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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第2回   序章 そのに
第ニ話 「付き合ってるんだからさ、下の名前で呼んでくれないか?」


ミウが「太盛」と呼べるようになったのは、
美術部に入部した翌日からだった。

最初は太盛君と呼んでいたが、太盛は呼び捨てでいいと言った。
そのため「太盛」だ。太盛も「ミウ」と呼ぶ。
人前でも同じだ。そのため、この呼び方に突っ込みを入れる人物がいた。

「ねえねえ。先輩達ってもしかして」

一年生の後輩、斎藤マリエが人懐っこい笑みを浮かべながら続ける。

「カップルなんですか?」

「そうだよ」

太盛が応えると、マリエは筆(アートブラシ)を落とした。
画材筆についていた絵具のために床が汚れてしまうのだが、
そんなことは気にもせず言葉を続ける。

「いつからですか?」

「え?」

「いつから付き合ってたんですか」

「正確には三日前からかな」

「へえ……そうですか。三日前……。で、彼女さんを
 みんなに見せびらかすために入部させたんですか?」

「そんなつもりはないよ。ただミウが絵が旨くなりたいからって」

「今からってちょっと遅くないですかぁ?
 言っちゃ悪いですけど高野さんの書いた絵って、
 絵のレベルにはなってないですよね?」

マリエが、ミウの書いたデッサンを指さす。
ミウは、練習用の題材としてレモンやリンゴなどの果物をえんぴつで描いていた。

それはいいのだが、人体画(テーブル上の自分の左手)の練習を始めると、
実にカクカクした感じの絵で、曲線や立体感が全く描けていない。

人を球体としての脳で認識できない素人(実は市販の少女漫画家の9割がこれ)
なら誰でもこうなるのだが、太盛に恋をしているマリー
(マリエの愛称)は、小姑っぽくミウの文句を言う。

「あれ、なんですか?
 高野さんの目には小指が人差し指より長く見えるんですか?
 指以前に手の骨の形とか理解してなさそうですけど」

「おい。その言い方はないんじゃないのか?
 ミウはまだ練習中なんだぞ」

すると、部の女子の中から失笑が漏れる。
美術部員の8割が女子だ。一年生の女の子たちは太盛のファンが多く、
斎藤マリエの悪口に乗り気なのだ。

ミウは下級生だが部の先輩たちに明らかな敵意を向けられ、完全に縮こまっていた。
彼女は元々いじめられっ子の気質があるので、こうなってしまっては
もう言われるがままのサンドバックと化していた。

マリエが調子に乗って続ける。

「あっ。もしかして高野さんはシュールな画家を目指してるんですか?
 ピカソとかダリとか……。
 ぷっ。ちょっと笑えますよね。まだ基礎もできてない段階なのに」

「マリー。いい加減にしろって言ってんだよ」

「ちなみにこれ、私だけの意見じゃないですからね?
 周りの皆も言ってるじゃないですか。この時期に2年生の素人を
 入部させたら部の空気が悪くなるって」

一年生の女子たちが「うんうん」「男狙いで入部するなら他所に行けばいいのに」
「てゆーか、なんで伊達眼鏡かけてんの?」「堀先輩の彼女アピールうざっ。まじうざっ」

などと悪口を言う。この部は不思議なことに太盛とミウ以外には1年生しかいなかった。
理由は、太盛の友達であり部員の橘エリカのせいだ。エリカは、女王様気質の性格から
部の先輩たちと度々衝突し、やがて3年生は全員辞めた。
そのあと、同学年の女子とも喧嘩をし、2年生も全員退部した。

この部に残っているのは、太盛を含めたわずかな男子生徒(太盛以外は1年)を
除けば、女子が大半である。1年生では斎藤マリーが女王の地位で、
その友人(ほとんど下僕)として他の生徒がいた。

そしてこの部は、文化部の中ではいじめが横行する部として学内でも有名なのだが、
友達の少ないミウはそのことを知らずに入部を希望していた。そして入部したら
案の定この結果だったので、ついに耐え切れずに席を立ち、大きな声を出した。

「す、すみませんっ。私のせいで皆さんに迷惑かけちゃって。
 わたし、今日でこの部を辞めますから」

ミウは涙を拭きながら廊下へ駆けだした。

「ちいっ」

太盛も駆けだそうとするが、マリーに腕をつかまれる。

「まだ部活中なのにどこ行くんですか。
 先輩の絵はまだ色を塗ってる最中じゃないですか」

「おまえ……邪魔するつもりか!?」

「はい。邪魔するつもりです。私だけじゃないですよ?
 他の皆も、ほら」

女子らは殺気立ち、出入り口に施錠し、また簡単に出られないように
テーブルやイスで塞いでしまう。
みなマリーの言いなりで動く機械仕掛けの人形のようだった。

「おまえら……なんの真似だよ!! 
 俺が上級生だってこと分かってるんだろうな!!」

後輩の女子たちは口々に言う。

「まあまあ先輩。お茶でも飲みましょうよ。
 エリカ先輩が用意してくれた紅茶セットがありますから」

「高野先輩が自分から辞めるって言ってましたよね?
 だったら好きにさせてあげればいいじゃないですか」

「向いてないことを無理にやらせたら、かわいそうですよ」

「絵を描いている最中に席を立つのは良くないことだって
 部長(エリカ)も言ってましたよ〜」

「おいおい。こんなの、いじめじゃねえか。
 なに平気な顔で勝手なこと言ってんだよ。
 ふざけんじゃ……」

「あっ、ちょっと待ってもらってもいいですか。
 もし騒ぐようでしたら、エリカ先輩に言っちゃいますけど」

とマリーが真顔で言う。この一言で、太盛は急に静かになった。

――エリカ先輩に言う。
これは、美術部の中では太盛を黙らせるための決まり文句となっていた。

現在二学期の最中であり、日付は9月4日。夏休み明けの部活動再開ということで、
どこの部活もそれはもうにぎわっている。校庭からは野球部らの練習する声が良く響く。

現生徒会は、エリカの家族である橘一族が仕切っている。
エリカの兄、アキラが三年生にして現生徒会長。
副会長は粛清済みのため、彼が両方を兼ねていた。典型的な独裁者である。

アキラの双子の妹であるアナスタシア。
こちらも三年生で諜報広報委員部の代表を務める。
つまりエリカの兄と姉が、生徒会の中枢にいた。

分かりやすく言うと、エリカを怒らせることがあれば、生徒会すなわち
ボリシェビキを怒らせることになり、端的に言って彼は逮捕されて
尋問室行きになり、最悪粛清される可能性すらある。

「は。はは……みんな。ごめんな。急に騒いだりして。
 お茶をいただけるかな……?」

「はい。ただいま持ってきますわ」

後輩の一人で眼鏡をかけた子が、ハーブティを淹れてくれた。
太盛は熱々のカップに口を付けても、味が全くしない。
これだけ香り立っているのに不思議なものだ。

女子たちは、普通にイスに座り、雑談をしていた。
ミウのことなど、初めから何もなかったかのように。
1年の男子達は実に気まずそうに絵を描いている。

残酷なことに彼らには茶が用意されておらず、
太盛の周りにだけ女子が集まる、いつもの光景が広がっていた。

太盛は容姿端麗で学業優秀、絵の才能もあり、
同じ部活の女子には大変に人気があった。
おまけに面倒見が良いから年下の子には特に好かれた。

だがその中で空気の読めない1人が、こう言った。

「もしかして堀先輩って眼鏡をかけた女子が好みだったりします?」

「え、どうしてそんなこと聞くの?」

「さっきまでこの教室にいた女子に眼鏡をかけさせていたじゃないですか」

ミウのことを、『さっきまでこの教室にいた女子』と呼ぶことに寒気を覚えた。

「伊達眼鏡のことね。あれは……ただのファッションだって言ってたよ。
 美術部っぽく見えるために少しイメチェンしてみたって……」

「なにそれバカみたい。あの女の頭の中では
 美術部って眼鏡をかけてるイメージだったのかしら」

「それって美術部を馬鹿にしてない?」

「感じわるっ。どうせ性格悪いんでしょ」

「やっぱ辞めて正解だよね」

と後輩の女子たちが畳みかける。明らかにミウの彼氏を前にして、
堂々と悪口を言う彼女らにやはり太盛は寒気がした。

長いツインテールで、大きな丸眼鏡をかけた美少女の後輩が、
わざとらしく甘えた口調でこう言った。

「せんぱーい。なんであんな人連れてきたんですかぁ」

「ご、ごめん」

と謝るしかない。この部ではいつもこうなのだ。
太盛が怒ることがあっても、橘エリカの名前を出されてしまうと
やがて後輩の数の暴力に屈し、まるで妻に浮気が見つかった夫のように責められる。

――先輩は、部の皆のものだから。

とマリーはよく言っていた。抜け駆けは厳禁。独り占めはもってのほか。

だけど、一緒におしゃべりしたり、お茶を飲むのは許してあげる。
2年生にして部長のエリカが、そう認めてくれた。

ただし、部の中では、と言う条件付きだ。
一度彼がこの部室を出れば、彼はエリカの所有物となる。

橘エリカは、彼のことが好きすぎて、もう彼と結婚する予定まで
立てているから、太盛に悪い女が近づこうとしたら容赦はしない。

「ちょっと、このドア、どうなってるのよ。開かないじゃない」

件の、エリカ嬢がやって来た。一年生が急いで扉を解除して女王を迎える。

「先輩、すみません。ちょっと色々ありまして」

「いろいろねぇ。ええ。これからいろいろ聞かせてもらうわ。私の旦那にね」

太盛は、一部始終をエリカに説明した。

エリカは新学期早々に多忙だったため、今日初めて部室に来たのだ。
姉のアナスタシアの仕事(諜報広報委員部)を手伝っていたためだ。
太盛はそのすきをついて、ミウを入部させ、さらにカップルとなることで
エリカと別れるつもりでいた。だが失敗してしまった。

最後はこうなることが分からないほど彼も馬鹿ではなかったが、
どこかに希望を見出そうとしたのだ。
あの高野さんとカップルになれたら、奇跡が起きるかもしれないと。

「バッカじゃないの」

とエリカは吐き捨てる。


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