20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第14回   本編 10 文化祭
 第一三話 「王子様だにゃ……!!」


保安委員部や中央委員部には臨時派遣制度がある。
人手不足を補うために、ボリシェビキや有志の一般生徒
(クラス委員は強制)を対象に、期間限定で働いてもらう制度だ。

(前作斎藤マリー・ストーリーで登場した制度である)

ちなみに仕事内容が専門的で秘密事項の
多い諜報広報委員部には派遣されない決まりになっている。
逆に諜報広報委員部から人員の派遣は可能だ。

エリカが働く期間は、10月半ばに行われる文化祭までの三週間。
この時期は体育祭が終わったばかりであり、
主催者のボリシェビキが多忙を極める時期だ。

学校行事を仕切るのは中央委員部であり、
あらゆる事務的作業を期日通りにこなす能力が求められる。

体育祭から文化祭にかけての繁忙を乗り切れる人なら
中央委員部は絶対に勤まるとまで言わるほどだ。


「2年A組の橘エリカです。よろしくお願います」

「よろしくね。橘さん。私達は同じ学年だから緊張しないで大丈夫よ」

冷酷だと聞いてた割にはサヤカは笑顔の絶えない、人当たりの良い女性だった。
少し早口なのが特徴で、声が高すぎてアニメ声だ。三つ編みで、常に眼鏡をしている。

「忙しい時期だから、ほんとに助かるわ。
 割と体を使う雑用ばかりになっちゃうけど、よろしくね」

「はい!!」

学園の文化祭は、体育祭同様に他の高校と大きく異なり、
学生の若い感性や自由な創作意欲を完全に否定した、
ロシア・アヴァンギャルド(ソビエト風芸術)に限定されていた。

各クラスごとの出し物は禁止されており、
文芸作品の発表、音楽の演奏、絵画の展示会がメインとなっている。
各文化部及び、芸術総合コースの生徒が腕を発揮するイベントである。

文芸作品とは小説やエッセイである。音楽は管弦楽部による演奏だ。
絵画は油絵が基本の社会主義リアリスムが推奨される。

これらの作品に共通することは、少しでも資本主義的な文化を発信した者は
ただちに中央委員部に検閲され、逮捕されることである。

学園の文化祭とは、別名、資本主義者あぶり出しの刑と言われている。

音楽では有志による自由演奏の時間が設けられているのだが、
何も知らない新入生がエレキギターを使ったロックの演奏を申し込んだ場合は
英米文化に染まった正しくない生徒として逮捕される。

絵画においても、ブルジョア的であったり、キリスト教的な価値観が
わずかでも認められる作品がまっさきにNGとされ、
ソ連風のプロレタリアート階級を賛否する絵画が主流となる。

学内の教室や廊下のデコレーションも文化祭を彩る花なのだが、
昨年などはハロウィン風のカボチャの被り物を
作ってしまった生徒がいて、駆け付けた保安委員に連行されてしまった。

もっとも逮捕と言っても、楽しいイベント期間中であり
ボリシェビキも多少は寛容になる。
連行された生徒は説教と反省文だけで済ませられる。

今は世界から消えつつある、ソビエトの伝統文化を受け継いでいくための、
貴重なイベントが文化祭なのだ。ボリシェビキたちは忙しい日々を
送りながらも、みな笑顔が絶えないのだった。

「えっとね。管弦楽部の練習を手伝ってほしいの。
 橘さんには練習に使うビデオカメラと
 収音マイクの設置をお願いしてもいいかしら」

「はい。お任せください。とりあえず音楽室に行けばよろしいですか?」

「ごめん。先に機材準備室の方に言ってくれる? 
 すでに向こうの責任者に話は通ってるから。
 あとこのバッチも忘れずにつけてね」

臨時委員のバッチだった。エリカは襟にしっかりとバッチを付けた。

機材の設置は、同じく派遣されている男子の委員が中心となってやってくれたので、
エリカはあまり忙しくなかった。エリカたちの仕事は、彼らの練習に付き添い、
ビデオやマイクなどの機材に異常がないか監視することだ。
今のうちに照明の位置も工夫して、できるだけ彼らが目立つようにしないといけない。

ぞろぞろとこの体育館へ管弦楽部の面々がやって来て、
楽器のチューニングを始める。みな表情が暗かった。

演奏する曲はソ連の生んだ稀代の天才、
ドミトリー・ショスタコーヴィチの第七番「レニングラード」だった。
他の候補には第10番「革命」もあったが、部内の投票でわずかに第七番が多かった。

(余談になるが、ショスタコーヴィチのオーケストラを聞いたことがない限り、
 クラシックファンを名乗ることは不可能だと思う。これほどの天才作曲家は、
 筆者が死ぬまでこの世に現れることはないだろうと本気で思っている)

第一楽章の演奏が始まる。式台に立つ男子生徒は、長身で前髪が長い、中々の男前だった。
序盤の提示部。第一部、第二部は戦争前の平和過ぎる風景を音の世界が描く。
いっそ寝てしまいそうなほど、視聴者を十分に退屈にさせておきながら、
小太鼓のしつこい連続から戦争へと舞台が移る。ドイツ軍の大進撃を、
全合奏による音の暴力で表現し、圧倒しておきながら、金管楽器群による
重圧な合奏が開始される。ソ連軍の反撃なのだ。その後、静寂の後に
再現部へとなり、戦死者へのレクイエムとなる。

27分で演奏が終わる。初回なので通しでやってみたのだ。
エリカはプロの演奏を何度も聞いているから耳が肥えているが、
高校生のレベルにしてこれは十分すぎると思っていた。だが……。

「貴様らは、この半年間、いったいなにをやってきたんだ!!」

指揮者が指揮棒を床に叩きつける。

「この学園ではショスタコーヴィチのオーケストラは花形なのだぞ!!
 今のは練習だが、本番では録画した映像がホームページでも公開される。
 分かっているのか諸君!! まるでやる気が感じられないよ!! 
 2週間前に君達に言っておいた注意事項が、なぜ守れないのか説明してくれよ!! 
 なあ!! まずトロンボーンから。そこの三名。立ちなさい!!」

エリカら臨時派遣委員が見守る中でも、指揮者の説教は容赦がなかった。
金管楽器は、ほぼ全員が怒られたし、散々ダメ出しをされた小太鼓や
コントラバスの人に至っては泣き出している人もいた。

彼は『三流管弦楽』『無能者のオーケストラ』『中学生の方がマシ』など
暴言を吐き続けた。そして部員の誰も彼に言い返さないのが不気味でもあった。
あとで分かったことだが、この指揮者は吹奏楽部の部員だが、実際は広報部の
委員だった。彼は内外からの評価を気にするあまり、鬼の指導になってしまい、
かえって部員たちを委縮させて演奏のレベルを落としてしまっている。

エリカから見て、三流なのは指揮者だった。
だが自分は部外者なので見てる事しかできないのだ。

今日の時点では全体練習の意味はないとして、いったん解散となった。
機材などはそのまま置いていいと言うので、エリカも立ち去る。

(私って、いる意味あったのかな?)

と思い、隣にいる派遣委員の男子二人も同じような顔をしていた。

エリカがたまたま美術部の部室の前を通ると、愛する太盛の姿があった。
水道の蛇口で画材筆についた汚れを落としている。筆についた汚れは、
せっけんを使ってひたすら濯ぐ。彼は、信じられないことに
隣にいる女子に優しくその方法を教えていた。

面倒見の良い太盛らしく、一見すると微笑ましいエピソードなのだが、
エリカを激怒させたのは、その隣にいる女が高野ミウだったからである。

「やあエリカ。暇そうだね。もう生徒会のお手伝いは終わったのかい?」

「な、なんでその女と一緒にいるの? てゆーか何してるの?」

太盛は、美術部の活動に専念するために臨時派遣委員の仕事は辞退している。

「君も知っての通り、前の一件で美術部員の女子が全員休学しちゃったからね。
 ここではわずかな男子生徒だけしかいないから、
 少しでも部員が増えればいいなと思っていたんだけど、
 そんな時にミウがぜひ参加したいって言ってくれたんだよ」

「えへへ。私も太盛君のお手伝いが出来てうれしいよ」

と言い、ミウは太盛にぴったりとくっつき、平気でイチャイチャしている。

「ふざけてんじゃないわよ。
 私が必至で生徒会のお手伝いをしてるときに、なんで二人で遊んでるのよ」

「これが遊んでるように見えるか? 確かに今は筆の洗い方をミウに教えているが、
 俺たちは真剣に文化祭の展示に向けてネタを考えているんだぞ」

「念のため確認させてもらうわね。太盛君は私の彼氏よね?」

「そうだな。俺は君の彼氏だ。間違いないよ」

「じゃあ、どうしてその女と身体を密着させてるのか説明してくれる?」

「ミウは割と人との距離が近いタイプだから、たまたまこうなったんだろ。
 外国育ちの人はこんなもんだろ」

「あらそう。英国の人って疑い深くて人と
 すごい距離を取るって聞いたことがあるけど、
 太盛君の言う外国ってどこの国のこと?」

「まあそう言うなって。楽しい文化祭の準備期間なんだから喧嘩はよそうぜ。
 俺は美術部員だからマジでテンション上がってるんだよ。
 今回は部員が少ないから俺の絵が無条件で展示される決まりになってるからな」

「でもその女、部員じゃないはずよ」

「部員だよ? 退部届を出したわけじゃないしな。
 組織委員部に問い合わせ(イズベスチヤ)したら、
 今も美術部員のままだって。だから問題はないんだよ」

「でもその女は囚人だし、一年生たちを拷問した危険人物だって
 学内で評判になってるのよ!!」

「は?」

とミウが高圧的な態度を取る。
太盛の一歩前へ出て、腕を組み、エリカと至近距離で向かい合った。

「今私はアーニャの許可を得て秘書ってことになってるんだけど。
 だから囚人じゃないよ。それに部活動の参加も自由。むしろ文化部の活動は
 ボリシェビキの皆から推奨されているでしょ。私が美術部の活動をして
 あんたに文句言われる筋合いないんだけど?」

「全部言わないと分からないの? 人様の彼氏にベタベタしてることが
 気に食わないのよ。あなたは彼に一度振られてるのよ。
 ねえ分かる? 事実を認めれないほど馬鹿なの?」

「太盛君がエリカの彼氏ってことは認めてあげるよ。生徒会に申請書が
 送られてしまったんだから仕方ないよね。でもさ、男女の関係ではなくても
 友達同士で仲良くしても校則には違反しないと思うんだよ」

「十分に違反してるわよ!! カップル申請書にも書いてあったでしょうが!!
 不誠実な恋愛をした人は処罰されるって!!」

「不誠実って何? まず不誠実の定義を教えてよ」

「今あなたがやってることよ!!」

「いやいや。意味わかんないから。太盛君とエリカさんは互いがカップルであることを
 きちんと認めてるじゃない。だったら友達の私と部活動をしたところで
 浮気にはならないし、そもそも人間関係を定める校則第11条には、
 生徒間の恋愛について書かれた項目があるけど、そこの第一頁から
 第三頁には以下の内容が書かれているんだよね。長いけどちゃんと聞いてね?」

この学園では、共産主義の理念から、あらゆる生徒間での階級差を排している。
それを基本的な概念とし、生徒間の友情や恋愛は団結力を高めるためのものとして
常に推奨される。友情とは、男女間においても成立する。

後述のカップル申請書は、生徒間の恋愛関係の確認をするために用意されたものである。
カップルが破局するのにはいくつかの条件が必要であるが、その中の一つ、
不誠実な恋愛の定義とは、明らかに浮気と分かる行動、すなわち、
学外問わず、キス、抱擁、逢引、性行為など身体的接触を伴うものである。

(う……この女、よく勉強しているわ。空で言えるってことは丸暗記してるのね。 
 私もクラス委員だから生徒手帳はそれなりに読んでいるけど、
 ここまで詳しくないわ……)

エリカはそう思ったが、悔しさから苦し紛れに言い返してしまう。

「彼と肩をくっつけて筆を洗っていたわ!!」

「なにかおかしいの? だって私は洗い方が分からないから、
 教えてもらっていたんだよ。 
 教えてもらう側って自然と身体が近くなるよね?
 多分どこの職場でも同じことだと思うんだけど、そんなに不自然だった?」

「く……屁理屈ばっかり並べて」

「エリカ……。いったん引け。
 ミウは校則に相当詳しいぞ。美術部の活動の再開もきちんと
 生徒会に許可をもらってるみたいだし、争うだけ無駄だ」

「太盛君まで……。あっ良いこと考えたわ。
 高野さんの屁理屈だと、カップル同士なら
 身体的接触が人前でも許可されているのよね?」

「お、おい。エリカ? 何を言い出すつもりだ」

「私と手を繋ぎながら、キスしましょうか?」

「……ちょっと待ってくれ。今は文化祭の準備期間中だぜ?」

「みんな浮かれモードよね。生徒会の取り締まりも一番緩くなる時期でもあるわ」

「ミウの見てる前でするのはちょっと……」

「遠慮することなんてないわよ。だってその女から言いだしたことじゃない。
 校則に違反しないなら何をしてもいいんだって。だから私は今たまたま、
 あなたとキスしたくなったからするのよ。さあ、おとなしく目を閉じて」

エリカが太盛に近づいて、いよいよ本当にキスをする流れになるが、
ミウの横眼があまりにも冷たく、明らかに殺意を秘めたものだったから
今すぐ逃げ出したくなった。そのことは太盛にとって誇りでもあったのだが。

(まさか、ミウが俺をそこまで好きでいてくれるなんて)

太盛から見てエリカは高校生離れした色気を持つ美人だが、
ミウはとんでもなく可愛らしく、話しているだけで胸の奥が
温まってくるような、不思議な魅力を持っていた。
だからどちらが好きかと言われたら、迷いなくミウを選ぶところだ。

エリカと太盛の唇が、あと少しで重なる瞬間だった。

「あーー、お姫様がいるにゃああああ!!」
「ふにゃにゃにゃ〜〜〜〜!! ネコ軍団、参上!!」
「美術部の前に行ったら、ほんとにいたっぺよ!!」
「おひめ様方〜〜、なにしとりゃーす!!」

突然現れた騒がしすぎる女子の集団!!
太盛とエリカは『!?』←こう反応し、すぐに距離を取った。

ミウはニコニコしながら彼女達の相手をした。

「こんにちわ。科学部のネコちゃん軍団たち。
 今日はどうしたの? 美術部に遊びに来てくれたの?」

「そうだにゃあ!!」
「科学部は文化祭で展示する者がないから暇だっぺ!!」
「いつも人様に見せられにゃー代物を作っとるからにょおお!!」
「人手が足りない美術部のお手伝いをしにきたのにゃ!!」

太盛とエリカは衝撃を受けていた。

(か、科学部だと…?)
(この子たちが、あの悪名高い科学部のメンバー?)
(決して人前に出てこない引きこもり集団だと聞いたが……)
(明るいし、人懐っこそうな性格をしてるのね……)

口調も常軌を逸しているが、何よりその見た目だ。
なぜか科学部のメンバーは身長が140センチから150の小柄な人が多く、
明らかに小学生としか思えない超童顔の人もいた。

おまけに服装も自由だ。白衣を着る者は普通だが、猫の着ぐるみを着る者、
レーニンの顔がでっかくプリントされた真っ赤なトレーナーを着きたり、
猫耳カチューシャを付けたりと、もはや校則も何もあったものではない。
そして4人全員が大きな丸眼鏡をかけていた。

「太盛君。紹介するね。彼女たちは諜報広報委員部所属、
 科学部のメンバーです。飛び級の子が多いから年下の子ばっかりなんだけど、
 みんな優しくていい子だよ。私が何度か職場見学をして、
 すっかり仲良しになっちゃってさ」

最初はこうではなかった。
科学のメンバーは県外から天才児が集められており、将来BC兵器の設計図を
校内に残すことを目的に、研究以外のことではかなりの自由が認められていた。

彼女達のノルマは、定期的に実験結果と論文を諜報部に提出すること。
論文は中央委員部にも送る決まりとなっている。
もっとも送ったところで、中央委員部はガチガチの文系(法律系)が多く、
内容を理解できる人がいないのだが。

科学部のメンバーは通常の勉学からは完全に開放され、
好きなことだけをしていいために自由奔放で変わり者が多く集まる。
人間嫌いな人が多く、必要がなければ人と
永遠に関わる必要がないと本気で思っている子さえいた。

また前述の実験結果の報告義務が満たせるならば、
コロナ化でのリモートのように自宅での研究も許可されており、
総員24名に対し、実際の学校に来ているのはたったの4名だった。

その中に、ミウが突然職場見学を申し出た。
ちなみにアナスタシアがいじわるをして推薦文を書いてくれなかったので、
科学部側にはミウの正体がわからない。そのためみんなは部外者の美少女を色眼鏡で見た。

ミウが最初にしたことは、職場を綺麗にすることだった。
科学の実験室は、所定のゴミ箱からペットボトルやお弁当のゴミがあふれ出しており、
その辺に脱ぎ捨てた衣服も落ちていた。床も埃だらけである。

ミウは服を綺麗にたたみ、ゴミを片付けてあげた。掃除用具入れの中には、
きちんとゴミ出し用の袋が用意されていたので、やるのは簡単だった。
それから、改めて彼女らの実験の様子を眺めることにした。

ビーカーをにらみながら謎の液体を投入したり、
リトマス試験紙を用意したりと、ミウには何をしてるか分からない

ある女子部員が、イギリスのネイチャー誌(日本語訳)を読んでいたので、
ミウが声をかけると、話が弾んだ。ミウはロンドンで育ったから、
総合科学雑誌、ネイチャー誌の世界的な権威の高さはよく知っている。
英国民はみなこの雑誌を誇りに思っているものだ。

その女子部員は、飛び級の中二の女の子なのだが、
英会話に興味があり、多少は話せるようだった。

「んふふ〜。実はネイチャーを原語で
 読めるようになるのが、密かな夢なんだにゃ」

「You are a young girl now.
If you practice with me, you'll get better」

「え? なんて言ってるの?」

「My English is well. because I lived in London for many years.
you know? when I was a child, my father transferred from Tokyo to London.」

「ふにゃああ!! 英語ペラペラすぎて聞き取れないにゃあ!!
 イングリッシュとロンドンって単語しか分からなかったにゃあ!!」

英文の翻訳もできることから、ミウの英語はすぐに評判となった。
そしてすぐに入部してほしいと言われたが、その前にミウは
自分を取り巻く不幸な環境のことを、彼女達にじっくりと時間をかけて説明してあげた。

「高野さんは罪のでっち上げで2号室送りにされたんだっぺ。不幸だげなぁ〜」
「私やったら逮捕された時点で自殺しとるげー……薬一杯で楽に死ねるぜよ」
「うぐっ……ぐすっ……こんなに綺麗なのに、なんて不幸なお方なんだにゃ……」
「それなのに、にゃー達の実験室の掃除までしてくれて、なんて優しい方なのにゃ……」

普段から外界との接触がない彼女らは、典型的な世間知らずである。
天才にありがちな皮肉だ。そのためミウを不幸なヒロインとして認識してからは、
ミウをお姫様と呼んで慕うようになる。そして部への入部はいつでも大歓迎となっている。


「へ、へえ。なるほどね。とりあえず挨拶させてもらうかな。
 俺は堀太盛。ミウと同じクラスで、ミウの友達です。よろしく」

太盛は一人一人の目をしっかり見ながら、優しく微笑んで握手をしていった。
まるで男性アイドルの握手会のようだったので、男性に免疫のない
科学部の女の子たちはすっかり舞い上がってしまった。

「ふにぁあああ!! イケメンと握手できたにゃあ!!」
「諜報広報委員部に、こんなイケメンおらんげ!!」
「王子様にゃあ!!」
「ミウさんはお姫様!! 堀太盛さんは王子様!!」

この反応に太盛も心の中で舞い上がっていた。

(年下の子にまで人気があるってことは、
 俺って実はかなりイケてる男子ってことだよな?
 そういえば後輩の女子にもプリンスって言われたことあった……!!)

顔をだらしなくさせている旦那を見て、
怒りに燃え上がる人がいた。橘エリカ嬢である。

「こら。そこの子供たち。
 私の夫は安っぽいアイドルとは違うのよ。
 気安く彼と触れ合わないでくれるかしら」

「こ、こわ〜〜。目がマジだにゃぁあああ!!」
「みぎやぁぁああぁあ!! 典型的な束縛系の奥さんだでね!!」
「触らぬ神に祟りなしでねえがああ!!」
「おそがいがや!!」

彼女らはミウの背中に隠れてしまう。あまりにも子供っぽい演技だと
太盛は思っていたが、もちろん半分以上は演技だった。
また来ると言い、科学部のメンバーは走って帰って行った。

「あんな子供がうちの学園にいたなんて……知らなかったわ」

エリカにとって衝撃だったのは、すでにミウが科学部にまで
影響を及ぼしていることだった。実戦で使えるレベルの化学兵器を
極秘に所有していると噂の、あの科学部をである。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1165