は近藤サヤカ。上級生。
実績のある権力者であり貫禄がある。
ミキオは声が震えそうになるが、深呼吸して恐怖を押し殺す。

「質問じゃねえんですけど……うちのクラスの連中が黙り込んでいる
 理由を教えてあげようかと思いまして……近藤先輩に対して
 無礼なのは重々承知してますが、はっきり言わせてください。
 俺らはやっぱり先輩が怖いんです」

「こ、怖いか……ショックね。私はすごくフレンドリーに
 話しかけてるつもりなんだけど。理由を教えてくれるかしら。
 みんなが怖がるのは、私が生徒会の人間だから……かな?」

「そうっす。俺らは政治の知識がないバカの集まりです。
 法の制定ってなんすか? 生徒会の先輩たちがやってることは
 よく分からないし、実際にうちのクラスからも
 夏休み前に逮捕者がひとり出てる。美術部の斎藤さんは
 ずっと休学してるし、そういうの見せられると怖いっす」

「……この学園には厳しい規則がありますから、規則違反を
 した人はどうしても取り締まらないといけないんですよ。
 でもみんなは違うわよね!? こうして秋の生徒会選挙まで
 普通の生徒として学園生活を送ってこれたんだから!!」

「みんな、こう思ってるんですよ。俺らがここで下手なことを
 言ってしまったら、近藤先輩が生徒会長になった後に
 目を付けられて粛清されるんじゃねえかって」

「ないない!! そんなのないって!!
 今は生徒との対話の時間なのよ!!
 私は何を言われても気にしないから安心してちょうだい!!」

「でも、みんなそう思ってるんですよ。先生を見てくださいよ。
 あの人、普段は結構怒りっぽい人なんですよ。それなのに
 今は借りた猫みたいにおとなしくなっちまってる。
 結局、人間は権力者を前にするとこうなっちま……」

「分かりました!! 私が会長になったら、一般生徒の皆さんと
 生徒会が交流するためのイベントを考案することにします!! 
 立食パーティとかよくないですか!! その他のイベントでも
 必ず何らかの形でこうして対話の場を持ちましょう!!
 そうすればお互いの誤解も晴れるはずですよね!!」

今のは失言だった。この言い方はまさに苦し紛れの言い訳と
取られてしまい、生徒たちの間でさらに重苦しい雰囲気が漂った。
中央委員部きってのエリートのサヤカでさえ、
選挙活動は初めてだから挽回するための奇策が思いつかない。
サヤカはさすがにこれまでかと思った。だが大の友達のエリカが黙ってなかった。

「お話の最中ですが、私が川口君の疑問に答えさせていただきます。
 まず近藤サヤカさんは、ちっとも怖い人ではありません。
 中央委員部のみんなも、人を思いやることのできる優しい人ばかりです」

「さーせん。その根拠を教えてもらってもいいですか?」

「川口君。人を見た目だけで判断してはいけないのよ。
 サヤカさんは確かに中央委員をまとめ上げるほどの人だけど、
 仕事をしてない時の彼女はよく冗談も言うし笑うのよ。
 私も最初は彼女が偉い人だと思って怖がっていたわ。
 でも違った。文実の仕事をお手伝いしてるうちに仲良くなってね……」

エリカは、彼女との馴れ初めを話してから、思いつく限り
サヤカの人間性を褒めちぎった。途中でサヤカが恥ずかしくなるほどだった。
またサヤカには二人の弟と一人の妹がおり、下の子の面倒見も大変に
良いこともアピールした。4年も付き合ってる彼氏も同じ部にいることから、
生徒の恋愛に関しても大変に寛容であり、自分も助けられている。
小さな悩み事の相談に乗ってくれるし、本質的には普通の生徒と何ら変わらないと説明した。

「なるほど。橘先輩がそこまで褒めるなら、良い人なんすね。
 俺だってそこまでひねくれてないから、
 近藤先輩が良い人ってことは信じますよ」

「ありがとう。これで満足したかしら?」

「はい。今までボリシェビキの人を色眼鏡で見てたんで、
 いろいろ勉強になりました。ありがとうございました。
 あと失礼なことたくさん言っちまって、すんませんでした」

彼は頭を下げたが、実はしかめ面をした。
(これで満足なんかしてねーけどな)

彼が不満だったことはこれだ。

(仮に人間性が優れてるにしても、最高権力者のイスに座っちまったら
 同じでいられるかな? 歴史が証明しているんだ。生真面目で
 優しい人間ほど権力を手に入れると暴走するって例をよ……!!)

そもそも保守主義者など誰も求めてなかった。
初めて選挙に参加することで気分が高揚している一年生たちは、
今までの陰鬱で殺伐とした学園の雰囲気を変えてくれるヒロインを望んでいた。

下手に運用を変えて波乱のリスクを産むよりも、保守継続を好むのは
おじさんたちの発想であり、16歳前後の若者にそれを望むのは不可能だった。

今のところサヤカがマリカに勝てる要素はなかった。
褒めるところがあるとしたら、男子の何人かが、
令嬢であるエリカの洗練された話し方や仕草に見惚れていたくらいだ。

一学年しか違わないとはいえ。この学園では一年で、
他の学校での数年分の経験をさせられる。
エリカは身長が163センチと長身でスタイルも抜群であり、
同級生の少女たちよりはるかに大人っぽく見えた。

皮肉屋のミキオでさえ、エリカの美しさだけは強く印象に残った。
やはり選挙において顔は最大の強みとなるのだ。


昼休みとなった。皆はワイワイといつもより楽しそうにお弁当を広げている。
ミキオはその中で一人さみしく自席で食べている。
彼は一人でいるのが好きなので、今では誰も食事に誘わなくなった。

クラスメイトの話題は選挙のことでいっぱいだ。

「澤北。おまえ、よく井上さんに質問できたな」
「まじ勇気あるわー。俺だったらできねー」
「いや話してみると結構明るくて、そんなに緊張しないよ?」

「あの橘さんって先輩、同じ学年に彼氏いるんだって」
「あー、私聞いたことある。二年で有名なイケメンなんだって」
「うちの部活の先輩が彼氏さんと同じクラスだって言ってた」
「橘先輩の彼氏、イケメンなの!? まじ見てみたい!!」

「井上さんの演説、まじすごかったわ。俺の手、今でも震えてるもん」
「俺も同じだよ。もう井上さん以外ありえねえだろ」

「君達。まだもうひとり候補者がいらっしゃるんぞ。口をつつしめよ」
「おまえ何言ってんだよ。言っちゃ悪いが、さっきの近藤さんの演説も
 あれだったじゃねえか……。井上さん以上の猛者なんかいねえだろ」

「ふ……。はたしてそうかな」
「んだよおまえ。なんか訳知り顔じゃん?」
「自称、選挙通ってやつかぁ? おまえ中二病かよ」
「うるさい。まだすごい人がいるんだよ」
「まさか、冊子に乗ってる高野さんって人か?」
「そうだ。彼女は只者(ただもの)ではないぞ」

それには俺も同感だ……。とミキオがニヒルに笑い、
イチゴ牛乳のパックを一気に飲み干す。机の上には
高野ミウのプロフィール表と冊子を広げていた。

(この高野とかいう女、信じられねえほど写真写りが良いんで
 女優かと思ったが、まじで只者じゃなさそうだぞ……)

ミキオは自分たちが一年生の立場でありながら有権者であることを
正しく理解していた。すなわちこの選挙期間中においてはボリシェビキ達が
自分達に高圧的な態度を示せるわけがない。特に中央委員部と諜報広報委員部は
それぞれの部から候補者を出してしまっている。部の総力を挙げても
生徒へイメージアップ作戦を考えていることだろう。

選挙において力関係が上なのは「選ぶ側」である。

「川口君もその女の人が気になるの?」

「あんたは……女子の委員長か。
 まあな。 俺はこの女が当選しちまったら、
 学園がとんでもないことになっちまうと思っている」

「その人、今日の午後にうちのクラスに来るそうだね」

「ああ。予定がずれ込んで夕方になるそうだがな」

「川口君、高野さんだけは止めておいた方がいいよ。
 噂によると斎藤さん達を再起不能にした張本人らしいから」

「な……? そうなのか!! 
 おまえ、なんで知ってんだよそんなこと!!」

「いいから、その人には投票しちゃだめだよ。それじゃあ」

クラス委員長は、さっさと廊下へ消えてしまった。
ミキオは、彼女が消えた後の扉を、何時までも見続けていた。


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