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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第17回   クロエとエリカに逮捕状が出された。
※三人称

7月の海の日。
全校生徒は夏休み期間に突入した。
しかしボリシェビキには休みなどなく、全員が出勤している。

月末に開かれるオープン・スクールに向け、大忙しの時期であった。

学園は学校行事を大切にするため、夏休みには校庭で
キャンプファイヤーや花火大会も行われる。主催者は生徒会。参加は自由だ。
飲食代その他はすべて無料なため、ボリシェビキを嫌わない生徒は多くが参加する。
花火大会のみ、外来の人も参加可能となっており、ここの地域では定評がある。

生徒会内部でもイベントに向けてみなの気持ちが浮つく中、
中央委員の職場にいるサヤカは、非情な命令を下さなければならなかった。

「あ、あのね……橘さん。ちょっと話があるんだけど」

「ごめん。今メールを書いてるの、あと数分で終わるから、少し待ってて」

「メールはあとでいいわ!! それって造園業者に送る依頼書でしょ?
 別に人にやってもらうからね。……廊下に来てくれる?」

「……? いいけど」

エリカの家系は旧ソ連の系譜である。
彼女の動物的なカンは、この時近藤サヤカが
自分によくない知らせを持ってきたことを察知していた。

自分の今までの仕事ぶりには非がない自信はあった。
おそらく恋人の太盛関係の事かと当たりをつける。

「ごめんなさい橘さん。現時刻をもってあなたを逮捕します。
 中央委員会にあなたの身柄を引き渡します」

廊下には、武装した保安院が多数待ち構えていた。
エリカは手錠された腕の感触の冷たさに、めまいがした。
視界が暗転し、動悸がし、立っているのがやっとの状態だった。

「逮捕……? な……ぜ……わたし……が?」
「ごめんなさい。私には答えてあげる義務がありません」

エリカは引きずられるようにして、尋問室に入れられた。
それからクロエも同じように逮捕が宣告された。
クロエは散々暴れまわった後に、
警棒で動けなくなるまで殴られてから尋問室に入れられた。

本来なら別々の部屋に閉じ込められるはずだったが、
サヤカの必死の懇願により、同じ部屋にしてあげた。

「いたた……あんなに強く殴りやがって。
 私は何も悪いことしてないのに……」

「私も……何も悪いことをしてないはずよ……」

エリカは何か規則に抵触したのかと不安になり、生徒手帳を
出そうと思ったが、ここにぶち込まれる前に私物をすべて没収されていた。

「私と……クロエが一緒に閉じ込められる理由……?
 太盛君よね? 太盛君と仲良くしてたのが誰かの気に振れた……?
 太盛君以外の理由が考えられないわ。そういえば、太盛君は無事なのかしら」

「知るか。ここじゃ外部との連絡する手段はない。
 考えるだけ無駄だって。
 私、収容されるの初めてだよ。ストレスで発狂しそう」

「私たち、殺されるのよ!!」

「だからどうした」

「あなたは怖くないの!?」

「人間、死ぬときは死ぬんだ。ただ死ぬタイミングを選べないだけ。
 それよりあんたも一緒に死んでくれるならうれしいよ。
 これで太盛があんたに独り占めされることはなくなった」

「こんな時まであなたって人は……まともじゃないわ!!」

「まともじゃない状況で、まともでいられるか。
 まだ腕が痛む……。私はそこのベッドで寝るとする。
 朝になったら起こしてね」

クロエは、簡易ベッドに横になってしまう。混乱状態のエリカに比べたら
寒気がするほど冷静だった。実はクロエも極度におびえて手の震えが
止まらないのをエリカに見られたくなかった。
エリカとは険悪の仲だから、こんな時でもつまらない意地を張るのだった。


その頃、堀太盛は必死に逃亡していた。

トモハルら諜報委員の勧めで、足利市内のホテルの一室に潜んでいた。
その後、すぐに追手がやって来たので県外のホテルを転々とし、
最後は埼玉県加須市内の道の駅でテント泊しているところを発見された。
たった9日間の逃亡劇だった。

太盛は手錠され、車に乗せられていた。車は北関東自動車道を走っている。

「こんなバカなことが……
 諜報部が支援してくれたのに、なぜ居場所がばれたんだ……」

その答えは、諜報広報委員部の内部に、マリカ派と呼ばれる新たなグループが
結成されたことだった。彼らは堀太盛が無駄に女にモテることを
前から好ましく思っておらず、仕事中は華麗にスルーするも内心では
不満を蓄積していた。そのため、堀太盛の粛清に関しては大賛成であったのだ。

得意な情報分析で太盛の居場所を瞬時に特定し、捕らえることに成功する。
一方でこの暴挙を好ましく思わない穏健派(ナツキ派)が実は多数を占める。
学内で最も優秀な頭脳を集めたとされる諜報広報委員部は、
トモハル派とマリカ派に分かれて分裂してしまった。

会長のナツキは医務室で療養中。
具合はさらに悪化し、記憶まであいまいになっている状態だ。
たまにナジェージダの顔さえ忘れてしまう。痴ほう症の初期症状とも思われた。
いずれにせよ、彼が執務に戻れる可能性は、すでに絶望的になった。

不在となった会長室の主になったのは、井上マリカである。
太盛はそこへ連行された。神聖なる生徒会本部である。

多数の警備兵と分厚いコンクリートに守られた本部は、一度入ったら最後。
ここから脱出するのは、収容所7号室以上に困難だとされている。

困ったことに、ナツキの病状が悪化するにしたがって
井上マリカの気性がどんどん荒くなり、かつての副会長
ミウに匹敵するほどの魔女となってしまうのだった。

魔女の怒りは太盛へ向けられていた。

「お久しぶりね。元クラスメイト。元6号室の囚人。
 現在は諜報広報委員部に所属する堀君。君は私のこと覚えてる?」

「覚えてるとは、とんだご挨拶だな。
 俺が有名人の井上さんを忘れるわけがないだろ」

「それは光栄だね。本題に入るが、これからおまえを拷問する。
 質問されたことに素直に応えなさい。答えなかったら何度でも繰り返す」

「な……? え……? 拷問?」

「おまえはミウのことを覚えているのか?」

「ミウ? しし、し…知ってるよ。なんでそんなこと聞くんだ?」

「ミウとお前は交際していた。間違いないか?」

「間違いないよ!! だって高2の夏から付き合って…」

マリカが部下に目配せすると、太盛の左の薬指の爪がペンチではがされた。

「あぎゃあああああ!! いてええええ!!」

太盛は全身を椅子に縛られている。拷問用の椅子である。
腕は行儀正しくひじ掛け部に固定されているから、
マリカの部下の看守が好きなように爪をはがすことができる状態だ。

「おまえは、なんでミウと交際を継続しなかったの!!」

「継続してたろおお!! 
 俺はミウと恋人同士で楽しい毎日を送っていたんだ!!
 俺とミウはボリシェビキカップルだったんだぞ!!」

「それはおまえにとって都合の良い記憶。記憶の改ざんだ!!
 おまえは一度記憶喪失になってから、自分の記憶を書き換えたんだ!!」

「な、何の話だかさっぱり分からねえよ!! 
 俺はクロエに話を聞くまでは
 ミウが死んだことも知らなかったんだぞおお!!」

「ミウが死んだのが、おまえのせいだってことも分からないのか!!」

「なんで俺のせいなんだよおお!! 俺は何もしてねえええ!!」

マリカが、太盛の鼻に拳をぶち込んだ。

「ぐっ……」

太盛の太ももに鼻血が落ちる。
マリカは太盛の顔面を殴り続けた。拳が痛くなった。
太盛の鼻はおかしな方向に曲がっている。

「うぅ……いてぇ。血が止まらなねえ。もう殺してくれよぉ。
 俺がそんなに嫌いなら殺してくれよぉお」

「うるさい。お前はもっと苦しんでから死ね。おいそこの看守。
 五寸釘とハンマーと電動ドリルを持ってきなさい。
 こいつの体に風穴を開ける」

看守は急いで外を駆けた。
拷問道具は保安委員部が一括で管理しているのだ。

「五寸釘でお前の指に風穴を開けてやる」

「へへ……楽には殺してくれないのか……ああ、俺も
 神のそばに召されていたら、どれだけ幸せだったことか……」

「そばに召されるだと? キリスト教的な表現は
 ボリシェビキでは厳罰だとわかっているのか、貴様ぁ!!」

マリカが太盛の髪を乱暴につかみ、膝蹴りを食らわせる。
何度も何度も太盛の顔を蹴ると、ついに太盛の鼻は原形をとどめず、
折れた歯が床に転がる。前髪は乱れ、涙で濡れた顔は見れたものじゃなかった。

太盛は、今日自分がここで死ぬことを理解した。
死ぬ。自分の人生の終着駅はここ。そう分かってしまうと、
脳は走馬灯を描く。彼の学園での一番の思い出は、ミウとの交際だった。

なぜか記憶喪失で、帰り道が分からなくて困っていたミウ。
迫るから話しかけたのがきっかけで仲良しになった。
ミウの家にも行ったことがった。母の名前はカコさん。
高収入な夫がいて、優雅な生活を送る専業主婦だった。

そんなどうでもいいことを思い浮かべながら、
早く神のもとへ召されるのを楽しみに待っていた。
多くの外国人ボリシェビキがそうであるように、
死ぬ瞬間だけは神様のことを考えてしまう、
ボリシェビキを気取っただけのキリスト教徒だった。

(ミウに会いたい……ミウと話がしたい……ミウの笑顔が見たい……)

彼が最後に思い浮かべたのは、高校二年生の夏。
ミウと一緒にマリーの病院に
お見舞いに言っていた頃の幸せな時間だった。


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