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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第11回   本編7 ミウが科学部に興味を示す。
 第十話  「アナスタシアさんを恨んではいませんから」


10時過ぎ。晴天だが、風が強く校庭では砂嵐が吹き荒れている日だった。
アナスタシアの執務室でミウは自分の今後について相談をしていた。

「ボリシェビキになりたいですって?」

「はい。もしアナスタシア様が許していただけるのでしたら、
 諜報広報委員部の仕事に興味があるのです」

「あー、うちかぁ。んー。こう言っちゃうとあれなんだけど、
 諜報広報委員部の仕事は難しいよ? 中央委員部もエリートが多いけど、
 こっちはもっと頭使うから知恵熱出る。ほんと飴舐めないとやってけない。
 ちなみに保安委員部は最高のバカだけどね」

とアナスタシアは吐き捨てる。彼女が保安委員部嫌いなのはミウもよく知っていた。

「ミウちゃんが太盛君と破局したことでヤケになっちゃうのも
 分かるのよ。あの件は本当にごめんね。まさかボリシェビキが
 体育祭の準備で忙しい時に、あんな裏工作をしてくるとは思ってなくてさ」

アナスタシアは、ミウからエリカの件で苦情を言われたので、
さっそく諜報部の監視カメラを使って一部始終を把握した。
そして真相をミウにも教えてあげた。その時のミウは
怒り狂い、猛烈な勢いで毒(エリカの悪口)を吐き続けたが、
やがて感情の糸が切れてしまい、アナスタシアの胸の中でわんわん泣いた。

アナスタシアは「私はあなた達をカップルにしてあげたかったんだけど、
残念な結果になっちゃって、本当にごめんねぇ」と言い続けた。  

ミウは一通り泣いた後、「アナスタシア様は悪くないのに、八つ当たりして
しまってすみませんでした」と頭を下げた。アナスタシアは気を良くして、
その日から「ミウちゃん」と呼ぶようになった。自分のことは「アーニャ」でも
「ターシャ」でも好きなように呼んでいいと言った。

ミウは太盛とは疎遠になり、エリカを深く憎むようになったが、
逆にアナスタシアとは親密になったのだった。

「あっそうですよね……。私クラスでも成績が下の方ですし、
 やっぱり諜報広報委員部でやっていくのは難しいですよね」

「いえいえ。そんなことないわよ。ミウちゃんは英語がネイティブだったり、
 金融の事に詳しかったり、頭は良い方だと思うわよ。
 むしろ諜報のサイバー部からオファーがあってもおかしくない人材よ。
 でもねぇ……」

「でも、なんですか?」

アナスタシアが喉元まででかかっているが、言えないことがあった。
ミウは別の世界では生徒会の副会長だった。橘の双子の兄妹を訴えて殺害し、
自らが実権を奪い取った。会長のナツキが優柔不断でミウに惚れていることを
うまく利用し、学園史上まれにみるほどの恐怖政治を実行した。

強制収容所6号室、7号室は彼女の時代に作られたものである。

高野ミウは、見た目はおとなしそうに見えるが、生粋の革命家なのである。
アナスタシアは彼女の恐ろしさを良く知っていたから、
彼女が諜報広報委員部に入ってボリシェビキに目覚め、
万が一にでも頭角を現してしまう未来を考えているのだ。

「アーニャさん。具合悪いんですか?」

「い、いえ。大丈夫よ」

「アーニャさんのお仕事のお手伝いをして知ったんですけど、
 諜報部には科学部ってのがあるんですね」

「か、科学部……」

またアナスタシアは胃がキリキリと痛めつけられた。

前作・ママエル・クルガンでは主人公のミキオが諜報広報委員部に入り、
諜報部のサイバー部(資産運用、サイバーテロリスト)に所属した。
実は諜報部には、他にも科学の実験をしている科学部が存在する。

簡単に説明すると、科学部はBC兵器の開発をしている。
化学兵器(爆発物)と生物兵器(細菌、ウイルス)である。

「科学部は女子が9割で眼鏡率高いわよ。
 引きこもりの人が多いし、何かと理屈っぽくて付き合いづらいわ。
 部屋は常に散らかってて、変な薬品とかたくさんあって気味悪いわよ。
 裏山で定期的に行われる爆破実験で負傷する人も後を絶たないし、
 おそらく保安部以上に危険な仕事かなぁって」

「部室が散らかってるなら、私がお掃除してあげますよ。
 私は見ての通りお掃除が得意ですから。自称メイドですよ」

「ミウちゃん……文系よね?
 元素記号とか薬品の知識とか、いちから勉強するの大変じゃない?」

「実は科学のことは興味ないんです」

「え? じゃあなんで入ろうと思ったの?」

「勧誘のビラにこう書かれているじゃないですか。
 英語または外国語の翻訳ができる方、募集って。
 主に爆発物の設計図って、例えばネットのページは警察庁が
 検挙しちゃうから日本語ではヒットしませんよね。
 でも英語ならすごいたくさんの国の人が裏でやり取りしてるから、
 いつでもアクセスできる」

(そうきたか……)

と思い、アナスタシアはミルクティーのカップを一気に飲み干した。

「それと備品の整理整頓ができる人(主に女子)を
 募集って書いてありますよ。
 むしろ男子は来ないでほしいって感じの書き方ですよね」

「実質女子だけの部だからね。むしろ男子がいないのが不思議なんだけど、
 噂によるとかなり人間関係悪いわよ。だったらまだサイバー部の方が
 アットホームでやりやすいって評判だけど」

「実はこの前サイバー部の人に声をかけられて……」

「えっ、なになに。ナンパでもされた?」

ミウは首を縦に振った。

「なんか私のことが気になるみたいで、連絡先を交換しないかって言われたんです。
 もちろん断りましたけど。私が太盛君と別れたことって学園中に
 知られてるみたいですね。なんで私なんかに声かけたのか知りませんけど」

「ミウちゃんのことが好きだったからに決まってるでしょ」

「え。だって話したこともないのに?」

「男なんてそんなもんでしょ。ミウちゃんみたいに顔が良ければ
 そりゃ男が寄ってくるわよ。代表の私のところでお手伝いさんをやっるから、
 諜報部の方で噂になってたんでしょうね」

「きっと物好きな人だったんですね」

「あくまで自分が美人なことは認めないのね……。
 こんなに自意識が低い女子は始めて見たわ」

「ちなみに声をかけてきた人ですけど、
 三年生で名前は高木さんって人でした」

「高木君か……。恋愛には全然興味のなさそうな、
 典型的な仕事人間なのに積極的なことしたわね」

「今頃私の事サイバー部で相当噂になってるでしょうし、
 こうなってしまっては入るのは無理ですよ」

「あっちは男女半々だから、確かにね。それに入部後もしつこくナンパとか
 されたら、ミウちゃんも嫌になるわよね。あそこの連中は、言っちゃ悪いけど
 顔が悪い人が多いから。その中に美女を入れたら、もめるでしょうね。
 仮に高嶺の花でお姫様扱いされるにしても、女子からの嫉妬が怖いわね」

「はい。ですから科学部に。とりあえず見学だけでもと思いまして」

アナスタシアは、また背筋が冷たくなる思いがした。

科学部は伝統的に爆発物を作るのが得意だが、最近ではガス兵器の
開発に熱心である。兄のアキラは、さらなる恐怖政治の実行のために、
ガス室の設置まで検討していたから、アナスタシアは必至で止めていた。

将来、日本政府を転覆させるためのBC兵器の開発をしているのに、
未来ある学生をみじめに殺すためにガスまで使うなど、
アナスタシアはそこまで残酷な考えは持っていなかった。

仮に……
仮にである。

ミウが科学部でみるみるうちに科学の知識を身に着け、やがては
そのカリスマを発揮させてその部のリーダーにまでなってしまったら?

そして、アナスタシアが卒業した後、生徒会の代が変わり、
保安委員部がやっている拷問や銃殺刑に変わって、
生物化学兵器の実験台として囚人が使われてしまったら?

副会長時代のミウが、仮に生物化学兵器の知識があったとしたら、
ためらいなく囚人に使っていたことだろう。それも、本来の反革命容疑者を
取り締まるためではなく、私欲を満たすためだけに。
彼女が本来内に秘めている、冷酷な欲望を満たすためだけに。

「アーニャさん、さっきから様子が変ですよ。
 私がボリシェビキになりたいって言った時から、ずっと青白い顔してます」

「私は……あなたが怖い」

「えっ、どういうことですか?」

「今のミウちゃんは気づいてないでしょうけど、あなたには
 恐るべきカリスマが秘められている。その気になれば、
 全校生徒を屈服させられるくらいの」

「なんですかそれ。私は普通の生徒ですけど」

「いいえ。あなたは只者ではないわ。兄さんも言ってたでしょ。
 囚人にしておくには惜しい存在だって。だからこそ、
 あなたは私のそばに置いておきたかった。あなたが私の目の
 届かないところに行ってしまったら、何をするか分からないもの」

「ちょ、ちょっと待ってください。アーニャさんの中で
 私はとんでもない存在になってませんか?」

「白状するわ。太盛君とあなたをカップルにしたかったのも、実は打算だったの。
 あなたは大好きな恋人といられないとすぐ情緒不安定になって、
 すぐに冷酷になってしまうから。あなたは覚えてないでしょうけど、
 あの時のあなたは、恐ろしい女だったわ。
 罪のない人間を殺すことに何のためらいもなかった。ねえ知ってる? 
 拷問したり銃殺したりするのって、頭のネジが飛んでないとできないのよ。 
 だって人間には良心が備わっている。
 良心の呵責に打ち勝つのって、実はすごく難しい」


保安委員部の執行委員は離職率が高いことで知られる。

執行委員で特に過酷なのが、『銃殺』の仕事だ。
誇り高いボリシェビキとして悪を裁くと、
勇んで任務に望む若者たちだが、実際に無抵抗の学生を、
自分の指先一つで殺してしまうのだ。

銃殺は八人以上の委員が同時に発砲する決まりだから、
打たれた囚人は、体中から血が噴き出て、内臓が飛び散る。骨が見える。

死に様は、脳裏に残る。
その後も罪の意識に耐えきれず、ストレスからその場で吐き出す者、
三日間眠れない者、食事が喉を通らず嘔吐を繰り返す者、反応は様々だ。

日本人の執行委員は、半年以内に8割が脱落する。
だから、外国人ボリシェビキを多数雇い入れることでしか、
執行委員は維持できないのだ。 この仕事が勤まるのは、先ほどの
アナスタシアが言うように本物の冷酷な殺人気か、共産主義の理想のために
自分の感情一切を殺すことのできる「真のボリシェビキ」だけだ。
ミウの本性が前者であったことは言うまでもない。


「ちょっと待ってくださいよ!! さっきから何を言ってるか全然分かりません!!」

「分からなくてもいいの。お願いよミウちゃん。
 諜報広報委員部に入るのは考え直してほしいの。
 今後は私の秘書ってことにしてもいいわ。私のそばにいるなら、
 あなたは身の安全が保障されるのよ。それなら悪い話じゃないでしょ?」

「確かに秘書も悪くはありませんし、アーニャさんのことは好きです。
 なぜか私を怖がってるようですけど、そもそも私がアーニャさんに
 感謝してるくらいなのに、なんで怖がる必要があるんですか」

「でもあなたが力を手に入れたら、エリカを殺すでしょう」

「……それは」

実は科学部の最大の志望理由がこれだった。
ミウは図星を悟られないように言葉を続ける。

「エリカは橘家の人間ですよ。
 そんなことしたらアーニャさん達に恨まれちゃいますよ」

「私と兄は、今年で卒業よ。秋の生徒会総選挙で生徒会は代替わりするわ。
 私とアキラがいなくなった次の年はどうなの?」

「……」

「ほら。何も言えないでしょ。エリカのことは、本当に悪かったと思ってるのよ。
 私自身もね、かつてあなたに殺された身だけど、今のあなたのことは恨んでないわ。
 むしろ友達だと思っている。エリカはあんな性格でも私の大切な肉親。
 お願いよミウちゃん。エリカを殺さないで頂戴」

「……エリカを殺したりしたら、心優しい太盛君はきっと悲しんじゃいますからね。
 そんなことしないから大丈夫ですよ」

「どうして私の目を見て言えないの?」

「うっ……」

「私はこれでも諜報と防諜の責任者なのよ。
 嘘つきなんて一目で見破る訓練を受けているわ。
 あなたは、もう止まれないのよ。太盛君を奪ってしまったエリカを殺すために……
 生物化学兵器を作ろうとしている……人間を殺すなんて簡単よ。注射でもいい、
 飲み物に毒を仕込んでもいい。そしてあなたの場合は、一番エリカが苦しむ方法を
 考える。じわじわと体を蝕んで、後遺症に苦しみながら数年かけて殺す方法を」

「だって……エリカが悪いんじゃないですか」

ミウの瞳に怒りの炎が宿り、すーっと息を吸った。

「彼にクラス裁判のことをちらつかせて、無理やり太盛君を私から奪って!!
 しかも体育祭の当日にそれを言ってくるんて!! 本当にどうかしてますよ!!
 あれってクラスの女子に悪い噂を振りまいたのはエリカなんでしょう!!
 男子だって、橘家のエリカが怖いから、事なかれ主義で勝手に賛同して!!
 みんなして太盛君を追い込んで!! そもそも私だって好きで収容所行きに
 なったわけじゃない!! あの美術部の女たちも同罪だ!! 
 私をこんな目に合わせておいて、今頃のんきな顔して生活してるんでしょう!! 
 絶対に絶対に!! 絶対に許さないから!!」

アナスタシアの脳裏に、学園の支配者となったミウの姿が浮かんだ。
クラスごと収容所6号室行きとなった旧2年A組の生徒が、
健康診断と称した人体実験に参加させられる。

生きた人間でしかサンプルを得られることのない実験の材料にされる。
人体に有害な様々な薬品を投与されるのは序の口だ。
冷凍庫の中に数時間、閉じ込められ、凍った腕や足を斧で切断されたり、
炭素ガスを致死量まで吸い込ませて、どの程度で死ぬのかを計測したり、
新型爆弾の実験台となるため、裸にされて丸太に縛り付けれる被検体。

ミウの殺意が太盛に向かないとも限らない。かつてのミウは「ゴキブリ風呂」
と呼ばれた、ゴキブリの満載されたプラスチック製の箱の中に太盛を
閉じ込めたこともある。

太盛が200を超えるゴキブリの群れのために気が狂い、やがては生きたままの
ゴキブリをむしゃむしゃと食べ始めた。それをミウはニコニコしながら見守っていた。
側近の保安委員部の幹部たちが、戦慄していたのにも知らずに。

「あ、ごめんなさい。アーニャさんが悪いわけじゃないのに、怒鳴ってしまって」

「これで……あなたの気が済むわけじゃないでしょうけど、
 せめて美術部の子達だけでも叱っておこうか?」

「え?」

「うちのエリカも悪いことしたけど、
 ミウちゃんに嫌がらせしてたあいつらは、私も個人的にムカついてるのよ。
 どう? せっかく諜報部代表の私の権力があるんだから、
 あとであいつらをこの部屋に呼び出してして叱ってみない?」

「叱るって、わたしがですか?」

「そうよ。面と向かってあいつらに説教してやれば?
 化学薬品を使って殺すのも一つの手段だけど、
 案外口で言うだけでもストレス解消になるかもしれないよ」


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