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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第24回   7/30 金曜日
※ミキオ

朝。俺は体育館の壇上にいた。

「きょ、今日から正式に副会長に就任することになりました、
 カワグチミキオ……でしゅ。ちゅ、中央委員部の皆様を初め、
 他の委員部の皆さんの期待に沿えるよう、一層努力して職務を…」

そこら中のボリシェビキから失笑が漏れる。
噛み噛みなので威厳もクソもない。頼む。誰か変わってくれ。
こういうのって場数を踏めば慣れるって言うけど本当なのかね?

「がんばれー」
「かわぐちー。リラックスしろー」
「応援してるぞー」

諜報広報委員部の先輩たちは俺にエールを送ってくれる。
先輩たち……本当に優しい人たちだ。涙が出る。
先輩たちのおかげで勇気が出たぞ。

その時だった。
不思議なことに神様が頭上に降臨した気がした。
そうしたら、スラスラと言いたいことが頭に浮かんでしまう。

「みなさん!! 聞いてください!! 
 僕は明日のオープンスクールが、学園の未来を左右するほど
 重要なイベントだと認識しています!! 特待生を迎えるのは
 我々専門コースです!! 我々が未来のボリシェビキたちに
 模範となるべく、堂々とした態度で迎え入れようでありませんか!!」

おぉ……と拍手が出た。ひとつやふたつじゃない。

「斎藤も僕も、まだまだ未熟者なのは承知しています!!
 ですが、僕たちは偉大なるナツキ閣下の推薦で後任に選ばれました!!
 私は彼のことを心より慕っておりました!! ですから彼に負けぬよう、
 また彼の期待に沿えるよう、全力で努力し、この学園の繁栄に努めます!!」

「やれ逮捕する、やれ粛清するではなく、
 今後も生徒たちが自ら楽しく目的意識をもって学業に励む!! 
 そうした環境を作り出すことが、不幸にも亡くなってしまった
 会長閣下への手向けとなるのだと私は信じています!!
 優秀な先輩の皆様、どうか未熟な私に力を貸してください!!
 今夜の花火大会も絶対に成功に導きましょう!!」

台本にないことをしゃべってしまった……。
しかも怒鳴りつけるような口調で。
赤っ恥とはこれのことだ。もう死にたい。

あとでトモハル委員に真っ先に謝ろう。そう思っていたら……。

割れんばかりの拍手が鳴る。拍手の渦だ。
圧政を批判したのに、保安委員部からも拍手されている。
うれしいことに近藤サヤカさんが涙を流していた。

俺のあだ名は「ナツキの意志を引き継ぐ者」となり、
演説の名手として知られるようになった。
斎藤からは、今後も挨拶をすべてお願いねと丸投げされる始末。
喜んでいいことなんだろうか。

----

これから会場の設営が始まる。
校舎組と校庭組に別れる。

校舎組は、見学会のために徹底的に校内清掃をする。
これは別に難しいことじゃないな。

校庭組は、夜の花火大会のための設営である。
段取りは中央委員部の仕事だ。
サヤカさんとモチオさんの指示で、テキパキとテントが張られていく。

当日はカレーライスを生徒で作るが、
それとは別に業者の屋台を呼ぶので場所を区切っていく。
校庭の奥の方では、花火の打ち上げの練習もやっている。

俺と斎藤は、設営準備の段取り表に目を通しながら、
みなさんが元気に作業しているのを監視させていただいている。
立場上手伝えなくて申し訳ない。

今日は前日だと言うのに、来賓のテントにもう客が来ていた。
お偉いさんの集まりなのだが、その中の一人は……。

「やあ君、先ほどの演説は見事だったぞ」

「理事長閣下!! 恐縮でございます」

「君を始めて見た時から、只者ではないと思っていたが、
 私の目に狂いはなかったようだ」

「とんでもございませんっ。周りのボリシェビキの先輩たちは
 優秀な方ばかりで、いつもいつも助けていただいております!!」

「控えめなところもソ連の英雄にふさわしい気質だ。
 私の父も若い時はソ連のために戦ったものだ。父は空軍兵だったのだよ」

「おおっ、そうだったのですか!!
 お父上もさぞ立派な軍人だったのだろうと想像いたします!!」

「スパシーバ。私は今でも父を心から尊敬している。
 自分の生命と財産の全てを投げうってでも、祖国のために
 尽くすことができる者。その者は英雄と呼ばれるのにふさわしい」

今の日本政府は保身ばかり考えて国家のことを後回しにする
無能者の集まりだと、理事長は厳しく批判した。
彼の瞳には、自民党に対する深い恨みの感情が浮かんでいた。

「これを誰に渡すべきか長い間迷っていたのだが、
 君に託すことにしよう。手を出しなさい」

「この勲章は……?」

「ソ連では社会主義労働英雄に与えられる名誉勲章だ。
 父は戦後のソ連で空軍技師として働いた功績を認められたのだ。
 君はまだこの学園で何かを成したわけではないが、
 君の力強い意志と将来性にかけて、先にこれを渡しておく」

「し、しかしこれは……」

「どうか受け取ってほしい。ただし大切にしてくれ。
 私が父から受け継いだ大切な勲章だ。私は見た目以上に
 老け込んでいてね。先はそう長くはないと医者から言われている」

確かによく見ると、理事長はかなりのご高齢だった。
威圧感があるから実年齢が分かりにくいのか。
足も不自由で杖がないと歩けないようだ。

「私の身内には、残念ながら勲章を預けるに値する者は現れなかった
 私の不肖の息子は、闇金業の経営にうつつを抜かす愚か者でね。
 政治のことには関心を示そうとしない。だから諦めた。だが学園なら、
 私の後継者にふさわしい人間がいつか現れるのではないかと思ってね」

人を金利で苦しめ、金利で暴利をむさぼろうとする者は、
資本主義国でも共産主義国でも悪だ。あってはならないと
理事長閣下はおっしゃった。息子様はヤクザなんだろうか……?

「不思議なことに、君には従軍した者の目をしているように
 感じられるのだよ。生前の父も同じような目をしていた。
 瞳の奥に感じる、底知れぬ絶望と悲しみ。これは戦地で多くの兵の
 死を見てきた者にしか出すことはできないはずなんだが。
 君はその年で戦場の経験があるのかね?」

「夢を……見たんです。俺がスターリングラードのママイの丘で、
 ソ連兵の人たちと防衛戦に参加していた夢を。あれは夢じゃなくて
 現実世界だったのかもしれません。理事長のおっしゃるように、
 従軍の経験があるかと聞かれたら、あるのだと思います。
 こんなこと言っても頭がおかしいって思われるのは分かってますけど」

「君は見たのだろう? スターリングラードの廃墟を」

「はい。確かに見ました。今でもはっきりと思い出せます」

「ならば、それが現実ということだ。
 現実と夢の境界線など、あってなきがごとしなのだ」

今後も生徒会のことを頼むと言い残し、黒塗りの車で帰って行った。
俺は副会長だから、会長を支えるのが仕事なのだと言われた。
あの方に言わせると会長ペアが男女なのも好ましいらしい。
理由は男と女は支え合うものだから、だそうだ。

お互いの欠点を補えばいいってことなんだろうか?
俺にはよく分からん。日本でもソ連のように女性の地位向上が
早く進むことを彼は祈っているそうだ。


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