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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第25回   本編 17 生徒会選挙  マリカの演説。1年6組を訪問。
 第二十話 「そうだよ。変えられるんだよ。君が今、そう思うなら」


10月の最後の週になる。
来月の革命記念日(投票日)まで残すところわずかだ。

各候補者のプロフィールと公約が書かれた用紙一式は、
すでに全校生徒に配布されている。
候補者ごとに政策や理念に差があるため用紙の枚数に差がある。

中でも井上マリカが組織委員部と共同で描いた冊子は、
教科書並みの分厚さとなり、のちに伝説とまでなった。
長くて読むのが大変なので、読む時間のない人のために
要約版の冊子も別に作る徹底ぶりである。

しかし、そのような心配は杞憂であり、この期間となると
今までのお祭り騒ぎだった2学期の雰囲気はすっかり消え去り、
晩秋から冬に向けて選挙に向けての張り詰めた空気が学園中を支配する。

なお、配られた候補者の冊子は自宅に持ち帰って熟読することが
求められている。これを仮にその辺の道端に捨てる、
家族を含む資本主義者に読ませるなどした場合は、逮捕される。

生徒や教師は、8日(開票日)が過ぎるまでは、もはや授業どころではなく、
形だけの授業を行いつつも、皆が一体どの候補に票を投じるつもりなのか、
一体この中で誰が新しい支配者として学園に君臨するのか。
そのことで頭がいっぱいだ。

生徒は、口々に言う。

「お、おい。なんでいつの間にか候補者が二人減ってるんだ……?」
「バっ……。言うなよ!! みんな同じこと思ってるけど口にはできねえんだ」
「今回は候補者が女子しかいないんだね……」
「書いてあることが難しすぎて、誰に投票すればいいのか分からないよ……」

特に一年生には難しすぎる内容だったので、誰に投票するべきか
相談している子が多かった。特に女子。相手は二年生の先輩であり、
面識のない人が多いから、彼女らにとっては遠すぎる存在だ。

もちろん、そんな一年生たちのために、
なんと候補者たちは順番に全クラスを回ることにした。

当初は体育館での一斉演説が予定されていたが、
こちらの方が距離が近いということで、今年は特例で許可された。
アキラの時代までは、体育館の壇上で候補者が
マイクを片手に順番にまくし立てるのが恒例だったのだが。

だが、壇上に立ってしまうと、
候補者は将来の自分たちの生殺与奪の権利を握る
支配者だとの認識が強くなり、やはり生徒を委縮させてしまうのだ。

(ち……どいつに投票しても何も変わらねえよ。
 冊子には耳触りの良いことばっかり書きやがって。
 ぜーんぶ綺麗ごとだ。日本の政治家と同じじゃねえか。
 くたらねえが……投票しねえと粛清されちまうからな)

進学理系コースの1年6組の生徒。彼の名前は川口ミキオ。
前作ママエフ・クルガンでは主人公となった男子生徒だ。

今日の6組では一時間目の授業が中止となり、井上マリカ候補を
迎える予定となっていた。二時間目は近藤サヤカ候補である。

「同志諸君!! 本日のホームルームは省略します!!」

女性の担任が声を張る。気合いが入りすぎて、もはや怒声である。
彼女は27歳の若い女だ。
スーツをきっちり着こなして保険のセールスでもやってそうな感じだ。

「まもなく、井上候補がこの教室にやって来て演説をされる予定ですから、
 同志諸君らは用がない限りは席を立たないように!! 携帯電話の電源は
 今のうちに切っておきなさい!! そ、それから……」

教師は、あせっていた。この学園の教師は形だけの教師であり、
実際はボリシェビキの管理下に置かれており、
生徒と同様に取り締まりの対象ともなっている。

彼女らは社会人だが、学園の人事が適当に採用した資本主義者が大半のために
思想教育が必要とされていた。適当に採用する理由は、
そもそも資本主義日本(現実世界の日本のこと)には
実は共産主義者でありながら教員免許を持っている者がまずいないからだ。

中にはボリシェビキ思想を理解した教師もいるが、そうでない場合は、
彼女らもまた指導の対象となるのである。一度勤務したら最後、
理由もなく退職したり、自宅などプライベートで
共産主義の悪口を言う場合は粛清されるから注意が必要だ。

資本主義者の教師の間では、「転職先がきっとあの世になる」
「そうかい。それなら永久就職が約束されるな」
「自殺したくなったらレーニンの悪口を言おうぜ」
「それなら自殺する方法を考えなくていいから楽だな」
などとブラックジョークが流行るほどだだった。


「失礼します」

「はっ。井上様!!」

「先生。予定より早く着いてしまいましたが、話を始めてもよろしいでしょうか?」

「ど、どうぞ!! こちらは準備が整っておりますので!!」

女教師は、教員用の机(窓際)におとなしく座り、生徒と一緒に
教卓の様子を見守う。教卓の前に立ち、一年生に
無駄な圧力をかけてしまうマリカは、隣にナツキを従えていた。

ナツキは『井上マリカ推薦人』と書かれたタスキをしている。
腕章には組織委員部、制服の襟には代表のバッチ。貫禄は十分である。
候補者の演説には推薦人が最低ひとりはつく決まりとなっていた。

「初めまして一年生の皆さん」

マリカがさっそく自己紹介をし、まずは推薦人に話のバトンを渡す。

「進学理系コースの優秀な生徒の皆さん。
 今回の冊子を読んで驚いたことでしょう。ここにいる井上マリカは、
 生徒会のメンバーではなく、一般生徒。そう。皆さんと同じなのです。
 一般生徒でありながら、なぜ彼女が立候補しようと思ったのか?
 この中で冊子を持っている人がいたら、まず2ページ目を開いて
 内容をご覧になってください。そこにはこう書かれています」

ナツキは口のうまさではボリシェビキ内でナンバーワンとまで呼ばれていた。
推薦人としての仕事ぶりも立派であり、彼が一度話始めると一年生には
難しいはずの、生徒会の仕事内容がすんなりと頭に入ってしまう。
また顔が美形なので女子たちがうっとりしてまい、
すっかり彼の美声のとりこになっている。

ナツキの話が終わると拍手が起き、続いてマリカが話す順番になる。

「今高倉君から話が合った通り、私は生徒の皆さんがより社会主義的
 教養を深めながらも、自分たちのことは自分で管理できる体制に
 移行したいと思っています。クラスのことはクラスで処理する。
 生徒会の手助けを借りることなく、です。
 私達にはその知恵が備わっていると以前から考えていました」

マリカが語り続ける。

「まず教育プログラムを少し改変したいと思っています。
 皆さんは一年生ですから、まだ基礎教養で日本史、社会史、地理の授業を受けて
 いますよね。例えば世界史、ナポレオンがいつの時代に戦争を仕掛けたとか、
 年号の暗記問題があると思います。他には空白の穴埋め問題。
 それでテストで満点を取ったとしましょう。でもこれでは教養的にはゼロ点です。
 なぜなら、ナポレオンがなぜ偉大だったかを説明することできないからです」

確かに、と男子の一部が頷いた。

「この国は敗戦し、GHQによる占領後は左翼教育が行われてきました。
 だから学生は第二次大戦のことを何も知りません。なぜ負けたか、
 なぜ戦ったのか、何も知らずに終戦記念日だけは知っています。
 これが、私の定義する無教養に当たります。本のタイトルだけを覚えて、
 内容は何も知らないのと同様。無知と言い換えてもいい」

ふむふむ、とうなずく人が増えた。

「英語も同じようなもので、東大を出てる人でも日常英会話すら満足に
 できない人がいます。難しい英単語を知ってはいても、それを組み立てて
 言葉にする能力はない。そもそも相手の英語を聞き取れない。
 国際的なビジネスシーンを想定すると、英語で会議に参加できません。
 つまり英語の教養としてはゼロ点です。欧州を見てください。この間、ベルギーで
 地下鉄爆破テロがありましたが、テレビのインタビュアーに対して
 現地のベルギー人は当たり前に英語で今あったことを伝えている」

皆の注目が井上マリカに集まっていた。
川口ミキオでさえ、息をのんで次の言葉を待っている。

「これは、どういうことなのでしょうか?
 東大生は、ベルギー人の主婦やおじいさん達よりも頭が悪いのでしょうか?
 ちなみにオランダでは7割の人が英語を普通に話せるそうです。
 タガログ語を原語とするフィリピン人の労働者も英語を普通に話します。
 ですが、決して東大生が頭が悪いわけではありません。むしろ良いのです。
 間違っているのは、教育プログラムを作る側なのです」

とにかく身近な会話例文の暗記だと、マリカは言った。
そして音読を無限に続けることが、英会話の上達の近道。
断じて聞き流すだけのCDなどを聞いただけで話せるようにはならない。
赤ん坊も母親との会話を通じて言葉を覚えるのだ。

マリカは試しに今の演説内容を一部英語で言い直した。
発音も日本人にしては十分にうまく、しかも日本人特有の
単語と単語におかしな間が開くようなことがなく、そのため母音の繋がり
(イントネーション)と息継ぎのタイミングがネイティブに近い。

「うっそ!! すげえええええ!!」
「英語ペラペラだぞ、このひと!!」
「先生より話すのが早いわ!!」
「こんな人見たことない!!」

生徒達はあまりにも感動したので拍手してしまった。
マリカは拍手が収まるのを待ってから、自分には留学経験も
海外旅行の経験もないことを語った。嘘だろ……と男子から疑問が洩れたが、
本当だよと答えたら、その子は顔を真っ赤にして下を向いた。

「オランダ人やベルギー人は、ほとんどの人が英語圏に行ったこともないのに
 話せるそうです。でも日本人は留学しても話せるようになる人は
 3割程度と言います。これは、『本当の英語の基礎』を学んでない状態だったのに、
 いきなり現地に行けば、話せるようになると勘違いしているからです。
 私の冊子の最後の方には、私が今後実践したい英語の授業が具体的に
 書かれていますから、興味のある人はぜひ…」

と言い終わる前に、みんなが次々に冊子をめくる音が
聞こえてマリカはうれしくなった。

「私の推薦人の高倉ナツキ君、英語とドイツ語でビジネスクラスの会話ができます。
 彼はエジプトのブリティッシュスクールの出身で、多言語話者なのです」

また教室がざわめく。
試しにナツキがドイツ語で先ほどマリカがしゃべった内容を語ってみると、
皆には何を言ってるのか理解できようがないが、英語に似ている発音で
何かを語ったのは分かった。英語に比べたら厳めしく感じられるのがドイツ語だ。

「す、すげえよこの人たち。レベルが違いすぎる」
「先生より頭が良いんじゃねえの……」
「候補者の人って超エリートの集まりだったのね……」
「ドイツ語なんて初めて聞いたよ……」

マリカが咳払いをしてから語る。

「どの言語を話したところで、人間の言語であることに変わりはありません。
 その人が考えている以上のことは話せません。そのため、あらゆる職種と
 携わる翻訳家こそ、あらゆる専門知識が必要な職業と言われています。
 ここで大事なことは、若いみなさんにはしっかりと勉強をして
 教養を身に着けてほしいってことです。英語を話すのはそのあとでもいい」

続ける。

「私の友達であり対立候補に高野ミウさんがいます。
 彼女はロンドン育ちですので英国英語を自在に操りますが、
 学園の英語のテストは常に70点以下です。なぜでしょうか?
 ちなみに彼女の英語力は高倉君より上だとされているのにです。
 それは、そもそも14歳までのロンドン生活で使っていた単語が
 あまりテストに出題されてないこと。文科省が好む文語調の単語や例文は、
 彼女の日常会話では使用していなかったのです。それだけでなく
 高野さん自身に日本語を理解する力がやや欠けていることも原因なのです。
 このように、まず日本語での教養を高めることもまた大切なのです」

一年生たちは聞き入っていた。
だがその中で質問したい女子がいたらしく、
演説の途中なのに手を挙げた。

「あの、お話の途中なのにすみません。質問してもいいですか!!」

「かまいませんよ。どうぞ?」 

マリカは優しく微笑み、その子に手のひらを差し出した。
定例記者会見中の小池百合子都知事が記者にする動作と同じだ。
彼女はまだ高校生の若者だが、やはり只者ではない貫禄を身に着けている。

「ありがとうございます!! え、えーっと!! えっとですね!!
 学校の先生たちは!! さっきの歴史や英語の授業が、
 無駄な内容ばかりで将来役に立たないと知っていながら、
 どうして私たちに教えているんですか?」

「お金です」

「へ!?」

「生きるのにはお金が必要です。極論すれば彼らは決められた通りに
 授業を行えばお給料が手に入ってご飯が食べられる。だから自民党の
 文科省が定めている教育内容や、全国の高校が実施ている教育が
 間違っていても、関係ないんです。しょせんは仕事ですから」

マリカはさらにこう言った。
全ての文系科目は暗記力に最重点が置かれており、効率よく
テスト期日までに勉強内容を記憶した者が最も点が取れる。
その場合、『記憶するためのテクニック』が最重要なのであり、
肝心の内容はテスト終了と同時にすべて忘れる。
そのため高学歴でも仕事のできない馬鹿が普通に卒業する。

教師の大半は無能者であると彼女は断言し、多くの生徒を動揺させた。
そもそも学校を卒業して直ちに学校に就職するような人間は、
民間企業での就職経験がないことから、経済学的には全くの無知で
インテリジェンスの世界では赤ん坊と変わらない。
なぜなら『実学』の概念を知らないからだ。

政治、経済の概念も、大学での学習終了後の
実社会での経験によって始めて見に着くものだと、マリカは
自分の父親によく教えられていたから、他の学生より賢かった。

「そうなんですか……。勉強になりました。
 でも……中には生徒思いで優しい人とか、良い先生もいると思いますけど」

「いるかもしれませんね。少なくとも私はこの学園では見かけませんけど」

女子はありがとうございましたと言って席に座る。
次に手を挙げたのは男子のクラス委員だった。

「すみません。少し失礼なことを聞いてしまいますが」

「どんな内容でもかまいませんよ。どうぞ?」

「あなたのさっきのネイティブ英語を聞いた時、僕はこう思ったんです。
 この人は俺達凡人とは違うんだって。あなたの理想通りに英語教育を
 改変したところで、僕らも同じように話せるとは思いません。
 井上候補は、おそらく小さい頃から英才教育を受けていたエリートだから、
 なんでも簡単に説明できてしまう。言い方が悪くなってしまうけど、
 エリートの理想論のような気がします。どうなんでしょうか?」

「その質問は、わたしが人より勉強ができる人なのか、
 という意味でよろしいですか?」

「はい、かまいません。だいたい同じですから」

マリカは自分は努力の人であり、決して頭は良くないと言った。
おそらく頭なら対立候補のミウの方が上だと言い、みなを驚かせた。

「例えば法と同じです」

「法? 法って法律のことですか?」

「そうです。刑法を例に挙げると、刑法には罪の内容を示す条文が書いてある。
 その条文は明記されているから、国民の誰もが知ることができる。
 人を殺せば、だいたいこうなると。それが目安。教育内容も目安みたいなものですよ。
 もちろん全員が英語を話せるようにはならないでしょう。でも、目標に向かって
 同じ方向にみんなを進ませることはできる。在学中でなくてもいい、卒業後に
 その学問に目覚める人もたくさんいる。そのきっかけを中学や高校は作るんですよ」

「同じ方向にですか……」

「そうだよ。変えられるんだよ。君が今、そう思うなら」

マリカはここで語調を変え、怒鳴りつけるような口調になった。

「6組のみんな!! みんな今の英語の授業、つまらないよね!?
 こんなの勉強したところで未来で役に立たないことは分かりきっている!!
 それに普段の生活はどうなの!? いつ保安部の人が取り締まりに来るかも
 しれないって、みんなが扉の奥をチラ見して授業を送っている!!
 この現状を変えたいと思わないの!? できるんだよ!! 変えられるんだよ!!
 あなた達の一票を、この井上マリカにくれたら、変わるんだよ!!」

すさまじい迫力に、6組の生徒は圧倒されている。

「私の最大のマニフェストは!! クラスで独自の自治を作り出すこと!!
 規律も決める!! 悪い人を取り締まる時は、まず私達が判断する!!
 冤罪は許さない!! 密告する必要なんてない!! だってクラスメイト同士で
 相互に監視するんだから!! もっと学習しやすい環境に代わるんだよ!!
 変えられるんだよ!! みんなには投票権があるんだから!! 
 そうだ!! 変える!! 変える!! 変える!! 今、ここで!!
 今日から!! この6組の教室から!! 今の生徒会の
 厳しすぎる取り締まりから、全校生徒を救い出そう!!」

彼女の父は法律家であり弁舌に長ける。マリカにもその力は受け継がれていた。
無知な人には怒鳴りつけ、インテリには静かに語り掛けるのが演説の基本とされる。
幼い一年生たちは、今まで聞いたこともない圧倒的な演説に感動し、
立ち上がってみんなで盛大に拍手した。拍手は簡単には鳴りやまず、
5分以上は続いた。釣られて担任の先生も拍手をしていた。

その中で、常に疑い深く、
ひときわ冷静だったミキオはこう思っていた。

(確かに奴は勉強のできるお利口さんなんだろうよ。
 だがそういう奴こそ耳障りの良い理想ばかり語るもんだ。
 俺はこのクラスにいる馬鹿どもとは違う。甘い言葉には騙されねえぞ)

冊子を熟読した彼が一番疑問に思ったのは、新たに創設される
クラス委員組織(常設委員部)とやらが、保安委員部を傘下に置くことで、
部の間で軋轢を生む可能性がある点だ。まがりなにも歴史のある
保安委員部が、生まれたばかりの常設委員部に
簡単に従うとは思えず、彼には机上の空論に思えたのだ。

この時点では、ミキオはマリカに投票する気にはなれなかった。
他の皆と逆の行動をするのが好きな彼らしい発想だった。


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