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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第15回   マリカは会議に参加した。
    第232回。中央委員会、定例会議

※マリカ

学園が月末にやってる会議を定例会議と呼ぶ。
月初にも別の会議をやるのだが、どっちも似たようなもの。
会長、副官、副会長(粛清、不在)、各委員の代表が集まる。

ボリシェビキは、話し合いをするのが好きなインテリばかり。

「保安委員部の代表の後任は、まだ決まらないのか?」
「ええ。残念ながら立候補しようとする者が未だに現れません」

会長の問いに答えるのは、中央委員部から派遣された近藤サヤカさん。
昨年までは三つ編みだった髪をほどいてストレートにしている。
神経質なA型女性って感じで、ちょっと近寄りがたい。

「だって昨年のアレがあったんだからw
 今じゃ誰も手を上げないっすよw」

このチャラい人物の名前は、山本モチオ君。
彼も中央委員部から代表代理として選ばれて会議に参加している。
サヤカさんとは正式なカップルとして
認められており、会議には『中央委員部・共同代表』として参加している。

(本来なら中央委員部の代表は校長なのだが、出張が多く多忙だ。
 そのため実質的な代表権を彼らに譲っている)

モチオ君に関しては女子の間で好き嫌いが分かれるけど、私は面白いと思う。
初対面なのに家族構成とか、好きな食べ物や趣味の話を聞かれて驚いたけど、
彼がただの話好きで、しかも嘘を一切つかない人なんだと知ってからは、
かなり打ち解けた。彼は自分のプライベートなこともどんどん
話してくれるから、ナンパ好きな外国人と話してるみたいで楽しい。

「チャカすのやめなさい。モチオ」

「でも事実っすよ。サヤカw
 事実は事実として認めるのがボリシェビキですよね?」

「そりゃそうだけどさ。会長の前で口を慎みなさいよっ」

彼の言う、昨年のアレとは……。

中央委員部の規律のゆるみを正すために、
軍事顧問のアナートリー・クワッシーニを派遣したナツキの失態のことだ。
アナートリーの厳しすぎる訓練のせいで保安委員部から大量に
脱走者が出てしまい、あと一歩で崩壊するところだった。

その後、いろいろあって組織を再編した。
前代表のイワノフさんが相当な苦労をしたおかげなのだが、
彼はもう卒業してしまった。しかし後任者は
今日まで決まらなかった。これが今日の議題の一つだ。

「すまないね。中央委員部にはいつも迷惑をかける」
「そんなっ。とんでもありませんよ会長」

サヤカさんが恐縮する。心なしか顔が赤い。

「私たちの方こそ力不足だと思っています。
 人事権を与えられておきながら、
 保安委員部の代表者を未だに決定できずにいるのですから」

一応、保安委員部からは事務員?って感じの
おとなしそうな男子が三人きてるんだけど、一言もしゃべらない。
この人たちは言っちゃ悪いけど、いる意味ない。

会議に参加したくないけど、無理やり来させられた感が半端じゃない。
そのうちの一人は日本語の分からない南米の人だし。

「とにかくですね」

とトモハル委員が咳払いをする。

「現在の保安委員部には、後継者として適切な人物が現在までに
 見つかっておりません。皆さま、お忘れですか!!
 わが校はまもなくオープン・スクールを迎えるのですよ!!
 幹部候補生がわが校を訪れるこの時期に、保安委員部の代表が不在とは、
 由々しき事態であります!! もっと緊張感をもっていただきたい!!」

生徒の勧誘にも種類があって、
一般生徒と、幹部候補生には分けてある。
特に見込みのありそうな中学生は、
初めからボリシェビキとして採用するのだ。

その際に各代表は挨拶をし、早い段階から所属部を決めてもらう。
そんなわけで代表が不在だとまずいわけだ。

保安委員部は現在ボリシェビキの中で最も立場の弱い部署。
最近では学内の反乱が少なくなったことから暇な時間が多く、
『体が動けば誰でも務まる』『三流ボリシェビキの集まり』
などと他の部から馬鹿にされていた。

諜報広報委員部のエリートたちは、特に彼らを見下していた。
新入生たちから一番人気があるのも諜報広報委員部なのだから
プライドが高いのだろう。

……ん? 今思い出したけど、
ナツキの妹も幹部候補生として入学したんじゃない。

「あのさ。ナツキの妹はどうなの? 
 所属は保安委員部ってことになってるけど」

「おおっ。さすがは井上参考人殿。すばらしいご意見です!!」

トモハル君は私の太鼓持ちをしてくれる。
声デカすぎてウザい。ここ野球場じゃないから。

「妹のユウナは……ちょっとな。
 兄の僕から見て、あの子に代表になれる素質はないと思う。
 僕は推薦しないよ」

「あっそ」 ←私

「ふむ!! それは残念なことです!! 同志ユウナも会長と同様に
 大変に聡明な人物との評判ですが!! ならば代案として、
 やはり他の委員部からの引き抜きしかありませんな!!」

サヤカさんが渋い顔をした。私も同感だ。
現在までに保安委員部の評判は最悪だ。
さっきも説明した気がするけど、最近では学内で目立った反抗もなく、
仕事はほとんどない。実はこれは私の功績でもある。

私は助言役、参考人として、ボリシェビキの指導要領の一部改変を指示した。
それは今まと同じく生徒を力づくで服従させるのではなく、
生徒の教養を向上させて、自ら資本主義の矛盾に築き、
ボリシェビキを目指すように仕向けるというもの。

そうしたら自然と逮捕される人は減った。
更生して刑期を終える囚人が増えた。
考えてみれば当然の話で、まず自民党がなぜ
頭が悪いのかを理解するだけの頭もないのに、
社会主義のことがわかるわけがない。

政治のことは高校生には分かるわけがないと切り捨てるのではなく、
頭が一番柔らかい今の時期に政治の勉強をする時間をもうけ、
しっかりと政治思想を刷り込んだ方が、
洗脳するのにはベストと私が結論付け、生徒会がその通りにしたのだ。

「ちょっとあなたたち、さっきからずっと下向いてるけど」

サヤカさんから保安委員部の三人へ向けた言葉だ。
すごいアニメ声なのに口調は厳しい。

「あなたたちの委員のことで話し合いをしているのよ。
 会長なんて体調不良なのに無理をしてらっしゃるのに。
 ボリシェビキの自覚があるなら、少しは自分の意見を言ったらどうなの?」

「はいっ。すみません」
「すみませんっ」
「スミマセン」

事務員の三人は、RPGで例えると村人ABC。
とても会議に参加できるだけの器じゃない。

「イライラすんなよサヤカぁ。見ろよあいつら、びびってんじゃんw」
「イライラしてないわよ。事実を言っただけよ」
「まあ、イラつくのも分かるけどさ」
「だから、イラついてないってば」
「はいはいw」

モチサヤの夫婦漫才は置いておいて、
私が今一番気にしていることは、会長の後任の方だ。
副会長の席もミウが粛清されてから、半年以上も不在のまま。

特に副会長の席は、いっそ抹消した方がいいんじゃないかとすら
噂されていた。粛清されたミウの呪いを恐れてのことだ。

この学園では、会長の任期は三年生の11月まで存在するけど、
私が心配してるのは、ナツキがそれまで生きているか、ということだった。

「ゴホッ、ゴホッ……。ナージャ、すまないが水を」
「ナツキっ!!」

ナツキは、車イスに乗せられていた。ナツキは今年の春から
人前に出ていない。昨年まで元気だったのが嘘のように弱ってしまい、
髪の毛に白髪が混じって瞳に生気がなく、
自分の足で立つこともできなくなった。

半身不随の状態が続いているらしい。
車イスに座るのも、少し横に体を傾けないと、座れないようだ。
だらしなく座ってるように見えるけど、これが彼の精いっぱいなのだ。

日常の世話は、全て副官のナジェージダが行っている。
ボリシェビキ幹部の全員が思ってるけど口にしないことがあった。

『同志閣下のお姿は、晩年のウラジーミル・レーニンにそっくりだ』

ナツキは要介護状態だ。
ナジェージダも変わり者の女で、イワノフと同学年だったから
本当なら卒業しているはずだが、自ら校長に頼んで留年した。
この女のナツキに対する愛は深い。
卒業してから再度この学校に就職する道もあったのに、あえて留年とは。

ナツキが弱っていくと、介護をしているこのロシア人まで
命を奪われていくような気がして、見ていられなかった。

「部下の前でみっともない顔してんじゃないわよ。ナツキ。
 あんたは会長なんだから、しゃきっとしなさい」

「ああ。マリカの言うとおりだ。だがすまないね。
 今日はいつもより頭がフラフラしてしまうんだ」

声が小さくてほとんど聞き取れなかった。
彼の指先は、不自然に震えていた。
瞳の焦点が合ってない。本当に末期だ。
私は思わず泣きそうになってしまったけど耐える。

「ふーん。風邪じゃないの? 少し休憩室で休んでなさいよ」
「しかし会議が……」
「あんたじゃ頼りないから、私が代わりにやっておいてあげるわよ。
 今日の議題は全部頭に入ってるから、あんたは休んでなさい」

ナツキは頷いた。
ナジェージダが、私に深くお辞儀をしてから車イスを押した。

彼らの背中を見送ると、また目頭が熱くなってしまう。
私の中で、彼を失いたくないって感情が爆発しそうになる。

「さてみなさん。ただいまより不肖井上が司会を務めます。
 まず保安委員部の件は代替え案が見つからないため、保留とします。
 続いての議題は、秋の生徒会総選挙に向けた
 会長と副会長の後任人事ですが……」

私はナツキから遺言状のようにお願いされたことがある。

会長と副会長は、必ず元囚人から選ぶこと。
温室育ちのエリートは除外すること。
成績が特に優秀か、学園の人気者を選ぶこと。

ナツキは自分が会長の器じゃないとよく言っていた。
この学園の会長のイスは、雲の上の存在。
雲からどれだけ下界を見下ろしても、地上の実態なんて分かりやしない。

一番愚かなのは、ミウを殺してしまったことだと言う。
あの子を生徒会に勧誘したことが、自分の一番の罰なのだと。

私はミウの親友だった時期もある。ミウは権力を握ってから性格が変わった。
ミウはあんな子じゃなかった。人の苦しむ顔を見て
笑ってられるような子じゃなかった。声が小さくてオドオドしてる子だった

『マリカ。もうボリシェビキだとか、そんなことじゃないんだ。
 今の学生は賢くなった。自分から資本主義の矛盾に気づくようになった。
 今はアキラ会長のような暴力制裁は時代遅れなんだよ。
 必要なのは人望だ。みんなの苦しみを分かってあげられる、
 優しい人物が、会長と副会長になるべきなんだ』

ナツキが、斎藤マリーを副会長に望んでいたことは知っている。
だからもう一人の候補の名前を、私は上げることにした。

「あくまで候補ですが、副会長には諜報広報委員部に所属する川口ミキオ君」

「なんですと!!」

トモハル君が席を立つ。

「彼は私の部下ですぞ!! 7号室上がりでまだ新人です!!
 彼をいきなり副会長候補にとは、いくら井上参考人とはいえ、
 正気の沙汰とは思えませんぞ!!」

「まあまあ、抑えて」

とサヤカさんが言う。上級生に言われたのでトモハル君が着席する。

「私は中央の人間ですから。その川口という人物を知りません。
 参考人がその人物を推薦する理由を教えてください」

「まず、会長の求める元囚人という条件を満たしています。
 そして成績が優秀。保安委員部のデータによると、
 囚人時代も通常授業の成績はトップクラスです。内申点もほぼ満点。
 諜報部に移籍後も、研修中の能力査定は平均が9.6点」

私は事前に用意していた書面をみんなに見せてあげた。
どんな立派な意見でも立証する手段がないと意味がないから。

「これは……文句なしに優秀な人材ですね……。
 うちの部に欲しいくらいです。
 井上さんがそこまで薦める人でしたら、
 考える余地はあると考えるのが妥当でしょうか」

「あとで彼と面談をするはどうですか?」

「いいですね。彼との面談は、中央委員会で引き受けます」

「ありがとうございます」

「それでは会長候補はどうされますか?」

「これにも推薦したい人がいます。二年生の斎藤マリエです」

トモハル君が失笑し、モチオ君があからさまに嫌そうな顔した。
サヤカさんの眼鏡の先の目つきが鋭くなる。

「失礼ですが、私の知っている限りの情報では、斎藤さんが
 これといって優れた人物だとは認識しておりません。
 彼女はどういった理由で推薦されたのでしょうか?」

「斎藤の場合は、成績というより人気ですね。彼女には
 一部の男子がファンクラブに入るほどの人気がありますから、
 組織の顔になってもらうには適切な人物かと」

「では能力は不十分でもあえて採用する。
 実務は他の人に任せると?」

「そうなります」

サヤカさんは少し考えてから、

「……私は反対します。まず、彼女の勤務実績についてです。
 昨年は各委員部を見学しながらも、結果どこにも所属せずに
 ニート期間があったことが一つ。次に保安委員部に在職中の現在も、
 勤務中にぷらぷら他所の部へ出歩いていることが報告されていますが」

「大丈夫。きっと生徒会長になれば自覚が芽生えるはずです」

「……斎藤さんの件になると急にてきとうになりましたね。
 斎藤さんと井上さんは懇意の仲だと聞いています。
 先ほどの川口君ともよく食事をとられているようですし、
 どちらの候補者も個人的な感情で選んでいる可能性を否定できますか?」

「個人的な感情かどうかは近藤さんの想像だと思います。
 私なりに一生懸命に知恵を絞って選んだのが、そのふたりなのです。 
 私には他の候補者は思いつきませんでした。たまたま両候補が
 私と仲の良い人物だった、という結果に過ぎないでしょう」

「そうですか。全く納得のいく回答ではありませんでしたが、
 井上さんの意見は以上でよろしいですか?
 では他の委員の意見を聞きましょう」

トモハル君は、両方の候補に容赦なくダメ出しをした。
特に川口君が自分を差し置いて偉くなるのが我慢ならないらしい。
最初は青少年ボリシェビキって感じだった彼も、
ずいぶんと政治家臭くなったものね。

保安委員部の代表三名は、トモハルの発言をオウム返しした。
きっと脳みそが入ってないのだ。彼らには初めから何も期待してない。

モチオ君は……

「それよりみんな!! すげえ大切なこと忘れてませんか?
 川口って、かつての堀太盛、暗殺未遂事件の犯人だってことww」

「た、確かに」とトモハル君。

「そういえば、そんな人いたわね!! あの時の彼か!!」
 冷静なサヤカさんでさえ感情的になる。

「彼は危険っすよww 元囚人ってことで
 実は生徒会に恨みを抱えてる可能性が高くないっすか?
 俺、一応太盛の友達なんでww 臨時派遣員として保安部に派遣されて、
 太盛が刺された時、本当に泣きそうになったんすよww 
 俺は川口の事、今でも許せねえし、大嫌いっすwwさーせん」

「モチオ委員のおっしゃる通りですな!!
 臨時派遣委員の男子を刺すなど、言語道断ですぞ!!
 彼を無罪放免にしてしまった、
 会長のご判断にも疑問を感じるところであります!!」

「なあwwサヤカはどう思うんだよ?」

「私も個人的な感情としては、彼のことは許せないわ。
 むしろ井上さんの考えていることが読めない。
 川口君や斎藤さんを後継者に選んで
 ボリシェビキのためになるとは思えないもの」

サヤカさんは、モチオ君に部下を議事録の速記を止めるように伝えた。
スマホのストップウォッチも止めるように指示した。

「ここからの話し合いは記録に残さないわ。
 これで本音で話せるわよ。
 さあ井上さん。無駄な腹の探り合いはやめて、
 あなたの本心を聞かせて頂戴」

「いいけど……そこの三人には帰ってもらってよ」

保安委員部のザコたちはすぐに消えた。
ついでに速記係の部下にも帰ってもらった。

「これから話す内容はちょっと長くなるけど、みんな時間は大丈夫かな?」

三人の代表は深くうなずいた。


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