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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第13回   本編 9 タチバナ
  第十二話 「総選挙では近藤サヤカさんに票を入れます」

足利市の山のふもとにある橘邸は、明治に建造された古風な洋館だった。
白を基調とした小さなお城のようなデザインで、
お日様の日差しを浴びられるバルコニーでお茶を飲むことをエリカは好んだ。

実はこの家は元々橘家の所有ではなく、党内の権力闘争によって国外追放された
栃木ボリシェビキの人間の家を、党の承認のもと、橘家が無償で引き取ったものだった。
きちんと手入れをしたら、じつに300年近く住むことが可能な、
しっかりとしたつくりの家であり古城だった。

住宅のある丘を降りると、農家の田園が広がる。
そこからしばらく歩くと、県道に差し掛かるが、橘邸の周りには人通りはほとんどない。
学園と同様に、この家も外界から隔離された特殊な空間なのであった。


「エリカ。あんた、いつかミウちゃんに殺されるわよ」

「またその話? やめてよ。食事がまずくなるじゃない」

この家には家政婦さんがいて、食事は彼女らが作ってくれる。
エリカが学校に持ってくるお弁当は作ってもっているから、
実はエリカが自分で作ったことは一度もない。

今日の夕食はビーフシチュー、豆腐ハンバーグ、スパゲッティサラダ、コーンスープだ。

普段のメニューは栄養バランスをしっかりと考えた洋食が比較的多いが、
うちの使用人は中華の方が得意だとアナスタシアがよく言っていた。

「私と太盛君の関係は生徒会に受理されてるのに、
 またその件を蒸し返さないでよ」

「太盛君とは仲良くやれてるの?」

「やれてるってば。しつこいな」

「あんたが生徒会の権力を利用して好き勝手出来るのも、
 私と兄さんがいる間だけなのよ。
 私たちが卒業した後はどうするつもりなの? 
 きっとミウちゃんが復讐しに来るわよ。
 ミウちゃんはがボリシェビキになってしまったらやっかいよ。
 あの子がどれだけ怖い子か、あんたは全然分かってない」

「ミウが狂暴なことは斎藤たちの一件でみんな知ってるわよ!!
 姉さんは毎日私に同じ話をしてくるけど、何が言いたのよ!!
 私に太盛君と別れろって言いたいの!?」

「太盛君とは付き合ってていいわよ。
 可愛い妹の恋愛だもの。応援はしてあげるわ。
 でもせめて、けじめをつけなさいよ。ミウちゃんに一言謝りなさい」

「私があの女に謝るですって? 絶対に嫌!!
 そもそも最初に彼を横取りししたのは、あの泥棒猫の方じゃない。
 私は奪われたものを取り返しただけよ。
 それにクラス内で反太盛派閥が不穏な動きを見せていたのは事実よ!! 
 高野は私が先導したと思ってるんでしょうけど、
 あれは太盛君が好きな女どもが勝手に引き起こしたもので、
 結果的に私は彼を救ってあげたのよ!!」

エリカがテーブルを拳で何度も叩くが、姉が何も言い返してこないので
食堂は静かになってしまった。給仕係の家政婦さんたちは例によって
厨房奥に引きこもってしまったのか、姿が見えない。

「……ふー」

「また、ため息……。姉さんのその癖。やめたほうがいいわよ。下品だわ」

「ごめんなさいね。これでも学校では責任者の立場だから疲れてるのよ」

「姉さん、最近顔色悪いし、食欲もないわよ。
 そのハンバーグ、全然手を付けてないじゃない」

「胃腸の調子が悪いから、油物はちょっとね。エリカにあげるわよ」

「いいの?」

「育ち盛りなんだから、遠慮せず食べなさい。
 太盛君もよく食べる女性の方が好みだって言ってたんでしょ?」

「姉さんったら、一歳しか年が違わないのに、私の母みたいな態度を取るのね」

と言いつつも、エリカはハンバーグの乗せられた皿をいただいた。

この橘邸では、炊事洗濯掃除、庭の管理をする使用人の他には大人がいない。
橘の三兄妹が、足利にある拠点「学園」に通うためのに用意された住居なのである。

父は娘たちが幼い頃に失踪したが、母親は実家の神戸に今でも住んでいる。
このご時世で呉服屋では食べていけないので、現在はマンションなどの物件を
扱う不動産業を営んでいる。もっとも不動産業なのは表向きであり、地下で活動する
政治団体(神戸ソビエト。別名、インターナショナル日本支部)の幹部なのであるが。

「おかえりなさいませ。アキラおぼっちゃま。すぐにお食事の用意をいたします」

「うむ。すまないね。ゆっくりでかまわんよ」

会長クラスの人間は、学園に宿泊用の施設が用意されているので、
泊まり込みが多いが、アキラは金曜日だけは家に帰るようにしていた。
彼はこの家では家長であり、母からは妹達の面倒を見てあげるようにと頼まれていた。

特に学年の違う、末の妹のエリカは、普段の学園では顔を合わせることもないため、
こうして夕食の席では、親心(兄だが)からか、つい小言を言ってしまうことがある。

時刻は7時40分を過ぎていた。

「お兄様。おかえりなさい。今日も遅くまでお疲れさまでした」

「うむ。楽にしなさいエリカ」

とアキラは言い、席に着く。とても高校生とは思えぬ迫力であり、
明らかに支配者のオーラが全身からただよう。

わがままなエリカが今まで学園で好きかってやってこれたのも、
兄の権力によって守られていたからであり、
また橘家では年長者は敬うものだと教えられて育っている。
だからこそ、兄に逆らうことはできなかった。

アナスタシアにとっては、普段は強きなエリカがへこへこしてるのを
見るのがささやかな楽しみでもあった。

「体育祭が終わったと思ったら、次は文化祭か。
 全く主催する側としては休む暇もないな。
 前会長はこれを涼しい顔でやり遂げていたのだから立派だよ。
 ただの軟弱ものだとばかり思っていたが、伊達に会長職の人間ではなかったのだな」

「お兄様も本当にお忙しい時期に会長をやられて、
 大変な苦労をされているのですね。心中お察しいたします」

「っと、妹相手に愚痴ることでもなかったな。
 ところでエリカ。さきほどアーニャと口論してなかったか。
 お前の怒鳴り声が玄関先まで響いていたぞ」

「え、ええ……。少々、声を荒げてしまいまして」

「ただの姉妹喧嘩にも思えんが、また例の彼の件か?」

「その通りでございます……。お騒がせしてしまい、すみません」

「頭を上げなさい。私はおまえを説教したいわけではないのだよ。
 ターシャ。どんなことで喧嘩になったのか具体的に教えてくれるかな?」

アナスタシアが、一部始終を丁寧に教えてくれた。

「ふむ……そんなことがあったとは。確かに例の書類は
 中央で受理されているようだな。まったく……お前と言う奴は。
 エリカ。権力の乱用はいかんといつも言っているだろうが」

「はい。申し訳ありません」

「おまえは私の可愛い妹の一人だ。おまえが、どうしても
 一人の男が欲しいと言うのなら、応援してやらんわけでもない。
 だが今回の件で高野君から恨みを買ったのは事実だぞ」

「はい……」

「気になったので高野ミウ君の経歴を調べさせてもらったが、
 彼女は中学卒業まではロンドンのインターナショナルスクールに
 通っていたようだな。そこでの成績は上位だったぞ。
 今の学園では日本語の文章の読み書きに難があるため、
 クラスでも成績は下位の方だが、決して頭は悪くない」

「はい」

「おまけに高野君には英語の翻訳という特殊技能がある。
 科学部にはいつでも入部できる状態だな。
 理系の人間は外国が不自由なものが多い。
 向こうからしたら、喉から手が出るほど欲しい人材だろう」

「はい……」

「ターシャが心配しているのはな、我々が卒業した後も
 お前を守ってやれる保証がないと言うことなのだよ。
 生徒会はお前が思っている以上に危うい組織なのだ。
 一度代が変わるごとに、組織が一変してもおかしくない。
 ボリシェビキの歴史が証明しているのだよ」

アキラは、ソ連の歴史を例に挙げた。
最高指導者のレーニンが死んだ後、政敵のトロツキーを暗殺した
スターリンが実権を握る。レーニンの意志を真に継いだのはトロツキーの方であり、
全世界同時革命を提唱したが、スターリンはソ連一国での社会主義革命は可能だと言った。

また、スターリンは晩年のレーニンから嫌われており、国家の最高指導者たる
資格はないとまで言われていた。レーニン政権下でスターリンは民族人民委員と言う、
全体から見たら格下の地位にいたわけだが、彼はアジア人的退屈さと辛抱強さにより、
自らが所属している「書記局」の勢力をじわじわと拡大させ、対立していた「政治局」を
やがてしのぐようになり、ついには最高権力者の地位を手に入れることに成功した。

ソ連の歴代政治権力のトップが、なぜ「書記長」と呼ばれるかと言うと、
本来なら政治局の一つ下の地位だったはずの書記局から、
スターリン率いる勢力が台頭し、いつの間にか多数派となり、
トロツキー派を国内から一掃することに成功したからだ。

そして、死者累計7000万人とも数えられる、「スターリンの大粛清」が行われるのだ。
副会・長高野ミウの姿は、そのスターリンに酷似しているとアナスタシアは思っていた。

ちなみに世界の歴史上、一国の最高指導者の指示のもと、組織的に自国民を
これほど多く粛清した国家は、ソ連以外に存在しない。今後もまずないだろう。

「お兄様のおっしゃってることが正論なのはよく分かります。
 でも私は太盛君のことを愛しています。私は高野さんに殺されるリスクよりも、
 太盛君に捨てられてしまうことの方が恐ろしいのです」

エリカはさめざめと泣いた。昔から好いた惚れたは人の自由と言うが、
今回の恋のライバルは高野ミウであるから、エリカにとって相手が悪い。

「そうか。お前の気持ちはよく分かった。私の方でも考えがないわけでもない。
 今から話すことは極秘事項だから他言無用だぞ。よく聞きなさい」

「は、はい」

「11月の生徒会総選挙だが、会長候補は現在のところ二名いる。
 組織部の高倉ナツキ、中央部の近藤サヤカだ。
 エリカはナツキ君とは顔見知りだが、サヤカ君を知っているかね?」

「いいえ、知りませんわ」

「中央委員部で勤務している二年生の女子だ。所属クラスはB組らしいが、
 多忙なので通常授業に参加する暇などないだろう。代表の校長が不在の時は
 代表代理を務めているほどには優秀で……」

そういえば、体育の合同授業の時に、体操服に近藤と書かれた女子を
見たことがあるかも、とエリカは思っていたが、今は真剣に話を聞く。

「分かりやすくまとめると、思想的に私に近いのがサヤカ君。
 アナスタシアに近いのがナツキ君だな。厳格主義と穏健派と
 言い換えてもいい。すでに選挙前の事前の人気投票を実施しているのだが、
 次の選挙はこの両名の争いになるとみて間違いない」

「今のところ、どちらが優勢なのですか?」

「半々と言ったところだな。
 中央委員部は示し合わせたかのように近藤君を押している。
 ナツキ君は諜報広報委員部から人気が高い。
 一部でボリシェビキ女子のファンもいるようだ」

ここでアナスタシアが口をはさむ。

「兄さん、保安委員部ではナツキ君の人気が高かったじゃない」

「そうだったか? ならばナツキ君の方が今のところ有利だな」

「エリカ。今のうちにナツキ君に媚でも売っておきなさいよ。
 そういう政治的な根回しは得意な方だったでしょ」

「いや……それはまずいかもしれんぞ」

「えっ、どうしてよ兄さん?」

「ナツキ君には交際相手がいるそうだが、その女、どうやら高野ミウ君の
 親友らしい。名前は、井上マユミ……」

「井上マリカですね!! 私は同じクラスなので知っていますわ」

「そう、その女、どうも頭が良く回る女みたいでな。うちの近藤サヤカ君とは
 また違う種類の切れ者らしい。ミウの親友なら当然エリカに敵対するはずだから、
 ナツキ君も今頃何を吹き込まれているか分かったものではないぞ」

「こわっ!! そんな奴、絶対に敵に回したくないわね。
 エリカが来年も生き延びるためには、
 サヤカさんが生徒会長になってくれた方がいいわね」

「うむ。そういうことだ」

「分かりました。総選挙では近藤サヤカさんに票を入れます」

「私もそうするわ」

「うむ。お前たちがそこまで気に病むこともない。
 私の方でも、可能な限りエリカの身の安全が保障されるように
 取り計らっておく」

熱いお茶を飲み干したアキラは、風呂に入ると言って席を立った。
エリカは恐縮して席を立ち頭を下げ、兄が食堂から出るまでそうしていた。

「お兄様が妹思いの人で良かったわね。エリカ」

「な、なによニヤニヤして」

「兄さんは、取り計らうって言ってくれたでしょ」

「それがどうしたの?」

「取り計らうってのはね、
 あとはこっちで上手にやっておくって意味なのよ。
 つまり近藤さんの当選は確実ね」

「え?」

「会長の権限にはね、普通の選挙と不正選挙の
 二種類が選択できるのよ。もちろん学園のためを思うなら普通に投票して
 決めるべきだし、最初は兄さんもそのつもりだったんだろうけど、
 今回は妹のために特別に権力を使ってくれるってことよ」

「そうだったの。お兄様……。私のためにそこまで。あとでお礼の言葉を言わないと」

「あの人は面と向かって感謝されると照れちゃう人だからよしなさい。
 それより次期会長の近藤サヤカさんと仲良しになった方がいいわね」

「うん。私もそう思うわ。でも接点がなさすぎるわね。
 今度、中央部のお仕事のお手伝いにでも行こうかしら」

「あっ、それなら文化祭前だから臨時派遣制度があるじゃない。
 各クラス委員は強制的に派遣される決まりになってるから、
 その時に中央委員部の幹部の人たちに挨拶でもしておきなさいな」

「そうね」

「私からも妹のことをよろしくって言っておくわよ」

「ありがとう。ターシャ姉さん」


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