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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

最終回   7/31 花火大会の夜。ミウと太盛は仲良し
※三人称

体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下付近には人がいなかった。
そこにベンチがあったので、ミウはそこに腰かけ、横に太盛の車イスを置いた。
太盛が顔に汗をかいていたので、ミウはハンカチでふいてあげた。
夕方は虫が多くなるので腕に虫よけスプレーを吹きかけた。

「ミウは本当に優しいんだね。女神みたいだ」

「好きな人のためだから当然だよっ」

「俺みたいな、顔面が変形しちまったブサイクな男でも、
 君は好きでいてくれるのかい?」

「太盛君は今でもすっごくカッコいいよ!!
 少し顔の形がイメチェンしても太盛君は太盛君のままなんだから!!」

「ありがとう。ミウ。手を握ってもいいかな?」

「はい。どうぞ」

暖かいミウの手と冷たい太盛の手。重なり合ってちょうどよかった。
夏場でも夕方になると風が吹き始めて暑さが少しは和らぐ。
裏の林がカサカサと音を立てて揺れていた。

「キスしようか?」

「い、今はダメだよ」

「誰も見てないじゃないか」

「どこに人目があるか分からないじゃな〜い。
 そういうのは帰ってからにしましょうね?」

本当に人目はあった。花火打ち上げ開始の10分前。
主催側のボリシェビキの係たちは、だいたいの準備が終わって暇になる。
これ以降は何かトラブルでも起きない限りは自由時間に等しかった。

そこで『渡り廊下のベンチにミウと太盛がいるわよ』
と誰かが噂をすると、一斉に人だかりができた。

「なんだか急に人が増えてきたな」
「ほんとだね。さっきまで誰もいなかったはずなのに」

ボリシェビキにはミウや太盛に恨みを持つ人が多くいたが、
一般人となった彼らを襲撃しようとまでは思わなかったようだ。

実はこの時点でミウを殺すのは簡単だった。

ミウの護衛であるファンクラブの連中は、
ふたりのラブラブ状況を見て発狂し自然消滅。

ミウを守るべきものはもう何もなく、こうなってしまっては
高野ミウは154センチの小柄な女の子に過ぎなかった。
運動部でもないから力も体力もない。
やろうと思えば男子中学生でも彼女を素手で殺せるだろう。

ミウはそれを承知の上で、太盛とカップルでいることにこだわった。
普通に考えれば遠くに遊びに行けばいい。なぜわざわざボリシェビキが
支配する学園でデートしたのか。理由は彼女もまたこの学園が大好きだったからだ。

彼女らは高校三年生の最後の夏を過ごしている。
ここでの思い出はたぶん一生のものになる。
彼と会えない時間が多かった去年の
思い出を取り戻すように、この夏にはこだわった。

「みんなが見てるから気まずいね」
「場所変えるか?」
「変えてもたくさん着いてきそうだよね」
「困ったなぁ。芸能人は大変だよな」
「そうかもねww」

仮にこの学園に芸能記者クラブがあれば、
ふたりの記事が一面を飾ったことだろう。

ただデートしてるだけなのに、人だかりはすでに50名を超えて
スマホで写真や動画を遠慮なく撮られている。太盛は余裕で
笑っているが、ミウは顔が真っ赤になってしまう。

そこへ意外な人物が。

「ふたりとも、そこにいたのね」
「あ、ママ」

高野カコが登場した。ミウの実の母である。

「久しぶりね太盛君。一年も会わないでいると、
 随分と凛々しい顔立ちに成長するものね」

「はは……ジェイソンのホッケーマスクみたいな顔に
 イメチェンしたんですよ。意外と似合うでしょ?」

「ママっ。太盛君に失礼だよ!!」

「冗談で言ってるのよ。ねえ太盛君?」

「ええ。カコさんのジョークはいつもキツイですからね。
 英国風って感じで」

太盛は去年の夏休みに高野家のマンションを訪れていたから、
カコとは知り合いだった。カコは顔の綺麗な太盛を一目で気に入っていた。

カコは娘が半年以上不在だったことを特に気にしておらず、
ミウが突然家に帰って来た時も「長い寮生活だったのね」と
疑う様子もなかった。とんでもない母親である。

実はそれは冗談で、娘が昨年死亡したことを学園側からは
知らされていたが、事実を受け入れられず発狂していたところ、
つう最近になって娘が生き返ったことを知った。

カコは大いに混乱して、役所に出したはずの死亡届を取り消そうとしたが
そんなものは初めから届いてないと言われ(粛清の場合は戸籍の記録が消される)
「初めからあの子は死んでなかったのよ。私の気のせいだった」
と究極の結論を出すに至ったのだ。

三人で入場門件受付で氏名を記入し、会場へと入る。
自由席はほとんど埋まっていたが、まだ余裕がある。
ミウが目立つのが嫌だと言うので、目立たない端の席に座った。
できるだけ後ろの方を選んだつもりが、

「ミウの母親がいるぞー!!」
「えええ、うそおおお!? あの人が!?」
「おいマジだよ。あの人がお母さんだよ!!」
「つーかあの人たち、親公認だったの!?」
「卒業後に結婚するって噂は本当だったのね!!」
「そこの奴。俺の前で立つなよ。よく見えねえだろうが!!」

ついに時間となった。

花火大会の開催の挨拶が会長からもたらされるが
彼らのほとんどは高野カコらに夢中で誰も聞いてなかった。
まっすぐ前を向くべきなのに、花火とは関係ない席の方に
集中してるのだからおかしなものだ。

一発目の花火が上がる。重みのある低音が、空から降って来た。

ドーン。ドーン。花火が次々に上がり、空に模様を描いてく。
色彩も豊かで、間の取り方もうまい。

「きれいだね。太盛君」
「ああ、きれいだ」

さすがにこの頃になると、自由席の皆は花火に集中した。
カコはニコニコしながら娘たちの様子を横目で見守っている。
「結婚式はいつにしようかしら?」と言ってミウを照れさせた。

連続花火がさく裂し、大衆からの拍手がわく。
一連の花火が終わった後、闇夜に濃厚な煙を残したのだった。

「なあミウ」
「なぁに?」
「君はこことは違う、別の世界があることを知っているか?」
「知っているよ。私は別の世界からここに来たんだから」
「元の世界のことを覚えているか?」
「私は太盛様の家の使用人でしたけど」
「俺も君のメイド服を覚えているよ」

三発の花火が同時に上がる。全部違う色だったので、また拍手がわく。
もう太盛たちのことを誰も気にしてなかった。

「俺たちは常に何かを捨て、何かを得ている。
 数多くの選択の中に生きている。そして今回は
 君と結ばれることができた。俺はいますごく幸せだよ」

「私も幸せだよ。この学園じゃなくて別の高校で
 普通に恋愛をしていれば、こんなに遠回りすることもなかったのにね」

「ああ。君の言うとおりだな」

「これからもずっと幸せな時間が続くといいね」

「ああ。そうだな」

ミウと太盛の手のひらが重なり、唇も重なった。
打ち上げ花火の巨大な光が、二人を上から照らしていた。

学園生活シリーズから続いた、ミウの長い苦悩の歴史はこれにて
一応の決着を見た。人気者の太盛を獲得することは、他の女子にとっては
残酷な結果となった。マリンも、花火大会のふたりを遠くから監視していたが、
もう自分の出る幕はないのだとあきらめがついた。

クロエもあきらめた。エリカはその後も機会をうかがって太盛へ
近づこうとしたが、ミウによく説得された太盛の方から断りを入れた。
エリカはボリシェビキを辞めてしまい、卒業前に転校してしまった。
これは重大な規則違反だが、会長権限で許可された。

ミキオは、夏が終わるのを待ってからマリンに告白してみたが、
あっさり振られてしまった。その後も気まずい関係にはならず、
ふたりは真面目に仕事をこなした。

中央委員部から会長たちのコンビネーションは抜群だと評判だった。
休みの日に二人で映画を見に行くこともある。
友達以上の関係ではあったのかもしれない。

ミウと太盛は卒業するまでカップルのままだった。
同じ大学に進学し、20歳を迎えた時に学生結婚した。

彼らはボリシェビキではなく、普通の日本人として大学生活を過ごしていた。
革命がどうだの、資本主義がどうだのと、
愛し合い若い二人にとってはどうでもいいことだった。

ふと寝る前に思い出すことはある。いったい、学園で発生した
恐怖政治とは何だったのだろうと。当事者のミウでさえそう思うほど、
高校生の時の記憶は遠いものになっていた。
                      
                           終わり。
 


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