20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第10回   本編 6 体育祭の準備
   第九話 「ちょっと話があるんだ」


あれから体育祭の準備は順調に進んだ。一般生徒たちの
クラスではクラス対抗リレーの練習と、玉入れの予行練習、
それから前述の集団種目の練習など、決して難しい内容ではないので
高校生の若い頭と身体ならすんなりと習得できた。

ミウはアナスタシアの執務室と、グラウンドを往復する毎日が続いた。
彼女はもうA組の生徒ではないが、皆と同じく汗を流せる時間があることに
喜びを感じていた。今から体育祭の本番を楽しみにしていた。

9月中でも日中は殺人光線のような日差しが注ぐため、
練習は夕方の一番最後の時間に変更となった。
6時間目の授業が終われば、みんなはそのまま帰宅することになる。
だからミウも太盛と校庭の隅で話をする機会があった。

「太盛君、話って何?」

「ああ、そのさ。昨日はメールの返事が出来なくてごめん」

「別にいいよ。でも前も同じようなことあったよね。
 確か4日前も返してくれなかった」

「うん。すまん」

「終わったことだから謝らなくていいよ。
 それで話したいことって、まさかそのことじゃないんでしょ?」

「こんなことここで言うのもちょっとあれなんだけど、
 やっぱりメールでは言いにくいし、はっきり言わせてもらうよ。
 俺と別れてくれないか?」

「え、いまなんて?」

「ごめん。別れてくれないか……」

ドクン……ミウの心に冷たい影が降りた。

「な……んで……? わたし、太盛君に何かした?
 嫌われるようなこと、何もしてないよね……?」

「君は悪くない。俺が悪いんだよ」

「せめて訳をちゃんと説明してよ。
 じゃないと納得できないよ。ねえ太盛君」

「もうすぐ帰りのHRが始まっちまう。またあとで話を」

「ちょっ……待ってよ!!
 私はA組の生徒じゃないから、
 いつでも太盛君と話ができるわけじゃないんだよ!!」

「あとで……電話するから。ごめん。急いで戻らないと
 俺が処罰されちまうんだ。許してくれ!!」

太盛は全力で校舎へと駆ける。素早い動作で靴を脱ぎ変え、階段を登って行った。
男女の脚力の差があるのでミウでは追いつくことはできなかった。

その日の夜、今か今かと待ち続けていたミウの携帯には連絡はなく、
不安とストレスで睡眠不足になる。翌日、太盛はなぜか学校を休んだ。
その次の日も休んだ。いよいよ体育祭の当日となった。

目の下に濃いクマをつけた太盛が登校してきた。
さすがに当日を下手な理由で休んだら逮捕される恐れがあるから当然だ。
だがミウにとって楽しみだった体育祭がすでに台無しだ。

選手宣誓の挨拶も、党のスローガンの斉唱も、ハンマーと鎌のマークの国旗が
掲げられた時も、何一つミウの耳には入らず、男子の列で整列している太盛の
姿だけをにらみつけていた。

午前中の集団行動のプログラムを問題なくこなし、お昼の休憩になる。
待ちに待ったイベントなのに、ここまで早く午前中が過ぎたのは生まれて初めてだった。
午後以降はボリシェビキによる集団演技の時間が大半なので、
休憩時間を含めて2時間近く暇ができる。

太盛はエリカと肩を並べてピクニックシートに座り、お昼を食べてたが、
そこへミウが突撃した。太盛はだし巻き卵をつかんでいた箸を丁寧に置いた。

「ミウか……」

「ミウかじゃないよ。なんで嫌そうな顔するの。
 早くこの前の事、説明してよ」

「いやぁ、食事時にするような話でもないんだよな。
 ほら。今は昼休みだから皆にぎわってるだろ」

「じゃあこっちに来て」

「うわっ」

無理やり林の方に連れて行こうとすると、エリカが立ち上がる。

「ちょっと高野さん。私の夫の食事の邪魔しないでくれるかしら」

「私の彼氏なんですけど」

「前はそうだったわね」

「え?」

「今は違うみたいよ。彼から直接聞いてみたら」

太盛は重苦しい顔をしながら、こう答えた。

「俺はエリカと付き合うことにしたんだ。
 だから君とは付き合えないだよ。ごめんね」

「は?」

「ごめん」

「は……?」

「いや、だから、ごめんって」

「は? まじで意味わかんないから」

「君が怒るのは分かっていた。だから中々言い出せなかったんだよ。
 メールをたまに無視したのは、つまりそういうことだったんだよ。
 あれで察しろって方が無理だろうけどさ」

「……いつからエリカと付き合ってたの?」

「もともと一年の春から付き合ってはいたんだよ。
 途中で少し関係がこじれちゃったけど、
 やっぱりもう一度やり直そうってことになって」

「なによそれ!! ほんとに意味不明なんですけど!!
 じゃあなんで私と付き合おうと思ったの?
 私の事からってたの?」

「からかってなんか……」

「からかってるじゃない!! 教室で初めて話した時、
 私の事、綺麗だって、可愛いって言ってくれた!!
 全部嘘だったってことなんでしょ!!」

「違うよ。ミウ。違うんだよ……」

すごい勢いでまくし立てられ、太盛が委縮してしまう。
ミウの声があまりにも大きいものだから、近くにいた女子生徒が
ボリシェビキ(本部席)に通報しようとしていた。
エリカが慌ててそいつに何事かを耳打ちして黙らせる。

エリカは、太盛に罵声を浴びせるミウの前に立ちはだかる。
自分の彼氏を守るように。

「見苦しい抵抗するのはよしなさい。
 あなたのせいで平和なお昼休みが台無しよ」

「誰のせいだと思ってるのよ!!
 私だって好きで怒鳴ってるわけじゃないよ!!」

「恋愛は個人の自由意志によって行われるべきなのよ。
 好きでもない人といつまでも一緒にいたところでなんになるの」

「人の彼氏を奪っておいて!! 何勝手なこと言ってるの!!」

ミウがエリカにつかみかかる。武道のたしなみのあるエリカなら、
その気になれば簡単に彼女を投げ飛ばすこともできるのだが、
本気で怒ったミウの迫力は想像を絶し、エリカをひるませていた。

そもそも女子のクラス委員でありボリシェビキの最高権力者を
兄に持つエリカに対して乱暴ができるのはミウくらいであった。

「いたっ……髪の毛をひっぱらないでちょうだい……抜けちゃうわ……。
 彼がはっきり分かれるって言ったのだから、認めて頂戴」

「あんたが無理やり言わせてるだけでしょうが!!」

「カップル申請書が……」

「カップル申請書……? そうか!! 申請書に私の名前が書いてある!!
 あなたのお姉さんのアナスタシア様が私にくれたんだもの!!
 ボリシェビキは私と太盛君の交際を認めてくれたんだよ!! 
 だったら、あんたは今すぐ彼から離れなさいよ!!」

「申請書は、上書きすることもできるのよ」

エリカは、勢いのなくなったミウの手をいなし、
伸びてしまった体操服の首筋を元に戻しながら言う。

「生徒会の中央委員部に新しいカップル申請書を受理してもらったわ。
 嘘だと思うなら組織委員部に問い合わせて見なさいよ」

※組織委員部には、生徒からの問い合わせ専門の番号が用意されている。
アキラ政権時代の「反革命容疑者・密告制度」を実行する際にも
この番号に連絡することになっている。そして組織委員部から、
専門の各部に連絡が行きわたり、容疑者の取り調べが開始される。

なお、学園生活の過去作において、生徒会総選挙でアキラが暗殺され、
ミウやナツキの代に代わると組織委員部は廃止され、中央委員部に統合される。

ちなみに問い合わせ先の番号は、学内ではイズベスチヤ(通信)と呼ばれた。
この番号に生徒がかける場合は、密告をおいて他にありえない。

「ミウ。ごめん。エリカの言ってることは本当なんだよ。
 君には申し訳ないと思ってる。どうか分かってくれないか……」

「君は本当に……エリカのことが好きなの……?」

「ああ、好きだよ」

実は嘘だった。

太盛はもし本音を言えるなら、今すぐにでもミウと縁を戻したいと思っていた。
彼がなぜエリカとよりを戻したかと言うと、エリカがクラス委員なのをいいことに
クラスの世論を巻き込んで彼を『少数派』に追い込もうと企んだからだ。

アキラ政権では、各クラスごとに前述の「密告制度」が導入されており、
各クラス委員の管理のもと、常にクラスごとに生徒を監視し、思想的に
正しくなさそうな学生がいた場合は、放課後などに教室で会議(裁判)を
行って反革命容疑者をさらし者にする。

クラスで有罪となったものは、最低でも保安委員部の「尋問室」に送られてしまい、
物語冒頭のミウのように自白を強要されるのは言うまでもない。

ボリシェビキとは、意外に思えるかもしれないが民主主義の多数派の原理を絶対重視する。

太盛は、エリカにこう脅された。

『高野さんは2号室奥になった囚人よね。今は姉さんのところで
 拾ってもらったようだけど、ボリシェビキでも一般生徒でもない、ただの囚人。
 そんな悪い人と、どうして交際を続けるのかしら? 
 アキラ兄さんが家でよく言ってるのよ。アナスタシアが勝手にやったこととはいえ、
 やはり囚人と一般生徒の恋愛など許すべきじゃなかったって。
 あなたとミウさんが付き合ってるのって、保安委員部や諜報広報委員部でも
 有名になってるみたいよ? 太盛君。保安部のみなさんに
 目を付けられちゃったら、今後の学園生活はどうるのかしらね?』

さらに、エリカはこうも言った。

『うちのクラスでは太盛君の評判がどんどん悪くなってるそうよ。特に女子から。   
 だってそうよね。ボリシェビキから一部の権力を譲られているクラス委員とも
 あろう人が、元2号室の囚人さんと恋仲なんだもの。ねえ。これってどれだけ
 危険な状態か分かる? 今後、反太盛君派が大半を占めてしまったら、
 クラス裁判を開く条件を満たしてしまう』

太盛はすでに血の気が引いているが、エリカはまだ耳打ちする。

『もちろん私は太盛君を愛しているわ。でもクラス裁判に発展してしまったら、
 あとは多数決の原理で全てが決まってしまう。
 ちなみにクラス裁判で有罪になった人は2号室行きが確定してしまうのだけど、
 太盛君は2号室に行くの、嫌よね?
 私だって愛する人がそんなところで生活するのは嫌よ。
 だからね、私は太盛君のためを思って言ってるの』

エリカは、生徒会から受け取ったカップル申請書を机に置いた。
エリカの名前は記入済み、判も押してある。

『太盛君は一年生の時にこう言っていたわ、絶対に生きてこの学園を卒業しよう。
 生徒会の皆さんに正しくない生徒だと思われないように、品行方正に、
 逆にクラスの皆をまとめあげるくらいの気持ちで頑張ろうって。
 だから私もあなたと一緒にクラス委員をやっている。ねえ太盛君?
 今自分が何をするべきなのか、自分が何をするのが自分の命を
 守るために最善の策なのか、太盛君なら分かるはずよね?』

エリカは、太盛にボールペンを握らせた。太盛は速やかに名前を記入したが、
ハンコがないことに気が付いた。エリカは、いっそ判などいらないと言う。

『組織委員部の代表のナツキ君は、私の知り合いなのよ。
 判子はあとで構わないわ。とりあえずこの紙を
 もって組織委員部に行きましょうか』

『ああ……そ、そうだね!!』

『うふふ。顔が引きっつっているわよ。こっちを向いて。汗を拭いてあげる。
 怖がらなくても大丈夫よ。私がクラスの悪意のある奴らから太盛君を救ってあげる。
 太盛君が私と付き合ってくれたら、それですべてがうまくいく。
 無事に学園を卒業できるわ』

つまり、太盛は保身のためにミウを捨てた。
捨てざるを得なかったのだ。

組織委員部経由で中央委員会に提出された新しいカップル申請書は、
一般生徒間の恋愛であり、また互いの意志が認められることから、受理された。
実は校長がすごい勢いでエリカに迫られたため、やむなく了承したのだが。

秋の体育祭、文化祭、そして生徒会総選挙で頭がいっぱいなアキラ会長に
とって細かいことなど気にしている余裕などなく。
人手不足で毎日仕事に追われている
アナスタシアも、そこまでは気が回らなかった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1184