20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ママエフ・クルガン(102高地)〜川口ミキオの物語〜 作者:なおちー

第12回   マリンが夢から覚めた。
ふぅー。

喉が渇いたぁ。ベッドサイドのデジタル時計は、深夜の3時を指してる。
いつもこの時間に目が覚めちゃうんだ。水のペットボトルはどこかな……。

「マリエ。目が覚めたのね」
「お姉さま……」

井上マリカさんは、私の一つ上の上級生。
私たちは生徒会本部で寝泊まりしている。
ミウが死んで空きになった、副会長室のベッドを使用している。

キングサイズのベッドだけど、さすがに小柄な女子二人
(ふたりとも150センチほど)
では手狭になる。寄り添いながら寝てるうちに、
マリカさんは私の体に平気で触ってくるようになった。

私は寝間着を脱がされて下着姿になっていた。

「また私の服を脱がせましたね?」
「ごめんね。あなたに許可もなく勝手に。ついムラムラしちゃって」
「困りますよ。私はマリカさんと違ってノーマルなんですから」
「お姉さまって呼んで」
「嫌です。マリカさんは私と距離が近すぎますよ」

私がベッドからどこうとすると、マリカさんは強引に押し倒してきた。
私の投げ出された腕を、しっかりと押さえつけながらキスしてきた。

「そんなに顔を近づけたら苦しいですぅ……息ができない」
「うふふ……あなたのそんな顔も……たまらなく愛おしいわ」

正直、うざい。別にこの人のことは嫌いじゃないし、
一時期は恋愛感情に近いものを持っていた。
でもやっぱり私は男性が好きだ。堀太盛が好きだ。

あの人の事、どんなに忘れようとしても無駄だった。
むしろ、どんどんあの人のことを好きになってしまうんだから、
わが父ながら罪な男だった。

「喉が渇いたんですよ!!」
「あっ、そうなのね。気が利かなくてごめんなさい。今お水を」

ペットボトルのふたを開けて渡してくれた。
これさぁ……どうみてもマリカの飲みかけじゃん…。まあいいや。

私がぐいぐい飲んでると、マリカは頬に手を当てて微笑んでいる。
心なしか、お肌がつやつやしてるような……?

「マリーはいつも夢でうなされているのね」
「それはもう……すごい夢ですから」
「どんな夢なのか教えてよ。ずっと秘密にしてきたじゃない」
「どうせ信じてもらえませんから、無駄かなと」
「絶対に信じてあげるから。話してよ」

ベルリン征服の話を、ざっと要約して教えてあげた。

「うーん」

あごに手を当てるマリカ。
色欲が後退したのか、いつもの知性が宿っている。

「夢というより仮想体験といったほうが適切かしら。
 どうしてそこまで生々しい体験ができたのか理解に苦しむけど、
 あなたの周りで起きることって、なんでも超常現象ばかりじゃない?
 去年はミウの夢にうなされていた」

そう。ミウの夢にうなされていた時、怖いからマリカさんに添い寝を頼んだのだ。
それがきっかけで、今ではベッドの上で四肢を絡ませて
寝るようにまで発展してしまった。あれは去年の冬の出来事だった。

「あなたって普通の人間じゃないよね」
「……どうしてそう思うんですか?」
「たまに小さい子に変身するじゃない」

私にも制御できているわけではない。たまに堀マリンとして生まれ変わる瞬間がある。
ミキオくんの前では何度もマリンの姿で現れたけど、あれは狙ってやったわけじゃない。
たまたま、ああなってしまったのだ。きっと私には神の力の一部が宿っているんだと思う。

「ミウを殺したのも、その力を使ったの?」

「ちょっと待ってください。その力って何のことですか?
 それにミウを殺したのが……わたしなんですか?」

「あくまで仮説よ。あなたが人の死を願ったら、その通りになるのかなって思ってね。
 一種のおまじないみたいなものかな。神社とかであるじゃない……神頼みとか?
 なんとなくだけどね。あなたにはご利益みたいなものが備わっているのよ」

「そんな可愛らしいものじゃ、なさそうですけどね。確かにミウの死は願ってました。
 収容所7号室では寝る前に毎日ミウの惨殺死体を思い浮かべていました」

「ミウはアイスピックでおでこを刺されて死んだ。その前に保安委員部に
 暴行を受けて麻袋に入れられて、気絶するまで殴られたと聞いてるわ」

ナツキからね、とマリカさんは続けた。

「ナツキは今でもミウの夢を見続けているんだよ」

「そうらしいですね」

「病人みたいに、どんどんやつれていってる。
 今年の総選挙の前に死んでもおかしくないかも?」

「きっと死んじゃいますね」

冗談のつもりで賛同したんだけど、マリカさんは怒った顔になった。あれ?

「この学園はボリシェビキの支配下だから、内部粛清はよくあること。
 政敵は殺すべしって、古今東西の政治ではそうだった。それが当然だった。
 でも私たちはまだ学生だものね。学生の身分で卒業すらできずに
 非業の死を遂げたんだから、その怨念は想像を絶する。
 ナツキはミウに呪い殺されるのを待つだけになってしまっている」

「……この学園は狂っています。あの人もボリシェビキですから、
 死ぬ覚悟はできてると思いますよ。私は同情の余地はないと思っています。
 こんなこと言ったら、マリカさんには失礼だと思いますけど」

「気にしないと言ったらウソになるかな。
 あんな奴でも一年の頃は仲良しだったし」

マリカさんは、ナツキ会長の話になると、乙女の顔をすることがある。
きっと本心ではまだ好きなのだ。同性の反応だからすぐわかる。

「ナツキを救う方法は、たぶんないと思う。
 でもあいつの最後のお願いだけは聞いてあげてほしい」

「最後のお願いとは、まさか」

「あなたに生徒会長を引き継いでほしいんだよ」

私はそれでも嫌だと強情を張ると、マリカさんが食って掛かった。
私たちは一時間以上も口論をしたが、どちらも折れなかったため決着はつかず。
どちらともなく眠くなったので、ベッドでふて寝をしたら朝を迎えた。

目覚めると、マリカさんはもう外に出た後だった。
私は歯を磨いているときに、ふとマリカさんの言葉が頭に繰り返し浮かんだ。

『マリーったら、恩知らずの卑怯者なのね!!
 誰のおかげで収容所から解放されたのか忘れたの? 
 えっ……忘れちゃった!? 死にゆくあいつの最後の願いも
 聞いてあげないなんて非人道的!! 鬼畜よ!!』

私は、心の底からボリシェビキを憎んでいるのだ。
私はこの世で一番高野ミウが嫌いだった。エリカババアよりも大嫌いだ。
ボリシェビキは高野ミウの象徴。ミウを副会長に推薦したのはナツキ。
私は彼らの後釜に座るつもりはない。
この結論は私が私である以上、一生変わらない。


※川口ミキオ

俺は諜報広報委員部に出頭させられた。
最初は何かの冗談か、あるいはどこかへ監禁するための
偽情報なのかと思った。俺はこんな通知を受けた。

『囚人番号23番は、本日をもって破棄。
 川口ミキオは指名を名乗る権利を有する。
 諜報広報委員部にて即日勤務すること』

ボリシェビキ会長の判が押された正式な書類だ。
冷静に考えたらフェイクなわけがない。

「すみません。先輩は諜報部の方ですか? 
 えっと……俺はその……
 こちらの部屋に来るように言われて、来たんですが」

「認識票は持っているかい?」

「認識票とは何でしょうか?」

「ほら。これだよこれ。鉄製のプレート。
 君も首から下げてるんじゃないの?」

「ああっ、すみません。今すぐ出します」

「ははっ。慌てなくていいんだよ」

ニコニコと笑う美少年。困ったことに、こいつが件の堀太盛だった。
大きな丸眼鏡をしているんで、別人かと思ったぜ。しかしセンスのねえ眼鏡だ。
性根の腐ったこいつにはぴったりだな。

俺らは会議室前の廊下で話をしていた。
俺は諜報広報委員部の会議室に出頭を命じられていたんだ。

「責任者のトモハル委員が、もうすぐやってくるから。
 先に中で待っててくれないか?」

「は、はい」

野郎は、俺に殺されかかったことを忘れているらしい。
記憶喪失……。好都合だ……。
新人の俺を出迎えたのが、なんで奴なのかは知らんが、
人事にでも抜擢されたんだろ。

部屋で手持ち無沙汰にしていると、扉がドンと勢いをつけて空く。

「会議が長引いて遅れてしまったよ。すまないね!! 君!!」
「いえっ、とんでもありません。代表閣下!!」

相田トモハルは、俺と同元年のボリシェビキ。
元収容所1号室のメンバーだったが、才能を見込まれて
生徒会に引き抜かれ、今では一つの組織の長にまで上り詰めた異端児だ。

「わたくしも元囚人でありますから、
 そう恐縮することはありませんよ。同志川口」

「こ、光栄です」

無駄に体育会っぽい男だな……。裏表がなさそうで嫌いじゃねえが。

さっそく仕事の話をされた。

まず俺が今まで囚人だったことは、きれいさっぱり忘れろと言われた。
生徒会には元囚人はめずらしくねえし、何よりトモハル閣下が元囚人という経歴上、
少なくとも諜報広報委員部内ではそのことを気にする人はいないらしい。

「サイバーセキュリティの分野で、優秀な人材を募集していたのですが、
 同志川口なら適任かと思われますな」

「俺、バカなんですけど大丈夫っすかね?」

「謙遜なさるな。君の成績表は全て目を通してありますよ。
 理系コースで成績はつねに上位を維持していた。
 エリートばかりのあのクラスで立派なものです」

後で知ったことだが、トモハル氏は野球バカのため、
勉学の方はさっぱりらしい。この学園にもスポーツ特待で入ったとか。
この人って、保安委員部向けの人材だと思うんだが、
なんで頭脳労働が専門の諜報広報委員部にいるんだ?

「我が委員では、今年度からサイバー攻撃による金融機関からの
 資金強奪を目的とした、新しい組織を立ち上げたところなのです」

「金融機関からっすか。そんなに大金が必要なんすかね。
 この学園は法人経営ですが、まず理事長が元財閥の人間だし、
 保護者連中や財団法人からの寄付金だけでも相当な資金があると聞いてますけど」

「いえいえ。金が必要なのは学園ではないのです。
 足利市内では、日本の資本主義勢力を打倒するための
 市民革命組織を結成中でして、そのための資金が必要なのです」

足利市の市民革命組織というが、実際は県外からも多数の人員が集まっているらしい。

革命には、武力が必要だ。
一国の政府を武力で転覆させるには、その国の行政力を奪う必要がある。
行政の暴力の先端となるのは警察組織。そして軍隊だ。
この二つを壊滅させれば、理論上敵は身動きが取れなくなるから、
例えばすべての国会議員を抹殺することも可能だ。

だが日本の防衛力は相当に高い。倒すことよりも、警察や軍の
内部から洗脳して自ら革命に参加させた方が効率がいい。
だがそんなことは不可能だ。国家公務員の連中は暴利をむさぼっているから、
今さら政府に反旗を翻す理由がない。

「ならば、いっそ」とトモハル氏が続ける。

日本で資本主義勢力を打倒するための武力を結集した方が速い。
世界中に潜在的ボリシェビキは余るほどいる。
インターナショナルとは、世界の社会主義、共産主義者をかき集めた組織。
ソ連が生み出したものだ。実はまだそれは生きている。

自由資本主義と名を変えながら、資本主義の世の中がこれからも続くたびに、
貧富の差は悪化し、金持ち連中に敵意を抱く人は増えていく。世界レベルで。

世界中のボリシェビキが、まずこの足利市に結集して、時間を駆けながら
資本主義日本を撃退するだけの力をかき集めれば……。

とトモハル氏は力説する。

(さすがにそれは無理だろ)

とは言えなかった。

本音を言わせてもらえば、子供のママゴトにしか思えなかった。

俺の意見はこうだ。

確かに、世界中にボリシェビキが存在することは、
この学園に留学生がたくさんいることから分かる。

日本国の政治は腐敗しきり、貧富の差は拡大しまくって
貧困女性が子供と共に自殺、生理の貧困など、もはや度し難い社会が
生まれてはいるが、実は世帯ごとの家系金融資産を調査すると、
金持ちがけっこういることに気づく。
平均的な資産額(マス層)もそれなりにいる。
借金して家計が苦しいのはごく一部の奴らだ。

何より日本人は政治に関心がなく、基本的にはシルバー選挙。
国民=社畜。政治について考える余裕がない。
自民党が企業と組んでやってるのかもしれない。
何より日本は「平和」だ。これに尽きるんじゃないだろうか。

フランスやロシア革命を例にすると、諸外国と交戦し、
祖国が滅びる瀬戸際になって革命が生起。
最後は軍隊まで革命軍に参戦した。
戦乱の世の出来事だ。今の日本に当てはまるわけがない。

「ボリシェビキの資金集めの手段は、主に銀行強盗だったのです!!」

スターリンたちは、党の金集めのためによく国立銀行を襲撃したらしいな。
そんな一世一代のことを何度も繰り返したくせに、生きて帰れるんだからすごい。

「今はITの時代ですから、人のスマホの情報が分かれば、
 すぐに全資産を没収できます。いとも簡単にね。
 たとえばキャッシュレスサービスは、セキュリティの壁がなければ、
 ハッカー側にお金を差し出すようなもの。
 我々ボリシェビキにとっては夢のようなサービスと考えてよろしい」

「分かります。今もオレオレ詐欺が流行ってますからね。
 市民からしたら笑えない話になっちまいます」

「この国では個人の金融資産が900兆円はあると言われてます。
 まだまだ有効に活用されるお金はあるのですよ。
 わざわざ外国から奪わなくとも、
 この国には宝の山がたくさん眠っていると考えてみてください」

トモハル氏は日銀のマネーストック(M2)を参照したのだろう。
老人の休眠口座とか、シャレにならない規模らしいな……。
年々増加傾向にある「空き家」にもタンス預金がたんまり眠ってるらしい。

「良いですか? 私の話をよく聞いてください。ここは大事なことですよ。
 営業活動とは、営利目的でお金を稼ぐことを言います。狩りと同じです。
 財務活動とは、今あるお金を効果的に動かして、何かを得る行為を言います」

たとえば、財務大臣は国民から受け取った税金を使って
社会福祉サービスを展開したとする。
この場合は、財務大臣はお金を一円も稼いでない。

だが、今あるお金(税収)を使って軍隊を維持したり、
福祉サービスを提供したりする。

公共事業投資にばらまけば短期的に雇用が生まれる。
橋や高速道路が立てば物流が活発になる。

企業であれば、財務活動の一環として配当金を払って株主に還元すると、
さらに多くの株を買ってもらう効果がある。退職金もボーナスも払える。

家計のレベルの財務活動とは、投資だ。
株式投資は自分のお金を運用した結果、利益を得る錬金術。FXもそうだ。
利回りの良い貯蓄保険にでも加入して(今の日本にはないが)、
10年寝かして金が増えていたら、それも錬金術の一環として認めていいだろう。

子供の教育も投資だ。大学に進学した場合では……。
卒業までに莫大な学費がかかっても、
子供の生涯賃金が増加した場合、投資の効果は十分に取れる。

(親が学費をすべて負担した場合の例。
 奨学金の場合は投資ではなく、将来の債務を増やしただけであり、
 財務活動の定義に入れるべきではない)

「諜報広報委員部の人には、この財務活動の点をよく理解していただきたいのです。
 我々は日本からしたらテロ組織ですが、同時に政治団体なのです。
 政治団体は、営利活動でお金を得ることができません。
 したがって財務基盤が必要となるのです」

議席のある国政政党と認められたら、
国から交付金の支給とかあるんだけどな。

テロリストにそんなもんがあるわけねえ。
俺の部署(サイバー部)の目的は市民団体への資金援助。
巨大な市民団体を作るためには、信じられないほどの金が要るってわけね。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1913