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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第21回   7月28日 水曜日
ミキオ・KAWAGUCHI。俺の名前だ。この言い方だと、ちょっとカッコよくねえか?
あまりにもすごいことばかり起きるもんで、現実逃避してみたんだ。

さっそく現実に戻るが、俺は学園葬に参加するのは生まれて初めてだ。
部の先輩方も同じことを言っていた。
ミウの伝説の昼礼の翌日には葬儀が開始された。

門の看板から園庭、受付、待合のテント、階段の踊場に
花の装飾をほどこしている。ボリシェビキにしては以外で、
竹を用いた、和風でモダンなデザインだった。

学園全体が葬式ムード全開なんだが……。
分かりやすく言うと文化祭の葬式版。
この短時間でどうやってこれほどの飾りつけを用意したんだ?
これらの飾りつけは校門から始まり体育館へと続いている。

外は小雨が降っていてるが、傘をさすほどじゃなかった。

我々は学生のため喪服ではなく、学生服で参列する。
喪に服しているのは教師だけだ。この学園の教師って
ただ通常授業を終えて帰るだけって感じで影が薄い。
正直いてもいなくても大差ねえと思う。
30代までの若い教員しか採用してないのも謎だ。

教師連中でひときわを目引くのが、謎の太ったおじさんだ。
おじさんは故ナツキ会長の写真立てをじっと見つめていた。
写真はナツキ会長の家族が提供したもので、
受付横の長テーブルにそっと置かれている。

ナツキ会長の幼い頃からの成長記録だった。

「将来有望なボリシェビキが世ヲ去ったのだ。
 なげかわしいものだと、思わんかね君?」

……えっと……俺ですか? 俺に話しかけているんですか?
俺は諜報広報委員部の先輩たちと一緒に、
二列になって受付に並んでいたんだが、まさかおじさんが
俺に話しかけてくるとは。なんで俺なんだよ!!

先輩が、おい、あの人は理事長だぞと教えてくれた。
理事長!?

「は、はい!! 本当になげかわしいことだと思います!!
 未来ある若者が、学生の身分で命を落とすなどと!!」

「ふむ……」

この腹の出た、小柄なおじさんが理事長なのか!?
豊かな口ひげを生やし、白髪をオールバックにし、
見せつけるように高級そうな指輪を何本もつけている……。
俺よりチビなのには驚いた。

「君はなかなか良い目をしているじゃないか。
 そのバッジは諜報部の所属かね。名を何という?」

「川口ミキオでございます!! 同志閣下!!」

「ふむふむ。実に気持ちの良い敬礼である。
 語らずとも、君からは党と学園とレーニンに対する熱い忠義を感じる」

何言ってんだ、おじさん……!?
俺は流れに任せてこの場所にいるだけだ……。
忠義なんて……そんなもんあるわけが……。

「少し話過ぎたか。君の番が来ているようだぞ。受付を済ませるといい」

「は、はいっ」

受付担当の女性がニコニコした顔で俺を待っていた。
番が来てるのに全然気づかなかった。
俺の列の後ろで待ってるボリシェビキも、嫌そうな顔せずに
ニコニコしている。やっぱ理事長の前だと誰でもそうなるよな。

俺はさっさと自分の所属と名前を記入して、体育館に入った。

「それでは、施主様からご挨拶をいただきます」

司会進行は会長である高野ミウがやっている。
あの女め……葬儀屋で働いた経験があるのかってくらい様になってやがる。
今日も蒸し暑いが、幸いなことに雨なので扇風機を回せば
過ごせる気温となっている。

壇上の祭壇は立派だった。お金をかけて菊の花を集めましたって
感じで豪華絢爛の色どりになっている。
ちょっと派手過ぎてボリシェビキの葬式っぽくねえぞ。

「未来の、有望なるボリシェビキの同志諸君。
 私がこうして壇上に立ち、諸君らの前で言葉を交わすことは
 初めてかもしれないね。諸君らも知っての通り、この学園の理事長が
 私である。校長と各委員部に学園の管理を完全にゆだねているため、
 私が学園に顔を出すのは年に一度くらいだろう」

ゴクリ……。とつばを飲み込む音がそこら中で聞こえる。
体育館に所狭しと並べられたパイプ椅子に着席するボリシェビキと教師たち。
俺は諜報広報委員部の下っ端なので、先輩たちの陰に隠れるように、
一番後ろの席に座っていた。ここの先輩たちは、新人の俺にすごく
親切にしてくれて本当に感謝している。

トモハル委員の言うように、俺が元7号室の囚人だからって
差別されることは一度もなかった。
特にサイバー部のみんなは、仲間意識が高くていい職場だと思う。

本当は規則違反なんだが、上司に隠れてアメやお菓子をくれたりする。
頭脳労働には糖分は必須だ。俺も恐縮して先輩たちにお菓子を
プレゼントしたりして、なんだかお菓子の交換合戦みたいなことを毎日やってる。
地味に財布が痛いぜ。

「高倉ナツキ君が、勇敢で、誠実で、誇り高いボリシェビキであるため、
 彼を全校で偲ぶため、今回の葬儀を行うことを、高野ミウ現会長から
 提案された時、私はすぐに賛同した。大いに賛同した。本日は日程の都合で
 一日葬という、通夜を簡略する葬儀を行うことになってしまったが……」

横に座っていた先輩の一人が俺の肩を叩き、耳元でささやいた。

「川口君……。すまんが吐き気がするんだ。席を外すよ」
「大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ。俺も付き添いましょうか?」
「大丈夫だ……。保健室までは自分で歩ける」

ガタッとイスを引いた彼に、みんなが注目したが
それも一瞬のことで、彼の具合の悪そうな顔を見てすぐに察したらしい。
みんな頭が良い人の集まりだからな。

夏休み期間中は、保健の先生は休みなんじゃないのか……?
保健室は、はたして空いてるんだろうか。

「以上が理事長閣下のご挨拶でした。
 続いて、故人のご家族を代表して、
 故人のお父様にご挨拶をいただきます」

「ああ、分かったよ……」

おい……。なんか軽い感じの人だぞ。
あの人があのナツキさんの父上なのか?

「あー、みんな。やっぱ学生はわけえな。
 俺はよぉ、今ここで何を話したらいいのか、さっぱり分からねえ。
 みてのとおりヒゲもそってねえ。おまけに髪も寝起きのままで、
 白髪染めもしてねえからこの通り、アホ面ですまん」

クスクス……。生徒たちから失笑が漏れる。
笑っちゃいけないのは重々承知なんだがww
この人、いきなりコントでもしたいのかよwww

「俺の息子がよ。二日前に突然死んだって言われたんだ。
 学校から電話がかかってきてな。マジ意味わかんねえよ。
 俺も妻もショックでな。家事ができなくなってしまった。
 料理もしてくれねえ。かといって俺も料理したくねえ。
 しょがねえから俺は柿ピーを食べたんだ。
 そしたらユウナに怒られた。ユウナはそこにいる俺の娘なんだがよ」

ご遺族の皆さんは、壇上のわきに立って並んでいる。
ユウナさんからは、
「こんな時に、やめてよお父さん!!」と本気の怒声が響く。

突然始まった謎のコントに、ボリシェビキたちは笑いを
こらえるのに必死だった。シリアス全開な雰囲気の中で
ギャグをやると、その反動はすごい。

俺もご遺族には悪いと思ってるんだが、腹を抱えて今にも
笑い出しそうになるのを耐えていた。俺の前の先輩たちも
うつむきながらも肩が上下に震えている。

「まあ俺がどんだけショックかってことは、君たち学生にも
 よく伝わったと思う。おめーらにとっては他人事かもしれねえが、
 俺は肉親を失ったんだぞ……? なあ分かるか? 家族を失ったんだ。
 大切に育てた自慢の息子をな。あいつは俺みたいなロクデナシと 
 違ってよ、これからも社会の役に立つ人間だったんだ。それがよぉ……」

ゴトン!! と音がしてマイクが床を転がった。
ナツキさんの父上は、その場にしゃがみこんで嗚咽していた。
かなりヤバい状態になってるぞ……。

ミウが部下に指示して彼を壇上から引きずり下ろすことにした。
一学年後輩のユウナにマイクを渡し「即興でもいいから挨拶して」
と指示を出した。ユウナさんは「ふぅー」と息を吐いてから

「父の見苦しい姿をお見せしたことをまず謝罪いたします。
 兄の話ですが、私は幼い頃から兄を慕っていました。
 それは今でも変わりません。私は兄が会長を務めたことを
 誇りに思っています。ここにいる皆さんの多くも、
 兄を慕ってくれたのだと思っています」

ユウナさんがリモコンのスイッチを押して、天井から壇上へ白い画面を下ろす。
部屋が真っ暗になり、兄との思い出の写真をスライドショーで披露してくれた。
葬儀屋のサービスで定番のあれだな。

幼少期は父の仕事の都合でエジプトのカイロの学校で過ごし、
日本に帰ってからは二人の妹さんたちと仲良く遊んでいたようだ。

家族旅行にもたくさん行っていた。
少年自然の家でカレーライスを作って食べている写真がある。
みな幸せそうだった。彼の人生が、
まさか18歳で終わるとは誰も知らなかっただろう。

二人目の妹さんのアユミさんが、ポロポロと涙を流している。
小柄なので歳は小学生の高学年だろうか? 
ハンカチで涙をぬぐう幼い少女の姿に、ボリシェビキの先輩たちも
もらい泣きをしていた。俺も泣いた。

思えば……俺だってナツキ会長の優しさに救われた身だ。
堀太盛殺害未遂を、あの方は許してくれたんだからな。

ご遺族の方に土下座をしたいくらいだ。俺みたいな
仕事も半人前なカスが、生き残ってしまってすみませんと。

雨の降りが強くなってきた。
土の湿った匂いが、体育館の中に充満する。

壇上の挨拶が終わり、(なぜか日本式の)お焼香を済ませた。
俺はご遺影に深く深くお辞儀をさせてもらった。

次は火葬らしい。火葬場なら7号室の奥にある。
実は7号室は、もともとは野球部の寮だったこともあり、
学園の敷地の外側にある。分かりやすく言うと、
道を挟んで向こう側にあるんだ。

それにしても学校なのに火葬場があるってこと自体が、
普通に考えたら異常だろう。だが俺たちはもう慣れっこだ。
会長閣下のご遺体は、棺桶に入れられている。
簡略式の葬式のため、直ちに火葬に入るそうだ。

「絶対に落とすんじゃないぞ。諸君」

保安委員部が代表して、棺をかついだ。あんな重い物を
良くかつげるもんだ。筋肉質の軍人ぽい奴らが6人がかりで
火葬場まで運んだ。俺たちはあとから着いて行った。
ちょっとした大名行列みたいだった。

俺はしんみりとした気持ちでダラダラ歩いていると、
後ろから肩を叩かれる。

「高木先輩じゃないですか。具合は大丈夫なんですか?」

「少しベッドで寝たら回復したよ。心配かけたな。
 それより君も葬儀中は泣いていたんだな」

「何言ってるんですか。
 むしろ泣かない人の方が少ないと思いますよ。
 俺はナツキ会長には恩がありますから特にです」

「俺もナツキ会長が好きだったから同感だ。
 ところで君はミウをどう思う?」

「なんですか。こんな時に」

「いいから」

「……まあ嫌いですね。
 壇上に偉そうに立つ奴をみて腹立ちましたよ」

「それを聞いて安心した。なら君も例のあれに参加しないか?」

「例のあれって、あれは冗談で作った組織だって聞きましたけど」

「冗談なものか。オオマジだ。ここだけの話だが、俺はさっき
 体調不良をよそおって、会議室で近藤サヤカたちと話し合いをしていたんだ」

「近藤さんって?」

「中央委員部の代表の人だよ。前も言っただろ」

「す、すみません」

「別に責めてるわけじゃないからいい。
 で、今は一人でも多くの同志を集めて、
 7月中にでも作戦を実施するつもりでいるんだ」

大名行列の最中だ。俺はさすがにまずいと思い、
口元を手で隠し、高木先輩の耳元でしゃべることにした。

「ミウを暗殺するだなんて……正気ですか?
 奴は理事長にも取り入ってるようじゃないですか。
 今日の式も奴が理事長にお願いしてたみたいですよ」

「だからこそだ。これ以上奴が図に乗る前に、
 もう一度奴を地獄の底へと落としてやるのだ。
 今度は二度と復活しないように、念入りに死体を焼いておくのだ」

「も、もうこの辺でやめましょうよ。
 こんなぶっそうな話、誰かに聞かれたら
 俺らも収容所行きになってしまいますよ」

「この付近を歩いてるのは諜報部の人間だけだ。
 大丈夫。みんな俺の考えに賛同する者ばかりだよ」

その言葉に合わせるように、前を歩く先輩たちが
一斉に振り返り、うんうんと力強くうなずいている。

あー……。これダメなパターンに入ったな。
そのうち俺も同調圧力で参加させられる流れになってるぞ。

さっきも言ったが先輩たちのことは好きだけど、暗殺はちょっとな。
生徒会長で保安部も掌握してるミウを暗殺するって……
リスクが高すぎて無謀……っていうか暴挙としか思えねえ……。

奴のカンは鋭いから、暗殺計画を事前に察知して
全員が一網打尽にされるオチが見えてしまうのは俺だけだろうか?

俺は高木先輩に「あとで考えておきます」とだけ伝えておいた。
先輩は子供みたいに唇を尖らせ、ふてくされていた。


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