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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第25回   7/31 土曜日。オープン・スクール当日
ミキオだ。開始時刻は10時からとなっている。

校内の隅々に至るまでゴミ一つ落ちてない状態にした。
トイレなんて高級ホテルの一室並みに清掃してある。
便器とキスできるレベルだぞ。

造園業者に頼んでこの日までに庭の刈り込みは完璧に終わっている。
噴水広場のベンチはピカピカ。校長の不細工な像まで磨いてある。
整備された野球部のグラウンド、遊歩道を兼ねている弓道部の瞑想の森には
小枝ひとつ落ちてない。全てが完璧だ。

「ウフフ。そろそろお客様が来る時間ねエ」

副官のナジェージダさんは、不慣れな会長コンビのために
今日の段取りを考えてくれた。予行演習もやった。
想定される質問の対応マニュアルまで作ってくれたのだ。
本当に感謝の言葉しかない。

「ナージャ。顔が疲れてるようだけど、平気?」
「ありがとネ。マリー。開始時刻まで少し休もうかしら」

マリーは少し大きすぎる声で看護係を呼んでくれた。

ナジェージダさんは、あまり寝てないらしい。
愛するナツキさんが死んでから、この人は明らかに年を取ってしまった。
自主的に留年しているため実年齢は19歳だが、俺には29歳に見える。

「ナージャさん。俺たちだけでも頑張りますよ。
 見ての通り俺らはやる気満々ですから!!
 まじで午前中の間だけでもベッドで休んでてください」

「ありがトね。可愛い後輩たちヨ」

看護係のボリシェビキが、ナージャさんに肩を貸して歩いて行った。
あの人、本当は倒れる寸前まで無理をしていたんだ……。

「なあマリン。ナージャさんの事、心配だな」
「……私たちにはどうすることもできないのが、かなしい」

どんな名医に見せても、彼女の心の傷を癒すことはできないのだ。
俺はあとで中央委員部に彼女の長期休学を提案しようと真剣に思っている。
このままじゃ、あの人もつぶれちまうぞ……。

その後、オープン・スクールの方は終わった。
なんとまあ、ボリシェビキ養成コースとはいえ、
普通の学校見学の延長にすぎなかった。

ただ面白かったのは、エリート中学生が訪れるもんだから、
皆話は真剣に聴くし、スマホにメモを取る人が多かったことだ。
自分の説明を真剣に聞いてもらえるのってうれしいもんだな。
逆に寝てる生徒にドつく先生の気持ちが分かった気がする。

中学生の中にはこんな質問をする奴もいた。

「副会長さんは、今までの仕事で一番つらかったことは何ですか?」

まさか就任して二日目だとは言えない。
そこで適当に、部の代表の後任を選ぶことだと言っておいた。
実際に俺も渦中にいたわけだからな。具体性はあったと思う。

会長のマリンはソ連の歴史にどこまでも詳しくて、
歴史の授業をするように得意げに説明していた。
本当にこいつは空でよくそこまで言えるもんだ。
歩く教科書みたいなやつだよ。

「斎藤会長は彼氏さんはいるんですか?」

と女の子からの質問。

残念ながらいません!! と答えると、皆が意外そうな顔をした。
これだけ美人なのに彼氏無しってのも不思議だよな。

すぐにお昼になる。

お客さんは食堂の利用は禁止だ。その代わり製菓部が作った
手作りのパンとクッキーが配られる。無料だけど数は限りあり。
皆がテントの前に列を作り、あっという間になくなる。

有料のパンもあるのだが、こっちも盛況で販売開始50分で完売。
学内は食事禁止なので家に帰ってから食べてください。

オープンスクールの日程は午後3時まで。
お客さんは、だいたい一時間半ごとに入れ替わる。
午後もすぐに終わった。今日は相当な人数が訪れたと思うが、結局俺の
家族とは会えなかったな。忙しくてみんなのこと気にする余裕もなかったし。

時間が過ぎるのが速すぎるぜ。

花火大会は夕方の5時半から入場開始。
花火が撃ち上がるのは、6時半から7時半の一時間。

入場開始までまだ時間があるので、来客の皆さんは
それまで一度自宅に帰って浴衣に着替えてくるのも良し。
帰りたくない人は、園内の広場や一般開放した食堂で過ごしても良い。

この場合の食堂も飲べるのは禁止だが、
持ち込んだ飲み物なら飲んでもオーケーだ。
食堂はエアコンが強めに効いてるので暑さ除けになる。

俺らボリシェビキの中枢は休む暇などない。
続いて花火大会の設営の最終チェックに入る。

屋台業者の人が入って来て、ぞろぞろと支度を始める。
打ち上げる予定の花火の種類と数のチェックを始める。
万が一の場合の消化器等の不備がないかもチェック。

自由席の配置は完璧か? イスの数は?
来賓の用のテントには、麦茶が用意されているか?
確認することだらけで頭が混乱する……。

ナージャさんが用意してくれた段取り表に、
次々にレ点をいれていく。今のところ確認漏れはないようだ。

そういえばマリンの方は順調か?
あいつには入場門(総合受付)の方を任せてるんだが……。

「おいおい……」

信じられないことにあいつはボーっと突っ立ってた。
ナージャさんから渡された段取り表のバインダーを片手に持ったままだ。

何やってるんだよ!! 他の皆はきびきび動いているのに、
あいつだけ遊んでたら示しがつかないぞ!!
暑さのせいもあり、イライラした俺はマリンの肩を強くつかむと……

「あいつ……やっぱり殺す……」

マリンは怒りに震えていた。何がそんなにムカつくのか……?
答えはすぐにわかった。高野ミウと太盛がいたのだ。

別にふたりがマリンに何かをしたわけじゃない。
入場門の前にある、ベンチでコーラを飲んでいただけだ。

顔面複雑骨折の太盛は、顔中に包帯を巻いてるから
見た目がエヴァ零号機にそっくりだ。
ミウは奴の車イスをベンチの横に置くことで、
ふたりはベンチに横並びで座っている形になっていた。

話に花が咲いているようだ。
ミウは口をたまに抑えながら、太盛は大きな口を開けて笑う。
おそろいの缶コーラは、すぐそばにある自販機で買ったのだろう。

ちなみにコーラはアメリカの文化のため、
ボリシェビキのメンバーは飲まないようにするのが暗黙の了解。
だが今のミウは一般生徒。もう関係ないのだろう。
むしろ自分が一般生徒であることをアピールしている可能性がある。

「ちくしょう……見せつけやがって……殺してやるぅ……」

正直マリンに近づきたくはなかった。
血が出るまで唇を嚙んでるんだぞ。
周りのボリシェビキのみなさんは、見て見ぬふりをして
仕事に没頭してらっしゃる。だが俺はそうはいかねえ。

「あんなバカップル、ほっとけよ。俺たちは仕事しようぜ」
「でもあいつら、花火大会に出るんだよ」
「そりゃしょうがねえだろ。花火大会は一般生徒も参加自由だ」
「どこにいてもあいつらの姿が視界に入る。私にとっては拷問だよ!!」

「だからって、どうしようもねえだろ。会長の権限で追い出すか?
 そんなわけにもいかねえだろ。現にあいつら規則に反したわけでもねえ。
 参加届は中央委員部が受理しちまったんだ。もう諦めろ」

「あなたは……人を好きになったことがないから、
 そんな簡単に言えるんだよ!!」

ないわけじゃ……ないんだけどな。

マリンには悪いが、俺はあのふたりの恋愛を邪魔するつもりはない。
副会長に就任してから副会長室を使わせてもらっているわけだが、
部屋全体の掃除をしていると、仕事机の引き出しの奥にミウの日記が出てきた。

ミウが高2の時に書いていた日記で、
奴がまだ組織委員部にいた頃のことが(組織委員部は現在廃止されてる)
書かれていた。見ちゃいけないものを見てしまった気がした。
他人のプライベートって見てるこっちが恥ずかしくなるからな。

ミウが本当に望んでいたことが全部書いてあった。
あいつが、自分には権力欲がないと言っていたのは信じていいと思う。
あいつにとって望んでいたのは堀太盛とイチャイチャ・ラブラブすること。
恋人らしく過ごすこと。ずばりベンチで仲良くおしゃべりしてる今の状態のことだ。

ミウにとって生徒会とは自分に都合の良い権力であると同時に、
太盛との距離を遠ざける障壁でもあった。

3号室に収容された太盛を救うためにあえて
ボリシェビキに加入したのが昨年の秋。そう考えると、
奴の言っていることは論理的には間違ってないんだよ。
ミウは太盛を救うためにボリシェビキの権力を利用しようとしたが、
それが裏目に出て太盛に嫌われてしまう。ここから運命の歯車は狂った。

それだけのことなんだ。

ミウは目的を達成した。だからボリシェビキから距離を取った。
だがいざ太盛とラブラブになると、嫉妬する女が現れてしまう。

ふぅ……。やれやれ。

マリンは仕事にならないようだ。
ワガママな生徒会長さんにも困ったもんだ。
しょうがねえ。

「あの、そこの方々。すみません。実はここのベンチなのですが、
 設営の都合で撤去することになりました。ですので、
 申し訳ありませんが、立ち退いていただけると助かるのですが」

「あっ、そうなんだ。副会長さんが言うならしょうがないね。
 太盛君、あっちの木陰に行こうか? あっちの方が涼しそうだよ」

「そうだな。ミウが言うならそうしよう。俺はミウの言うことには
 なんでも従うぞ。だって俺はミウのことが大好きだからな」

「もうw太盛君ったら、恥ずかしいよ」

「減るもんじゃないからいいじゃないかw」

「愛してる」

「俺もだよ!!」

爆ぜろリア充が。近くで見たら猛烈にうぜーわ。
ジンマシンできたわ。俺なんて彼女いない歴=年齢なんだぞ。
副会長の権力を使って出入り禁止にしてやろうか。

俺は謎の殺気を感じたので振り返ると、建物の隙間から
こちらを除く二つの陰があった。

おいおい……。橘先輩とクロエさんじゃねえか……。
あの二人も全然あきらめてなかったのか。
ふたりともエプロン姿だから製菓部の仕事でも手伝ってんだろうが、
そっちの仕事は大丈夫なのか? クッキーに毒を混ぜそうな勢いだぞ。

(製菓部も屋台を出してお菓子類やジャムを販売する。
 伝統のマーマレードジャムに定評があり、
 買って帰るお客さんが多いらしい)

堀太盛が刺されるのも時間の問題と考えていいか……。
俺も一度でいいからそこまで女にモテてみてえよ。


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