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作品名:もしも、もしもの高野ミウのお話 作者:なおちー

第1回   序章 そのいち 
  第一話 「ミウちゃんは美術部に入りたいんでしょ?」


タイトルの内容を親友の井上マリカに言われるが、ミウはまだ迷っていた。
大好きな太盛君と同じ部活に入れば、近づけるチャンスなのに。

「で、でも私、絵が美味くないし」

「最初は誰だって下手じゃない」

「そうだけど」

「ミウちゃんって本当にうじうじしてるっていうか、
 後ろ向きな性格してるよね。
 昨日電話で絶対美術部に入るって言ってたじゃない」

「あれは!! 深夜のテンションだったから……。
 今になって思うと、ちょっと変かなって。
 だって今高校2年生の二学期だし、この時期に入部するのって
 みんなに変だと思われるじゃない」

「堀君狙いの事がばれるのが恥ずかしいの?
 堀君が好きな女子なんてたくさんいるんだから、
 気にしなくていいと思うけどな」

ミウの前の席にマリカが座っている。
マリカは椅子ごとミウの方に向けながら話をしていた。
現在は帰りのホームルームが終わっており、
教室に残っている生徒は少ない。

「や、やっぱり恥ずかしいよ」

「またそうやって遠慮する。
 ミウちゃんは美人なんだから、もっと自信持ちなって」

「私、ブスだよ」

「1年の時に話したこともない男子から連絡先聞かれてたじゃない。
 それにミウちゃんのこと綺麗だって言う人たくさんいるけど」

「あれは、たぶんお世辞だよ」

「ふーん、もしその中に、堀太盛君も含まれているとしたら、どうする?」

「え? 堀君がって……つまり」

「うん。案外あなたに気があるかもしれないよ?」

「な、ないない!! そんなの、絶対にないって!!」

マリカはわざとらしく大きくため息をついた。
親友の機嫌が急に悪くなったのをミウは察し、委縮してしまう。

「……さすが自意識の低さにおいては学内トップの女王様。
 今のあなたには何を言っても通じないだろうから、
 そういうことにしておけば?」

マリカはそろそろ時間だから、と言って席を立った。
マリカには付き合っている男子がいて、同じ学年の高倉ナツキという。
ナツキはボリシェビキの中枢の人間で、組織委員部の代表を務めていた。

マリカは決してボリシェビキには参加しないが、
好きな男がたまたまボリシェビキだったから
という理由で、彼に会うために組織委員部の部屋に毎日遊びに行く。

繁忙な時は書類の作成を手伝うこともある。
これは彼女にとって2重のメリットがあった。

生徒会長である橘アキラの圧政が続く学園内においては、
非ボリシェビキというだけで常に反革命容容疑がかかる。
アキラの時代に逮捕、監禁、粛清された生徒は相当な数に上る。

マリカはそんな彼らのやり方を嫌っていたが、一年生の時からナツキのことが
大好きだったから、彼と懇意の仲であることを学内に公表すれば、
粛清の手がそうそう伸びることはない。カップル申請書も提出済みだ。

大学進学のために学業に専念したいたからボリシェビキには所属しないし、
恋人がボリシェビキの幹部のため、ボリシェビキの今後の活動には一切の
邪魔をするつもりはないことを、各委員部の代表に伝えてある。

法律家を父に持つマリカは、そういった政治的なやり取りには抜かりはない。


「ど、どうしよう」

教室に残されたミウ。セミロングの茶色の髪(地毛が茶色い)を、おさげ風に
耳の高さでまとめている。まとめた部分に可愛いリボンをしていて今風の髪型だ。
遠目からは、普通のロングヘアーに見えないこともない。

パチン、と電気が消された。

すぐに「あっ やべ!!」

と男子の声が聞こえる。

「ごめんね!! 誰もいないのかと思って電気を消してしまった!!
 高野さんがまだいたんだね。本当にごめんね。今付けるから!!」

太盛だった。彼は放課後に各教室の見回りをしていて、たまたま自分の
クラスに誰もいないと勘違いして蛍光灯のスイッチを切ってしまったのだ。

「高野さん、ごめんねぇ。読書の邪魔しちゃったね」

「い、いえ!! そんな、全然!! 私は全然気にしてませんから!!」

「おや? 君が持っているのって、入部届の書類かな?」

「こ、これはですね!! その……」

「へえ。美術部かぁ。はは……実は俺って美術部なんだよね」

(もちろん知ってます)とミウは思ったが、間違っても口にはできない。

「君、美術に興味があったのか?」

「ええ……それなりに……」

「じゃあ入部しなよ」

「いいんですか!?」

「うわっ、びっくりした」

「ごめんなさい……つい声が大きくなってしまって」

「いや、こっちこそごめん。俺が馴れ馴れしく話しかけたから
 高野さんがびっくりするのも無理はないよ」

「いえいえ、堀君は全然悪くないですよ!!」

「はは……。なんか君は面白い子なんだね。
 さすが英国育ちって感じで、他の女子とは全然雰囲気が違う。
 英語とかペラペラなのに鼻にかけた感じもしないし」

「英語なんて……話せたところで学校の勉強には役に立ちませんから」

「そうかな? 俺はすごいことだと思うけどな」

ミウは、意中の彼とこんなにも会話ができたことで、
もう心臓が破裂しそうないほどに緊張し、高揚していた。
彼の瞳は琥珀色をしていて、透き通るようにきれいだった。

窓から差し込む夕日が、彼の姿をスポットライトで照らしてるかのように
感じられて、この世のものとは思えないほどだった。

実はそれは太盛も同じで、2学年でもトップと
評判であるミウの美貌を近くで堪能したのはこれが初めてだった。
彼はカンで分かったことがあった。ミウは、たぶん自分のことを嫌ってない。
むしろ仲良くなりたいと思っている。ならば……。

「美術部に入りたいなら入部届を出そうよ。
 俺今暇だからさ、一緒に職員室に行ってあげるよ」

「いいんですか? 私なんかが同じ部で」

「むしろ大歓迎かな……。だって可愛い人が同じ部にいた方が、
 や、やる気が出るじゃないか」

ミウはもしICレコーダーでも持っていれば、彼のセリフを一生
記録しておきたいと思うほどにはうれしかった。一番うれしかったのは、
入部させてくれることじゃない。彼に容姿を褒められたことだ。

彼は照れながら、顔を背けながらも確かにこう言った。ミウが可愛いと。

「高野さんってさ、き、綺麗だよね……綺麗って言うか、可愛いよね。
 今年になって同じクラスになってからずっと気になってたんだよ」

もはや告白とも取れる文句を彼は平気で言った。
そっぽを向き、無雑作に後ろ髪をかき、両手をズボンのポケットにつっこんだりと、
実に世話しない状態だが、彼なりに一生懸命に言葉を繋いだのだ。

ミウは3秒間だけ気絶した後、またすぐに意識を戻し、息を大きく吸った。

「あ、あのわたし、実はですね!!」

「うわっ……心臓が止まるかと思った」

「堀君のことがずっと前から好きだったんです!!」

そのあと、堀太盛が気を失い、
1分ほどして起き上がってミウの言葉を飲み込んだ。

そしてこう返した。

「じゃあ付き合おうぜ」

「はい……」

太盛がそっと手を差し出すと、ミウには宝物に思えたのか大切そうに触れた。
彼の手は冷たく、ミウの手は異常なくらいに暖かい。

こうしてミウは、美術部に入ることなく彼と付き合うことに成功してしまう。

もはや美術部に入る意味はないに等しいのだが、太盛がせっかくだと言うので
入部することにした。そしてそのことが、彼女を新たな運命へと導くことになるのだ。


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