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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第8回   夢が覚めたミキオ
 『川口ミキオ君……川口君……いつまで寝てるつもりだね?』

うるせえな。今気持ちよく寝ていたんだよ。
ソ連軍が最大の勝利を得た瞬間なんだぞ。
アメリカで例えるとミッドウェイ作戦並みの大勝利だったんだぞ……。

「教師閣下が怒ってるぞ。そろそろ起きろよ」

隣の席に奴に肩を揺さぶられる。
頬図絵をついていた頭部が、ガクッとうなだれた。

クラス中の奴らが、俺に注目していた。
恥ずかしすぎて死ねるぞこれ。

「同志川口よ。私の授業はそんなに眠るくなるのかね?」
「い、いえっ。同志閣下。とんでもないっす。俺はちょっと寝不足で」
「ボリシェビキに言い訳は不要だよ。本日の放課後、指導室へ来たまえ」

まじかよ……。
指導室は尋問室よりはマシだが(口頭注意のみ)、怖いことに変わりねえ。
クソッ。寝ても覚めてもボリシェビキの恐怖におびえながら生きなきゃならないのか。

どうやら今は世界史(主にソ連)の時間だったようだ。
俺は今朝のマラソンの授業までの記憶しかねえが、
いつの間に4時間目になっていたんだ。
自分が別の世界からここにワープしたんじゃないかって思うほどだぜ。

すぐに昼食の時間になった。一階の大食堂に集合だ。

あ、昨日のデコレーション(大祖国戦争勝利)はまだ外されてねえのか。
朝方にみんなで撤去する手はずだった気がするけどな。俺の気のせいなのか。

下手くそな折り紙やシールが貼ってあるだけで、まるでクリスマス気分だ。
ソ連は無宗教なんでクリスマスは禁止だが。

昼食はうどんやそばが多い。今日は冷やしうどんだ。具はワカメとネギと油揚げか。
シンプルだね。おかずはサラダだけかよ……。と思ったら、から揚げもあった。
意外と気が利くな。さて。今日は何分で間食できるか時計とにらめっこだ。

「こんにちわ」
「おい、この食堂は男子専用なんだが」
「私は看守の立場だから、どっちの側にいても自由なんだよ」

また斎藤マリーさんの登場だ。
食堂には俺らを見張る目的で看守が何人か立ってる。
そのうちの一人がなぜか斎藤……。
前も言ったが、元囚人のくせに偉そうにするんじゃねえよ。

だが待てよ。
そんなにも俺に話したいことがあるなら、むしろ邪険にするべきじゃないか。

「食べながら話すのも行儀がよくない。すぐ食べ終わるから待ってろ。
 だがよ。ここだと人目がちょっとな……。廊下で話をするんじゃだめか?」

「いいよ。じゃ、あっちの非常口の前で待ってるからね」

そう言って斎藤は消えていった。

つーか、まだみんなの食事が終わってねえんだけど。
囚人を見張らなくていいのかよ。

俺は7分12秒で間食し、廊下へ出た。非常口ってどっちだ?
トイレのある通路を通過して、適当に進むと……ここのようだな。
ここって食料や備品の搬入口の近くなんだな。普段の俺らは近づく機会がねえわ。
脱走を疑われるのが嫌だから、こんなとこに長居したくないんだが……。

「さっきの夢。見てたよ。やっぱり川口君は勇敢な兵隊だった」
「おまえ……なんでまた小さくなってんだ?」

斎藤は幼女に変身していた。7,8歳くらいだと思う。

「私もね、前に夢の中でソ連軍に…」
「その前に俺の質問に答えろ!! なんでお前は小さくなってんだよ!!」
「誰だってたまに身長が縮む時ってあるよね?」
「ねえよ!! ふざけてねえで真面目に応えろよ」

胸ぐらをつかんでやろうかと思ったが、やめた。相手は軍服を着ているんだ。
信じられないことに、幼女サイズの看守服(軍服)があるとはね。

「私はねぇ、本当はマリンだから」

俺は10秒間考えても、意味が分からなかった。

「ミキオくんは私の名前、知ってる?」

「斎藤マリエじゃねえのか?」

「今は違うよ。マリンっていうの。堀マリン」

「……芸名か……ペンネーム?」

「本名だよ。私は太盛お父様の娘だから」

言ってる意味は分からないが、こいつの正体はマジで人じゃない気がする。
現にこいつは今俺の前で幼女に変身してしる……。
ついさっき食堂で会った時は、高校生の姿だったはずなのにだ。

それに俺の夢の話にまで口を出していた……。
俺の夢をこいつはどうやって知った? ……ありえん。
俺は誰にも話してないし、俺以外に絶対に知りえない情報だぞ。

俺は神や精霊、幽霊なんか信じるタチじゃない。
非科学的なことを俺の脳は否定してきた。
だが、この女は間違いなく人じゃない。

「あなたは、7号室の囚人の中でも特別。
 私のお父様を刺し殺そうとしたことがあるでしょ?」

重要なのは、事実を認めることだ。考えるのはそのあとでいい。
どんな時でも論理的に考える。落ち着いて。焦った時こそ深呼吸しろ。
あの時、先輩のソ連兵に教わったじゃないか。

「確かに殺そうとした。未遂で終わったがな。で、マリンさんは
 何が言いたいんだ。俺を殺せば満足するなら抵抗はしないが」

嘘だ。
俺はいつでも目の前の女を絞め殺す覚悟はできていた。
相手が誰であれ、ただで殺されてたまるもんか。

「衝動に任せて人を刺すことなら誰にだってできる。
 でもね、戦争の極限状態で人民のために戦うことができる人は勇者。
 無抵抗な相手に暴力をふるうのとは、わけが違うから」

「俺はそんな大した存在じゃねえ。ただの囚人だよ。
 夢の中だって必死に戦っただけだ。
 本当だったらチビってたし、うんこ漏らして命乞いしてたよ。
 あれは現実じゃねえって頭で分かってたから戦えただけだ」

「それでも、すごいよ」

と、ここでチャイムが鳴った。収容所とはいえ、
普通の教室と同じように5時間目の授業は用意されている。
確か5時間目は……論文作成だったかな?
美術だったかもしれない。
最近物覚えが悪くなったな……。夢見が悪いせいだろうか。

「悪いな。話はこれまでってことで」
「うん。またね」

自称マリンは、笑顔で手を振ってくれた。
俺には幼女趣味はないはずだが、恋愛とは無縁の囚人生活を送る身にとっては
花のように美しく感じた。斎藤は間違いなく美少女だった。

囚人にも月一でスポーツ観戦(大食堂の大型テレビ)
の日が設けられてるんだが、フィギュアスケートの女の子に
こいつそっくりの顔の娘がいたな。
名前はえっと……思い出せない。まあどうでもいいや。

そして放課後。

収容所に設けられた指導室の扉を開けると、教師閣下が腕組して待っていた。

机の前には一枚の原稿用紙。
ようは反省文を書けと言うことらしい。上等だ。
俺は文を書くのは得意だ。
理系の奴ら(同じクラス)には文才のない奴らが多いが、俺は違う。

さて。居眠りした件を、これでもかというくらいに反省しまくる。
半分まで書いたところで書くネタがなくなる。当然だ。
仕方ないので知恵を絞り、ソ連の政治制度のすばらしさを褒めておく。
本筋から外れてるように思えるだろうが、教師や看守共にコビを
売るにはこれくらいのネタしか思いつかない。

集中して書いていたら、時間が過ぎるのはあっという間だ。

さて。残り時間はどうだと、壁時計を見上げる。

「うん。よく書けてるみたいだね。満点だよ」

「なっ」

俺の目の前には中年の男性教師(馬面)が足を組んで座っているはずだった。
そこにいるのは斎藤マリエ……。
もう……なんでこいつがここにいるのかなんて、突っ込むのはやめにしよう。
何度見ても、こいつ美人だよな(現実逃避)

「それじゃ、もう宿舎(ベッドルーム)に戻ってもいいっすか?」
「だーめ。夕飯の時間まで私とお話しをしないと」
「……最近俺、女子バレーにはまってるんだよね」
「なにそれ? つまんない。そんなこと話しに来たんじゃないよ」

ぶん殴ってやろうかと思ったが我慢だ。

「私のことをあなたに話しておこうと思ってね」
「……今日は高校生の姿なことも含めて説明してくれると助かるぜ」

斎藤は凛とした姿だった。
長い茶髪の髪の毛が、看守服にかかる。こいつの髪は随分伸びたな。

俺たちが収容所にぶち込まれたのが昨年の革命記念日(11月)
あれから半年の月日が流れて今は高校二年生の5月。

斎藤の毛先にくせのかかった髪の毛は、今では腰に達するくらいの
長さになっていた。俺と同じクラスにいた時はセミロングだったのを覚えている。
少し長すぎないか? 女の髪は長すぎても不衛生に感じるぞ。

「私の正体はね」

俺は一字一句聞き漏らさないように細心の注意を払った。

斎藤マリエというのは、神様から頂いた仮の姿らしい。
こいつの正体は堀マリン。
あの堀太盛と橘エリカの間で生まれた末の娘。
三人姉妹の一番下。

この女(正確には精霊)は、時空を超えて堀太盛を不幸な運命から救おうと
頑張っている。だが、そのたびに嫌な女が現れては邪魔をした。

まず高野ミウ。堀の恋人だった女。奴は去年の冬に死んだ。
生徒会で内部粛清されたのだ。
ユーリ? 知らない女性の名前だが、今この時空では存在しないらしい。
クロエ? あのボリシェビキのフランス人か。

続いて橘エリカ……。おいおい。おかしいだろ。
エリカは、お前からしたら実の母親にあたる人だろ。
母親を恋敵ってのもおかしな認識だが、母親を抹殺してどうする。
お前が生まれてこなかったことになるぞ。

「それはあなたの早とちり。
 私が殺したいのはババア(エリカ)じゃない。
 堀太盛のほうよ」

「なんだって!? そっちの方がおかしくねえか。
 自分のお父様を殺して何の得がある? 
 そもそもおまえは父親を憎んでるようには見えないが?」

「私はね。ずっと多くの時間を生き続けてる。
 もうね。彼を想い続けるのも疲れたのよ」

永遠に報われない片思い……。
実に父に対して抱く感情としては異常だと思うが、
まあ好きになったもんはしょうがないだろう。
人間は過ちを犯すようにできてるんだ。
俺は聖書と同じく性悪説を支持している。

「ミキオくんなら、太盛を殺してくれるんだよね」

「はぁ!? 俺にそんなことを望んでたのかよ!!
 俺に話しかけていた理由がそれ!? 冗談じゃねえぞ!!」

「一度は刺し殺そうとしてくれたでしょう?」

「あれは……魔が差しただけだ。二度とあんなことできるかよ!!」

「でも…」

「うるせえ!! それ以上しゃべるんじゃねえ!!
 いくら指導室とはいえ、盗聴されてるかもしれねえんだぞ!!
 めったなこと口にしたら、俺は尋問室どころか地下の拷問室行きだ!!」

俺は机をちゃぶ台返ししてから逃げ出した。さすがに斎藤も怒ってるようで
怒声が響くが気にしない。もう二度と斎藤の話を聞いてやるつもりはなかった。

その日の夜だった。

俺はいつものように品行方正な囚人を演じつつ、就寝時間を迎えた。
今日もかかさず日記をつけた。さすがに斎藤との一件は伏せているが。
俺は几帳面な性格をしていると人から言われる。
日課としていることは絶対に欠かさないのが美徳だと思っている。

ベッドに横になり、布団をかけ目を閉じる。館内放送が鳴る。

『囚人番号23番。囚人番号23番。直ちに指導室へ来なさい。繰り返す〜』

この手の放送はよくある。
恒例の反革命容疑者が逮捕される瞬間だから囚人共は震えてやがる。
もっとも、品行方正な俺には関係ないことなので、安心して眠る。

「23番って……あそこの奴だよな?」
「ああ、間違いねえよ」
「平気な顔で寝てるぞ……」

なん……だと……?

「おーい、放送で呼ばれてるのって、おまえのことなんじゃねえのか?」

下のベッドの奴が、やんわりと残念な事実を教えてくれる。
俺の囚人服の胸ポケットに書かれている番号は「23」だった……。

(たぶん、斎藤の呼び出しであってほしいが……確証がない)

収容所7号室では罪のでっち上げは日常茶飯事。これは前にも述べたな。
だからこそ、俺は今夜拷問される覚悟をしないといけない。
天国から地獄へ落とされた気分だ。

俺は震えながら指導室の扉を開けた。

「やっほー」

斎藤だ……!! 
安心したぞ……!!

だが……どうも怒ってるようだが……。

「これは話の途中で逃げてしまった罰ね」

ビンタされた……。

いってえ。不意打ちだったから唇を切ったぞ。
斎藤がバツの悪そうな顔でハンカチを差し出してくれた。
おしゃれなハンカチを汚すのは悪いと思い、
俺は遠慮して自分の手で血をぬぐった。

「ごめんね。手加減したつもりだったんだけど」

「いいよ。それより話の続きだろ? 
 寝不足になるのは嫌なんでさっさと話を進めるぞ」


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