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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第18回   本編 14 文化祭 エリカのお見舞い
  第十七話「じゃあ、私の風邪が治るまで……」


太盛は放課後など待たず、お昼で切り上げてエリカの家に向かうことにした。
ミウに事情を伝えると、彼女が楽しみにしていた前夜祭が
台無しになり、口論になってしまったが、
「あとで埋め合わせするから」と太盛が真摯に言い、なんとか収めた。

エリカの家に着いたのは13時過ぎだった。
家政婦の女性が丁寧に頭を下げて太盛をエリカの部屋に案内した。
エリカの部屋は二階の一室。エリカは太盛が急に見舞いに来たので仰天していた。

「太盛君……来てくれたのはすごくうれしい。でも私こんな格好だし恥ずかしい」

「はは。俺がエリカを嫌いになったりするわけないから大丈夫だよ。
 俺たちは一年以上も付き合ってるじゃないか」

エリカは熱で三日も風呂に入っておらず、パジャマ姿なのを恥じらっていたのだ。
太盛はエリカのベッドの横にイスを持ってきて座り、容態を聞いた。
エリカはまだ熱が37.8度もあり、回復にはまだかかるとのこと。
寒気の他には強い頭痛の症状がみられる。

慣れない仕事のストレスが溜まった状態で、
実行委員の間で流行っていた風邪をもらってしまったのだ。

「学校の方はどうなってるの?」

「文化祭の準備は昨日までに完璧に終了しているよ。
 今頃みんなは前夜祭で盛り上がってる頃だろうね。
 ロシア民謡のリズムに乗ってダンスをしてるんじゃないかな」

「そう……。ごめんなさいね。
 私のせいで太盛君が前夜祭に出れなくなっちゃって」

「俺はエリカのことが心配だからここに来たんだよ。
 エリカの家に来るのも久しぶりだしな。話はできるようだし、
 思ったよりも元気そうで安心した」

「ありがとう。食欲もあるし、薬もちゃんと飲んでいるから
 そのうち治ると思うわ。ねえ、今日は何時まで家にいてくれるの?」

「別に何時でも。エリカが望むなら、いつまででもいてあげるよ」

「じゃあ、私の風邪が治るまで……」

「え?」

「ううん、なんでもないっ」

「いいよ」

「えっ」

「エリカの風邪が治るまでだな?
 よし。俺はエリカの看病をすると決めたぞ」

「あの……やっぱり今の約束はなかったことにしましょう。
 私は風邪をこじらせてしまっているから、
 文化祭が終わる頃まで安静にしなさいってお医者さんに言われてるの……」

「だったら俺も文化祭に出なければいいだけだ」

「太盛君!? 本気で言ってるの?」

「ん? 文化祭は自由参加だぞ。俺は明日からたまたま
 体調不良になるかもしれんが、風邪が流行ってるんだから仕方ないだろう。
 俺は出席日数も十分足りてるし、何日か休んだところで問題ないぞ。
 それがどうした?」

「……どうしてそんなにも優しいの。私は太盛君にいつ捨てられてしまっても
 仕方のない女なのよ。自分でも性格が良いとは思ってないわ。
 わがままだし、高飛車だし、たまに自分が嫌になる時だってある。
 なのに、こんな私のためにどうしてここまでしてくれるの?」

「俺が人間のクズだからだ」

「え? クズって太盛君が? 太盛君はクズなんかじゃないわ!!
 どうしてそんなこと言うの!! また高野ミウに何か言われたの?」

「俺の中学時代の頃の話を、君と出会ったばかりの頃にしたことあったよな?」

「中学時代って……あの頃は誰だって思春期で反抗期だから仕方ないことじゃない」

「料理人の後藤さんが作ってくれた料理に手を付けず、
 コンビニまで夕食を買いに行って公園で食べていた時期がった。
 あの時の俺は、使用人の手作り料理を食べるのがダサいと思っていたんだ。
 後藤さんは何度も食事を温め直し、俺が帰って食べてくれるのを待っていてくれたのに。
 やがてとんでもないことをしてることに気づき、彼に頭を下げて謝った」

「男子ならそういう時期が誰にでもあるでしょう!!
 太盛君がおかしいわけじゃないわ」

「後藤さんに言われたよ。反省する心があるなら君は悪い人じゃない証拠だ。
 自分にはこれ以上謝らなくていいから、その分他の誰かに優しくしてあげなさい。 
 進路指導の先生にも言われたことがある。今までの素行の悪さを
 反省したいのなら、その分だけ人の苦しみが分かる人になりなさいと。
 だから俺はクラス委員をやっている。君が文化祭に行けず苦しい思いをするなら、
 俺にも苦しみを分けてもらうのさ。そうすれば君の苦しみは半分になるだろう?」

「うぅ……うっ……優しいのね太盛君……ぐすっ……大好きよ……愛しているわ……」

太盛はエリカの風邪が治るまで一緒にいてくれた。
彼が手を握ってくれると、この世の全てから守られている気がした。
彼が隣にいてくれると、嫌なことは全部忘れて眠ることができた。

文化祭の初日は一般公開、二日目は生徒のみ、夜に後夜祭をし、三日目は片付けだ。

美術部の展示は大盛況だったと、友達のサヤカやモチオがメールで教えてくれた。
ミウも太盛にたくさん写真を送ってくれた。管弦楽部の演奏も大成功で
クラシックに全く興味のない一般客からも、たくさん拍手をされた。

薬を飲んだエリカが熟睡している間も、太盛は彼女のベッドの横で
メールを打ち続けた。太盛はスマホの電子画面を通じて、
エリカの部屋の中で文化祭の雰囲気を楽しんだ。

そして、エリカの風邪が完治した。太盛が橘家に泊まる、最後の夜となった。

文化祭初日から学校に泊まり込みで働いていた、
アキラとアナスタシアがようやく帰って来た日でもあった。

「堀太盛君。妹のエリカのために献身的に尽くしてくれたことを
 兄として、生徒会の会長として、心から感謝する」

アキラが、下級生でしかもボリシェビキでもない生徒に
対して頭を下げたのは初めてのことだった。

ぜひとも夕食を食べていきなさいと言われ、その通りにした。
夕食のメニューは、事前にエリカから聞いていた彼の好物で統一した。

「将来の君の大学推薦に影響のないよう、
 担任の横田君には文化祭には出席扱いにしておくよう厳命しておいた。
 また君の作品(太陽の絵)だが、生徒の応募により最優秀作品に決定した。
 すでに学園での授賞式は終了しているが、ここで特別に授賞式を行う」

太盛は、最優秀賞の賞状だけでなく、
模範的な生徒に送られるメダルを三つも送られた。
『文化功労』『社会主義的労働奉仕』『マルクス・レーニン賞』

「あ、あの会長閣下!! これらのメダルはボリシェビキで功績を挙げた人が
 受賞するものではありませんか。僕は一般生徒なのにもらってよろしいのですか」

「君はクラス委員も立派に勤めてるのだから半分ボリシェビキのようなものだ。
 文化祭の準備期間中も人数の少ない美術部を良くまとめ上げ、成功に導いた。
 また人間的にも特に素晴らしいとサヤカ君達からの推薦もあった」

アナスタシアも兄の隣でにっこり笑ないながら言う。

「ほんとは、もっとあげたかったくらいなのよぉ?
 たったの三つでごめんなさいね。太盛君が文化祭を休んでまで
 エリカの看病をしてくれたこと、姉として一生忘れないからね。
 そのメダルがあれば、太盛君は卒業するまで何があっても逮捕されないと思うわ」

「ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」

「太盛様。さすが私の彼氏様。誇らしいですわ」

「うむ。良い男を見つけたなエリカ。では全員。
 勲章、およびメダルを受賞した太盛君に対し、盛大に拍手するように」

橘の三兄妹が、太盛を大切な家族のように祝福してくれた。
彼らの中では、太盛はすでに家族の一員なのかもしれない。


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