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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第3回   川口ミキオの夢。ママイの丘
スターリングラード攻防戦は、
母なる大河「ヴォルガ川」を背にソ連軍部隊が展開し、持久戦を展開。
そのソ連軍をドイツを第六軍率いる枢軸国諸国が完全に包囲した。

地獄の攻防戦は、1942年6月28日 - 1943年2月2日 まで行われ、
死傷者は枢軸側が約85万人、ソビエト側が約120万人と見積もられた。

街は瓦礫の山と化し、開戦前に60万を数えた住民が終結時点で
およそ9800名にまで減少した。

ソ連の息の根を止めるために参加した枢軸国諸国は、

ドイツ帝国。
イタリア王国。
ハンガリー王国。
ルーマニア王国。
クロアチア独立国。

以上の五ヶ国である。

これにロシア祖国解放軍(ソ連を裏切った兵)も入れるとさらに増える。

枢軸国軍の最大兵力は200万を超えた。そのうちの過半はドイツ兵である。
開戦時、圧倒的な練度を誇り、ソビエト領土を蹂躙した、
B(べー)軍集団から派生した陸戦部隊が主である。

かつてスターリンは、英国のチャーチルに苦情を言った。

「ソ連はたった一国で、これほど多くの国の攻撃を一身に受けている。
 連合国側の支援が期待できないのであれば、ソ連は単独講和することもあり得る」


※ミキオ

ママイの丘へ殺到した突撃班、第一波はすぐに撃退された。
全部で6つの班からなる部隊だった。

一つの班が、5、6名の人数で編成されている。
ドイツ歩兵を蹴散らしながら、ママイの丘の頂上付近にたどり
着いたのはいいんだが、そこへ急降下爆撃機が襲い掛かった。

あの独特な風切り音。ドイツ野郎どもは、投下する爆弾に
鈴をつけることによって、俺達を恐怖させる。

シュトゥーカ爆撃機は、同じ場所に何度も爆弾を落としていった。
全部で4機の編隊……なんだろうか?

入れ代わり立ち代わりで爆弾を落としては兵隊を吹き飛ばしていく。

土が一斉に盛り上がる。ヘルメットだけが、こっちに飛んでくる。
生首か……。

「突撃命令があるまでそこで待機せよ」

上官が俺に言う。

俺が所属するのは、突撃第8班だった。
陸上から丘を見上げる位置で隠れている。
ドイツの砲撃によってめちゃくちゃにされた
トーチカの残骸(レンガ)は、身を隠すのは絶好の場所だ。

シュトゥーカが去った。
その代わりに、ドイツの歩兵共が丘の頂上に殺到し始めた。
あいつら、どこにこんなに隠れてたんだってくらいの人数だ。

まだ生きている味方の兵隊が皆殺しにされていく。
足に銃弾を食らって動けない兵隊にも、ドイツ野郎どもは容赦なく
銃弾を食らわせて殺していく。捕虜を取るつもりなんてないらしい。

頂上は完全に制圧されている。
このままじゃ、ドイツ野郎どもが、俺たちのいる側にまで降りてきてしまうぞ……。

笛が鳴った。督戦隊(NKDV)の制服を着たやつだ。
あいつらは内務人民委員部から派遣された、生粋のボリシェビキ。
戦闘中に命令違反をした奴を後ろから撃ち殺すためにいる。

「突撃第二班、第三班、第四班、残存の工兵隊!!
 一斉に丘へ突撃せよ!!」

俺は……怖い。
今目の前で起きてることが夢だってことは理解してる。
だが、それでも死ぬのが怖い。

ここからなら、ドイツ野郎の目が見える。
見ろヘルメットの下から除く、あの青い目を。

奴らはソ連人のことを劣等人種(ウンターメンシェン)と呼ぶ。
俺らを殺すことに何のためらいもない。
女子供も平気で銃剣で刺し殺して川に捨てる。

ソ連人なんて生きてる価値がない。平気でそう言う。だからだろうか。
俺はソ連人でもないのに、いざってときは戦おうって思ってしまうのは。

「貴様!! どこへ向かおうとしているのか!! 敵はそこにはいないぞ!!」

味方の兵隊がボリシェビキに打ち殺されていた。
どうやら隣の班の連中が、脱走しようとして失敗したようだ。
なんでそんな無駄なことをしたんだ。

俺たちの班は、「ウラアアアアアア」と奇声を発しながらドイツ軍の方へ殺到した。
俺には連射式の短機関銃がある。もう照準なんてどうでもいい。
目の前の敵に撃ち尽くすまでだ。

ヒュン。という風切り音がしたと思った。耳の横を通った……!!
ヒュンヒュンヒュン……と続けて何かが飛んでくる。重みのある音だ。

「あ……」

俺は脱力して右肩を前に出した状態で、倒れた。
ずるずると、斜面を俺の体がすべり、すぐに止まった。

撃たれたのだ。

おかしいことに、敵の正面じゃなくて、全然関係ない真横から
機関銃の射撃を受けてる。どうやら待ち伏せにあったらしいな。
ドイツの奴らは賢いから、こっちには見えない角度で機関銃を仕込んでる。

俺の軍服の胸ポケットが血でいっぱいになってる。
他の兵隊はどうなった……?

きっと殺されたか。俺は撃たれた割には頭がはっきりしていて、
付近からドイツ語が飛び交うのが分かる。はは……。
ドイツ軍に突撃しても勝てるわけねえよ。相手は戦闘のプロだぞ。

フランス軍やイギリス軍ですら一か月しか戦えなかった相手に、
生まれたばかりのソ連軍が勝てるわけねえだろ。この戦争を引き起こした
ヒトラーをぶっ殺してやりたいが、無謀な戦争を引き起こした元凶の
スターリンもいっぱつ、ぶん殴ってやらねえとな。

ドイツ兵は、俺の体を蹴り飛ばしながら前進を続けたようだ。
丘の先には守るべき工業地帯がある。だから俺たちは何としても
ママイの丘を死守しなければならなかった。くそ野郎……。
戦う気力があっても体が動かないんじゃ、どうにもならねえよ。

その時だった。

ヒューン、と風を切る音がした。どうやら大砲が飛んでいる音のようだ。
俺の死体に向けて発射したんじゃないかってくらい、
丘の周辺を爆弾が埋め尽くしていく。

ソ連側の反撃が始まったのだ。
ヴォルガ川東岸には、猛烈な数の大砲が用意されている。
そっちは地理的にドイツ側の射程外のため、
ソ連の長距離砲撃用の陣地が構築されていた。

丘の地形を変形させる勢いで砲撃が続く。
粉砕されたドイツ兵の死体が、俺の上に重なった。
内臓の一部がはみ出してる上に、右足もなかった。

……まったく、なんて砲撃の仕方だ。味方ごと撃つなんてよ。

司令部の奴らは、敵が制圧した陣地で顔を出してこないからって、
俺たち歩兵をわざと突撃させて敵をあぶりだす。
そこで一斉砲撃で一網打尽にしようって魂胆だ。
とてもまともな人間の考える作戦じゃない。……悪魔だ。

15分の砲撃のあと、「ウラアアアアア」とソ連軍の突撃が開始される。
ドイツ軍部隊は完全に蹴散らされたか。丘一帯はソ連のものになった。

味方の兵隊が俺の『死体』を引きずる。

おかしな話だ。

俺は死んでいるはずなのに、意識があるんだ。
夢の中だからだろうか。夢だったら。なんで俺は戦う必要があったんだ。

それにしても荒っぽい引きずり方だ。
おい。誰だか知らねーが、英霊の体なんだ。もっと丁寧に扱えよ。

「それは失礼しました。ごめんなさいね。ミキオくん」

女の声……?
その女性兵の正体は、斎藤マリエだった。
俺の夢はそこで冷めた。


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