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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第20回   本編 15 生徒会選挙
   第十八話「一斉蜂起だと……!! バカな!! 完全な反乱ではないか」


学園の生徒会選挙は、最高権力者である会長を決めるための選挙である。

副会長は会長によって任命される。
各委員部の代表も実質的な役員なわけであるが、
こちらも各部内の推薦によって決められる。
部からの要請があれば、会長が決めることもできる。

文化祭が終わると11月が目前となる。
11月7日がグレゴリオ暦におけるロシア革命記念日。
総選挙はその日に実施される。学園で最も重要なイベントである。

この学園の生徒で選挙に興味のない人はいない。
皆がこの圧政を緩和してくれる神様が現れることを願っているからだ。

文化祭終了後、直ちに立候補者の氏名が発表された。

・近藤サヤカ (中央委員部)
・井上マリカ (一般生徒)
・高野ミウ (諜報広報委員部)
・高倉ユウナ (諜報広報委員部)
・ホローディン・チョイバルサン(保安委員部)

以上の五名。
これら候補者のポスターが、全クラスの壁に張り出された。

今回の候補者に生徒たちは仰天させられた。

まずボリシェビキでない人が立候補していることだ。井上マリカ。
確かに規則違反ではない。つまり立候補者が必ずしもボリシェビキで
ある必要はないが、過去にボリシェビキ以外の人が出馬した例はない。
当選する可能性が限りなく低いからだ。

そして現1年生が二名も立候補している。まず高倉ユウナだ。皆が思った。
兄ではないのか。なぜ妹なのだ。兄にして会長からの信頼も厚い、
組織委委員部代表の高倉ナツキは、まさかの不出馬を表明。
彼の女性ファンは投票先を失ってしまい、悲鳴を上げた。

もうひとりはチョイバルサンという蒙古系の男だ。
この男は保安委員部所属なのだが、
普段は教室に顔を見せることがなく謎の男とされていた。

さらに美人の元囚人で有名な高野ミウが立候補してしまっている。
ミウの残虐性は過去作を読んだ人も知っての通り。スターリンの再来となる。

選挙管理委員のアナスタシアが、選挙前の候補者集計でミウの
名前を見た瞬間、気を失いそうになったが、まさか立候補を
取りやめろとも言えず、仕方なく承認した。

エリカやサヤカは彼女の名前を見るだけで
鳥肌が立つほどに過剰反応していた。ミウの背後に科学部の
ガス兵器や細菌兵器が潜んでいるのは間違いないのだ。

だが、どのみち不正選挙が確定している。
気にする必要ないとアキラは笑うが、

「まずいぞアキラ君……」

「どうしたのだ校長? 深刻そうな顔をして」

「候補者どもがな、今回の集計作業を監視カメラ付きで全校生徒の前で
 行うように求めているのだ。不正選挙を防ぐためのものだろう。
 なお、この案には全校生徒の8割の支持があり、万が一生徒会が
 この考えに従わない場合は、一斉蜂起もやむを得ないと脅しをかけているようだ……」

「一斉蜂起だと……!! バカな!! 完全な反乱ではないか!!」

「保安部が先日捕らえた生徒に、VXガスの入手方法についてスマホで
 調べている生徒がいたそうだ。どうやら科学部が裏で生徒たちに
 毒ガス弾を流通させようとしているようだぞ……」

※VXガスとは、猛毒の神経剤の一種である。
 サリンなどと同様、コリンエステラーゼ阻害剤として作用し、
 人類が作った化学物質の中で最も毒性の強い物質の一つといわれる。

「なにぃ!! けしからん!! 科学部の連中を全員反革命容疑で逮捕しろ!!」

「もう間に合わんよ……。科学部は大半が北海道や九州の出身で
 リモートで仕事をしていた。唯一学園に残っていた四名はすでに実家に帰っている。
 家は愛知県周辺の中部から東海地域だそうだ。栃木からじゃ遠すぎる」

「なるほど……。遠方まで保安委員部を手配した場合は、校内の
 防備が手薄になり、一般生徒の暴動が抑えきれなくなると?」

「そういうことだよ……。さすがに君は聡明だね。話が速くて助かるよ」

「つまり今回の選挙は、どうなるのか誰にもわからんと言うことなのか……。
 あの中で明らかな危険人物は高野ミウで間違いない。
 奴を当選させたくないのは学園の総意だと思うが、はたしてどうかな」

「……私は秋から出張の連続だったから、今の学内政治については疎いのだよ。
 高野という曲者がいたこと自体、今はじめて知った」

校長が電子タバコを口にくわえた。最近の校長は中央委員部の仕事を
サヤカにぶん投げていたが、彼も遊んでいたわけではなかった。
栃木評議会(ソビエト)と茨城ソビエト間で
定期的に実施される党大会に参加するため、日立市に出張していたのだ。

校長は栃木評議会の委員でもあるのだが、
ソビエト系の学校としては日本最古の歴史を誇る、足利市の学園の校長と
いうことで、向こうでは大変な人気者だった。

そのため、お偉いさんとのあらゆる会議や会合に参加させられ、
毎日太平洋沿岸のシーサイドホテルに泊まっていたから、
なかなか帰る暇がなかった。どうせなら観光もしてしまえと思い、
有休を半分以上使って日立や大洗の行楽施設でさんざん遊んできた。

「茨城の学園(日立)では、生徒の多くが生徒会選挙に興味を示さんと聞くがね。
 うちはずいぶんと積極的じゃないか。不正選挙を許さんと言うなら、
 それだけ彼らが当選させたい候補者がいることになるのだろうが、
 こんな事例は初めてだ。やはりその高野さんの裏工作と考えるべきだろうか」

「生徒に毒ガスを流通させようとした犯人が、
 間違いなく高野だとされているからな。
 奴は裏で科学部を懐柔することに成功しているらしいぞ」

「その疑いだけで十分に逮捕理由になる。その女を逮捕したまえ。
 わが校の選挙結果に茨城だけでなく全国のボリシェビキが注目しているのだよ。
 わが校の管理システムを、各自治体の学校関係者が参考にしたいと言っている」

「確かに逮捕するべきだろうが……しかし……」

「何か引っかかることでもあるのかね?」

「笑ってくれて構わん。私の一学年下の後輩の男子がいるのだが、
 彼から頼まれていることがあるのだ。どうか高野ミウを粛清しないでくれと」

「なんだそれは。君の個人的な事情じゃないか」

「否定はしない……」

「アキラ君。君はふざけているのかね?
 私は学園の未来のことを真剣に考えているのだよ。
 その友人がどうしたというのだ。
 今すぐに保安部に命じて高野の身を取り押さえなさい」

「ま、まだ待ってくれないか」

「なんだと!?」

「まだ高野を逮捕するだけの根拠がないだろう……。
 よくわからない理由で人を逮捕するのはよくないことだ……」

「きみぃ!? 何を腑抜けたことを言っているのだね!!
 もう生徒会選挙が目前に控えているのだよ!! 
 生徒会長ともあろう人間が、そんなんでどうするんだね!!」

「君の言っていることは正しいだろう。だが、私は時間が欲しいのだ。
 この件については、私の友人としっかりと話をしてから進めたい。
 妹のアナスタシアにも相談したい……。
 すまない校長。最後の最後まで世話をかけてしまうが……」

「アキラ君……。まさか、君……。泣いているのか?
 なぜだ……。なぜ君ほど冷酷なボリシェビキが、 
 そのたった一人の友人とやらのために、涙まで流すのだ……」

アキラは拳を握ったまま震えていた。眼鏡の奥に確かに
涙がこぼれている。こんな彼の姿を校長は始めてみた。

アキラは、太盛がもともとエリカではなくミウを好きなことを知っていた。
彼は愛する妹の看病のために、高校2年生の貴重な文化祭を捨ててくれた。
毎日遅くまで学園に残って美術部の展示作品を完成させたのに。
そんな彼の優しさをアキラはどうしても忘れることができなかった。

「よかろう。アキラ君がそこまで言うのなら、時間をやろう。
 君だって考えあってのことであろうからな。
 それでこの学園の今後百年の詠歌を保証できると言えるなら……だがね」

皮肉屋の校長らしい言葉を吐き捨て、彼は肥えた体を廊下に運ぶ。
会長の執務室にはアキラだけが残される。

アキラは太盛君に個人的な連絡先を教えていたから、
何時でも彼に電話することはできる。しかし会長の立場で
一般の生徒に電話をかけることはさすがに恥ずかしい。

ミウを殺すべきなのはわかる。私情など捨てるべきだ。
だが太盛だけでなくアナスタシアもミウを気にかけていた。
アナスタシアもミウに情があるのだ。
高野ミウを下手に殺してしまったら、科学部の連中だって
何をしでかすか分からない。それにミウは校内にファンクラブもあるそうだ。

考える時間がまだまだほしいが、無情にも時が過ぎる。
彼はその日の午前中、何もせずにそのまま過ごしてしまった。

学園の今後の運命を決めるイベント期間中だというのに、
会長職の人間としては致命的な時間のロスだった。
それほど彼は動揺していたのだ。

昼休みに購買部で買った菓子パンを食べ、10分だけ寝る。
午後も予定が詰まっている。出馬した候補者全員が、
現会長のアキラのところへ所信表明を兼ねた挨拶に来るのだ。
現在は選挙期間中に入っており、アキラは選挙管理委員会の委員も務める。
公平を期すため、管理委員会の責任者は毎年校長が勤めている。

集合予定時間は13時になっているが、最初の来訪者はその17分も前に来てくれた。

「失礼いたします。閣下」

「うむ。そこの椅子に座って楽にしたまえ。
 君は候補者の井上マリカさんで間違いないな?」

「はい。間違いありません。この度は組織部のナツキ委員他、
 周りの多くの学友の支持のもと、立候補させていただきました」

アキラは、カンで分かった。
この伸長が150センチに過ぎない少女は、おそらく凡俗ではない。

本来ならば他の候補者が来るのを待ってから順番に聞いていくのだが、
アキラはすぐにでも彼女と話したかったので、もう話を進めてしまう。

「うむ。ではまず君のやりたいことを話してみてくれ」

「はい。私が目標にしているのは、主に新制度の創設です。
 現状四個の部によって学内は管理運営されておりますが、
 それに加えてさらにもう一つ、クラス委員を連合させた
 新しい部を創立したいと思っています」

「ほう。新しい部とは驚いた。すまん続けてくれ」

「はい。まずクラス委員が半分ボリシェビキのように扱われている現状を
 変更し、いっそクラス委員を正式にボリシェビキに編入するべきだと思います。
 そして学年ごとにクラス委員の連合団体を結成し、法を作り、取り締まります。
 クラスにいる生徒はクラス委員によって完璧に管理することで
 実質全ての授業中での肉眼での監視が可能になり、脱走、反乱、
 学業放棄などを防ぎます。つまりクラス単位で自治を徹底させれば、
 マルクス・レーニン主義者に反対する生徒を激減させることができると思うのです」

「発想は面白いな。だが具体性に欠けるぞ。
 今までの制度では、警察の訓練を受けた保安委員部の力があったから
 反乱を押さえ込めてきたのだ。君の案だと例えば複数のクラスで
 同時多発的な暴動が発生した場合、それを鎮圧するだけの警察力が足りてない。
 よってクラス委員組織だけの自治は不可能ではないかね?」

「いいえ。おそらく可能です」

「どうするんだ?」

「保安委員部の再編をすればいいのです。
 現在まで保安委員部は学内の一拠点に常駐しておりますが、それを廃止します。
 訓練された一定数の兵を、各クラスの間となる教室内に常に武装待機させておき、
 いつでも出動できるとすれば生徒は委縮します。
 クラス委員組織の指示があればすぐに保安委員部が出動できる決まりにします」

「ふむ。それではクラス委員組織は、保安委員部を掌握するような形になるのかね?」

「私の理想では、そうです。保安委員部は、外国人ボリシェビキの数が多いため、
 校内の規則に詳しくなく、いわゆるデスクワークに向かない人種が多いのです。
 そのため彼らを有効に使える組織が、中央委員部や諜報広報委員部の他にも
 必要だと判断しました。反乱の鎮圧をクラス委員組織が担えれば、結果的に
 中央部や諜報部も本来の専門的な仕事に専念できるはずです」

マリカの考えている、クラス委員連合組織は、学年ごと彼らが
独自に校則を考える。クラス内での取り締まりに関しては彼らが決める。
すなわちクラスごとに自治する権利を有したいと言ってきた。

さらに生徒の取り締まりには、原則クラス裁判をかけて公平に裁く。
武装は、最後の手段であり原則使用しないよう努める。
また生徒たちにさらなるマルクス・レーニン主義的教養を高めるため、
政治法律の授業を増やしておくことが大切だと言った。

彼らの教養を高めることに労力を費やした方が、
保安部を訓練させ取り締まりをするより
はるかに効率が良いと言うのがマリカの持論だった。

また彼女の口から出る校則の知識はすさまじく、アキラから見て、
おそらく市販の英単語帳ほどの厚みのある生徒手帳を、
丸暗記してると思われるほどだった。

「君は実に熱意のある生徒だね。
 ボリシェビキでないのが不思議なくらいだ。
 失礼なことを聞くが、お父様は何をしている方かな?」

「父はボリシェビキではありません。ただの法律家です」

「なるほど。法律家か。少し先のことを聞いてしまうのだが、
 もし君が不幸にも落選したとしたら、ボリシェビキに入るつもりはないかね?」

「いいえ。まったくありません。私は、私の考えのもとに
 生徒会に新しい組織を作りたい。ただそれだけのために立候補しました」

「それは残念だな。とにかく君の意志はよく分かった。
 さて……、他の候補者はどうだか……」

マリカの熱弁中に、チョイバルサンとユウナが入ってきていて、
気まずそうに壁際に立っていた。

「そこのふたり。さっきから立たせてしまってすまんね。
 井上マリカ君の説明があまりに立派なもので聞き入ってしまった。
 さあ、長テーブルに順番に座りたまえ」

マリカの隣にバルサン、ユウナの順で座る。まだ空席が二つある。

13時の一分前になった。

「失礼します。会長の執務室はここであってますか?」

「間違いないよ。君もそこに座ってくれ。奥から詰めてな」

ミウだった。どこか憂鬱で暗い顔をしていた。声にも元気がない。
アキラはできるだけ彼女と目を合わせないようにしていた。

「会長!! すみません、遅刻しちゃいました!!」

今度はサヤカだ。走って来たのか息を切らしている。

「たった3分の遅れだ。気にしないでくれサヤカ君。
 真面目な君のことだ。文化祭関係の後始末でもあったのだろう。
 とにかく座ってくれ。テーブルの上に置いてあるペットボトルのお茶は
 各自自由に飲んでくれて結構。さて、順番に君達の考えを聞いていくよ。
 先ほど井上君には聞いたから、次はチョイバルサン君から頼もうか」

「はい!! 同志よ!!」

このチョイバルサンと呼ばれる蒙古人は、まず自分が日立の学園からの
転校生だと言った。転校した理由は、日立よりも足利の方が
効率的なシステムで反逆者を処刑していると思ったからだ。

彼のマニフェスト(選挙公約)は、校内のスパイを大粛清することだった。
学生とは無知であり、一部のエリートを除いて政治に関心を示さない。
そのため伝統的なモンゴルやロシアなど大国で行われてきた恐怖政治の
さらなる推奨、すなわち頭で言うよりも体で教えることを徹底するべきだとした。

これは、井上マリカの知的な考えと真っ向から反対する。
マリカはこの強面のおじさん面のバルサンを、嫌悪感をむき出しにして眺めていた。

なんとも短絡的な発想に、アキラは失望した。

次に高倉ユウナの番になった。

ナツキの妹を始めて見たアキラは、まずその美貌に驚かされた。
ややふくよかな体形だが、ふわりとした長い髪の毛が腰まで伸びる。
つり目だが、強い意志を感じられる瞳と、厚みのある唇が魅力的な美人生徒だった。

「私は今の制度を大々的に改革しようと思ってませんが、
 一部について不満がありました。恋愛に関することです」

「ほう。恋愛とは驚いた。どういうことだね?」

「この学園では恋愛が推奨されていますが、実際のところ恋愛をして
 本当に幸せになっている生徒はごくわずかで、学生ですからだいたい
 ひと月も付き合えば、ほとんどの人が別れてしまうみたいです。
 悲惨なのはそのあとです。学業や仕事に支障をきたし、ボリシェビキを
 途中で辞めてしまう人や、人生に悲観して自殺してしまう囚人もいるそうです」

ユウナの主張は、いっそ恋愛禁止にしようということだった。
実はこれには個人的な感情が込められていて、彼女の愛する兄が
高1の時からずっとマリカに独占されているのが許せなかったのだ。
校則を変えてしまえば、あの二人を引きはがすことができる。ただの私怨だった。

他には雑務の多く、全体と比較して最少人数の部である組織委員部の
権限をもう少し強くすることで学内政治のスムーズ化を図るなど、
兄のナツキに配慮した案も語ってくれた。


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