20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第15回   本編 11 文化祭
 第十四話 「ボリシェビキの芸術には失敗が許されない」


エリカは文化祭の直前まで派遣委員の仕事を続けた。

この時期は多忙なうえに季節を先取りした寒い日が何日も
続いたこともあり、中央委員部で風邪が流行り出すと
次々に欠勤者が出て人手不足となる。

彼らは、エリカが働き物なのを良いことに、取るに足らない雑務から
経験を要する仕事まで、あらゆる仕事を押し付けてきのだ

文化祭実行委員(サヤカが委員長、恋人のモチオが副委員長を務める)が
各部の進捗状況を確認するための定例会議をする際は、
記録係が欠勤していたので、エリカが代わりにパソコンを叩く。

途中まで書かれていた帳簿(会計簿)があったので、その続きを
書いてくれるように頼まれたこともある。ひな形通りに書けばいいと
教わったが、情報コースでもないエリカには簿記の知識がなく
内容がよく分からなかったが、とにかく言われたとおりにやった。

まだ文化祭の準備期間中なのに、突然理事長が視察に来る日が決まったので、
その前日は校内での一斉清掃と、資本主義的なあらゆる作品を
撤去する作業に取り掛かった。エリカも駆り出されて校内中を歩き回った。

手芸部の部室の引き出しにミッキーマウスとミニーマウス(敵勢文化)の
ビーズ手芸を発見。犯人の女子は、実はディズニーファンだったので、
こっそり作っていたのだと言う。エリカは直ちに没収してしまう。
他にはなぜかジャニーズジュニアの顔写真が
プリントされたうちわも隠し持っていた女子がいたので没収した。

ちなみにアイドルやねずみを使ったキャラグッズで不当に高い商品を販売し、
金もうけする文化は大変に資本主義的であり、理事長が嫌っているのは有名だ。
それにしても光り輝くビーズ手芸は見事だった。
エリカはどさくさに紛れてミッキーとミニーの作品を家に持ち帰るのだった。

その間、実行委員のサヤカは、理事長閣下からいろいろな質問をされていた。
今回の文化祭は予算の範囲で実行できているか。
文化部の用意は順調か。
思想的に問題のある展示や出し物は存在しないか。
生徒たちがマルクス・レーニン主義をしっかりと理解してイベントに参加できているか。

サヤカは、持ち前の頭の回転の速さと言語能力を生かしてテキパキと回答した。
大企業の圧迫面接を受けている大学生のように焦っていたので
少し早口過ぎるくらいだった。半日かけて準備中の校内を案内して回った。
車イスに乗る年寄りの理事長の他は、側近の兵隊(ロシア系)が6名ほど付き添っていた。

理事長が難しい顔をしたのは、管弦楽部の練習に立ち寄った時だった。

「そこの指揮者の君、大きな声を上げて指導しているようだが、
 それでは演奏者たちが怖がってしまって演奏に集中できないのではないだろうか」

「は……? り、理事長閣下!? いらしていたのですか……!!」

この部は中央の許可を得て部員に授業を放棄させ、
各部員に自宅や部室での猛訓練(個人ごとのパート練習)を実施させていた。
そして今日久しぶりに学校に集まっていた。そのため普段から学校にいたわけではなく
情報が不足していたため理事長の来訪を当日まで知らなかった。

この指揮者は、指導の仕方に問題があるとして理事長の命令で解任が決定した。
第一ヴァイオリン奏者を指揮者にするのが適切だろうと理事長は言い捨てて
去ったが、これには問題があった。

第一ヴァイオリン奏者は全国レベルと誉れの高い才女(2年生)だったが、
おとなしすぎて指揮には向いてない。試しに指揮台に立たせてみたら、
目元を長い前髪で隠し、足ががくがくと震えてしまい、まったく演奏者の方を見れない。

実力者なんだから、もっと自信を持ってみろと男子達から檄が飛ぶが、
ついにポロポロと泣き出してしまい、すぐに降壇となった。
彼女はその日はなんと帰ってしまい、部は騒然となった。

ついにサヤカ委員長が練習場に呼ばれてしまい、指揮者をどうするかで大問題に発展した。
サヤカは立候補制にすると宣言し、まず立候補者を募ったが、誰も手をあげない。
ならば推薦制にしようと言い、推薦したい人の名前を聞いたが、誰も何も言わない。

サヤカは、静かに激怒した。

「ちょっと、みなさーん? 
 もしかして私が怖いから手を上げない……ってわけではないですよね。
 今から指揮者を変えるわけですから、
 もう当日まで時間がないことは全員が理解しているはずです。
 分かってますか? 死活問題ですよ? 
 どうしても手をあげたくないのでしたら、
 私の方から適当な人を任命することも可能なのですが……」

部員の何人か控えめに手を上げ、震えながらこう漏らした。

「ボリシェビキの芸術には失敗が許されない。それに指揮は難易度が高すぎる」
「(レニングラード交響曲)第七番は自分達には難しすぎたのだ」
「本番が録画されるのかと思うと、プレッシャーに打ち勝てる自信がない」

実はこの部でボリシェビキだったのは、例の指揮者だけだった。
あの男は口が悪く、皆から嫌われていたが、指揮ができる貴重な人材だった。
なによりやる気はあった。しかし理事長命令で指揮者を首にしてしまった。

そこで中央委員部で最高の頭脳を持つサヤカは機転を利かせ、
指揮者を女装させることに決めた。彼はもともと背が低く、
母親似の顔立ちだったから不可能ではないと判断したからだ。

(彼女が女装を思い付いたのは、ロシア革命の際に社会革命党の
 ケレンスキーが女装して冬宮を脱走したことを知っているからだ。
 マルクス主義的教養のあるサヤカならではの発想である)

指揮者は中央委員部の女子によって奥の部屋に連れていかれ、
無理やり化粧をさせられ、ロングヘアーのウィッグをかぶせられた。

サヤカ委員長は、書類上も架空の人名で登録しておいたから、
本番が終わるまで練習中はこの格好で過ごすようにと命令した。
服装は白のブラウスと黒のロングスカートで足はしっかりと隠した。

『なんだこの格好は!! まるでオカマではないか!! 
 私は誇り高きボリシェビキなんだぞ!!
 こんな姿になるくらいだったら当日は欠席してやる!!』

彼は激しく抵抗したが、最悪2号室行きにすると脅すと、すっかり良いになった。
女装してからの彼は指揮者としての威厳がすっかり失われ、暴言が極端に減る。
そのおかげか、練習はスムーズにいき、少なくとも素人のサヤカ委員長から見て
問題ないレベルで演奏ができるようになった。
意外にも彼の女装は似合っていたのであとで校内で有名になるのだった。


少し話がさかのぼるが、理事長は、太盛のところにも立ち寄っていた。
ここでも理事長は難しい顔をした。

「美術部はこれで全員かね? ずいぶんと人数が少ないようだね」

「は、はい!! それはですね!! 
 女子のメンバーが7名も休学しておりまして、
 現在はこれしかいないのであります!!」

そう答えたのは副部長の太盛だ。隣にいるミウは愛想笑いを浮かべている。
他にいるのは一年生の男子の部員が3名。つまりたったの5名だ。
部長のエリカは臨時派遣されているし、もはや部ではなく同好会のレベルである。

「我々ボリシェビキは古典的文化を好む。その筆頭が管弦楽部と美術部である。
 管弦楽部は大規模オーケストラを編成しても、まだ予備の部員がいるほどの
 大所帯だったが、ここはあまりにも人数が足りないのではないか?」

「も、申し訳ありません。今までに部の人間関係が悪かったため、
 部を辞める者が後を絶たず、このような結果になっております!!」

この作品の序章部で述べた内容の繰り返しになるが、
エリカの性格の悪さが原因で、2年と3年の人がみんな辞めてしまったのだ。
そのため全部員の8割を失ったことになる。

「部の人間関係とは何だね……? 具体的に説明したまえ同志よ」

「うっ……」

太盛は初老の理事長の鷹のごとき鋭い目を見た時、少しでも嘘をついたら
護衛のロシア兵に打ち殺されることを覚悟したほどだ。
こんな肝心な時に、正直に話す勇気が彼にはなかった。

「恐れながら!! 私が代わりに申し上げます!!」

ミウが元気よく発言した。

この部では一年前から女子の間でいじめが横行していた。
無意味な派閥を作って勢力争いを続けた結果、
嫌になった人が辞めてしまい、こうなったと。
重要な事実を省いた端的な説明だが、嘘ではない。

「休学している生徒たちも、その派閥争いが原因かね?」

「はい!! 左様でございます!!」

「女子の精神的な争いが多いことは、日本もソ連も変わらんな。
 私には日本の方が陰湿に感じるな。しかし近藤委員長。
 君はこの美術部の惨状を知っていて、今まで放置していたのかね?」

「はい。すみません……」

「中央委員部は、各部活を取りまとめるための委員会でもある。
 君は今まで遊んでいたわけではないだろうな。
 美術部員がこの少ない人数でどうやって
 期日までにノルマを達成するつもりなのか説明してみなさい」

サヤカは年老いても威圧感のある理事長に脅え切りながらも、
密かに考えていた逆転策を暴露せざるを得なかった。

「絵を描くのは専門的な技能が必要です。そのため文化祭準備期間中に、
 新人を募集しても間に合わないと判断しました。いちおう退部した部員に
 一時的なお手伝いをお願いしましたが、すべて断られました。
 そこで県内にある他の高校や、芸術大の方に制作を手伝っていただくことにしました」

美術部の展示は、相当な枚数を必要としていた。
昇降口の正面の壁に巨大な絵を1枚、喫茶店にも同じ大きさを1枚。
1階の教室3クラス分の全40作品の絵画を展示する。
最悪なことに粘土を使用した彫刻作品のノルマまであり、
もはや美術部は絶望的な状態だったのだ。

「確かに。今の状況では致し方あるまい。
 だが本校の生徒だけの作品にならんとは、
 文化祭らしくはないな。違うかね同志近藤よ?」

「まさにおっしゃる通りでございます。返す言葉もありません」

「美術部だけではない、同じく花形の管弦楽部でも指揮者もあのような
 無能者を選んでいるようではな。君の管理不行き届きの結果だ。
 それで部員の生徒に苦労を強いるようでは、管理者失格だぞ。自覚しなさい」

「はい。すみません」

サヤカは何度も頭を下げながら、
なんで私がここまで……と思わずにはいられなかった。

そもそも理事長はサヤカを中央委員部の代表と勘違いしているようだが、
代表は校長である。校長は本来の職務上、出張が多いため今日も不在だが
(実際は面倒な仕事から逃げる口実にしている)
中央委員部は少数精鋭組織のため選抜試験が厳しく、
多くの志望者が不採用となるため新人が少なく万年人手が不足している

中央委員部では、部活の予算や大まかな活動内容を把握できても、
いちいち人間関係まで気にしている余裕はない。

人手が足りなくて困っているから臨時派遣制度が作られているのだ。
理事長はそのような細かい事情までは理解してくれなかった。
次期会長候補としてアキラ会長から信任を得ていることからも分かるように、
近藤サヤカを無能と思う委員はどこにも居なかった。

そもそも彼女は一年時の選抜試験を首席で合格するほどのエリートだ。
彼女は責任感が強いが、上に叱られると落ち込みやすいタイプだったから、
今日の叱責はかなりのストレスとなった。

そんな彼女に追い打ちをかけるように、理事長がミウを褒め始めたのだ。

「君の名前は高野さんか。ふむ……。美術部員にしては、どうもね。
 不思議と閣僚会議(旧ソ連の閣僚のこと)のメンバーの雰囲気が感じられる……。
 普段はどんな仕事をしているのだね? まさか一般生徒ではないのだろう?」

「はっ。諜報広報委員部の同志アナスタシアの秘書をしております」

最近任命されたばかりだが、嘘ではない。

「ハラショー。彼女のお眼鏡に適う人物などそういないだろうに。
 アナスタシア君に認められているなら、
 当然次の生徒会選挙には立候補するのだろう?」

「そ、そんな、めっそうもありません!!
 私なんかが生徒会長だなんて恐れ多くて!!」

「君なら生徒からの人気もあるのではないか?
 有能な美人なら大抵の男子からは票が得られるだろう。
 そういえば、この前見た映画で君にそっくりの女優がいたのだが、
 名前を忘れてしまったよ。ふはは。私もすっかり衰えてしまったな」

「お、おほほ」

「所属クラスはどこだね?」

「2年A組です」

「ほう。文系の進学コースか。
 この学園のトップを走る集団にいるのなら、
 ますます会長にふさわしい人材だ」

実際のミウの学力はクラス最下位レベルだ。だが、言わなければバレない。

理事長はよほどミウのことが気に入ったのか、30分も立ち話を続けていた。
実は理事長は年甲斐もなくミウの容姿を一目で気に入ってしまったのが一番の理由だ。
年齢関係なく男性を虜にしてしまうほどミウは美しかったのだ。

(元囚人のくせに会長候補って何の冗談なのよ……。 
 これ以上あの子を図に乗らせるわけにはいかないわね)

生真面目で神経質なサヤカは、この日のことを一生根に持つようになる。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1135