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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第17回   本編 13 文化祭 前日
  第十六話 「お、おいミウ。目上の人に対して失礼な言い方になってるぞ」


文化祭の前日。太盛は空き教室に展示された数々の画を見て、
誇らしく思っていた。他の学校の援助もあり、相当な種類の絵画が揃った。

油絵、水彩画、パステル、切り絵、モザイク画、線描。
身の回りの人物をモデルにした人物画を中心に、地元の人にとって
親しみのある田舎の田園風景などもある。学生の作品とはいえ、
西洋古典のあらゆる絵画技法を駆使した絵が並んでおり、壮観である。

芸大の生徒さん達が本気で描いた作品がいくつもあるので、
素人目にも高校生のレベルを明らかに超えているのだが、
実行委員は気にしないことにした。

昇降口の壁に描かれた巨大な絵画は、
太盛が制作にギリギリまで時間を割いて制作した太陽の画だった。
印象派のゴッホと、叫びで有名なムンクの太陽を足して二で割った画風である。

赤ともオレンジとも取れない色の太陽が画面の半分を占め、さんさんと大地を照らす。
一見するとキリスト教的な太陽崇拝(神による創造)を連想させ、
作者が粛清の対象になってしまいそうだが、
よく見ると大地には鍬(くわ)を持った労働者が畑仕事をしており、
労働(プロレタリアート)を賛美していることが分かる。
なによりタイトルが「汗をかいて働くこと」である。

この絵画は全長が3メートルを超えるため大量の絵の具が必要なだけでなく、
色を塗る作業に難儀する。一人では到底期日まで間に合わないので、
ミウや科学部員の女子も遅くまで残って手伝ってくれた。

食堂に貼られた大絵画は、大学生の作品でタイトルは「マッチョマン」だった。
腕をまくり上げた男性の工場労働者が大きく描かれ、力強くハンマーを振り下ろしている。
顔は石のように硬く、腕は現実離れした太さであり、目が黒く塗りつぶされている。
画面の斜め左には、ソ連の国旗にそっくりのマークがわざとらしく描かれている。


ちょうど前日の最終確認のために
文化祭実行委員のサヤカとモチオが美術部の展示室を訪れていた。

サヤカは太盛に声をかけた。

「堀君。お疲れ様です」

「あ、実行委員殿ですか。お疲れ様です」

「絵画は完璧に揃っているようですね。
 ノルマ通り完璧です。特に言うことはありません」

「きょ、恐縮です!! 実行委員殿が他の学校に応援を頼んでくれたから
 できたことです。本当に俺ら美術部はお世話になりっぱなしです」

「私は特にあなたの絵が素晴らしいと思うわ」

「え? 僕の絵ですか? こんなのは、お見せするのがお恥ずかしいくらいの……」

「この太陽、まじすげーわ。インパクトあり過ぎっしょ。
 老若男女問わず、あらゆる世代の人間にウけること間違いなしだわ。
 色の塗り方もうめー!! さすが美術部の副部長!!」

「え? え? 山本委員殿まで……急にどうしたんですか?」

「俺のことはモチオでいいっすよ太盛君!!」

「なっ……? しかし委員殿を下の名前で呼ぶのはまずいですよ」

「あはは。こいつは誰にでもこんな感じだから、気軽に呼んで大丈夫よ。
 実はこの間、文実の仕事を通じてエリカさんと友達になったのよ。
 それで堀君とも親睦を深めておこうと思ってね」

「ええっ!! 俺なんかが中央の代表さん達とですか? 恐れ多いですよ」

「そんなの気にすることないわよ。私たちは同じ生徒同士じゃない」

「学年も同じだしな。俺的にはこの学園の生徒は
 もっとフレンドリーでいいと思うんだよな。うん」

「あ、ありがとうございます。ふたりともすごく仲良しさんですけど、
 もしかしてカップルとかですか?」

「正解だ。もう4年以上続いてるぜ!!」

「ただの腐れ縁だけどね」

「そんなに長く続いているなんてうらやましいですよ。
 生徒会の人でも恋愛されてる人はいるんですね。
 全然知りませんでした」

「中央委員部で付き合ってる奴は結構いるっすよ!!
 うちは伝統的にカップルが多いんで」

「会長閣下も恋愛を推奨してくれてるんだから、
 若いうちに恋をしておかないと損よね。それにしても、
 恋人って辛い時に頼りになるのよね。心の支えっていうか」

「はは。分かります。愚痴や悩みを聞いてもらえるだけで、すごく楽になりますよね」

三人はしばらく話に花を咲かせていた。サヤモチ・カップルは、いろいろな理由が
あって今日太盛に声をかけていた。まず友達のエリカが愛しいてる
彼がどんな人物か知りたいこと。これには特にサヤカがこだわった。

堀太盛は校内で噂になるほどの美男子と聞いていたが、確かに美形の男子だった。
堀が深く、琥珀色の瞳が綺麗で、俳優の顔立ちをしている。
体つきも筋肉質で肌は浅黒く、健康的だ。
唯一の欠点は背が足りないことだ(167センチ)

話してみると人当たりもいい。他にも彼の魅力はたくさんあるのだろうが、
とりあえず第一印象はすごく良かった。

さて。サヤカとモチオには、重要な目的がもうひとつあった。

「あのぉ」

と自信なさげな低めの声。

(きた!!)

サヤカが、教室の隅でおとなしくしていたミウへにっこり笑う。

「どうかしましたか高野さん?」

「10時過ぎに太盛君と前夜祭の下見に行く予定だったので、
 そろそろ彼を解放してくれると助かるんですけど」

「あら、そうなんですか」

とサヤカは涼しい顔で言いながらも、全く油断していない。

時刻は9時45分。昨日の夕方までに準備は完璧に終わっているから、
今日は午後(13時〜17時)の前夜祭で生徒たちは労をねぎらうのだ。
とにかく今日までみんなが大変な思いをした。体育祭からひと月も立たずに
大きな祭りの舞台を用意することに成功したのだ。ここが本当にソ連だったら
大量のヴォトカが振舞われ、キャンプファイヤーを囲って盛大にダンスをするところだ。

「お、おいミウ。目上の人に対して失礼な言い方になってるぞ」

「は? どこが目上なの? 近藤さん達は、さっき言ってたじゃない。
 同じ学年の生徒なんだからフレンドリーとか……。そうですよね?」

「ええ。間違ってはいませんね。確かに言ってましたから」

サヤカの顔から笑みは消えていた。

「それじゃあ私と太盛君は、これで失礼しますね」

「ちょっと待ってもらってもいいでしょうか。高野さん」

「なんですか。何か文句でもあるんですか?」

「はい。あります」

「……は? なんです?」

「さきほど、あなたは私と太盛君で……と言いましたね。
 それは午後は二人だけで前夜祭に参加することを意味してますか?」

「意味してますけど、なにか?」

「聡明な高野さんならご存じだと思いますが、この学園の規則では
 文化祭の前夜祭、後夜祭はカップルが多く参加するイベントです。
 またカップルの誕生も推奨されています。高野さんと堀君が
 二人だけで参加することは周囲の誤解を生むことが
 考えられるため、好ましくありません」

「ふーん。好ましくないですか。で、……だから何ですか? 
 もしかして私をはめて逮捕しようとしてるんですか?
 逆に訊きますけど、うちの校則にはカップルじゃないと
 男女が二人きりで参加してはいけないとか書かれてたりします?」

「そこまでは書いてありません。
 ですが、堀君にはすでに心に決めた女子がいるわけですから、
 良識のある生徒なら遠慮するのが妥当だと思いますよ」

「その言い方だと私が不良みたいですね。初めて話すのに
 ずいぶん高圧的で驚きましたよ。太盛君と私で明らかに
 態度が違いますけど、なんで私をそこまで否定したがるんですか?
 エリカからお金でも貰っているですか? そもそも私がエリカに
 嘘の密告を受けて収容所送りになったことを知らないんですか?
 実は太盛君もエリカと別れたがっていて、私に告白してくれたことも?」

「私は普段から中央委員部の責任者の代理をしてますので、
 カップル申請書は確認してます。規則により
 堀太盛君の彼女は現在エリカさんになってます。
 あなたではありません。また堀君もその件を口頭で認めたはずです」

「あっそうですか!!
 じゃあ収容所送りの件はどう説明するんですか!!
 私は奴に嘘の密告をされたんですよ!!
 私は優しいから、あえてエリカを訴えなかったけど、
 その気になれば今からアナスタシアにお願いすることもできるよ!!」

「……それは」

「どうしたんですか?」

「……」

「都合が悪くなると何も言えなくなるんですか?」

「……」

「ほらね。エリカが悪いことをした件でつっこまれると、言い返せないんだ。
 エリカが悪いってわかってるから、言い返せないんでしょ!!
 それでなんで私が太盛君と前夜祭に参加するのを、部外者である
 中央委員部の人に邪魔されないといけないの!! 意味わかんないんだけど!!」

「いい加減にしてくれよミウ!! おまえ、どうかしてるぞ……。
 今日が文化祭前日だってこと分かってるだろうな。
 すみません、近藤さん。ちょっとミウは怒りっぽいところがあって……」

制止する太盛を振り払い、ミウはまだ怒りをぶつけていた。

「近藤さんさぁ、この前、美術部の部員が減ってヤバイことを
 理事長に怒られていたよね……!! 責任者のくせになっさけない!!
 そんな女が、何を偉そうに私に文句垂れてるのよ!!」

「オイ高野さん。その辺にしておけよ。さすがの俺でも
 彼女が面と向かって馬鹿にされたら黙ってねえぞ」

国際的チャラオとして定評のある、あのモチオが真顔になっていた。
そのモチオに対してもミウは攻撃を仕掛けた。

「黙ってないなら何? 私を逮捕でもするんですか?
 そっちから喧嘩を売って来たから買っただけなのに。
 この部だって、エリカが原因で三年の女子が全員辞めちゃって。
 すごい悲惨な状態だって太盛君が困ってたらしいよ。
 それで文化祭に絵が間に合わないって、どんだけ周りに迷惑かけてんの」

「……結果的に絵のノルマは達成してるんだから問題ねえだろ。
 仮にお前ら部員が全員入院したとしても、
 必要な全作品を暇な大学生が描いてくれただろうよ」

「その理屈だと美術部に部員はいらないんですか?
 生徒無しの文化祭はひどいって理事長が言ってたよ」

「そこまでは言ってねえよ!! 仮の話だよ!!
 いちいちうるせえ女だな。てめえだって一年の女子を
 殴ったり水をかけたりして遊んでたんだろうが。
 自分のことを棚に上げて橘さんを悪く言うんじゃねえよ」

「ボリシェビキの人に暴力を否定されるっておかしくないですか?
 確かに私は一年生を少しきつめにお仕置きしましたけど、
 アナスタシアに許可を得てやったことですから。
 それにあなた達みたいに銃殺刑とかはしてませんから、
 全然ましだと思います」

「俺らは銃殺なんかしてねえよ!! 中央委員部は基本事務職だぞ。
 法の策定と裁判の手続きはするが、生徒を直接手にかけたことはねえ」

「それ、ほんとなんですか?
 ボリシェビキの幹部って人を痛めつけるのが
 大好きな人間の集まりだと思ってましたけど」

「とんだ偏見だな。全然事実じゃねえよ」

「ぷっ」

「……なんで笑った?」

「だって。今もこうして私を逮捕しようと必死じゃない。
 私をこの学園から消してしまいたいんでしょ?
 それなのに自分が手をかけないからって、善人気取り? なにそれ?」

ここでサヤカが口をはさむ。

「勘違しないで。私たちは高野さんを逮捕したいんじゃなくて、
 橘さんから堀君を奪い取ろうとしているのを止めに来ているのよ」

「あっそうですか。質問なんですけど、そこまでしてボリシェビキでもない
 エリカの肩を持つことで、あなたたち二人に何のメリットがあるんですか?
 まさか会長からお願いされてるとか? 高野ミウが科学部と接触を
 図ってるから、来年以降のエリカの身の安全を保障しろとか?
 そういえば文化祭の準備期間中、エリカがずっとそちらのお手伝いを
 していたそうですけど、つまりそういうことであってますよね?」

サヤカは背中に冷や汗が流れた。まさか、こちらの意図がここまで
完璧に読まれているとは。ただの囚人上がりと思いきや、口が良く回る。

「黙ってないで質問に答えてもらってもいいですか?」

「高野さんのご想像にお任せしますよ」

「政治家みたいな言い方だね。ってことは図星だよね。
 あと私の言いたいことはまだあるんだけど」

ミウは生徒手帳を胸ポケットから取り出して早口で朗読を始めた。

「わが校の中央委員部の部員は、明文化された校規に基づき、
 私欲を完全に廃止し、客観的に事実を分析して事態の解決に努めることを常とする。
 立派なことが書いてあるよね。これってあなたの職場の基本的な理念。
 資本主義日本で例えると会社の社訓みたいなものだよね?
 私の邪魔をしてる時点でまず私欲じゃん。なんで人の恋愛にいちいち口を出す訳?」

「……カップル申請書の規定では」

「カップル申請書の話はもういいよ!! 聞き飽きた!!
 さっきの質問に全然答えてくれないのが不満だけど、
 もっと言ってあげようか!! 近藤さん。これは私の想像だけど、
 あなたはエリカのお兄さんに次の生徒会長になってくれって
 お願いされてるでしょ? それでもう立場上、絶対にエリカの
 味方をしないといけなくなった。あなたは実際はエリカの友達じゃなくて
 橘家の奴隷だ!! エリカに利用されてるだけなんだよ!!」

サヤカとモチオはある事実に気づいた。この女はおそらく諜報部の
力を借りて学内をくまなく盗聴している。エリカと友達になった瞬間も、
きっとこの女はどこかでニヤニヤしながら聞いていたのだ。
それに頭の回転も恐ろしく速く、仮にも中央委員部の代表代理と
副代表を相手にして簡単に言い負かしてしまっている。

ミウはA組で成績が下位だと二人は認識していたが、
ミウの頭脳は決して成績で測れるものではなかったのだ。
ならば、もう勝てる見込みのない口論など続けるべきじゃない。

サヤカがモチオとアイコンタクトし撤退を決意した、その時だった。
太盛がミウの前に立ちはだかって怖い顔をした。

「ミウ。もういいだろ。
 俺はこの二人と少し話がしたいから、お前は先に行っててくれ」

「なんで?」

「いいから」

「だからなんで!!」

「もうわがまま言わずに先に行っててくれよ!!
 俺だって今まで文化祭の準備で忙しかったから、色々限界なんだよ!!
 あとで必ず行くから、校庭のどこかで待っててくれ、頼むよ!!」

「……あっそ」

ミウはゆっくり歩きだし、すごい勢いでドアを閉めた。
残されたのは太盛と二人の中央委員だ。

太盛は二人に頭を下げてこう言った。

「ミウに代わって俺が謝ります。
 うちの部員が失礼なことをたくさん言ってしまって、すみませんでした」

「いや……太盛君は何も悪くねーし」

「私達の方こそ……騒がせてしまったわ。ごめんなさい」

「高野ミウは……最初は……あんな子じゃなかったんだよ。
 ただ……一度収容所送りになってから
 性格がだいぶ変わってしまったみたいでね……」

「まっムカついたけど、しゃーねーわな。
 俺らが個人的な事情で奴を引きはがそうとしたことは事実だ」

「堀君はあの女に付きまとわれて迷惑はしてないの?」

「……実は。俺の方からミウに告白したのは本当なんだ」

「え? そうなの!?」

「一目惚れだったんだ……。途中でエリカと別れようとしたら
 色々あって失敗してしまって、今ではエリカとカップルを続けている」

「なんだよそれ。じゃあ堀君はどっちの方が好きなんだ?
 まさかあの女の方が好きなのかよ」

「よしなさいよモチオ。誰を好きになるのかは彼の自由よ。
 で、どうなの堀君?」

「今は……正直どっちも好きじゃない。ミウはあの性格だから
 付き合ったらめんどくさいだろうし、エリカも同じくらい気が強い。
 二人の前では本性を隠してるんだろうけどね」

「そうだったのね……。
 あなたがエリカさんのことも好きじゃないなら……カップル申請書は……」

「あれはそのままでいいよ。俺はもう色々疲れちゃったので、
 卒業するまでエリカとカップルでるつもりだ。もし別れちゃったら
 またミウと戦争に発展しそうだからね。俺はボリシェビキでもないし、
 ただの一般生徒。荒波を立てずに学園生活を送りたい」

「太盛君も辛い立場なんだな……。橘さんの事、好きでもないのに
 カップルでいるのかよ。モテすぎるのも大変なんだな」

「はは……誉め言葉として受け取っておくよ……」

「橘さんにはとても聞かせられない話を聞いてしまったわ……。
 今日も熱を出して休んでるけど、次に会う時が気まずいわね」

「昨夜は39度近い熱が出てたってメールが来てた……。
 かなりヤバそうな状態だ。当日は欠席の流れかな?」

「私の方には、当日は無理そうかもってメールが来てたわ。
 堀君にはギリギリまで秘密にしておいてって言われてるんだけどね……」

「あっ、俺にも欠席メール来てるわ。今気づいた」

「なんで今なのよ。この馬鹿」

「うっせー。朝にスマホの電池切れてたんだよ」

「ちゃんと夜のうちに充電しておきなさいよ。
 あっ、もう残量が12パーしかないじゃない。
 ほら。急速充電貸してあげるから」

「サンキュー……マジ助かるわ。
 んっ……あれ? ちょ……あっ……」

「なに変な声出してんの」

「だめだ。この差込口、俺の携帯に合わねえわ」

「この馬鹿!! なんで合わないのよ!!」

「そんなの知らねえよ!!」

「ぷっ。くくくっ……おもしろい……!!」

太盛はこんなささいなことなのに、爆笑し始めた。

「はははははははっ!! おもしれええっ!!
 差込口が合わないって!! ひーっ!! ははははっ!!」

「え……? え……? 俺なんで笑われてんの?」

「……夫婦漫才にでも見えたのかしらねぇ」

「ご、ごめん。ふぅふぅ。あまりにも二人のやり取りが
 自然だったもので、下手な漫才より面白かったよ」

「これが普通の会話なんだけど、そんなに面白いの?」

「おいおい太盛君。俺なんて理不尽に怒られてるだけだぜ?」

「俺の恋愛経験が浅いからかもしれないけど、俺は恋人とこんなに
 楽しい会話をしたことは一度もなかったよ。なんか俺が付き合う人って
 いつも周りの人を巻き込んで修羅場になっちゃって」

「それは堀がモテるから周りの女子が嫉妬するからじゃないの?」

「罪な男なんだなぁ君は」

「そんなことないって。ただ俺は近藤さんと山本君がうらやましいよ。
 俺も君達みたいな普通のカップルを一度でいいから経験してみたかった。
 俺が理想としてるカップルって、まさに二人のことだと思うんだ。
 本当に仲良しでお似合いだし、校内でベストカップルだと思う」

「おいサヤカ。褒められちまったぞ。早く飴玉用意しねーと」

「キットカットしかないわよ」

「じゃあ、それでいいから」

「あっ……」

「どうした?」

「これ、キットカットじゃなくてボールペンだったわ。
 ポケットの中を探っていたら、
 感触が似てたから間違えてしまったわ」

「どうやったらキットカットとボールペンを間違えるんだよ!!
 全然違うじゃねえか!!」

「う、うるさいわね。たぶん他にも間違える人はいるでしょ!!」

「いねーよ!!」

また太盛は笑い転げてしまう。
サヤカは恥ずかしくて顔を真っ赤にし、モチオも笑っていた。

こうして太盛は二人の中央委員と仲良しになった。

一方でミウとサヤカたちの仲は修復不可能なほど険悪になってしまう。
今回の一件で、ミウは完全に中央委員部及び次期生徒会長を敵に回したのだ。
2000名を超える生徒数を誇るこの学園でも、
これほど怖いもの知らずな生徒もミウくらいであろう。


太盛は当然そのことを気にかけている。
だからこそ、サヤカたちにお願いしたことがある。

「ふたりがあの子を憎んでいるのはよく分かるよ。
 それでも、どうかあの子を処罰するのは勘弁してくれないかな。この通りだ
 もしあの子が将来処罰されたら、俺にとって一生心残りになると思う」

太盛が深く頭を下げるものだから、サヤカとモチオも困ってしまう。

「堀君は好きでもない人のためにそこまで……。
 涙が出てきたわ。あなたはどうしてそんなに優しいの?」

「俺は優しくなんてないよ。ただのクズだ」

「えっなんで? 全然クズじゃないよ!!」

「いやクズだよ。
 俺は中学時代に親が離婚していてね、母親が出て行ってしまったんだ。
 それで情緒不安定になり同級生の男子とよく殴り合いをしてたし、
 年下の女子に手当たり次第に声をかけて遊んでいた時期があった。
 家に帰っても母がいない不安から逃げるためにね。
 高校に上がる頃にようやくまともになってクラス委員もやるようになった」

しばらく太盛の独白が続く。

「それでエリカと出会って付き合い始めたけど、
 あの子は俺に執着するばかりでクラスで一人も友達がいなかった。
 あいつは兄と姉がボリシェビキの幹部だったから
 威張り散らしていた。だからクラスに手下はいたけど、
 対等な友達は一人も居なかったんだ。
 それで山本君がさっき、エリカのために怒ってくれて俺はうれしかった。
 近藤さんもエリカのためにミウと戦ってくれた。
 エリカにもようやく友達と呼べる人ができたんだって思ったよ。
 俺が言うと上から目線みたいになって失礼だと思うけど、礼を言わせてくれ。
 山本君。近藤さん。エリカの友達になってくれてありがとう」

「太盛……」「堀君……」

「ミウのことも説明させてくれ。
 ミウは俺のことが好きで美術部に入ったけど、
 エリカを筆頭とした女子にいじめられて無理やり退部させられそうになり、
 結局収容所送りになったんだ。2号室に行った辛さは、俺には分からない。
 決して遠い世界の出来事とは思ってないよ。
 俺だって明日には2号室行きになるかもしれない」

「その後は諜報部で代表の小間使いにもされたそうだ。
 詳しく話してくれなかったけど、かなり辛かったと思う。
 体育祭の練習の時だけ他の生徒と同じに練習してるミウは楽しそうだったよ。
 でも廊下で元クラスメイトとすれ違った時の顔は今でも忘れられない。
 だから俺は、狂ってしまったミウを哀れんでいる。
 俺と一緒にいることで少しでもミウの気が済むのなら、そうしてあげたい。
 ミウが言ってたけど、友達として触れ合うことで規則に抵触しないなら、
 それでいいじゃないか」

「俺はただのクズだが、これでも一応クラス委員だ。A組の生徒から
 これ以上、一人の犠牲者も出すことなく平和に2学年を終えたいと思っている。
 エリカもミウも俺にとっては大切なクラスメイトなんだよ。
 だから二人に改めてお願いしたいんだ。今日のことは本当にすまなかった。
 ミウを憎む心をどうか沈めてもらえないだろうか。
 もちろんあの子には俺の方からもよく言っておくから」

モチオは彼の話に深く感動し、最後の方は嗚咽しながら聞いてから返事が出来なかった。
こんなにも人の心の痛みを理解してあげられる優しい男子は、
ボリシェビキ中を探しても1人も見たことがなかった。
サヤカは泣くまいと思っていたが、やはり泣いてしまった。

「なんて素晴らしい人なの。
 堀君がクズだとしたら、うちの生徒は全員最低のクズよ……」

ここでサヤカが頭を働かせて妙案を思い付いた。

「頭を上げてちょうだい。私は人に頭を下げられるほど立派な人間じゃないのよ。
 あなたの優しさはよく伝わった。エリカさんが惚れるのも分かる。
 あなたのお願いを聞いてあげる代わりに、私の方からもエリカさんの友人として
 お願いがあるんだけど、交換条件として聞いてくれる?」

今日の放課後、エリカのお見舞いに行ってほしいとのことだった。
エリカの熱は二日以上経っても少しも下がらず、完全にこじらせてしまっている。
文化祭当日は欠席が確実なので、せめて太盛に会わせてあげようと思ったのだ。

「分かったよ近藤さん。エリカの友人の頼みなら断れないね」

「ありがとう。明日が当日だから、少し顔を見せてあげるだけで構わないからね」

「俺からも礼を言うぜ。サンキュー太盛君。我らが友。誇り高き生徒よ」


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