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作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第13回   13
「やあ、ミッキー」

「ディズニー好きだったとは」

「違う。君のあだ名だよ」

「悪い冗談はよしてくれよ。
 ウォルト・ディズニーは著作権王。悪しき資本主義の象徴じゃねえか。
 しかも敵性(アメリカ)文化だぞ」

「それもそうか」

「おまえなぁ……俺の職場で変な噂が流れたらどうすんだよ」

俺の名前は川口ミキオだ。
マリンは、暇なのかよく諜報広報委員部に遊びに来る。

俺はサイバー・セキュリティ部(長いのでサイバー部)に所属してから
金融の事ばかり学ばされるもんだから、自慢の頭髪に白髪が混じってしまった。
関係ないが、部の名前は漢字で書くと電子諜報部ってことになっている。

経済学ってマジムズイわ。俺理系だから関係ないんですけどって言いたいけど、
アメリカでは経済は理系の分野らしい……。
俺は物理が得意だから、数字を追う学問は決して嫌いじゃないんだけどな。

「ミキオくんは、どんな仕事をしてるの?」

「たいしたことじゃねえよ。
 先輩のお手伝いでスパイウェアの広告を作ってる」

スパイウェアは、インストール先のパソコンにある内部情報を不正に収集し、
外部へ送信する。これだけ情報リテラシーが進んだと思われる現代でも、
「インストールしてください」の文字に騙されて、
一瞬で全てのデータを奪われるアホが後を絶たない。

スマホが苦手な主婦や老人連中はねらい目だ。
あと親が子供が心配だからと小さい子供にスマホを持たせようものなら、
良いカモだ。そこから親や友達関係の個人情報も簡単に盗めるんだからよ。

キャッシュレスサービスも、パスワード認証を二重(ID、パス)にするなどして
良い気になってるんだろうが、テロリストに解析されるのは時間の問題だ。
サイバー技術は日の目を見ないが、光の速さで進化してるんだぜ。

種類はどうであれ、一つの金融口座に500万以上の金を
入れるのは絶対にお勧めしない。近い将来必ず詐欺の被害にあうから。
口座は徹底的に分散するのが命を守るコツだぜ?


そもそもだな……。
ソ連だったら『敵地にスパイを潜入させて工作』をする。
外部から無理やり扉をこじ開けるより、中から開けた方が効率が良いってことだ。

これはソ連の前身であるロシア帝国時代から一貫して行われていたことだ。
米大統領選挙でも内務省にスパイを潜入させて民主党勢力の敗北
(ヒラリー氏のメール流出)、米中西部のパイプラインに
不正アクセスして、パイプを一時的に凍結。
米全土へのガソリンの供給に支障をきたすなど、やりたい放題だ。

上のキャッシュレス・サービスを例にするぞ。初めからサービス部門の
管理部に、訓練されたエージェントを潜入させる。
理由は転職でも出向でも左遷でもなんでもいい。
そいつを十分に油断させておいてからデータを全部盗んで、とんずら。

な? 外部から頑丈をこじ開けるより簡単に思えるだろ。

だがもちろん、これは口で言うほど簡単なことじゃない。
スパイはソ連のKGBでも最高学府を卒業してるレベルのエリートが選抜された。
当時、日本帝国に潜入したリヒャルト・ゾルゲがその典型だ。

仮に敵に捕まった場合は速やかに自殺することが求められるし、
敵に情が移って寝返らない努力も必要だ。
さらに専門分野の知識が求められることから、
うちの諜報広報委員部では、最高の知性と機転の利くを持つ人物が選ばれる。

卒業後の進路は、各金融機関(証券会社含む)、日本の内務省、防衛相だ。
特に日本政府を転覆させるためには内務省への潜入業務は必須だ。

「会計の勉強もしてるんでしょ?」

「まだ初歩の段階だが、複式簿記とかな。
 バランスシートの作り方を学んだぜ」

「さっすがミキオ君。聡明。最初はつまずく人が多いのに、
 すんなり覚えちゃんだから」

「俺は頭良くねえって」

「謙そんするな」

「トモハル閣下からも同じこと言われたよ……。
 人の誉め言葉は素直に受け取った方が得だとな」

マリンは俺のデスクの横でぺらぺらしゃべってる。
この職場では男女で仲良さそうに話していても、誰も気にしてないようだ。
みんなパソコンの画面か、書類に目を通してるんだ。

隣の先輩なんてクソ分厚いフォルダーの書類を一枚一枚眺めてる。

5月〜6月分の原油先物取引の見通し……?
米ドルに対する主要通貨の見通し……?
4月分のFOMCの議事要旨……? 
なんだそりゃ。うちの部に関係あんのか……?

後で聞いた話だが、諜報広報委員部には資産運用部もあって、
株やコモディティ(商品)取引によって
少しでも資産を増やす努力をしているらしい。
ちなみに資産運用部は、理事長の許可を得て結成された部署らしい。

(自分の仕事に矛盾を感じねえんだろうか?
 だって俺らって資本主義を滅ぼすために仕事してるのに。
 資本主義者の総本山である株式市場に参入するなんて)

俺には資産運用部で金もうけを企む先輩たちが、
ハゲタカのように思えてしかたなかった。

これも後で聞いた話だが、資産運用部の連中は証券会社に潜入して
顧客から全財産を奪い取るエージェントとして教育されているとのこと。
さらに東京証券所へ不正アクセスをするための練習も兼ねている……?

まじかよ……。うちの先輩たちは頭の良い人が揃ってるとは思ったが、
ここまでとは。このシステムを思い付いた人もすげえよ。

他にもいろいろな部署がある。
生物化学兵器を研究製造する部署もあって、化学部と呼ばわれている。

爆発物、ガス、毒物、麻薬など人を殺傷する目的の、
あらゆる兵器を作ってる人たちだ。
俺は理系だから、本来ならこっちに選ばれるはずだったんだよな……。

なんでここが諜報部の名を関しているかというと、
主な情報を海外から仕入れているからだ。
平和な日本じゃ爆発物や毒ガスの設計図なんてそう手に入らねえからな。
彼らは外国語にも堪能で、ネットを通じて東アジアの社会主義国や、
アラビア諸国から直接情報を得ている。原語で……。頭良すぎて吹くわ。

以上。今までが諜報・広報委員部の前半部分、諜報部のお仕事でした。

続いて広報部。

読んで字のごとく宣伝をする部なのだが、
実は落ちこぼれのボリシェビキが配属される部署として知られていた。

「俺の顔に何かついてるかい?」

「いえ。そんなつもりはないです。じろじろ見てすみませんでした」

「はは。変な奴だなぁ君は。
 女の子と話をするのも楽しいだろうが、仕事に集中したまえよ?」

「はいっ。先輩。すみません」

「はっはっはっ。そんなに謝らなくていいって。君は面白い奴だなぁ」

俺と堀のクソ野郎のやり取りだ。
野郎は頭が悪いのか、広告作りをしていた。正確にはビラだ。
このデジタルの時代に紙かよ。資源の無駄だろ。

前会長の橘アキラ氏の時代から続く伝統で、
広報部ではビラを作成し、定期的に全校生徒に配ることにしている。
ボリシェビキの機関紙みたいなもので、
ソ連の偉人の話とか書いてあって勉強にはなる。

パソコンに慣れた時代だからこそ、
紙面の文章っていいなぁと不覚にも思っちまった。
なぜかパソコンで読むより言葉に説得力があるんだ。
ブルーライトがないから安心してじっくり読めるって利点もある。

誰が書いてるのか知らねえが、連載記事の自民党への批評が
極めて的確だとして、会長から何度も賞をもらっているらしい。


「今日も職場は平和そのものだなぁ」

堀太盛は、のんきな顔してイラストを描いてやがる。奴は元美術部だったからか、
絵心があるんだ。ソ連の偉人のイラストを鉛筆で書き、背景に水彩絵の具を塗る。
どうせ原紙を白黒コピーするんだから、丁寧に色を塗るなよとツッコみたい。

堀太盛は、職場で浮いた存在となっているらしい。
記憶を失ってから頭がますます馬鹿になったのか、極端に物覚えが悪く、
個々の能力査定では最低の1が並ぶ。

そのため諜報部からまず左遷され、広報部へ。
そうしたら文章もロクに書けないらしいので、
ホームページに飾る絵でも描いてろと言われたら、
これが中々にうまい。こいつの風景画には部内で定評があるほどだった。

だが、こいつの仕事は、ビラに絵を描くこと。
各行事に備えて飾りつけのデザイン担当、
新入生歓迎用のHPのデザインをすることなど、ようは窓際だ。

他の委員からは陰口で
「チラシ作り」「お絵描き」と呼ばれていた。
知らないのは本人だけらしい。
ここまでくると、さすがに同情したくもなる。

「太盛さまぁ。お昼の時間ですわ」

目の覚めるような美女が部に現る。学園の花とされる、橘エリカ嬢である。
完璧なプロポーションに、アジア人とも白人とも取れない絶妙な顔立ち。
ふわりとした黒い髪の毛が肩にかかる。

俺は思わず見とれた。橘先輩をちゃんと見る機会なんて今までなかったからだ。

「いつもすまないねエリカ。俺はボケてしまったのか、
 お昼のチャイムが鳴っても全然聞こえないんだ」

「それなら私がお昼を知らせに来れば問題ありませんわ。
 さっ、食堂へ行きましょう?」

橘さんが腕組みをして太盛を連れ出していくと、
部の男性から小さな苦情がこぼれる。

「ちっ。たらし野郎が」
「見せつけてんじゃねえよ。無能のくせに」

部屋の空気が変わった……。
怖え……。みなさん殺気立ってるよ。
やっぱ堀が無駄にモテることに嫉妬してるのは俺だけじゃないよな……

今気づいたんだが、この部って女子が全然いないぞ!?
ほとんど男子校じゃねえか!!

しかも、無駄に秀才な連中だからか、顔のレベルが悪すぎるぞ……。
他所の公立高校からブサイクな男子を一か所にかき集めましたって感じだ。

目が細くてガリガリ、出っ歯、サル耳、極端にデブだったりと、酷い顔が並ぶ。
うーん……。こいつらじゃ女にモテねえわけだ。
頭も顔も良い男なんてそういねえよな。俺も人のこと言えないけどな。

女子もいるにはいるが、下膨れの顔で眼鏡をかけていたり、
カエルみたいに目が離れた奴などブスばかりだ。
おいおい……。
上の人は、もうちょっとうちの部の顔面偏差値を考慮してくださいよ!!

俺は弁当を持って食堂へ行った。


----------------------------



何度も言うが、俺の名前は川口ミキオだ。

なぜ俺が食堂に行くのに弁当箱を持っていくかというと、
職場での食事は厳禁だからだ。(ちなみに俺の弁当は自分で作っている)
諜報部は特に厳しくて、アメを舐めることすら禁止されている。
保安委員の奴らなんて、しょっちゅう飲食してたけどな。

この学園では、一般生徒は教室で食べる。食堂派の人はいない。
なぜかというと、食堂はボリシェビキで占められているからだ。
食堂をボリシェビキが優先して使える校則があるわけじゃないがな。
前会長のアキラ氏の時代からこうなっているんだ。

ボリシェビキが食堂を利用し始めると、普通の生徒は怖くて近寄れなくなる。
なにせ食事中に下手なことを言ってしまうと、反革命容疑がかかるんだからな。
そんな場所に誰が好き好んで行くかってんだよ。

ボリシェビキは普通の授業半分、専門授業(仕事)だから
普通の学生の倍は忙しい。そのため学生寮に泊まり込みの奴が多い。
よって弁当を持参できないから食堂を利用する。
俺はもう普通の授業は頭に入らなくなってきたよ。ほぼ社会人の気分だ。

さーて。空いてる席に座るか。

「おーい、マウスくーん」

マウス……。だと……? 
まさか俺の事じゃねえだろうな?
ミッキーマウスだと資本主義的になるので、マウス……?

俺に手を振るのは斎藤マリエ……否、マリンか。

「ここの席空いてるから、良かった一緒にどうかな」
「あ、ああ。そうさせてもらうけど、そちらの方は?」
「私のルームメイトの、井上マリカさん」

マリンと相席していた人が、あのマリカさんだとは!!

「こんにちわ。川口君でいいのかな?」
「は、はいっ。初めまちてっ」

噛んでしまった……。相手は上級生でしかも女子……。
俺は女性に免疫がなさすぎるぞ……。

「そんなに緊張しないで。私なんて本当に大したことない小娘なんだから」

全然そうは思えなかった。第一印象からして知的で謎の威圧感がある。
この女性からは人の上に立つ貫禄さえ感じさせる。

卒業文集とかである、卒業後は大物になってそうな
同級生ランクナンバーワンだろう。
俺は四人掛けの席に着席し、正面の二人の女に向かいあった。

井上先輩は人見知りをしない性格の人のようで、
俺みたいな小僧にも優しかった。

「お仕事はどう?」
「変な人はいない?」
「慣れないことばかりで大変だよね」

俺はそれらの質問に正直に応えて会話に花を咲かせた。

仕事はまだ不慣れだが、エリートの選抜クラスなのはよく理解した。
モテなさそうな連中ばかりだったが。
変な人といえば、堀太盛で決まりだ。
あの野郎、高校三年生のくせに痴ほう症の老人みたいになっちまってる。

「堀君なら、あそこの席にいるよ?」
「あっ。本当ですね。女子と一緒に食事してるのか」

女子と食べてるのは俺もだが……。

太盛の野郎は、予想通り美女二人をはべらせてやがる。
橘先輩の作ってきた弁当をうまそうに食べながら、
美女の口論を見守っていた。

「エリカってさぁ。毎日彼のお弁当作って来て彼女面って、
 何十年前の少女漫画のネタ? 古臭くてダサすぎっ。
 太盛も我慢して食べてあげてるんだから、やめてあげなよ」

「黙れ。あなたなんて自分で料理ができないからひがんでるんでしょ。
 太盛君があなたの化粧が濃すぎて気持ち悪いって言ってたわよ。
 トイレに行って化粧落としてくれば? そもそも学生で化粧は校則違反よ」

フランス人の美女クロエ・デュピィと、橘エリカ嬢の舌戦である。
ふたりの所属は中央委員部だ。

「校則を作ってるのはうちの部だから。責任者の校長でさえ、私のことに
 文句をつけてきませんから。あんたに言われる筋合いありませーん」

「……あなたの日本語、ところどころ訛ってるわよ。自分で気づいてないの?
 太盛君はあなたみたいな日本人のフリをした外人に興味ないから」

「はぁ? グルジアの血が入ってるあんたがそれを言うの? 
 支離滅裂なんですけどー? 
 ボリシェビキは人種国籍関係ないから。生徒手帳読めよ、バーカ」

「うるさい黙れ。今すぐ消えろ。死ね」

「そう言うあんたが死ねばぁ? ヴァーカ」

「はぁ……低能な人間と話しても時間の無駄ね。
 つまらない小言を聞かせてしまって、ごめんなさいね太盛君?
 これ言うの1000回目だと記憶しているけど、
 明日からはこの女を抜きして食事をしましょうか」

それでも太盛は、何事もなかったかのように大きな声で笑い、
「まあまあ。仲良くしようよ」と言う。

大物なのか、バカなのか。きっと後者だ。

「エリカ。クロエ。俺はふたりのことが大好きなんだよ。
 だからふたりに喧嘩なんかしてほしくないんだ」

「またそんな、あいまいなこと言って……。
 ふたりとも大好きとか、そんなの変だよ」

クロエの顔がぷくーっと膨れる。
あの顔、ユーチューブで見たことあるぞ。
クロエはユーチューバーとしての顔も持つ。
あっちの世界では国際アイドルだとか。

「太盛は優しいから、エリカの事ウザいと思ってても口にはできないんだ。
 私は太盛の優しいところも大好きだよ。ううん。愛してるの。だって
 太盛は本当は私の事だけ愛してるけど、そいつを捨てちゃったら、
 かわいそうだから気を使って……」

ここで怒った橘エリカ嬢が、クロエの制服のリボンをつかんだ。
クロエの椅子がガタリと落ちて、食堂内の視線が一気に集まる。

「相変わらず、良く回る舌ねえ。
 二度としゃべれなくしてあげましょうか?」

「太盛……見て。これがこの女の本性なんだよ。
 太盛はこんな奴と関わっちゃだめだよ」

クロエの顔色が急激に悪くなる。
まさか本気で首を絞めてるんじゃないだろうな?
また太盛が「まあまあ。落ち着いて」
と老人が孫をあやすようにエリカの背中に手を置く。

昼ドラの……撮影風景……?
さすがにやばくねえか? 流血沙汰になるかもしれねえ。
ここで食事していいのか真剣に悩む。

それなのに他の奴らときたら、平気な顔して食事を続けてやがる。
食べ終えた男子のボリシェビキらが、席を優雅に立ち上がる。
流し台で、弁当箱を洗っている女子もいた。

おまえら……もっと注目しろよ。
まさか……学園の食堂では……
これが……日常風景だって言いたいのか……?

井上先輩が言う。

「いつものことだから、川口君もすぐ慣れるよ」
「はぁ……そんなもんでしょうか」

中央委員部の女子が通りかかって、井上さんと仕事の話を始めた。
俺には関係ないことなので、マリンと話をしようかと思ったら、

「……」

マリンは太盛たちのやり取りをじっと見つめていた。
感情のこもらぬ瞳で、彼らを見ていた。
眺めていたと言った方が正しいかもしれない。

「ふん」

マリンは鼻を鳴らし、そっぽを向いた。それから食べ終わるまで
一度も太盛たちの方を見ることはなかった。俺には何となくわかるよ。
こいつだって本当は、太盛の隣に座りたいんだろう。
だけど、この世界ではかなえられない夢。それだけのことだ。

「心配しないで。マリーには私がいるでしょ?」

井上マリカ先輩に対し、マリンは本気でウザそうな顔をしていた。

ーーーー

月が替わり、7月。梅雨が明けちまったんで、地獄の暑さが襲来だ。
俺んちは住宅街の一角にある。
家の前のコンクリの照り返しだけでハンバーグが焼けるぞ。
酷暑の中、働き続けてるアリさんたちに敬礼。

俺は収容所から解放されてから、自宅通学に切り替えた。
学園までは自転車で20分の距離なんで、
寮生活をするメリットはないと思ったからだ。

「ミキオー。そろそろご飯の時間よ」

下の階から母の声。夕飯の時間だ。
俺は実家に帰ってから、積極的に料理の支度などを手伝ったが、
どうやら俺が校内でエリート組織に所属していることを知った母から

「家事は間に合ってるから、勉強に専念しなさい。
 あなたは出来がいいんだから、勉強してくれた方が最大の親孝行」

と言われ、マジで勉強に専念している。今は親に甘えておくか。
(学校用の弁当だけは意地でも自分で作っているが……)

ちなみに俺は多くの男子高校生と違い、家事全般はきちんとこなすタイプだ。
収容所時代だって、身の回りの整理整頓は特に素晴らしいと
看守からも褒められていたほどだ。料理も小学三年の時から
母親に教わっていたから、だいたいのものは作れるぞ。

俺は諜報部の仕事だけじゃなくて
通常授業の方でも全国平均レベルで上の方を維持することに成功していた。
たぶん、この調子なら大学のセンター試験もそこそこいける気がする。

ちなみに部の先輩たちのほとんどが通常授業を実質的に放棄している中、
俺は大変に勤勉だとトモハル委員からお褒めの言葉までいただいている。

夕食は基本的に家族三人で取る。母、俺、妹だ。
母は現代の日本では絶滅危惧種の専業主婦。妹は中ニで来年受験。
親父は、仕事で遅くなるからこの時間はいない。今は夜の7時ちょうどだ。
母は几帳面だから、必ず決まった時間に食事を作るのだ。

母は極端に口数が少ない人で、こちらから話しかけない限りは
絶対に話題を作ってくれない。親父も仕事で疲れ切っていて無口な人だ。
おまけに妹も思春期の気難しい年ごろで、いつもムスッとして黙ってる。
うちの家族、どうなってんだ。

残念なことに俺も話題がない……。
だって俺の話題って学園のこと以外ねえもん。
刺激的な学園生活を送っておきながら、その内容の99%は
極秘事項なので家族の前でもしゃべれない。まじで会社員だろ俺。

「あー……その、なんだ? ハルナも来年は受験だったよな?」

「うん」

「そうね。ハルナも来年の今頃は、受験を考える時期になるのよね」

「うん。そうだね」

妹の名前はハルナだ。お下げ髪に眼鏡をかけた根暗ガールだ。
外見で特に描写するようなことはない。

来年は受験だね? そうだね。
そして会話が終わる。 おい!! 終わんな!!

「うちの学園とか最高に楽しいぞ。ハルナにも勧めたいんだが」

「それはいいわね。学園は設備が豪華で楽しそうな学園生活が送れそうよね」

「でも私、バカだし。あそこ偏差値高いじゃん」

また会話が終わる。だから終わんなよ!!

「家族間だと特殊な推薦枠があってだな。
 俺がちょっと生徒会の人に頼めば、
 推薦で入れてもらうこともできるんだよなぁ」

「推薦枠なら、受験勉強をしなくていいから楽ね。
 家族間で推薦枠があるなんて知らなかったわ」

「家族間の推薦ってコネじゃね? それに入ってどうするの? 
 授業に着いていけなければ意味ないじゃん」

会話。終了。

ってわけには、いかねえんだよ!!

理由はこれだ。

校則第28条。

兄弟親戚で年の近い者がいた場合は、
積極的に学園への入学(転入)をうながすこと。
学力が足りない者の場合は、中央委員部と相談の末に推薦枠を利用しても良い。

中央委員部が余計な校則を作ってくれたおかげで、
俺は悪徳業者みたいなノリで妹のハルナをうちの学園に
入学させないといけない……。

ちなみにこの校則はかなり強い。
結果的に入学させられなかったとしても、努力義務を怠ると
処罰が下るんだ……。学力不測の奴を無理やり
入学させて学園にメリットがあるんだろうか……?

「ただいま」
「あらあなた。今日は早いお帰りなのね」

母は、父のスーツの上着を脱がせてあげた。(夏なのに上着?)
疲れ切った顔の父は、ふぅーと息を吐き、席に座る。
いきなり日本酒を開けてガブガブ飲み始めたもんだから、俺たちはあ然とした。

「親父……? 何かあったのか?」

「ミキオとハルナ。ちょうどいい。
 お前たちにもいずれ話そうと思っていたことがあるんだ」

ハルナは、妙に鼻がムズムズすると言って、ハンカチを当てた。
こいつのカンはよく当たる。悪い方にな。

「実は今日で引継ぎが終わったんだ」
「引継ぎって……?」
「父さんな。今月で会社を退職することが決まったんだ」

自己都合退職……だと……?

父の話を要約する。

明日以降は有給休暇(残り三週間分)をすべて消化するから、
実質今日付けで退職したも同然。
退職金は規定内で支給されるが、満足できる額ではない。
再就職先のメドは立ってない。
しばらく家で休んでから、転職活動を始める。

「親父。家の金のことは大丈夫なのか? 
 俺の学費は都合できるのか?」

「それは問題ない」

この日、俺は父の貯金額を初めて教えられたが、
信じられないほど少なくて震えた。
とても俺の学費を払えるレベルじゃなかったぞ……。

だが、うちの家は、株や外貨などの有価証券を多数保有していた。
父が保険会社勤務ということもあり、保険商品も無駄に多数保有。

まず現金を確保するために、中途解約手数料を払ってでも保険を解約することにする。
それを当面の生活費と、俺の学費に当てる。
うちは裕福にも車を二台所有していたが、
まだローンの支払いが残っている一台は売却することにした。

なるほど。これに加えて、現在保有中の外貨を日本円に
戻せばさらに使える現金が増えるな。
最初は貧乏かと思ったけど、実は結構な資産があるじゃないか。

貯蓄型の保険商品は、解約手数料のせいで元本割れは確実だと思われたが、
低金利ながら長年積み立てた分の利息で相殺。損はゼロ。むしろ微益だった。

外貨は、インフレ対策としてカナダ・ドル、
オーストラリア・ドルに両替していたのを日本円に戻す。
こちらもわずかながら金額が増えているらしい。円安の時で良かったな。

株は……完全に元本割れだ。日本株の運用をしていたそうだが、
最近は日経平均の低迷が続いたため、元本に対して3割も
評価額が減っている。この状態で売却するのは痛いな。

むしろ保有を継続して配当金をもらい続けた方が得らしい。
なるほどね。ただ持ってるだけでも株は利益が出せるんだな。

俺は諜報広報委員部で金の運用の仕方を教わってるから、
父の話がすんなり理解できた。
理解できすぎたことが、新たな問題を生んでしまう。

「ミキオ。おまえはずいぶんと金融の知識があるようだな」

「そうよねぇ。金融は大人の世界よ。
 高校生が理解できる話じゃないと思うんだけど」

ざわざわ……。両親の追及をどう逃れるべきか。
まさか仕事で覚えてるとは言えねえ。
俺はサイバー部の所属。世間では悪の組織に違いない。

「ど、独学で覚えたんだよ。今は株がブームだからな。
 それより親父はどうして辞めたんだ?」

無理のある話題の変換。親父は5秒間だけ間を置いてから、

「私は資産運用部で13年も勤務したが、いい加減、相場を追うのに
 疲れてしまってな。細かい話をすると、米国債の買い入れがうまくいかくなった。
 FRBが金利を引き上げる度に、我々はさらなる利回りを求めて保有中の
 国債を売り、さらに新しい国債を買い入れる。その際に発生した損失を、
 保有する別の資産を売却することで補わなければならないんだ」

「確かに米国債の金利は今年の2月に入ってから急騰したからな。
 かと思ったら、待ってましたとばかりに10年債に大量に買いが
 入って金利が急落したり、そう思うとまた一斉に売られて金利が
 戻ったりと。確かにワケの分からねえ相場だよ。
 PERで見るとデュレーションの長い、グロース株なんてすぐ急落するからな」

「ミキオ……?」

やべえ。なんで知らないふりが出来なかったんだ。
もう言い訳するのは無理だ。

「学校で、株に詳しい上級生の人に毎日勉強させてもらってるんだよ!!」

「それにしても専門的すぎないか?
 父さんは高校生の頃はデュレーションなんて
 言葉は知らなかったぞ。金融の専門家が使う言葉だ」

「私は少額で株の運用をしているけど、
 素人だからデュレーションなんて知らないわ。
 ミキオはどうして専門的なことがすらすら出るの?
 あなたは進学理系コースで学んでいる物理や数学とは
 全然違う分野の事じゃない」

「物理や数学もちゃんと学んでるよ。
 前回の期末の結果を見せようか?」

「見たから知ってるわよ」

「な、なら問題ねえな!!」

「ミキオは何かを隠しているようだな。
 お前は隠し事をするとすぐ顔に出るクセがある。
 最近のお前は高校生とは思えないほど大人びたところがある。
 いったい学校で何を学んでいるんだ。親にも言えないようなことなのか?」

父の顔は真剣で冗談を言える雰囲気じゃない……。

「この子ったらね。先月から日経新聞を読み始めたのよ。
 お父さんが読み終わった前日の分をこっそりと部屋に持ち出してるの」

やっぱり……ばれたてたか……。
サイバー部では日経新聞や産経新聞を読むのが義務なんだよ……。
部では電子版が主流だが、うちはどうせ父親が紙面を契約してるんだから
こっちの方が安上がりだと思ったら逆効果だった……。

もうこれ以上の言い訳は不可能だ!!

「すまん。どうしても言えないんだ。
 だが俺は、世の中のためになることを学校で学んでいる。信じてくれ。
 親に秘密にするのは俺に悪意があるわけじゃないんだ。この通りだ。親父。お袋」

俺がテーブルの上で頭を下げると、二人は納得したわけじゃ
ないんだろうが、これ以上の追及をやめてくれた。
俺が風呂に入る頃には、ふたりは今後の家のことで離し続けていた。
夫婦の話し合いは深夜まで続いたそうだ。俺は寝ちまったけど。


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